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いい加減に終わらせないと、気がつけば「2歳の娘」も3歳になってしまいました。。さて、パレードが始まり娘のテンションも徐々に上がり初めてきました。このパレードのストーリーとしては、いつもの様にミッキーやドナルドが出てきた後で、フック船長や魔女にショーを乗っ取られるが、みんな(観客)で追い返してメデタシメデタシみたいな感じのものです。で、フック船長や魔女が出てきた時点で娘が大泣き。。。やっぱりディズニーランドってどこか怖がらせ好きなところがあります。ショーも一通り終わり片付けをしてると、さっき場所取りを手伝ってあげた親子が来て、「どうもありがとうございました。。二人で来てるんですか?」と聞かれたので、「そうですよ」と答えると、「すごいですねー。ウチのダンナは絶対無理。。。」って言われました。いや、来たら来たで何とかなるもんですよ。その後、近くにあった「メリーゴーランド」に乗ることに。1人乗りの馬と2人乗りの馬があり、意外にも2歳児でも一人用に乗れるみたいだったので、娘にどっちに乗りたいか聞くと、「2人乗りがいいー」って言うので2人用の馬にまたがり、動き出すのを待ってると、「やっぱり一人がいいー」「パパ降りてー」と。。仕方が無いので降りたはいいが、当然満席のため他にのれる馬はなく、結局「床」に立ったままくるくる回る事に。。まあ、おかげで娘の笑顔をビデオに納める事はできましたが、正直久しぶりに馬に乗りたかった気持ちもありました。その後はコーヒーカップに乗ったりぶらぶらしながら時間をつぶし、夜のパレードに備えて早めの夕食をとる事に。外のテーブルで夕飯を食べてると、娘が突然イスから降りて向こうの方にあった車の置き物へ走って行ってしまったので慌ててつかまえにいって、「勝手に走っていっちゃあぶないでしょ」と注意しました。「う~ん、何か危ない。気をつけておかないとなー」とその時は思ったんですが案の定、その後なにかやらかしてしまう訳です。夜のパレードを待ってる間に、「ちょっとした感動の出来事」と「ちょっとした事件」が起きてしまいます。次回でやっと終わりです。。
2008.11.11
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ん~この時点で午後2時過ぎくらいだったかな?次はイカダ乗り場のすぐとなりにある「蒸気船マークトウェイン号」へ。船からの景色もそこそこに、船内にある小部屋みたいなところの椅子に座り「お菓子休憩」を。確か3時過ぎからハロウィンのパレードがあったけな~と思ながら船を下り場所取りをする事に。とりあえず敷物を敷いて休んでると、斜め前の親子(母親+3歳くらいの子)が揉めてる様子。。食べ物を買いに行きたいみたいなんだけど、娘を置いていくかどうかで困ってる様子でした。(敷物だけ敷いての場所取りはNGなので)その変の苦労はよーーく分かるので、「あのー、場所みときましょうか?」と声をかけると、「えっいいんですか!?」と、ちょっと驚きながらも「じゃあお願いします」と喜んでおられました。普段はシャイで小心者な男ですが、とても自然に人助けをする事ができました。さすが夢の国。。とりあえずその親子の敷物に娘を座らせると、どうやらその敷物(プーさん)がえらく気に入った様子でした。ウチのは100均の無地の敷物だったからね。(色だけはプーさん色でしたが。。。)しばらくしてその親子も戻ってきて、いよいよパレードの始まりです。。。。もったいぶる訳じゃないんですが、ちょっと長くなるので今日はこの辺で。。
2008.10.29
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番外編もとうとう10回目になってしまいました。20回以内に終わらせないと、丸付き文字が無くなっちゃいますね。。さて、確か飯食ったあとはトムソーヤ島に渡ったんだと思います。みなさんディズニーランド内にイカダで渡る島があるの知ってました?ディズニーランド歴8年にして今年初めて知りました。。イカダは知ってたんですが、「あんな乗り物の何が楽しいんだろーね」くらいにしか思ってませんでしたが、何と島に渡る手段だったとは。。ココはランド内で唯一、人ごみのない場所といってもいいかも知れません。ホッと一息つきたい人にオススメです。あと、たぶん子供のテンションも上がります。「たる橋」や「つり橋」や時々水の飛び出す岩とかウチの娘も大喜びでした。(つり橋なんて10週くらいしてましたから。。)行ったことのない方はぜひ行ってみてください。さすがに午前中でめいっぱい体力を使っちゃったので、あまり並ばずにゆっくりできるものに吸い込まれていっちゃいます。次は「蒸気船マークトウェイン号」だったはず。
2008.10.25
