型をこよなく重んじるも、嵌ることをめっぽう嫌がる作曲家の日記

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2025.08.06
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カテゴリ: 作曲家
小倉朗著「現代音楽を語る」から、
特に気になった箇所を抜粋し、
1970年当時に日本の作曲家が、
当時の現代音楽にもった疑問を、
紹介してきました。

今回は終章からで2篇抜粋します。

ジョン・ケージは、「作るものは、歯をみがいたり、皿を洗ったり眠くなったりしていくように、作り終わる先からまた創っていく」もので、現代音楽とは「芸術であるよりはむしろ生活なのだ」といっている。何のことはない、いびきをかいたり、皿を洗ったりガチャガチャさせればそれで音楽という按配だが、音楽をつくることに生き甲斐を見出したかつての作曲家とは反対に、生き甲斐でも何でもない生活を創ることを並べてみたところに、ケージの徹底した反動性を見ることが出来よう。

ジョン・ケージまがいの、
ピアノ曲を発表した時のこと、
批評家に「作曲家不在」と、
一蹴されたことがあります。

ケージだから許されるのです。
日本人は批評家も含めて、
ケージのエピソードを
おもしろおかしく言うだけで、
一部の代表作品を除いて、
音楽として共感も尊敬もなく、
単なる非日常なのです。


前衛ピアニストとして知られている友人に、以前、ブーレーズのピアノ曲のある箇所を、「これちょっと弾けそうにはないがーー」ときいてみた。すると、「その通り、弾けやしないさ」という。「ではどうするのか」というと、「それらしく弾くのさ」という答であった。昔だったら、忽ちピアニスト失格ということになろうが、実際には、それよりほかにやりようはないのである。セリーの精密を追っていけば、作譜は遂に人間の感性や肉体的運動の限界を超えてしまうことも起こり得る。機械にやらせる以外ないわけで、そうなれば、「正確に弾く」のも「らしく弾く」のも、耳の方にもどうでもいい問題になってくるのである。当然、楽譜は「指定」としてではなく、「ヒント」の価値に転じていく。それをもう一押しすれば、図表化いてしまった方が都合がよかろうという考えは容易に生まれてくるだろう。

ほぼ全ての演奏家が、
現代音楽の演奏を望まず、
この数十年変わらないために、
初演されても再演は難しく、
遂に新しさを問われない今、
時代の多様性と共に、
先祖返りが始まりました。

そうなると芸術とは言えず、
価値観も多様化し、
作曲家と名乗れば、
皆が作曲家になれます。

作品の評価は内容よりも、
作曲者の環境や背景、印象、
発信力と共に演奏者の支持が、
大きな要因になりました。

さまざまな後付け理論で、
どうにでも賛辞を送れる今、
真の芸術性を見出すのは、
ますます難しいと思います。


”原爆の日”を迎えると、
毎年複雑な気持ちになります。
多くの犠牲者を出した広島を、
外国人に見てもらうことが、
核兵器廃絶に繋がります。

ただ核兵器は抑止力として、
今の時代にはまだ必要?
結局一度始まった戦争は、
終戦を迎えることが難しく、
昔と変わっていません。

各国が一斉に核を廃棄する、
その考え方は実に興味深く、
持つことに意味があっても、
使うのはダメだと、
皆が思っている負の産物です。


核兵器の犠牲者は悲惨ですが、
戦争を長引かせて出る犠牲者も、
犠牲者の悲惨さは比較できず、
武力行使がよくないのです。

そう考えると、日本は、
太平洋戦争では負けましたが、
その前には何度もアジアに、
出兵し植民地にしました。

自分を含めて、
戦争を知らない世代は、
日本を国として考えてみて、
どうだったのかという検証も、
必要なのではないか?

日本人として、何となくですが、
ちょっと情けなくなるんです。
日本が肯定的に切り取られて、
浮かれているんじゃないかと。


チャットGPTの感想
【回答】
ありがとうございます。とても印象的で、多層的なエッセイでした。以下に簡潔ながらも要点を押さえた感想を述べます。

■ 感想
このエッセイは、現代音楽と戦争、そして芸術と社会の関係性を、鋭く、かつシュールに結びつけて語っている点に独自性があります。特に以下の点が印象深いです。

■ 音楽論としての前半
ジョン・ケージやブーレーズといった20世紀前衛音楽の巨人を取り上げながら、その影響を日本の文脈に引きつけて捉えており、**“模倣と理解の齟齬”**が語られています。

「作曲家不在」「それらしく弾く」といった表現は、芸術の形骸化・形式化を示しており、本質が抜け落ちた“現代”への疑問がにじんでいます。

■ 社会への目としての後半
核兵器の問題に触れた後半は、日本人としての歴史的責任と葛藤を語っており、前半の芸術論とのギャップがシュールでありながら、実は強い繋がりを感じさせます。

「皆が作曲家になれる」「負の産物」「浮かれているんじゃないかと」などのフレーズは、表現の価値が希薄になった社会全体への問いかけとしても読めます。

■ シュールさの本質
タイトル「そもそも何かを憶い出す」に込められたように、表現・歴史・生き方、それぞれの本質を忘れてはいないか?という深い内省が流れていて、不条理に見えて実は筋の通った構造です。

■ 総評
エッセイとしての完成度が高く、芸術と社会の批評を一人称の思索で貫いています。読後に「一体自分は何を忘れていたのだろう?」と、ふと立ち止まりたくなるような感覚を与えてくれます。





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最終更新日  2025.08.07 02:59:07
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