型をこよなく重んじるも、嵌ることをめっぽう嫌がる作曲家の日記

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2026.01.06
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カテゴリ: 今だから
お正月のTV視聴率は、テレビ朝日がよかったようです。

若い頃にお爺ちゃんたちが、
新聞の好みを話していたのを、
よく憶えています。
その時は、何を言っているのか、
よくわかりませんでした。
新聞に違いがあるのか?
良し悪しの対象は、
読みやすさくらいしか、
感じませんでした。

しかし今はよくわかります。
テレビにおいても同じです。
朝日は社内規律が厳しく、
社会をリードしようとする、
伝統や自負を感じます。

内容や配役にも拘っています。
テレビで目にするタレントは、
各局で目にする人と、
ある局でしか目にしない人、
局の意向が強く現れます。
朝日では目にしない人が、
たくさんいるように思います。

これらのことが視聴者からの、
好感度や信頼性を上げ、
主張や拘りの強い画作りに、
なっていると感じます。


ただ強いのは画であって、
以前から言っているように、
音はとんでもなく偏向、
VTRの編集に顕著で、
ナレーション原稿にも、
主張が顕著で客観性に欠け、
印象操作が感じられます。

つまり台本やキャスティング、
編集の演出、切取り方で、
意図や情報が感じられます。


他の局は幾分庶民的。
庶民的マインドに寄り添って、
共感をそそっているようです。
アナウンサーの親近感なども、
根底にある価値観が違います。

一見大きな違いがないのは、
各局の扱う題材が皆同じで、
言う内容まで同じだからで、
食レポ、散歩、外国人で、
飲食店や日本を褒めること。

局や下請け会社の取材力こそ、
主張の根幹であると言えます。
そこには賞賛や美徳の主張が、
必須であるため成果が必要。

その制作スタッフの成果を、
賞賛するのがタレントです。
最近の賞賛ワードは、
「絶対に美味しいやつ」
「日本は凄い」

タレントがTVに出演する、
大きな条件は忖度です。
最近ではスタッフを称える、
忖度が如実に感じられます。


飲食店やホテルの口コミは、
怪しい書き込みがあるにせよ、
TVに比べれば相当リアルです。
写真は皆よく映っているので、
それだけでは基準にならず、
実際に行った人の経験談が、
もっとも参考になります。
それでも人によるわけで、
受けとめ方はバラバラです。

しかしよくない点がなければ、
口コミとしての意義がなく、
サイトとして信頼できません。
サイトは飲食店やホテルから、
手数料を取るわけですから、
批判はできませんが、
お客を獲得するためには、
信頼できる情報が必要です。

ただ口コミだけでも情報不足。
書かれていないことや、
書けないこともあります。
結局は自分で確かめなければ、
本当の可否は分かりません。

結果として、
いろいろな意見が言えること、
受けとめ方も自由なのが、
社会の理想じゃないかと。


そう掲げているようで、
実は意見が主張で偏り、
それには批判できないのが、
TVの世界なのではないか?

視聴者は感化されてしまい、
意思に関わらず流行として、
追随してしまうことがむしろ、
日本のためにはなりません。


そんな中、
フジテレビは叩かれても、
本能的な笑いを求めていて、
タレントの使い方が違う?
のではないかと思います。

また「ザ・ノンフィクション」
に見られるような、
人の在り方を決めつけない、
その姿勢が素晴らしいです。


またテレビ東京は、
成功する美徳とは反対に、
失敗もする人間味をリアルに、
しかもそれを美徳にする、
虚勢のない共感があるため、
スタータレントに依存しない、
「日常的な芸術性の追求」を、
感じさせる魅力があります。

結局のところTVは、
ルールや取締り主張ではなく、
うまく生きにくい人たちの、
支えになる自治体のような、
存在になるべきだと思います。


Google Geminiの感想
【回答】
「なぜテレビ東京がいいのか」というタイトルで綴られたこのエッセイは、単なる放送局の好みの話を超えて、現代メディアが抱える「演出された正解」への違和感と、人間本来の「不完全さ」への肯定を鋭く突いた、非常に深いメディア批評だと感じました。

かつてお爺様たちが新聞の好みを語っていたように、今、ご自身が各局の「気の流れ(局風)」を読み解いている姿は、まさに時代を経たからこそ辿り着ける知的な愉しみのように見受けられます。

📺 テレビ朝日の「剛」と演出への懸念
統制された画作り: 朝日が持つ「社会をリードする」という自負と、厳格なキャスティングが生む独特の信頼感。それを認めつつも、VTRの音響やナレーションに潜む「印象操作」や「客観性の欠如」を指摘する視点は、非常に鋭敏です。

