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テレビでテニスのシャラポワ選手の特集を組んでいた。私も高校・大学とテニス一筋だったのでテニス界の事は仕事と育児に追われてテレビや新聞を読めない毎日でも少し気になる。容姿端麗、10代でプロテニス選手でありながらモデルもしているシャラポワは時の人という印象だけど、生い立ちで、母親と二人で幼少時住んでいたアパート?が映し出されていたが、それは半地下とも言えるような、牢獄のような作りだった。マルちゃんには父親がいなくて辛い思いをさせている、今後もさせるかもしれないけど、私はマルちゃんがとっても大切で大事だから、何にも不自由しない生活だとそのありがたみって分からないかもしれないし、この足りない環境で育つ事を克服して、いつかシャラポワのように強く美しく、輝く女性になってほしいと思う。マルちゃんにはママの他にもママのおじいちゃん、おばあちゃん、ママの弟もいるのよ。ママの実家にはママの愛犬ハートとその息子ハッピーもいるから楽しいしね。マルちゃんには兄弟が続くか分からないけど、ママはマルちゃんがいてくれてとっても幸せなの。一緒にがんばっていこうね。
February 4, 2005
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夜中3時頃隣で寝ている娘(マルちゃん)がまた泣き出した。マルちゃんは今2歳1ヶ月だが、完全断乳への移行期だからか、この時間帯に泣き始める事が多い。夜中マルちゃんに起こされたからか、その後すごく変な夢を見て、飛び起きた。夢で目が覚めて、喉がカラカラに渇くくらい緊張していた事に気が付いた。あまりにも嫌な夢だったのだけど内容が内容なのでここに記しておこうと思った。夫がうちに来る。なぜか薄笑いを浮かべて人をバカにしたような表情をしている。離婚の事、マルちゃんの事について話し合いに来た様子。私は夫に「今まで自分に代わってマルちゃんの面倒を見てきた私の両親に対して少しは感謝の気持ちとかないのか」と、気が付かない夫に対して怒りの感情をさらしていた。(これってまさに現在の気持ちそのままだわ)その時私の父がお風呂から上がってきたんだけど、突然苦しみ始め、イレウス患者のように口から大量にすごい勢いで汚物を吐き始め、白目を向いて倒れてしまう。ビックリした私は受話器を取り、救急車を呼んで、自宅の住所やらを伝えているが緊張して口の中が乾き、うまくしゃべれない。そこで目が覚めた。昨日から寒波が来て、道路が凍り、車のスリップ事故もあったくらいで、いつもバイク通勤の父親も電車で通勤していたが。。何か危険を回避させる為の余地夢?的なもの?このまま夫と離婚して、実家にお世話になりながらも子育てと仕事を、両親が元気なうちはいいが、それこそ両親が病気になったりしたらどうなるんだろう。離婚して、子育てをしていたら、幸せな家庭では悩まないような悩みにもきっと何回も遭遇するのだろう。夢の中で父親が倒れた時、猛烈に心細くて苦しかった。昔、マルちゃんが生まれて2週間後くらいに夫の両親が遠方からマルちゃんを見に来てくれて、私の家に双方の両親が揃って食事会を行った時があった。その時、食事の後でお酒を飲みすぎて、かつ厚着をしていた私の父親が、今日見た夢のように、トイレから出てから気分不良を訴え、倒れた。元々高血圧があるのでリビングとトイレの気温差による血圧の急激な変化から来るショックだったのだが、あの時も救急車を呼んだが、その時は夫が近くの病院まで車を出してくれたりで助かった。でももう夫とやり直す事は無理だろうし、私はそういう助けなしにがんばっていかないといけないのだ。元気で毎日過ごせていたら、それでもあまり不安や不足も感じずにいけるのかしれないけど、天災やら、何か起こった時は、本当に不自由するだろう。あんまり考えすぎるのもどうかと思うけど、夫と早く養育費や慰謝料の話にケリをつけ、夫は死んだと思ってあまり考えないですむようになるのがやっぱり一番なんだろうか。ここのHPを1月から開設して、夫が出て行く所から書き始めて自分の気持ちの整理になり、書くことで少し落ち着いたんだけどまだまだ過去の記録ばかりで現在の気持ちを書けるまでに追いついていない。過去を振り返るのは時として痛みを伴う作業だ。。ボチボチ、やっていこう。また1月の日記に、過去編の続きを書いていこう。そうだ、今日は節分だ。こんな夢を見てしまったせいもあり、厄払いにマルちゃんと一緒に豆を撒こうと強く思ってしまった。