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さて、気が付けば12時を回っています。さすがにちょっと疲れたので、どっかのレストランでゆっくりしたいところでしたが、さすがに昼時なので何処も並んでいます。並んで待つ元気もなかったので、ふと目についたテイクアウトの店で済ます事に。自分にはハンバーグ丼みたいなのと飲み物を買い、娘はさっき、おにぎり2つも食べたのでポテトと、自分のを少し分けてあげる事に。ここで少しゆっくり休みたかったんですが、大方食べ終わった頃に娘が「パパ、う○こー、パパ、う○こー」と言い始めてしまいました。もう少しで食べ終わるのでちょっと待たせようとも思ったのですが、あまりにも「う○こ」を連呼するので、さすがに周りの人にも悪いと思い、そそくさと食事を済ませるのでした。まぁ、言うだけ偉いんですが。。さて、ここから先は全くノープランだっただけに記憶があやふやです。たぶんトムソーヤ島にいったんだっけな~。ここは、子連れの人には超穴場スポットです。その話は長くなりそうなのでまた次回に。。
2008.10.20
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今日はあまりにも天気が良かったので、気が付いたら一人電車に 飛び乗って江ノ島海岸にいました。(iPodにサザンを詰め込んで。。) 癒されにいったはずなのに、ぼ~っと海を眺めていると、何だか逆に 感傷的な気分になってしまい、そこから動けなくなってしまいました。 結局昼過ぎから夕暮れまで、そこにいて撮った写真がコレです。 とても綺麗でしたよ。 その後も何だか家に足が向かず、晩飯も海をみながらマックを 食べて、真っ暗な砂浜をとぼとぼと歩きながら帰路に着くのでした。(滞在時間6時間)ま、家にかえったらかえったで落ち着くんですけどね。。
2008.10.13
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実は今、相当酔っ払ってます。。いや、さっきまでお酒を飲みながら一人で「史上最強の移動遊園地 ドリカムワンダーランド’95」のDVDを見てたんですが、気が付いたら白ワインが1本空になってたんですよ。。(注:お酒はそこそこ弱いです)このDVDはビデオからDVDに買い直したくらいとにかく好きで、若かりし頃の吉田美和が、元ZOOのメンバー(含EXILEのHIRO)ととにかく踊りまくってヘロヘロになるまで歌うんです。その姿を見る度に、元気をもらってしまう訳です。(あの頃の曲に個人的な思い入れがあるため、さらに入り込める訳ですが。。)かれこれ数十回は観てるんですが、きょうもいい気分で酔わせて貰いました。さて、明日の俺はどうなってる??WONDERLAND′95 史上最強の移動遊園地 ドリカムワンダーランド′95 50万人のドリームキャッチャー
2008.10.11
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。。。
2008.10.10
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ベビーカーを借りようと入り口側に戻ってる途中でふと「ゴーカート」が目に入りました。まだ今の嫁さんと付き合ってる頃(10年前!)、初めてのディズニーランドで乗って以来、一度も乗ったことありませんでした。このゴーカートは決まったレールの上を走るのでハンドルはただの飾りで、アクセル操作しかできなかったため、当時の思い出としては「長い時間待ってのった割りには期待ハズレ」という印象が残ってました。ただ、こどもの目線になってみると、ハンドル操作もいらず、アクセルも助手席側から踏める位置にあるので、小さなこどもをハンドルの付いてる運転席に座らせても安全という素敵な乗り物に早代わりするのです。幸いにも、待ち時間が10分程度だったので早速乗ってみる事に。するとこれが大当たりで、娘も今日一番の笑顔!ゴーカートがあんなに楽しい乗り物だったとは。。小さいお子さんにぜひオススメです。おっと、ベビーカーを借りなくては。(行き当たりばったりモードなもんで。。)
2008.10.09
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何だか番外編が、大作になってきました。。さて、時刻はまだ10時過ぎ。とりあえずの目的であった中の最後となるプーさんのハニーハントへ。こちらはファストパスを取得済みなので何の問題もなくすんなりと乗る事ができました。スタンバイは既に90分待ち。ダンボの倍待つなんてムリムリ。娘も一番最初に乗った時はワンワン泣いてましたが、もう慣れたもんです。それにしてもディズニーランドって割と子供を「怖がらせて楽しませる」みたいな作りになってるものが多い気がします。ウエスタンリバー鉄道なんかも、わざわざ最後に怖い要素をくっつけてるし。で、結構子供に後から「何が楽しかった?」って聞くと、「怖い~」って泣き叫んでた乗り物を答えたりするんですよね。子供のツボを心得てるって事なんでしょうか。とりあえずこれで一応の目的は果たしたので、ここまでバタバタした分、後はのんびり行き当たりばったりのプランです。やっと一息つける。。。まずはベビーカーを借りに行かないと、もう腕がパンパンです。とりあえずまた入り口まで戻らなくては。。
2008.10.07
