できるところから一つずつ

できるところから一つずつ

2008年


コスモス掲載歌

1月号

球を追ひ重きピッチを駆け回るサッカー少年 取れ!蹴れ!決めろ!

赤と黄のフラッグを手に待機して時にダッシュす若き副審

空高く昇りつめたる寂しさを真珠の色に満月の光(て)る

霧白く立ち籠める朝教会のミサの合図の鐘がくぐもる


2月号

姫と魔女手をつなぎ合ひノックする星の明るきハロウイーンナイト

ハロウイーンに小猿となりし三歳児魔女の後よりチョコチョコ走る

試食するまだ生干しの柿の実に一週間の小春日の味

ふと見れば爪の形も我に似て長女は中年前期に入る


3月号

襟元をゆるく合はせてしどけなし竹久夢二の絵の中の美女

シンカンセンは子らの憧れ背負ひゐき「ひかり」が一番速かりし頃

新幹線に修学旅行と乗り合はす「私もあんなに元気だったか?」

途切れなく喋りて笑ひて賑々しをばさん予備軍女子高生は


4月号

旧年の悩みはなべてご破算に願ひましては二千八年

「まったりと暮らしています」と年賀状届きて少し春の香りす

インターネットのニュースに見つけ転送す召人宮氏の晴れの姿を

数時間おざなりのように顔を見せ冬の太陽温くもあらず

筆と紙、文字の気息が合はなくて王義之臨書のリズム掴めず


5月号

日本の友のブログに見つけたりはなびら餅の薄き紅

ひとひらの花びらのごと儚げな薄紅色の初釜の菓子

獅子頭脱げば一人は少女なり汗の額に髪が貼りつく(中華街の獅子舞)

オーロラを見て来し人と話しつつ吾がそぞろ神騒ぎ始める


6月号

三歳児が「でんぐり返しができたよー!」と父母を呼びをり 猫を呼びをり

肩凝りに効く浴剤がおまけなり CD徳用百枚パック

〈偽り〉を時には〈人〉の〈為〉に言ふ「春になつたら元気がでるよ」

堅香子をdogtooth violet(犬の歯すみれ)と呼ぶ英語 情緒なけれど具体的比喩


7月号(大野展男選)

「会えるうちに会いましょう」との書き出しで同期会へのお誘ひが来る

道端の草の間に見つけたりスンと延びたる土筆数本

ゴンドラを二時間待ちて登り来ぬ軒まで雪の積もる山頂

山頂に春の日差しの明るくて融けかけの雪きらきら光る

字余りの初句のごとくに賑々しチャイナタウンの赤き正門


8月号(仲宗角選)

「宮柊二は幸せでした」と言ひませり声のやさしき英子先生

藤棚の下に広がる淡き影薄紫の薫りを放つ

「おそろひ」にパジャマを買ひて旅に出るMさんはM、私はL


9月号(高野公彦選)

「眠るごと母は天寿を全うし・・・好い表情(かほ)でした」と訃報が届く

満面の笑顔の写真ばかりなり わがアルバムの等々力さんは

「紀子(きこ)ちゃん」と私を呼びて「典子(のりこ)さん」と区別しましき等々力さんは

少しづつ温度差のある反応を経つつ訃報が伝はりてゆく


10月号(岡崎博之選)

「秩序ある出鱈目なり」と見つけたりジャズ仲間とのジャムセッションは

作曲をしてゆくような気構へでAS OF NOWのブルースを弾く

時折に不協和音も採り入れて心のままに弾くジャズのソロ

ブルースの緩きリズムに乗せるべしGマイナーの夏の憂ひは


11月号〈水島晴子選)

七月のカナダの夜は暮れ遅くMARC(マーク)四歳まだ昼の顔

日系二世百一歳のユミコさんほんの少しの粥に足らへり

これからがカナダの夏といふ頃にペルーの蜜柑「SATSUMA」出回る

踏み込まず踏み込ませずに程のよき歌の友なりき 逝きてしまへり


12月号〈小島ゆかり選)

塩鮭と漬物だけの昼ご飯 帰省の次男発たせて今朝は

繁みよりチロと出て来て縞リスが小さき身体で岩に飛び乗る

追ひかけて追ひかけられて纏はりてフーガのやうに揚羽蝶舞ふ

福田氏を無責任だと糾弾す辞めよ退けよと言ひゐし野党




第十宇宙の花 

高野切れ かな連綿の優しさにすつとのびたる「し」の爽やかさ(200606)p32)

喜びはあはき淋しさ伴へり たとへば英語で子と話す時(200611)p78

湿りたる土の匂ひをつけたまま茗荷は茗荷の香りを放つ(200612)p26

ナポレオンの辞書に無くも我が辞書にありてまたよし「不可能」の文字(200711)p34

旧友の命が一つ消えゆきて過去が静かに大過去となる(200711)p34



バンクーバー短歌会詠草

1月

還るべき土を持たない落葉たち彷徨ふごとく舗道に動く

六階の屋根より高きユリノキが宙(そら)にひらひら枯葉を散らす


2月「指」

みどり児がコクコクコクと乳を飲む足の親指ピンと伸ばして

十五秒電子レンジに暖めて指図通りにミルクを飲ます


3月

討論を終へて立つときオバマ氏がクリントン女史の椅子を引きたり

候補より突然降りしロムニー氏激しきことも口にし始む


4月「球 または ボール」

「人間がボールに遊ばれてるみたい」ゴルフを見ては母の言ひゐき        
水晶の球に映れるわが運命(さだめ)今日はキラリと光りゐるべし


5月

夜の梅を見てゐし頃か 亡き姉の恋人なりし人の逝きしは

ひと月を知らず過ごしぬ亡き姉の恋人なりし人の逝きしを


6月 題「海と刺す」

青海波の図案三列刺し終へて紺の半纏仕立てにかかる 

民芸の味はひ求め紺色の厚地木綿に刺す青海波 


7月

「晨」の字をコンピューターに登録し幾度となく呼び出して来ぬ 
(「晨子」さんと入力するために) 

登録し長く使ひ来し「晨」の字を今しばらくは辞書に入れおく 


8月「鮭」

塩鮭と漬物だけの昼ご飯 粗末なやうな豪華なやうな

競ひあひ揉みあひ急ぎ遡上する鮭よ 本当にそれでよいのか?


9月

自らを鴨と思へる白鳥か 仔鴨を護り我を威嚇す

正解の一つしかない潔さ羨しみにつつ数独を解く


10月「固有名詞を入れて詠む」

買ひしには非ず「養子にしたのよ」と仔猫ふたりをエミリーが抱く

バッハよりテレマンが好きハキハキとハープシコードにリズム刻みて


11月

「幸福も不幸も所詮錯覚」とややに虚しき夫の述懐

四歳がつま先立ちをする時に少し近づく五歳への距離


12月「酒」

シャルドネの今年のワインが発酵すオークの樽の並ぶ地下室

飲みすぎのひとつ覚えの言ひ訳ね 「楽しい酒は百薬の長~!」







コスモス五十五周年記念大会(島田暉選者賞)

おにいちゃんの隣に写る三歳児写真の中で背伸びして立つ


gusts spring edition

In the Eastern sky,
protecting its violet strip
underneath the navy blue
a winter rainbow
is disappearing ... quietly


gusts fall edition

Under the full moon,
a Queen of the Night
started to bloom
each petal trembling
the whole flower swaying


“Get together while we can”,
a reunion notice came
all the way from Japan
after fifty years in real world
since that innocent graduation


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