February 2, 2005
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夫が2003年10月に出て行って、12月からマルちゃんは無認可保育園に通い始めた。私は1月から仕事に復帰するのだが、子供は急にママと離れると環境の変化より体調を崩す・・と聞いていたので、念を入れて、1ヵ月早くから保育園生活を開始したのだ。案の定、マルちゃんは登園してすぐに体調を崩した。高熱を出し、まる10日ほど保育園を休んだ。ずっと完全母乳で来ていたので、泣いてぐずり、抱っこ抱っこでずっと抱っこしていなければならなかった。マルちゃんがそんな体調悪いとハートを抱っこしてあげたり、お散歩にも連れて行ってあげる事ができない。ハートもストレスがたまり、室内でヤケションを繰り返すようになった。ハートは2歳になったばかりの犬だが、ずっと人間同様の生活を私と共にしてきたのでとても賢い犬だ。私と夫が仲たがいしだしてからハートもストレスを溜め込み、脱毛がひどく進んでいた。ハートが私の布団でヤケションした時、もう駄目だと思い、実家に頼んでハートを一時実家に預かってもらうようお願いした。実家にはハートの息子犬を飼ってもらっていて、犬2匹になって大変だとは思ったけど病気のマルちゃんの世話で精一杯だった。病気で泣き続けるマルちゃんと二人の時が今思い返せば最初の試練だった。あの時は本当に夫に帰ってきてほしくて、心細くて辛かった。私もマルちゃんと離れて過ごす時間は最初慣れず、とてもさみしかった。マルちゃんの入園してすぐの高熱は知恵熱だったけど、それからも風邪を引いては治り、又新しい風邪をもらう・・で病気を絶えずしていた。マルちゃんが入った無認可保育園は、開園したばかりの保育園で、園長先生は女性で3人の子供を育てた育児経験者ではあったが所詮発想が託児所レベルで、「え~?」と思う事が今から振り返っても多くて、よくあんな環境に大事なマルちゃんをお願いしたなぁと思う。(知らぬが仏・・)ただ、二人いた保育士さんがとてもいい先生で、初めて保育園に子供を預ける親の不安な気持ちを思いやってくれ、マルちゃんの成長を我が子のように喜び、園日誌に細かく書いてくれたのが救いだった。
January 10, 2005
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ほとんど離婚も同然の別居、という事だったが、養育費の件に関しては決めておかねばいけなかったからなんとか夫が出て行く前に支払う事を約束させた。今までの夫婦でのお金の内訳は下記のようだった。家賃・駐車場代~~夫。約13万円ほど。生活費としては毎月10万私がもらっていたがその中から光熱費3万円ほど支払う。共働きで同棲から始まった関係だったので、専業主婦のように給料丸々もらって、って関係とは違ってた。後で思うにこれは良くなかったかな・・と。いかに妻側が働いてお金を得ても、家族を養う自覚を夫に持ってもらうには全部夫が負担すべきかと思う。夫が出て行くにあたり、養育費として月7万送ることを約束させた。夫と仲が悪くなった8月くらいから夫は私に月の生活費を渡すのを滞納していたのでちゃんと養育費を送るか疑問に思った為、「公正証書」を作りに二人で出向き、ちゃんと文章にした。「公正証書」には法的執行能力があるためだ。私が調べたのだ。