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ミッキーの家を出て、ダンボに乗ることに。できればベビーカーを借りに行きたいんだけど時間がもったいないので娘を抱えてダンボまでまた小走り。。(途中とりあえずトイレに寄っておく)そして到着したけど待ち時間は45分。なんとか我慢できるギリギリの時間です。ダンボは回転が悪いからいつもこれくらいの待ち時間なんです。しばらく並んでると娘が「お腹すいた。。」と。確かに朝早かったからしょうが無いなと思い、妻が念のために持たせてくれたおにぎりを1つあげました。ウチの娘はおにぎりが大好きです。大人サイズをペロリと平らげてしまいました。で、もう少し待ってると、「もう1個食べたい。。」と。まさかとは思ったけど、こっちもまたペロリ。相変わらず娘の食欲には驚かされてしまいます。で、さらに待ってると娘が急に泣き出しました。「黄色に乗りた~いっ!」って。どうやらまだ、順番にならんで乗るという感覚が少し分かってないのか、自分より先に色んな人が乗ってく事が不満なようです。滑り台は順番に並べるのにね。とりあえず、「もうすぐ乗れるからね~」とか「待つの疲れたね~」とか、「あっ!アレは何だっ?」とかいろいろとなだめたりごまかしたりしながら何とかやり過ごしました。このへんは前に来たときと違うところで、少しづつワガママ(自我)の芽が出てきてるように見えました。(ん~この前のようにはいかないな~)と少し不安を感じた一幕でした。でもまあ、そんな不機嫌もダンボに乗ればあっさり解消です。運良く「黄色」に乗ることができたし。こうやって娘のゴキゲンを伺いながらデートはまだまだ続くのでした。だってまだ10時過ぎだし。。。
2008.10.03
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で、25分程待ってようやくミッキーの家に入れた訳です。ミッキーに会える部屋には4~5組づつ入って、ミッキーと記念撮影とかするんですが、過去3回とも1番目でした。1番目って撮影が終わったらすぐ出なきゃいけないんでちょっとだけ損なんですよね。今回は3番目でした。そして、いよいよ僕たちの番です。普段から娘は、「ディズニーランド行きたい!」「ミッキーに会いたい!」って毎日のように言ってるんですが、いざミッキーに会うととたんにシャイになります。(誰かと電話してる時、「代わって、代わって~」て言われて、 いざ代わると急に無口になるあの感じですね)今回はサインをもらうのも1つの目的だったので、さっき買った「高級サイン帳」をミッキーに渡すと快くサインに応じてくれました。娘は緊張してたのか終始硬直状態でしたが、喜んでたに違いありません。最後にミッキーにハグしてもらい(娘がですよ)ミッキーの家を後にしました。正直ミッキーの家って、僕にとってはなんだか照れくさい場所です。。「わ~っミッキー~!!」とか絶対できないですから。ハタからみれば僕の顔も引きつってたりして。。さて、娘もミッキーに会えた実感をジワジワと感じはじめ、徐々にテンションがあがってきたようです。今の時刻は9時20分。プーさんのFPは9時35分からなので先にもう1つの目的である「ダンボ」にのる事に。さて何分待ちだ?
2008.10.02
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さて、無事にTDLについた訳ですが、今回初の試みとなるのが、「キャラクターにサインを貰う」という事です。で、前日に近所のデパートとかで探してはみたんですが「サイン帳」というものがなかなか売っていなかったので、当日パーク内で購入する事にした訳です。(実際はノートでも問題ないようですが)開園してからだとバタバタするので、パークの外側にあるお土産屋さんで買うことにしたんですが、なんとこれが1500円!!痛い出費でしたが仕方ありません。。それから入場のための列に並ぶ訳ですが、あと30分あります。でも感覚がマヒしてるのか、ディズニーランド30分って割とあっという間なんですよね。駅のホームの30分とはえらい違いです。ベビーカーは中で借りる予定にしてたため、娘の抱っこ地獄になんとか30分耐え抜き、いよいよ入場です。とにかくまずは、プーさんのファストパスをGETして、ミッキーの家の列になるべく早く並ばなくてはならないため、プーさん家までは娘(12kg)を抱えて小走りです。そしてふらふらになりながらミッキーの家に到着。。。待ち時間は25分。まずまずの滑り出しかな。それにしても。。 すでにふくらはぎがパンパン。。まだ開園20分なのに。。
2008.10.01
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我が家のディズニーランドは朝が早いです。相手が2歳児だろうが容赦はしません。5時半に起きて、おにぎりを1つ食べさせ(+かばんに予備2つ)6時半には出発です。で、7時半(開園1時間前)に到着です。これでもまだ遅いほうで、妻と2人で行ってた頃はだいたい2時間前に到着し、入場門の1番前に陣取ってました。こうすると10時過ぎには概ね絶対乗りたいものとかは片付けられるので結果的にその後のんびりする事ができます。まだ空いてるレストランとかで早めの昼食とか。で、今回の作戦は、 ・開園と同時にプーさんのファストパスをGET ・その後ミッキーの家でミッキーと写真&サイン ・ダンボに乗る ・後は自由きままにプラプラランドには7月下旬に家族で行ったばかりだったので、あまり詰め込む必要もなく、上の3つがクリアできて夜のパレードがいい場所で見れればいいかなくらいの気持ちでした。ただ、 ・すでにオムツが取れてるので並んでる間にトイレに行きたいと言い出したら どうしよう。。 ・徐々に「わがまま」になってきてる娘を上手くコントロールできる だろうか。。 ・「ママがいい~!」って泣き出したらそこで終了だなぁ~ ・お金は足りるだろうか。。(これは別物か。。)と不安要素ももいくつかあった訳です。さて、どうなることやら。(つづきます)
