できるところから一つずつ

できるところから一つずつ

2023年



朝々をベランダに来る雀たち常に何かを喋り続ける

ベランダの鉢の萩の枝そよぐたび雀がピクリと後すざりする

晩年を楽しく生きる算段が〈終活〉なりと夫が言ひ切る

「市民権がとれそうだよ」と報せくるアメリカ暮らしの長くなる子が




コスモス2月号  影山一男選

朝六時日の出の前の新宿の空にほわりと薄紅の雲

ベツレヘムの星のごとくに輝けりスカイツリーの天辺の灯は

薄闇に白く浮き立つ代々木駅の長きホームに電車が停まる

マエストロのやうに巷を見渡せり代々木ドコモのアナログ時計



コスモス3月号  小島ゆかり選

久々の一時帰国で耳にする〈ラノベ〉〈マツエク〉〈サブスク〉〈むずい〉 

言ひたきをすつきり言ひて悪びれぬ若さに圧倒されて頷く

区役所の入り口近くにアレクサが日・中・韓語で案内に立つ

区役所の案内係のアレクサに「トイレはどこ?」と訊ねてみたり

快適な旅を約束するフェリー三途の川にもあればよいのに



コスモス4月号  桑原正紀選

ベランダの雪を掬ひて作りたり おにぎりサイズの小さき達磨を

歌一首添へて友より贈られぬ深山樒の緑濃き枝

数へ日の雨の晴れ間に届きたりふつくら丸き京風の餅

〈老い〉といふ自覚に甘へゆらゆらと達成感の無き日を終へる

樋口恵子の「老いるショック」といふ言葉よく解りすぎぐっと疲れる



コスモス五月号  影山一男選

八幡様の幟に太く黒々と〈新型コロナ禍熄滅〉の文字

どれも皆〈吉〉であらうと期待して〈幸福御籤〉をためらはず引く

励ましの言葉を求め戴きぬ八幡様の〈幸福御籤〉

おみくじの〈大吉〉の字に満足しあとは読まずにバッグにしまふ



コスモス六月号  木畑紀子

「粗大ごみ」の「粗」の字に抵抗なしとせず ゴルフクラブを処分する時

カナダでは聞くことのなき鶯を上水沿いの細道に聴く

くりかへし鳴く鶯に応へたりしばらくぶりに吹く口笛で

日本より発つ日の近き今晩は熊本産の筍を煮る

あく抜きをしないで煮たる筍に春の香りがひときは強し



コスモス七月号  田宮朋子選

   ファックス機

ひところは母と私を結びゐしファックス機を明日〈ごみ〉として出す

ズズズズとファックス機より少しづつ母の手書きの字があらはれき

まだひと箱戸棚の中に残りをり ファックス用の感熱ロール紙

ファックス機に感熱ロール紙セットして待ち受けゐしを手が記憶する

さくら散り広くなりたる青空に花水木の白まばゆきばかり



コスモスハ月号     桑原正紀選

六階の窓より高きユリノキにカップのやうな花が咲き初む

ユリノキを渡る五月の風つよく車の音をかきけしてゆく

日本の大根(だいこ)シャリシャリ美味しくて刺身のツマを独り占めする

八十五を迎へる夫の誕生日小さき土鍋に小豆粥炊く

どことなく身の軽くなる心地して菜の花の咲く川沿ひをゆく



コスモス 九月号   影山一男選
「めでたし」

海峡を渡る気概はなささうな紋白蝶が小刻みに舞ふ

「自力ではもう輝けないトシだわ」と娘が頬に紅を掃きをり

末の子の〈老いの嘆き〉を聞くまでに歳重ねたり 「めでたし」とする

「老いてなほ美しく」といふ講演でアイシャドウを塗るコツを教はる

教はりし化粧せぬまま十日経つ 宿題をせぬ子供のやうに



コスモス10月号 木畑紀子選

ユリノキの下のベンチにバスを待つ 風も昼寝をするやうな午後

「たちあがれ」と脳の指令が届きても膝には膝の言ひ分がある

小脳に脚が反応するまでに三秒ほどのタイムラグあり

仏壇に線香をあげ拝むのもアロマセラピーなのかもしれぬ

ジャスミンの垣根に沿ひてゆつくりと歩むのがわがアロマセラピー



コスモス11月号    田宮朋子選

エンジン音高く港を離れたり鯨見物ツアーの船は

近辺に鯨がゐるを察知してキャプテンが船のエンジンを切る

甲板に三脚を立て少年がシャッターチャンスを待ち構へをり

藍濃ゆき七月の海 波の間にシャチの尾鰭が見え隠れする

海水にぬれた体をきらめかせシャチがひらりと宙を舞ひたり



コスモス12月号 桑原正紀選

母まさば百十一の誕生日 わけは言はずに赤飯を炊く

享年は八十四の母なりき〈ほどほどの生〉と今は思へる

もう無理はできぬが無茶はまだやらう八十二歳はたくらみ盛り

二年越しの改修工事のほぼ終り今日より開く和風ガーデン

二年越しの改修なりし庭園に鴨も兎も栗鼠も戻りぬ





むさしの支部歌会

1月   老衰に通ずるコロナの後遺症 倦怠感も筋肉痛も

2月   寝不足をスマートウオッチに指摘され初めて飲みぬ眠剤二錠

3月   三十年探してもまだ見つからぬ母の遺しし手文庫の鍵

4月   「現状に満足せよ」と書かれあり八幡様の「吉」の御籤に

5月   〈むさしの〉には平仮名表記がよく似合ふ 殊に桜の咲き初むる頃

6月   巻紙に候文で書かれあり祖母から母への古き手紙は

7月   出かけ際のわたしのやうにあたふたとキャベツ畑を紋白が飛ぶ

9月   脳がもう疾うに忘れし折り鶴を指が勝手に淀みなく折る

10月   題詠「幸」  
     恩恵を受けねばそれも幸せと毎年払ふ癌保険料

11月   コロナ禍に逝きたる友のメルアドをまだ消せぬあま二年経ちたり


東京歌会
4月 〈ごみ〉として過去を処理する〈家じまひ〉わが旅立ちの序奏なるべし



submission to Gust 37

On his silver wedding day,
my son became an American
In the pictures he sent over,
he was smiling happily
with his own American family


This will be
my last trip to Japan
….With my eyes lightly closed
I felt the plane touch down
with a slight bump


a few minutes
after the flight passed
the date line,
my faithful smart watch
changed the date quietly




Submission to GUSTS 38,

"I cannot shine
on my own anymore"
murmured my daughter
applying one last touch
to her gray hair


a family of orca
like so many torpedoes
speeding to the North
with their tails side by side
in the white ocean waves


All wet and shiny
an orca suddenly
jumped up into the air
proudly showing off
its beautiful black body


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