それと、月々5000円というわずかなものだが、児童手当も私の口座に振り込まれるよう二人で役所に手続きに行った。公正証書を作るには2万くらいかかったのだが夫はその費用さえ払うのを嫌がった。「あなたの為に作るんでしょ」と言う。「あんたがちゃんと養育費払うのか信用できないからこんなものまで作らないかんのでしょ!」と言い返し、半額で折半した。私は当時育休中で、夫とは収入に大きな格差があるんだから夫に全額払わすべきだったのに、と今になったら思うが。養育費は初め、夫は2~3万くらいかと甘く考えていたらしい。次に思ってたのは5万。保育園に通い出したら無認可だと5万はする。マルちゃんは12月生まれなので、4月に認可保育所に通ったとしても最低3~4ヶ月は無認可に通わなくちゃいけない。最低、保育園代は確保しないとと思って話し合い、なんとか7万に落ち着いた。ひとまず離婚が正式に決まるまでこの額でいく事に。
January 8, 2005
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その後私の両親に相談し、私の父が出向いてくれて夫と男同士、二人だけで話し合いもしてくれたんだけど夫がムッツリ黙りこんでほとんど話さないのは変わりなく、父も「自分の気持ちを言ってくれないんなら何もしようがない」とお手上げ状態だった。夫の両親もわざわざ関東から呼び寄せ、うちの両親も交えての話し合いをしたけど夫の黙り込んで話さない状態は続いた。ぼそっと口をついて言った言葉が「自分をバカにしている・・」というような言葉だった。結局夫は離れて部屋を借りて、出て行くことになった。2003年10月5日に夫は出て行った。マルちゃんは9ヶ月になったばかりだった。よく晴れた日だった。その日のことをよく覚えている。自分の大きな車~トヨタのイプサムだ。子供ができるから家族車にしようっていうことで結婚を機にこの車に買い換えたのだ。私は結納返しに30万するHDDナビをプレゼントした。テレビもDVDも見れて夫の実家の関東へ帰省する際はとても重宝した。~~に引越し荷物いっさいを一人で積み込み、出て行った。その日、マルちゃんが私をなぐさめるかのようによく笑ってくれたのをよく覚えている。写真には満面の笑みで笑っているマルちゃんが残っている。
January 7, 2005
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その時期に会話にならない(夫が私を無視するので)夫に出したメール2通です。 「今日はMくん(夫)の誕生日ですね。31歳になった今何を考えていますか? 傷つきたくないから逃げたいだけじゃないの?言っとくけど、これくらいのレベルで逃げ出すようじゃこの後誰と一緒になろうが、仕事でもいろんな試練が起こっても乗り越えられないよ。やるだけやっての結論なら納得できるけど。それにそれだけ大事な事を考えたのなら私から言い出したときに言うのでなく自分から言い出すべきじゃないの?」 「親子でもけんかはするしMくんの両親だっていつもいつも仲良くできてたわけじゃないでしょう。こんなケンカというか意地の張り合いなんか結婚生活の初歩の初歩です。 暑い中、窓やドアを閉めて自分の殻に閉じこもって、父親としての楽しみも義務も放棄してあせもつくってムダにがんばっててMくんにとって何か利益になることってあるのかしら? 私の夫として、まるちゃんの父親として輝いてる男でいてくれることを望みます。」 これを見てから夫の部屋の扉が開きました。でも離婚の意思は変わりませんでした。ですがまるちゃんと接した時間が少し増えてたからか、いざ離れると思うと不憫と思うのか、少しまるちゃんやハートに対しても優しくなってきました。(相変わらず私にはろくに口きいてくれないけど・・) 私はまだ夫とやり直したい気持ちでいっぱいだったので、夫に自分が悪かったと思う点を謝りました。 