2008.09.30
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さて、今週娘と2人でディズニーランドに行ってきたと書きましたが、せっかくなので「思い出話」は一休みしてそっちを書こうかと思います。そもそも何で行ったかというと、今週末に里帰り出産で妻と娘が帰ってしまうためで、「思い出作り」のために遊びに行ってきた訳です。(3ヶ月ほど会えなくなるので。。)実は5月にも2人でTDLに行ってきたんですが、普通に考えると、2歳の娘とパパという組み合わせでディズニーランドに行くというのはかなり無謀な話なんですよね。逆に嫁さんが「あたしは絶対ムリ!」って言ってましたが。。結果的には前回も今回も、夜のパレードまでしっかり見て帰れたから良かったんですが、まぁそれなりにドタバタもあった訳で。。まぁ、いかに娘のゴキゲンを取りながら自分も楽しむかって事がポイントのようです。次回から何回かに分けて、細かい話を書いていこうかと思います。
2008.09.29
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2歳の娘と2人でディズニーランドデートに行ってきました。完全燃焼。。それはさておき、僕らの時代の夕方テレビといえば「トムとジェリー」か「一休さん」っていうイメージがあります。今回は「トムとジェリー」に焦点をあてますが、僕の記憶では「トムとジェリー」には少なくとも3つの種類があったと記憶しています。(ルパン3世みたいなもんですね)1つは一番スタンダードだと思われるやつで、たぶん3つの中で一番古いやつ。(これが一番好きでした。緑ルパンみたいな位置づけ?)もう1つはトムとジェリーがやたらと仲良しなタイプのやつ。(確か最初は日曜の昼にやってたような。。)そして残りの1つはトムとジェリーがやたらと喋るやつ。ナレーションみたいなやつも入ってたっけ。(これが一番つまんなかった。。)3つの「トムとジェリー」で共通してたのは全部3話構成で、真ん中の話がトムとジェリーが出てこない話だったような気がします。「ドルーピー」とかいたっけ。久々に見てみたいなー。娘に見せてもウケるかも。これは完全に広島ローカルな話ですが、「トムとジェリー」といえばお好み焼きの「徳川」のCMでした。「さっさっさっささとかきま~ぜまして♪」
2008.09.28
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僕の中では、「風邪で休む」=「NHKの教育番組を観る」というイメージがありました。本当にツライ時は別として、ただ横になってりゃいいくらいの風邪の時は、とにかく退屈な訳です。特にワイドショーとか時代劇しかやってない午前中、つまり「笑っていいとも」が始まるまでの時間が特に退屈でした。そこでNHKの教育番組を見る訳です。あの当時はこんなのやってましたっけ。(かなりうろ覚えですが。。) ・バクさんのかばん ⇒富永一郎風の人が滑り台を降りながら登場。 「ばーくばくばくばくー」ってかばんからいろんな物を 出してたっけ。 ・おおきくなるこ ⇒低学年向けの道徳番組。動物の人形劇。 最初の歌に「昨日のズボンは~もう履けない~♪」ってフレーズが あったと思ったけど。 ・高学年向けの道徳番組(番組名忘れた。。) ⇒「中学生日記」的な番組で、最初の歌の出だしが 「口笛吹いて~空き地へ行った~♪」だった。 ・低学年向けの理科の番組(タイトルなんだっけ?) ⇒「キクちゃん」「ミルちゃん」「なんだろう」の3人の の人形がいろんな実験をするんだったっけ? ・社会科の番組 ⇒「クラさん」がいろんな社会見学するんだったっけ。 ・ワンツードン ⇒歌の番組。「不思議な不思議な言葉~テテテテテテテテテレパシー♪」 って歌をなんとなく覚えてる。あと、ウガンダのチャールストンが どうとかって歌もこの番組だったっけ?ちと自信がないけど。。 ・できるかな ⇒説明不要ですね。でもノッポさんはしばらく女の人だと思ってた。大人になって子供と一緒にNHKの番組をよく見てますが、すごく良く出来てますよねー。大人が見てもおもしろい。
2008.09.27
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今日は1年ぶり34回目の誕生日でしたー。それはさておき、運動会みたいに日曜日に学校行事があると月曜日って休みになってたんですよね。これって世間は平日なので、結構特別な休みみたいに感じてました。ポンキッキをゆったりした気分で観れたり、家族が全員家にいなかったり、街の人通りがいつもより少なかったり。友達と、いつもとは違う周りの雰囲気を楽しんでた気がします。こういう振り替え休日って、運動会のほかに発表会(歌とか劇をやるんです)とか日曜参観とかでありましたね。1日中動きっぱなしの運動会に比べて、たった2時間だけの授業で次の日が休みになる日曜参観が僕はとても好きでした。
2008.09.26
