できるところから一つずつ

できるところから一つずつ

2016年



1月号

たつぷりと大根下ろしを添へて出す夫に習ひし揚げ出し豆腐

五十年使ひ込みたる鉄鍋の重さこのごろ腕に応へる

中国系の人らの多きマンションにベランダごとの月見パーティー

赤黒き地球の翳がじわじわとスーパームーンを覆ふ月蝕



2月号

アスペンの落葉散り敷き夕陽さす森は黄金(こがね)の輝きにあり

「始皇帝と大兵馬俑」のポスターの中央の兵亡き父に似る

むき出しの腕の太さの頼もしき兵俑の目はむしろ穏やか

老いゆゑに幹事の受け手なくなりて同級会は今年で終る

本郷の大衆酒場「かぼちや」にてなごりを惜しむ二次会続く

・・・第二歌集は、ここまで・・・・


3月号

色あせし原画の謎を解き明かすタッチ緻密な模写絵・複写絵

八重葎繁れる末摘花の庭ところどころに萩の花咲く

夕霧の手紙を奪ひ取らむとし雲居雁は右手をのばす

姫たちは引き目鉤鼻太き眉ミス日本にはなれぬ面立ち

   (徳川美術館にて 源氏物語絵巻展「甦る平成の絵巻」を見て)


4月号

酒断ちし夫の使はぬ徳利に白玉椿一輪を挿す

母方のいとこの最後の一名の逝去の知らせ海越えてくる

手をひきて防空壕に連れくれし従姉なりしも 時が経ちたり

「カナダから祈っててね」と言はれたり「天国からの距離は同じよ」


五月号

気安くは転べぬ齢と自覚してスキ―、スケート語彙からはずす

同級生の〈老いの嘆き〉は聞き流す 身につまされてぐつたりしさう

「書は線」と言ひゐし人がこのごろは「空間処理と呼吸だ」と言ふ

「空間を含めて一字がなりたつ」と教へられたり 空即是色

「書の中に呼吸を籠めよ」と教はりて息の仕方がわからなくなる



六月号

白縁の赤き花びら八重をなす〈光源氏〉といふ名の椿

蜜を吸ひ花びらを食み五羽、六羽メジロが〈光源氏〉にあそぶ
(光源氏は、椿の種類の名前)

長病みの夫を労りその妻がやさしき声でゆつくり話す

看病の奥さんの方が消耗し顔色悪し病める人より

短くてひらがな多きメールなり娘が時にくれる便りは


七月号

アラスカの凍れる夜の雪原に焚火掻きたてオーロラを待つ

一昨日(をととひ)も昨日(きのふ)も出ないオーロラを「今夜こそは」と待ちかまえゐつ

朝八時黝く広がる北空に揺れはじめたる・・・あれはオーロラ

空埋めて蒼・白・碧・黄緑に大きく靡きオーロラ揺れる



八月号

編隊を組みて大きな鶴三羽平行移動のさまに飛翔す

滑るがに池のほとりに着地してスッと立ちたり足長き鶴

我と目があひてグルルと鶴が鳴く喉(のみど)の奥でつぶやくように

これからは自分の力で楽しめと書の先生の指導が終るを

ほめ上手はげまし上手の先生に書を習ひきぬ六十年を



九月号

ワン・チャンスで五点も入るラグビーに勝ちの行方は予断許さず

リズムよきラップ秘かに練習す英語の滑舌訓練として

キツツキの婚活音と教へられ木をたたく音あらためて聞く

日々同じ木の梢に啼くシラコバト今日一羽増え呼応して啼く



十月号 白頭鷲

飛び立つ日近き鷲の子巣の縁に立ちて時折羽根を拡げる

今日は巣を少しだけ出て枝の上にとまる鷲の子声高く鳴く

旋回の白頭鷲の白き尾が飴色に透く夏の日差しに

ゴルフ場のバンカーに来て砂浴びす耳の大きなベビー・コヨーテ

大粒の雹が道路に跳ね返るツール・ド・フランス第九ステージ



十一月号

「サンパウロの次男が父になりました」義弟のメール日本より着く

ジカ熱の不安は見せずブラジルで出産したり女性領事は

「オリンピックはメダルの数ではない」と言ふ正論すぎて少し苦しい

オリンピックばかり視てゐるわが家では大統領選影薄くなる




十二月号

十三のユミがカナダに来ると言ふ初めて国を出るひとり旅

「二週間で英語が出来るやうになる」ユミの信じる壮大な嘘

ケータイに送られて来し写真見てユミを待ち受く午後の空港

ぶらぶらと少し遅れて出て来しは「あ、あれがユミ、背が高いのね」



バンクーバー短歌会 1月

「幸」の字の収めの懸針右に逸れ今日の幸せつかみそこねる

迷ひつつ引きたる〈幸〉の懸針の芯が揺らぎて右に逸れたり


バンクーバー短歌会2月

椿

数へ日に登志子さんよりいただきし椿を活けて新年を待つ

堅かりし椿のつぼみほころびぬ 暖炉のそばにひと夜すごして



3月

大根の煮物に箸が進む子よ汝もいつしか五十一歳


4月

シャカシャカと卵の白味泡立てて夫の所望のカステラを焼く 


5月

うつむきてスマホを使う人たちの右手の小指宙に遊べり  

ガラケーで主役でありし親指がスマホの画面に脇役となる


6月 題「色」

〈藍〉の色二十五種類掲載し几帳面なり『色の辞典』は

ブックオフがバンクーバーに出来しとき最初に買ひき『色の辞典』を


7月

〈義理〉といふ英語なけれど義理固く見舞ひてくれぬ カナダの友が

口を開けピョコピョコ跳ねて母を追ふおなかのすいた仔鴉一羽


8月 鳥

中宮寺の弥勒菩薩のスマイルにまた逢ひて来む飛鳥への旅

目を伏せてなだめるやうに笑みいます飛鳥の里の弥勒菩薩は


9月

スペインの物産展で見つけたりコルクでできたショルダーバッグ

手触りのしつとりとして手に軽し木とは思へぬコルクのバッグ


⒑月

カナダ式英語を使ふ十歳が日本語訛りの私を嗤ふ

わが脳の表層のみの英語域惚ければすぐに消えてゆくべし 


⒒月

食卓に残されしまま留守番す電話嫌ひの夫のケータイ

秋の空ますます高し今年子の鷲に大きく輪を描かせて 



⒓月 
題「丸」

「笑点」を「cushion show」と呼ぶ孫と歌丸最後の司会見てをり

久々に逢ひたる娘さうさうに「背中が丸い」と私を叱る


東京歌会
11月
十三の孫と七十九の祖父と素数同士で意地を張り合ふ



Gust 24


Waiting for
the Northern lights.
we kindle
the bon fire again
in the snow covered field


“I want to play
Pokemon GO”
a grandma said,
all ready to go
with a new smart phone


All by herself
at twelve years old
Yuri arrived from Japan
pulling a big suit case
flush with the excitement


以下一首は提出せず

The first night
at the dormitory
Yuri cried a little.
Tears were warm
on my cheek--- she said





GUSTS 23

Submission to GUSTS 23


By and by,
a double rainbow appeared
as if the people
in my memory
were whispering to me


Aurora Borealis
green and white
dancing like
divine frames
in the pre-dawn sky



a family quartet
is singing hymns,
celebrating
the life of their mother
who loved music so much


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