「夕食作る時見てって頼んだ時リビングでテレビ見ながらまるちゃんをほったらかしていたように私が見えて怒ったけどまるちゃんとの接し方が分からなくてそういう行動をとってたのなら私の勘違いだから謝る」 夫はもう別に謝っても仕方ない、関係ないような感じでした。 夫の主張は「やりたい事も違うしあなたは自分の思い通りにならないと気がすまないでしょ。もしそうじゃなかったら(自分のやりたい事が通らなければ)生活しててストレスたまるでしょ。親がケンカをしている姿を見てたら子供によくないと思う。片親でもちゃんと育てられる人もいる。」と。 「まるちゃんは同姓だしあなたが育てれば。もう住むところ探して後は親に保証人になってもらうだけだから」と。私が「まるちゃんにこんな事なんて説明したらいいの??」って聞くと「小さいうちは死んだっていっとけば。言えないでしょ、本当のことなんて。妻と子供を置いて出て行ったなんて」 「ねぇ、もし私がどうしようもない妻なら子供の教育なんて任せられないものじゃないの、自分がまるちゃん引き取って育てようってもんじゃないわけ?!」 「だって無理でしょ、俺の方が出張とかあって子供にさみしい思いさせるんだもん」 離婚って努力しあって力尽きた時に思い始めるものだけど、夫は最初っからさじを投げてる様子で・・ その他にも以前、子供好きな私は「子供3人欲しい!」と言ってたりもしたんだけど夫は嫌そうでした。自分の自由になる時間・お金が減るのが嫌そうでした。家庭を持って、可愛い子供にも恵まれたとき ・結婚に向いてる人は、 「さあ、仕事に頑張って経済的にも安定させて、妻や子供を幸せにするぞ」と考える ・結婚に向いてない人は、 「何事も子供優先の妻に幻滅。自分の稼いだカネなのに自由にならず、足手まといの家族に仕事の夢も邪魔される」と考える夫は残念ながら後者だったようなのです。妊娠した時あれほど喜んでくれた夫が・・ 加えて夫は子供です。家族・子供を持ったらどうしたって子供のためにガマンしたりしないといけないと思うけどそれを放棄しています。彼にとって周りと軋轢が生じた時閉ざされた自分だけの世界が居心地いいのであって自分から私に対して仲直りしようと声をかけてきたことは残念ながら一度もありませんでした。 できることならやり直したいと思うけど正直物にまであたる未熟な夫と今回仲直りしたとしてもこれからちゃんとやっていけるのか不安です。乳飲み子のかわいい盛りの子供を置いて出て行くというのですから何を言っても無駄な気もします。夫にとっては私が仕事を持っているというのも離れやすいと思っている感じです。自分がそれほどお金を出さなくてもいいだろうと思っている感じがします。一家の主としての立場を捨て、一人の気楽な身分に戻りたい様子が感じられるのです。でもそれってすごく無責任じゃ・・ 養育費は払うといいますが、・・なんで、今度こそ幸せになりたいと誰よりも願い、かわいい赤ちゃんに恵まれたさかりにこういうふうにならないといけないのか・・
January 6, 2005
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夫は娘が9ヶ月の時に出て行きました。私は出産後、1年間の育児休暇を取っていた最中でした。夫と知り合ってからの事から書きます。長いですが。。夫と知り合ったのは2001年の8月、妊娠が分かったのは翌年5月、入籍は8月、出産は12月でした。彼は動物好きで、私が飼ってる小型犬のハートをとてもかわいがってくれたのがきっかけだったのです。 ちょうど彼と同棲しようとしていた時に妊娠が発覚したので、結婚しようと思いました。彼も彼の両親もとても喜んでくれました。その後出産から3ヶ月くらいまでは何事もなく幸せな結婚生活でした。 ですが、ハートが2月に3匹の子犬を出産して、子供(マルちゃんとします)より子犬をかわいがる夫の姿に疑問を抱き、ちょっと残念と思っていました。 今思うに夫は赤ちゃんの扱いが不慣れで世話をするのがちょっと怖かったんだと思うのですが・・・ 4月に大きなケンカをしたのですがその原因はとても些細な事でした。