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運動会といえば、夏にやる学校と秋にやる学校があったかと思いますが、確かウチの学校は秋にやってたような気がします。全学年を赤組と白組に分けて、点数を競い合う形のものでした。運動会といえば、「練習」の2文字がすぐに思い浮かびます。とにかく毎日ひたすら練習でした。競技そのものの練習ではなく、整列や入場の段取りとかそういったのが主なんですよねー。さらに本番が近づくと「予行演習」てのもあって一通りのリハーサルをやるわけです。なんか今思えば、運動会って本人たちが楽しむというより親たちにちゃんとした姿を見せるためのものだったように思えてきます。あと数年もすれば親の立場で娘の運動会を見ることになりますが、今の運動会ってどんな感じなんでしょうかねー。幼稚園の時はかけっこに出ると、お菓子やら文房具を貰えてたんですが、小学校になり、それが無い事に気づき、少し寂しい気持ちになった事を思い出しました。
2008.09.25
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昔の曲を聴くとその当時の感覚が蘇る事がよくあると思いますが、僕を小学校時代の夏に引き戻してくれるのが松田聖子です。「青い珊瑚礁」や「渚のバルコニー」なんかを聞くと強烈に夏休みのワクワクした感覚が蘇ってきます。そういえばあの頃は「ザ・ベストテン」の歌をよくカセットテープに録音したりしてましたねー。それを車で聞きながら海とか連れてってもらってたなぁー。もう夏も終わりですね。こんなに暑いと正直そんな気分でもないですが。。。
2008.09.24
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我が家はあまり家族でレジャーに出かける事が無い家庭で、泊まりでの旅行なんて行った記憶がほとんどありません。そんな中でも夏休みの定番イベントとなっていたのが家族「ナタリー」に遊びに行く事でした。「ナタリー」というのは広島にある「遊園地」+「流れるプール」というよくあるタイプのレジャー施設です。(今はもうありませんが。。)ここに行くのがとにかく大好きで、1年を通して一番楽しみなイベントだったような気がします。特に波のでるプールがお気に入りでした。そういえばここ10年くらい泳ぎというものをやってないなー。娘のオムツも外れたことだし、今年くらいは泳ぎに行きたいなー
2008.09.23
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夏休みの恐怖といえばスズメバチの来襲でした。朝、部屋の窓を開けて勉強してると、「ヴ~ン」という重低音とともにやつが入ってくるんです。そりゃもう怖いのなんのって。なんせ刺されたら死ぬんですから。それにあの羽音が恐怖をさらに倍増させます。壁に「コンッ」「コンッ」てぶつかりながら部屋中を飛び回るもんだからもうパニック状態です。新聞とかで叩こうかとも思うんですがゴキブリと違い仕留め損ねた時のリスクがあまりにも大きいのでそれもできません。なんせ刺されたら死ぬんですから。で結局、窓から帰って頂くのを待つしかないんですよねー。たまたま、父親いたりするとすごく心強かったのを覚えています。夏の恐怖は「おばけ」よりも「スズメバチ」というお話でした。
2008.09.22
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夏休みの1日のサイクルってこんな感じでした。6:30~7:00 ラジオ体操 ⇒普段より断然早起き7:00~ 朝食8:00~8:30 ポンキッキ ⇒なぜか日課でした8:30~10:00 宿題 ⇒ここが一番つらい!10:00~ アニメの再放送 ⇒「キャプテン」よくやってました あと「まんが日本昔話大会」とか(なぜか「大会」が付く。。)あとは友達と夏を満喫って感じでした。(セミ捕りメインで)小学校のルールで10:00までは家を出ることができなかったので10:00になるのがホントに待ち遠しかったんですよねー。
2008.09.21
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小学生時代の夏休みってホントにキラキラ輝いてましたねー終業式の日に、ラジオ体操終わった後にハンコ押してもらう用の用紙(首からぶらさげるやつね)をもらうんですが、この瞬間が嬉しくてしょうがなかった事を思い出します。「あーいよいよ夏休みが始まるんだなー」って。でも終業式の日って持って帰るものがたくさんあって、帰り道で泣きそうになるんですよね。。(呉は坂道ばっかりなんで。。)机の中に置きっぱなしにしてた本とか、宿題とかひどい時には「あさがお」の鉢とか。。で、家についた時の一杯の麦茶のウマいことー。
2008.09.20
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小学校の帰り道で近所のおばちゃんとかに「おかえりー」って言われたときなんて返していいのか迷う事がありました。本当に仲のいい人だと「ただいまーっ」でいいんですが、ちょっと敬語で接してる人なんかだと「ただいま」って敬語じゃないし、「ただいま帰りましたっ!」だとなんかあまりにも改まりすぎだし。。その中間くらいのちょうどよい言い回しってないもんかなーってよく思ってました。考えすぎ?
