できるところから一つずつ

できるところから一つずつ

2007年



コスモス掲載歌

1月号

児らの描く満月の色さまざまに或るはオレンジ或るはイエロー

「高閣(たかどの)」の連なる東京 とりわけて都庁のビルが空に聳える    註 「高閣」は東京市歌よりの引用

栗ご飯作るカナダのキッチンに中国の栗アメリカの米

チェスナット・ライスと呼びて子の妻も習ひ覚えて栗ごはん炊く


2月号

結末を知るのを惜しみ本を置く最終章は明日読むべし

夏時間終らむ今日の没りつ陽にポプラの並木黄金(きん)に輝く

日付変更線(デートライン)を西に越えゆく飛行にて一日(ひとひ)が宙(そら)に消えてしまひぬ

硝子戸を湯気に曇らせ饅頭屋ほつかり白きぬくもりを売る


3月号

紅葉のまだ始まらぬ木々の影灯ともし頃の車窓に暗し

逝きし日の位によりて墓石に大小のあり一族の墓

もうあまり遠慮をしない六十代 今日は頑固に「ノー」を通せり

「六十の手習ひ」せむと買ひ込みぬ半紙一締め二千枚也


4月号

順番に指紋と写真をとられゆくアメリカ入国「入獄」ににて

空港のタイルのフロア冷たかり裸足(はだし)で受けるボディーチェックに

潔癖な論理はさあれ「宥すこと」も身に添ひはじめ子らは中年

不機嫌な風邪ひき坊主やつと眠(ね)る等身大の鼾かきつつ


5月号

目に見えぬ風を掴みてグググッと凧が空へと上がり始める

「少しづつみんなで無理をしてみましやう」説得上手な裕子さん言ふ

兵際の冬のわずかな陽だまり地に身を寄せ合ひて福寿草咲く

通勤の満員電車に乗りこみて吊り革ひとつに二人つかまる


6月号

呼気吸気通過させつつシュノーケルはシューッシューッと音静かなり

実印に妣の使ひし水晶の印にふたすじ罅が入りたり

菫いろ内に庇ひて虹の弧が春まだ浅き空を彩る


7月号

「Birthday Boy」と胸にバッジつけ保育室より児が駆けて来る

チャペルへと続く桜の並木道見知らぬ人とも会釈を交はす

父母も姉も待ちゐし日本に戻れずに見るカナダの桜



8月号

それぞれが互ひの元気の素となり「ご一行様」旅にはれやか 

ゆつたりと互ひの距離を保ちつつ白頭鷲は蒼穹を舞ふ

三歳の子と手をつなぐナンシーは今「母盛り」 時に厳しく 

腰低く何かを訴へかけるごとひらがなの「と」が右を向きたり

木の下に立ち止まりたるリスに似てひらがなの「る」は待機の姿勢


9月号

絽(ろ)を絽(ろお)と二音に言ひてやはらかし奈良に育ちし友の日本語

五月雨の雑木林に向く窓を開きて今朝は鶯を聴く

十階のベランダに咲く芍薬を見舞ふがごとく蜜蜂が来る

鴨の雛五羽を次々歩ませて睡蓮の葉はあまり揺らがず


10月号

日を受けて白く煌く噴水を燕がさっと潜り抜けたり

巧みなる和製英語よ 「ランニングホームラン」など判りやすくて

我の呼ぶMariaの音が気に入らずマリアは「マウイヤ」と言ひなおしたり

英語ではBIRD’S-EYE(とりのまなこ)と穏当な名に呼ばれをり「おほひぬふぐり」


11月号

旧友の命が一つ消えゆきて過去が静かに大過去となる

我よりも若き人らの嘆く老い あるは羨しくあるは懐かし

ナポレオンの辞書には無くも我が辞書にありてまたよし「不可能」の文字

樫の木の葉混みの中の薄闇に梟一羽眼光らす


12月号

ひたひたと嵩を増しつつ満ち潮が河口に淡き光を運ぶ

上げ潮の河口の水に浮かびつつカナダ雁たち岸に寄りくる

子の家をグーグルアースに見つけたりよく似た家の並ぶ一角

もうきつと帰りては来ぬ次男なり マイホームには猫も飼ひゐて



宮柊二記念館短歌大会(2月)