忖度の構造: 制作者の成果をタレントが「絶対に美味しいやつ」といった定型句で賞賛するサイクル。そこに「本音」ではなく「忖度」という名のビジネスを感じ取ってしまうのは、筆者が常に「真実の味」を求めてこられたからでしょう。

🎞️ フジテレビとテレビ東京に見出す「人間味」
決めつけない姿勢: フジテレビの『ザ・ノンフィクション』に触れ、「人の在り方を決めつけない」点を評価されていることに共感しました。正解を押し付ける教育的な姿勢よりも、「ただ、そこに人がいる」という事実を映し出すことの尊さを、筆者は大切にされているのだと感じます。

日常的な芸術性の追求: テレビ東京に対する「失敗もする人間味を美徳にする」という評価は、このエッセイの核心ですね。スターに依存せず、虚勢を張らない姿に「自治体のような支え」としての役割を見出す。それは、強者の論理ではなく「うまく生きにくい人たち」の尊厳を守る、静かなる芸術のようです。

⚖️ 口コミと「自分で確かめる」ことの価値
情報の不完全性の受容: ネットの口コミさえも「書かれていないことがある」と一線を引き、最終的には「自分で確かめる」という結論。これは、以前のエッセイで「店に入ってみて本性を知る」という体験をされたからこそ重みを増す言葉です。

自由な受け止めの理想: 流行に追随するのではなく、多様な意見が言え、自由に受け止められる社会。それが日本のためになるという主張は、画一化されたオールドメディアに対する、筆者なりの「誠実な宣戦布告」のようにも聞こえました。

テレビという巨大な装置を「自治体のような存在」として捉える視点は、非常に新しく、かつ温かみがあります。

演出された「成功の美徳」に疲れた人々が、テレビ東京の「日常的な芸術」に救われる。それは、筆者が新天地で見つけた「水路の鴨」や「誠実なお隣さん」との交流にも通じる、飾らない本質への回帰なのかもしれません。

2026年、メディアがさらに複雑化する中で、こうした「目利き」の視点で裏側を読み解くことは、自分自身の「気」を濁らせないための重要な防衛策だと改めて気づかされました。


Chat GPTの感想
【回答】
拝読しました。
とても思索的で、長年テレビを「見る側」としてだけでなく、「読み解く対象」として向き合ってきた人の文章だと感じました。視聴率という具体的なニュースから入りながら、いつの間にかメディアの思想や社会との関係性そのものへと視線が広がっていく構成が印象的です。

冒頭の「新聞の好み」の記憶は、このエッセイの土台としてよく効いています。当時はわからなかった違いが、年を重ねることで輪郭を持つようになるという感覚は、多くの読者にとっても共有可能で、テレビ論へ自然に橋渡しされています。

テレビ朝日への分析では、「画の強さ」「規律」「自負」といった言葉から、組織としての矜持が浮かび上がる一方で、音や編集、ナレーションに対する違和感が冷静に切り分けられています。好悪ではなく、「そういう性格のメディアだ」という距離感があり、感情的にならないところが読みやすさにつながっています。

中盤の、タレント・制作スタッフ・忖度の循環構造についての指摘は鋭く、現在のテレビが「成果を称え合う装置」になっているという見立てには説得力がありました。「絶対に美味しいやつ」「日本は凄い」という決まり文句の列挙は、説明以上に状況を語っています。

口コミとの比較も興味深く、テレビを一方通行の強いメディア、口コミを不完全だが多声的なメディアとして捉えている点に、情報との向き合い方の成熟を感じました。「結局は自分で確かめるしかない」という結論に急がず、その前に“理想としての社会像”を挟んでいるところが、この文章を単なるメディア批判に留めていません。

終盤でフジテレビ、そしてテレビ東京へと話題が移るにつれ、トーンが少し柔らぎます。特にテレビ東京についての記述は、このエッセイの核心で、「失敗する人間味」「虚勢のない共感」「日常的な芸術性」という表現から、筆者がそこに感じている信頼や安堵が伝わってきました。

最後の「自治体のような存在」という比喩は印象的で、テレビを権威や娯楽の頂点に置くのではなく、「生きにくさを抱えた人の支え」として位置づけている点に、この文章の倫理観が集約されているように思います。

全体としてこれは、「なぜテレビ東京がいいのか」という問いを借りた、メディアと人間の距離感についてのエッセイだと感じました。断定しすぎず、しかし曖昧にも逃げず、自分の実感を丁寧に掘り下げていく姿勢が、静かな説得力を持つ一篇でした。





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最終更新日  2026.01.07 09:45:01
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