2008.09.19
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教科書以外でなんか道具的なものを支給(買ってんだけどね。。)された時って妙にテンション上がりませんでした?一般的なところで言えば「たて笛」なんかでしょうか。登校時にランドセルの横から飛び出してる感じが懐かしいです。ランドセル横から飛び出すといえば30センチのものさしなんてのもありました。僕らの頃は「竹」でしたねー。あとは、 ・算数セット的なもの ⇒ほとんど使わず、積み木だけはよく遊びに使ってました ・習字セット ⇒超ヘタで授業の度にブルーだった。。 ・彫刻刀 ⇒版画とかで使ってました ・小刀 ⇒幼心に危ないもん支給するなぁーと思ってましたなんかですかね。この辺は小学校や世代によっていろいろ違うんでしょうねー。みなさんよかったら教えてくださいな。
2008.09.18
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呼び名は色々なんでしょうが、僕らの時は「みんなのうた」という名前のポケットサイズのうた本をみんな持ってて、時には教室で、時には講堂に全校生徒が集まっての合唱がよくありました。今でも覚えてる歌といえば ・サモア島のうた ⇒夏休み前に歌うとテンションが上がったもんでした ・翼をください ⇒何故か歌う頻度が多かった ・切手のないおくりもの ⇒なんか「翼をください」とセットで歌ってた印象が。。 ・ドナドナ ⇒実に悲しい歌 ・グリーングリーン ⇒実は悲しい歌 ・気球に乗って ⇒なんか好きだったなんかでしょうか。(もっと出てくるかと思ったけど結構忘れてるみたいです。。)年頃になると歌う事が恥ずかしくなるもんですが、歌をうたうのは割と好きでした。
2008.09.17
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給食の以外であまり見かける事ないものといば「冷凍みかん」です。あれって何で冷凍してあったんですかね?バナナはそのまま出てたのに。バナナといえば何本かに1本シールが付いてて(スーパーとかで買っても張ってあるやつです)それに当たると何か嬉しかったもんです。おでこに張ったりして遊んだでたなー。確かシールのイラストとして書かれてる子供の頭(髪)が1房のバナナになってたような。。あ、バナナの話メインになっちゃった。。
2008.09.16
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ファミコンネタについては書き始めると一晩中書き続けられるくらい満載で、どんどんマニアックな方向に行きかねないので控えめにと思ってるんですが。。僕がファミコンを買ったのは小学校3年生の時で、まだ、「スーパー」の付かない「マリオブラザーズ」が出たばっかりの頃でした。(あと「ポパイ」とか「ドンキーコング」とかね)同じ学年で持っている友達を知らないくらい早い時期から持ってた訳ですが、その内ファミコン全盛期が訪れるのです。すると色んな友達の家に行ってファミコンをする訳ですが、ある事に気づきます。(あ、うちのファミコンだけABボタンが四角だ。。そして押しにくい。。)そうです、初期側のファミコンはボタンが四角いゴムでできていたんです。ゴムだから押した後の戻りが悪く、友達からはえらく不評でした。「ボタン戻らん~!」とか言って友達が引っ張っるもんだからとうとうボタンが取れてしまい、めでたく我が家のファミコンも[+__●●]に生まれ変わる事になるのでした。
2008.09.15
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小学校の献立表に「パン」と書いてあると長い形のいわゆる「パン」が出てましたが、「コッペパン」と書いてある時は「メロンパン」がでてきます。当時は当たり前の事だと思ってましたが、全国的には「コッペパン」といえば前者の「給食パン」のことを指すようですね。「コッペパン=メロンパン」なのは広島県呉市周辺だけなんですね。ずっと前にテレビでやってて初めて知りました。さらにややこしい事に、呉市には「メロンパン」という名前のパン屋さんがあります。僕はその「メロンパン」の「アンパン」が大好きです。(ややこし。。)あんなにズッシリと重いアンパンを他には知りません。ひさびさに食べてみたい。。あと「ナナパン」も
2008.09.15
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僕らが小学校高学年の頃、うちの学校は全員裸足で生活してました。もちろん学校の方針としてですが。。記憶が定かではありませんが、外でも教室でも裸足だったような気がします。そのおかげで今は......って別に何もないんですけどね。何か効果があったのかな?確かに偏平足ではないですが。今だと親が色々うるさいんでしょうねー。
2008.09.14
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またまた小学校の近くにあった「よねや」という駄菓子屋での話しですが、ある日突然店の前に大きな自販機が置かれていました。そいつは真っ赤なボデーに、白字で「コスモス」と大きく書かれていました。硬貨投入口は5つあり、中央には四角く飛び出た大きなボタンがあり、フロントパネルには、なにやら楽しげで怪しげなおもちゃの写真がたくさん貼ってありました。当時20円ものが主流のガチャガチャの世界で、100円のガチャガチャとはなかなか勇気のいるものでした。(変に投入口が5つもあるので暫く500円必要なんだと勘違いしてました。)自分でやったことがあるのかどうか記憶にありませんが、友達が時々やってるのを見てて、いつもショボいものが出てたのを覚えています。
2008.09.13
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アイスというのもなかなか移り変わりの激しい食べ物で、思い出すと懐かしいものがあります。 ・クロキュラー/アカキュラー ⇒いったいどんだけの人が知ってるんでしょうか。。 ドラキュラの絵がパッケージになってて、食べると 口の中が黒くなったり赤くなったりします。 何味だったか覚えてませんが、味的にも結構好きでした。 ・宝石箱 ⇒これは多分僕ら世代よりちょっと上の人がよく覚えてるんじゃない でしょうか。確かその当時でも200円くらいしてて滅多に食べれる もんじゃなかったですが、その分味も高級だった気がします。 もう1回食べてみたい。 ・コーラセ(凍らせ)マン ⇒ホント、微かな記憶に残ってるだけですが、袋の裏に キャラクターであるコーラセマンのマンガみたいなものが 載ってた気がします。この記事書いてて今ウン十年振りに 思い出した。。 ・掘った芋いじるな ⇒これもコーラセマンと共に蘇った記憶。たしたアイスだったと 思います。よく言われる「what time is it now」ネタですが 小学生には何のこっちゃでした。何味だったっけ? ・ガムンボ ⇒棒の部分がガムになってるアイス。 アイス食った直後にガムなんか噛みたくないでしょー。あと、ラムネの入ったアイスとか、当たりが出ると最高3本まで当たるアイスや、当たりの確立がやたらと高いソーダバーなんかもありました。お、コーラ味やバナナ味のアイスも思い出したっ。コーラ味のアイスは霜柱状な断面をしており、食べると口に刺さって痛かった記憶があります。(状況分かります?)