その日お宮参りに行ったのですが、昼前から午後まで、その後写真館へ子供の写真を撮りに行きました。結局一日がかりになってしまったのですが、彼は疲れてしまい不機嫌でした。きっと子供の為に「つきあってやってる」という気持ちが強かったのでしょう。 写真撮影終了後、駐車場で私が携帯をどこに直したか探していたのですが彼が「○○にあるんじゃないの?」って言ったのですが、私は自分の母が「△△にあるんじゃない?」と言った言葉に同感と思ったので母が言った場所を探したのですがそれで夫を切らしてしまったのです。「自分より母親を優先した」と言って3週間怒り続けました。私はまさかそんな理由で怒ってるとは思わなかったので、驚きました。しかもその怒り方がちょっと普通じゃないのです。一部屋にポットやら食べ物やら持ち込み、私と全く顔を合わせないよう、壁を作って自分の世界にこもっていまうのです。当然口も利いてもらえません。私の作った食事は食べません。洗濯も自分が脱いだ服は一箇所に集め、私にさせず土日にまとめて自分の分だけするのです。私やマルちゃんの服があっても一緒に洗ったりほしたり取り込んだりは一切なかったです。 で、その後半年後の8月中旬のケンカが別居の原因となったようです。 7~8月は彼の会社は忙しい月だったらしいのですが、彼は土日寝てばかりかテレビを見るかばかりでした。 実は8月初旬に会社の人と海に行く予定があったのですが私とマルちゃんも連れて行ってもらう予定だったのですが夫が申し込みし忘れ、私とマルちゃんは留守番になりました。でも夫が疲れているだろうからと私は全く不平不満を言いませんでした。その時は、申し込みをし忘れた夫のほうが平謝りで(私に怒られると思ったらしく)「後で好きなところどこでも連れて行ってあげるから!」と何回も言っていました。その言葉を言ってくれてる夫の姿だけで私は十分かと思っていました。 ですがその後どこかへ行く事はなく、休日はずっと夫はダラダラしていました。 夕食の用意を私がしてる時、子供が泣くので私はおんぶしてご飯を作る事が多かったんだけど子供が台所の物を触ろうとして危ないので土日で自分の部屋でテレビしか見てないのだったらちょっとリビングに出て子供見てよ、と思い夫に「夕食作る間のんちゃんリビングで見てあげてよ」と頼みました。 しばらくすると子供のすごい泣き声。。。見ると、子供が歩行器に乗り、泣きながら私のほうへやってきて、夫はリビングのソファに寝転び、ほったらかしてテレビを見ている姿が。。 私はその時が一番ショックでした。 「そんなんやったらホンマに見てるだけやん。自分の部屋からリビングに移動してテレビ見てるだけやないの」と夫に対して怒りました。 多分、それが気に入らなくて夫は怒り出したんだと思います。 暑い夏なのに部屋の扉は閉め、又自分の部屋にこもるようになりました。 8月末に東京の夫の両親の家に行く用事があったのですが普通そういう行事ごとがあったら仲良い姿を見せて安心させたいと思うじゃないですか。でも全く私を見ようともせず、寄せ付けずな状態のまま関西から東京に行くはめになりました。東京までは夫が一人、ノンストップで運転したんですがはっきり言って怖かったです。休憩も取らずに意地を張って運転する夫が。 東京の実家では、夫は両親に対して無口でほとんど返事くらいしか会話をあまりしないので、どうか・・と思ったのですがやはり夫の両親は私達の不仲に気がつきました。私はあちらの両親に対しては普通の態度をとっていましたがつい夫の不満を言ってしまいました。その内容は「夫が子供をかわいがらない」ということが中心でした。あと、出張などの用事をちゃんと伝えない、など・・すると夫の母が「あなた達子供二人くらい産んだら離婚するのじゃないの」と言いました。その言葉を聞いてすごくドキッとしたのですが・・夫の母は子供産まれたばかりで楽しい時期なのなんかあるなんてちょっと二人は危ないんじゃないの、と危ぶんでいたのです。 