存生記

存生記

2010年06月20日
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「アウトレイジ」を池袋で見る。ヤクザ版バトルロワイヤルというべきか。オシム前監督は「日本のサッカー選手には殺し屋の本能が欠けている」とコメントした。この映画では逆に殺し屋の本能だらけの男たちがサバイバルを繰り広げる。サッカーとは違って、やったらやり返されるという暴力の連鎖が描かれる。

暴力で決着のつく生存競争はわかりやすい。時には痛快でもある。ヤクザ映画が廃れないのは殺しの美学が単純で一貫しているからだ。観客はストーリーも結末もだいたいわかっている。そこで監督や脚本家は殺し合いや心理戦をどう見せるかに知恵をしぼる。誰が生き延びるのか、それとも全員死ぬのか。物語のドラマツルギーからして、派手に暴力をふるった者がそれ相応の報いを受けるとすれば、生き残るのはコイツかアイツかと観客は予想して楽しむ。緊張感が続く画面のなかで、北野武はテレビでは放送できないサディスティックな笑いを散りばめ、歯科医院やラーメン屋や大使館がその舞台となる。

通常のヤクザ映画では、観客は感情移入する主人公が我慢に我慢を重ねて最後に復讐を果たす場面でカタルシスを得る。だがこの映画ではそういう華々しいカタルシスはなく、現実社会のリアリズムのままに主人公と仲間たちはシステムにこき使われて捨てられ、憤慨しながらも滅ぼされる。この苦さや痛さの後味をどう捉えるかによってこの映画の評価は変わるだろう。

「これからの時代は金よりも出世だよ」という小日向文世演じる警察関係者の台詞が印象的だったが、これからのヤクザ映画は表の権力と裏社会のこうした利権の奪い合いや馴れ合いを21世紀の現実に即してどう描くかが問われることだろう。高倉健が北野映画の出演を熱望しているらしいが、実現すればどういう「健さん」が描かれるか興味津々だ。シリアスの権化のような高倉健を撮るとなれば、たけしのことだから笑いをからめたくなるにちがいない。





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最終更新日  2010年06月20日 18時47分28秒


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