NPOひょっこりひょうたん田代島
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田代島に通い続けて5~6年ほどになるが、平塚家について知ったのはその後である。先日同じく千石船として栄えた「武山家」の講演の折、講師の先生である「斉藤善之先生」より「近代の胎動」という本をプレゼントしていただいた。その中で、「平塚八太夫家について」書かれているので歴史の勉強も含め、田代島の先人に対する畏敬の念でも、まとめてみようと思う。(まとまらないと思う)参考にした本は前述の著書であり、著者は斉藤先生であります。平塚八太夫とは陸奥国牡鹿郡田代島に生まれ1802年那珂湊に出、一介の船乗りから幕末にかけて、大型廻船を有する有力船主に成長した人物である。<平塚八太夫の略歴>1802年 田代島、仁斗田生、 生業不明だが金貸しの痕跡あり「経済的上位」 航海術を学んだ。(どこで誰に教わったのだろうか?) 田代島民は航海術に優れているといわれとぃるが どういう歴史なのだろうか?1835年 那珂湊の廻船主濱屋五郎衛門。 廻船得宝丸の沖船頭(雇われ船頭)として 蝦夷地公益に従事。今日はこれまでだが、当時東回り航路にも、北前船(日本海航路)と同様に買積を行う船は多数あったはずとしている。
2006.03.18
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