後日、夫から出て行きたいと言われました。それも私がなんとか仲直りしようと話を持ちかけたときに。 私は気が動転してしまいました。 夫に対して言いました。「そんな大事な事、考えてたんならなんで自分から言いださへんの?」と。それと夫の口調からは、子供が生まれてからの結婚生活から逃げ出したい様子がとれたので「それならマルちゃん連れて自分で育てる覚悟で言って!」と言いました。 夫が子供をかわいがらなくてハートが産んだ子犬をかわいがってた時から気になっていたのですが。。動物をかわいがる人は確かに優しい部分があるかと思いますが、動物は人間に逆らったりしない事を私は見逃していました。マルちゃんは、自分の思うようにならずふいに泣き出したりするし、完全母乳で、私との密着度が多かったのでマルちゃんに対して遠慮する部分が多くなってしまったのかもしれません。 私は彼の身勝手な、子供を捨てるような発言に憤り、「マルちゃんを連れて行ってよ!」と取り乱して言いました。夫もその勢いに気おされたのか、一晩はトライしたのです。いつも私とマルちゃんは一緒に寝てるのですが、夫に渡して夫はマルちゃんと布団で寝て、私は一人でベッドに行きました。ですがマルちゃんはその晩すぐ、何回も泣き出しました。いつもなら寝ながらおっぱいをくわえ、起きることなく朝まで眠れるのです。夫は私に教えてもらったばかりですがミルクを作り、一晩中あやして抱っこして起きていました。私もマルちゃんの泣き声が気になり、朝まで一睡もできませんでした。家族3人眠れぬ夜を過ごしました。私はマルちゃんの泣き声がするたび、泣けて泣けて仕方ありませんでした。まるで「パパとママ仲良くしてよ、そうじゃないとあたし嫌だ」と言ってるように聞こえたのです。 そして、明け方泣きつかれたのかマルちゃんは寝始め、夫も1~2時間弱寝ていたようで、仕事に出かけました。その後私は猛烈に後悔しました。これで睡眠不足で、夫が交通事故にでもあったらどうするのか。。と。夫が帰ってくるまで心配で心配でたまりませんでした。なので、夜夫にマルちゃんを見てもらうのは一晩限りでやめました。 ですが、それから土日の休日夫にマルちゃんを見てもらったり、父児の接触を測ったのです。私が帰ってきたらおんぶ紐を使って抱っこもしてくれていたようで、夜ばたっと夫は寝たりする日もありました。 それから何回か話合いもしたのですがお互いの主張で口論となったりもしました。そしたら夫はリモコンを投げ、ドアを乱暴にけるように開け閉めしたりしました。私は注意しました。「やめてよ!マルちゃん起きるやんか!」きっとその言葉も(子供本意だったからと思います)火に油をそそぐ結果となり、今度は自分の部屋の扉が勝手に開けられないよう扇風機を盾にして置くようになりました。 暑いのにクーラーなしの部屋で汗をかきながら意地を張り続ける夫・・物にもあたるし・・ 何より子供をかわいがらない姿が一番ショックだったのですマルちゃんが乗ってるベビーカーだって怒ってる時はすごく乱暴に扱うのです。怒ってる時は子供のお風呂を頼んでも乱暴に扱うのでマルちゃんの頭がドアにぶつかりそうになり、「ちょっと、気をつけて扱って!」とたまらず叫びました。その時の夫の怒りに満ちた目、忘れられません。私に怒って何日も口利かないとかは耐えられるけど、子供には当たらないでほしかったんです。もちろん犬もかわいがってくれません。ハートは夫のことが大好きなので帰るのを玄関でじっと待って、また部屋に閉じこもってもドアの外で待っているのですが・・ そんなに夫が怒らせるなんてあなたが言い過ぎてるのじゃないの?と夫のお母さんに相談した時言われました。でもケンカの原因となるような事は、どこの夫婦も初期に経験するということで乗り越えられるべき内容かと私は思うのですが。。
January 5, 2005
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