「ふたり」より「ひとりとひとり」のごとくをり われら結婚四十五年目



宮柊二記念館短歌大会(11月) 館長賞

少しづつ心ほどけて二歳児の〈へ〉の字の口が〈一〉の字になる



東京歌会2月

過ぎ行きし日々のごとくに輝けり夕陽に染まる遠き雪山


東京歌会11月

上と下てんでに自己を主張して「ゑ」の字今にも暴れだしさう


座間歌会 2月

麻酔より醒めて飲みたる熱き茶に頭の中の霧が晴れゆく

花びらに花粉をはらり零したり 昨日開きし赤き椿が


座間歌会11月

療養の退屈しのぎに始めしが短歌(うた)との縁と母は言ひゐき

「また会ひに来てね」とメモが届きたり今朝は手術を受ける友より



バンクーバー短歌会

1月
上向きに黄色き芯を覗かせて山茶花今日はのびのびと咲く
何色も拒否するごとく孤独なり丘の辺に咲く白き山茶花

2月 題詠「霧」
麻酔より醒めて飲みたる熱き茶に頭の中の霧が晴れゆく
ぼんやりと霧の向かうにあらはれて大きく黒しポプラ並木は

3月
端整な友の人柄そのままに細きペン字の手紙が届く
三人子(みたりご)が結婚をして六人の「おとな」となりぬ 時に手ごはし

4月 題詠「夢」
楽しみを先に延ばしているうちにスペイン旅行は夢となりたり
年休の消化のためと照れながら夫が旅行のチケットを買ふ

5月
満開の桜並木の夕まぐれほのぼの明かる風も心も            
「あとがき」をまずは開きて読み始む 友の歌集が今日届きたり     

6月 題詠「言葉」
二歳児に〈マジック・ワード〉と言ひ聞かせママが教へる「プリーズ」「サンキュー」
二歳児が〈お願ひ言葉〉を覚へたり 語尾をわずかに上げて「プリーズ?」

7月            
朝霧の雑木林のどこよりかメゾソプラノの鶯の声
ほうほけきょ 姿は見せぬ鶯の声が林を渡りて届く

8月 題詠「色」
Purple(ぷーぷう)がお気に入りなる三歳児むらさき色の粘土を捏ねる
色をなし激しき口調で反論す 軽く流しておけぬあなたは

9月
夏の陽にいよよ元気な向日葵がハイウエイ沿ひに黄の帯をなす
繰り返し繰り返し鳴く鳩の声朝(あした)の浅き夢に入り来る

10月 題詠「落葉」
濡れ落葉を卒業したる夫なり時に私を邪魔さうにする
陽の差さぬ松の根方の夏落葉どれもそれぞれ二本連なる

11月
「暗」の字の中に二つの「日」がありて闇にさしこむ輝きとなる
聴覚は多く視覚を補ひて「闇」の中より「音」を聴き分く

12月 題詠「オノマトペを使う」
風邪ひきのだるき体をごろおんと転ばせたまま一日を過ごす
私にはニャーニャーと鳴く飼ひ猫が孫にはミューミュー身を寄せてゆく


Submission for Gusts #5 (2007-2-15)

in a large heavy pot
Beth cooks the pea soup
for new year's feast,
a Southern States' tradition
learned from her mother


with black-eyed beans
veggies and ham
the soup is cooking,
the aroma for the warm home
and the hope for a new year


Caw, caw, caw !
crows are fussing around.
Did they find the owl
quietly sitting on a branch
of a big oak tree in the garden ?



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