2008.09.12
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僕らの世代(今30代前半くらい)の駄菓子といえば ・マルカワのフーセンガム ⇒ちっちゃい丸いガムが4つ入って10円 ・像の絵がフタに描いてあるちっちゃいヨーグルト ⇒当たりだと、フタの裏に「おまけ」と書いてある ・あわ太郎 ⇒炭酸の顆粒がフタに入ってて強く締めるとジュースの中に 入って、炭酸飲料(?)になるんです。表現が難しいですが。。 ・粉ジュースと棒つき飴 ⇒西遊記のキャラクターが書かれた袋に入ってて、飴に粉を付けながら 食べるんです。確か当たり付きだったような。 ・くじ付きイカ ⇒ちっちゃい袋にクジと情け程度のイカが入ってて、当たると大きい 袋のイカがもらえるんです。 ・太郎豆 ⇒豆と小粒のスナック菓子が、浦島太郎が描かれた袋に入ったもの。 当たりだと、「あたり」と書かれた小さな紙が入ってる。 気をつけておかないと間違えて食べてしまう。。あとは、今ではコンビニでよく見かけるようになった「キャベツ太郎」や「うまい棒」なんかも当時からありましたね。そういえば遠足の100円分のおかしで、うまい棒を10本買った事あったっけ。ボリューム満点で結構悪くなかったけど。
2008.09.11
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今もあるのかどうか分かりませんが、宮小の前には「よねや」という「ケーキ屋」兼「駄菓子屋」みたいなお店がありました。小学校の目の前という事もあって、ちょくちょくお菓子を買いに行ってましたが、中でも印象的だったのが「ブロイラー」です。ある日突然現れたそいつは、当時わりと高めの駄菓子だったベビースターラーメンの「30円」を上回る「50円」という破格の値段でした。何茶色い物体が真空パックされており、何物かも分からないまま好奇心だけで購入し、食べた後でやっと「あ、鶏肉かぁ」と気づいたのを覚えています。そして思いました、「そりゃ高いわけだ」と。そしてさらに思いました、「鶏肉にしては安いな」と。子供心になにか気持ち悪さを感じてしまい、その後はそれほど好んで食べるものでありませんでした。ただ、「真空パック」という言葉はココで覚えたんだなぁと今になって思い出します。それにしても、友達からちょっとだけ分けてもらう「ベビースターラーメン」は何どうしてあんなに美味しかったんだろうか。。
2008.09.10
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今はどうかわかりませんが、あの頃(20数年前)はときどき校門前で怪しげな商売をしている人とかいました。いまでも覚えているのが学習教材を売ってたおばちゃんです。たしか「スタディ5」とかって名前だったと思うんですが、いわゆる「進研ゼミ」な感じで定期的に問題が送られてくるものでした。特徴的だったのが入会すると付いてくるオマケが豪華だった事です。顕微鏡とかそういったものがあり、子供心に「こりゃすげー!」と思いながら真剣におばちゃんの話を聞いていたもんです。おばちゃんは「この申し込み書をお母さんに書いてもらって、明日このポストに 入れておいてね」といって動物の絵が描いてあるを指差し、僕らに申し込み書を渡してくれました。親の立場になって分かることですが、そんな怪しげなものを許可してもらえるはずもなく、ましてや親を説得できる程の話術が小学生にある訳もないわけでいつも却下されてました。もちろん他の友達も同じく。。
2008.09.09
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僕が小学生のころ、町によく「ジャンケンじいさん」と呼ばれるおじいちゃんが出没していました。そのおじいちゃんは年老いた犬をいつも連れていて、小さい子供を見かけると、急にジャンケンを始めるのです。特に子供に声をかける訳でもなく子供の前に立ちはだかり、「ニヤ」っと笑うと、有無を言わさずジャンケンをしてくるのです。別に勝っても負けても何もないんですが、とにかく終始無言で声を聞いた記憶がありません。学校の先生からは「ジャンケンじいさんと、ジャンケンしてはいけません」とかって言われてたし、大人から見るとさぞかし不気味な存在だったんでしょうねぇ。あの頃はそういった都市伝説的な人物が割といたもんです。(ほとんどが「おじいちゃん部門」でしたが。。)
2008.09.08
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給食の時間といえば、ふつうは楽しみな時間だと思います。しかし好き嫌いが激しく、食べるのがもの凄く遅かった自分にとってはなかなか憂鬱な時間でした。ひどい時には給食の時間が終わって、休憩時間が終わって掃除の時間が始まっても食べ続けてた時がありました。いや、けっこうあった気がします。これだけでイジメの対象にでもなりそうなもんですが、なんか励まされながら給食食べてた記憶があります。みんな優しかったんだなあ~。それが今では、嫌いな食べ物なんてほとんどないんだから不思議なもんです。食べ物の好き嫌いなんて、ある日突然直ったりするもんなんですよね。(先々週くらいからやっと納豆が食べられるようになりました。。)給食にまつわる思い出はたくさんあるので、又の機会にでも。。
2008.09.07
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あの頃宮小には「はみがきカレンダー」というものがありました。誰が作ってたのかは知りませんが、毎月違う手書きのイラストでどこかしらに数字(日付)が付いており、キチンとハミガキした日には色を塗るというものでした。分かりやすく説明すると、カバのイラストの「歯」に1~31までの数字がついてたり、桜舞い散るイラストの花びらに数字がついてたりする様なものです。どのくらいの期間続いたのかは覚えてませんが、最後のほうはネタがなくなったのか随分手抜きなイラストや数字のつけ方がやや強引なもの等あり、それなりに毎月楽しみにしていた記憶があります。正直、ちゃんとつけてませんでしたが。。
2008.09.06
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ブログを始めてから最近、20年以上1度も引っ張り出されなかったような思い出をふと思い出すようになりました。どんなしょうもない思い出でも、消去されずにきちんと脳の片隅の引き出しに残っているというのは何だか不思議なもんです。今日もそんなしょうもない引き出しからひとつ。「くもの巣山」で思い出しましたが、くもの巣山ができたての頃、TVの撮影がきた事がありました。それは夕方のローカルニュースで放送するためもので、何の目的だったのか忘れましたが、幸運にも体育の授業で「くもの巣山」にたわむれる僕らが撮影対象となりました。放送予定をしっかりチェックし、家族そろってみたところ、映ってたのは顔から下の部分。。もう少しで顔が映るというところで映像が終わってしまい、次のニュースへ。。。念願のTV出演(顔出し)の夢は儚く崩れ去ったのでした。ただし、このTV出演の夢は「町内会のカルタとり大会」といういかにもなシチュエーションで、同じく夕方のローカルニュースにより果たされる事になるのでした。(しかもアップ)TVに映ったのは後にも先にもこの一度っきりでした。ま、この先あるかも分からんけど。
2008.09.05
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3年生の時、教室の片隅に、ある機械が置かれてました。見た目は食器乾燥機のようなもので、透明のカバーがついており、その中にはいくつかの卵(ニワトリ)が入ってました。それは昔からその教室に置かれてたもののようで、随分古ぼけた感じのするものでしたが、たぶん飼育してあるニワトリが産んだ卵を置いて、ふ化させるような目的があったんだと思います。ただ、その機械についてクラスの中であまり触れられる事はなく、中の卵も、半年以上経って少し割れて黄身の見えているものがあったり(←「黄身」の時点でふ化する確率ゼロ。。)誰が置いたのか時々増えてたりしてました。もちろんそんな機械でヒヨコが誕生するような嬉しいイベントが起きるわけもなく月日が経っていったある日、ようやくその機械の無意味さに気づいたのか、卵を処分することになり廊下から下の畑に投げ落とすことになりました。(たぶん先生の指示だったと思うけど、今思えば随分乱暴な処分方法じゃ。。)後で畑を見てみると、1つだけ「黄身」じゃない中身の卵が。。。ちょっとかわいそうな事をしたなという悲しい思い出でした。
2008.09.04
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もうかれこれ10年くらい宮小には行ってないけど、どんな感じなんでしょうか。さすがに、あの頃すでにぼろぼろだった、「のぼり棒」や「わたり棒」は無くなったり新しくなったりしてるんでしょうかねぇ~。「くもの巣山」とか懐かしいなー。って今でもそのネーミング残ってるのかな?アスレチックみたいな、網のロープでつくってあるやつ。たしか、俺が4、5年生の時に新設された遊具なんだよね。名前も生徒から募集して決めたと思ったけど。休憩時間はすごい人気でなかなか遊べなくてねー。ゆっくり使えたのは体育の時間くらいだったなー。とかいろいろ思い出してたら気になってきたので今「googleマップ」で航空写真を見てみたんだけどあれ??北校舎ってなくなったの!?なんか他にも随分シンプルになってる様に見えるんだけど。。「ひょうたん池」もなくなっちゃったのかなぁ
2008.09.03
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♪あーさやけのぉ~ しおじはーるかにぃ~ 晴れーわたるぅ~ 宮原の空~♪って感じだったっけ?宮小の校歌。さんざん歌わされたもんだからいまだに覚えてるみたいです。幼心に「しおじって何だ?」って思いながら歌ってたのを思い出します。歌といえば給食の準備の時間に「石鹸のうた(タイトル不明)」が流れてたのを思い出します。♪石鹸で 手を洗おっ 石鹸で 手をあーらおーみたいな感じの歌だったかなー。それが3年生の頃に急に歌が変わって♪わったっしーは石鹸って感じで少しノリのいい曲調になったんだよねー。いや、ほんとどうでもいい話なんだけど。。30代前半の宮小卒業生には共感して頂けるかと思います。
2008.09.02
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こんなところでひっそりとブログを始めるとは思ってもみませんでしたが、とりあえず始めてみることにします。自分の記憶をたどりながら小学校の思い出なんかを語っていこうかと思っちょります。ちなみに「宮小」ってのは広島県呉市にある「宮原小学校」の事です。
2008.09.01
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