G3 (犬) 【One Day!】


日常編 (犬) 【One Day!】



「いや、だがこれだとアカだぞ?」
「売れば売るほど赤字です。いっそロスリーダーで行きますか、青柳チーフ」
「待って! 不破君、丼勘定じゃなくて、そこの計算機を使って正しい数字を出してよ」
「そういう計算は、志貴さんの方が早いですからお任せします」
「全くもう……!」
「志貴、計算機取ってくれないか。――200でギリギリ利益範囲内か……。不破、お前の意見は?」
「僕なら、その倍取ります」
「400か。魅力的で無難な数字だが。――志貴?」
「……私も不破君と同じ意見です。400ないし500と言ったところですか」
「そんなもんだな、やっぱり。よし、400ケースで行こう。不破、発注頼む」
「了解です」


*

そんな仕事のやり取りがあって、僕は商品発注のために、とある書類を探している。
そこに注文したい個数を記入し、今日中に問屋へFAXを流さなければいけないのだが。
「ない……よな?」
どこを探しても、その紙が見当たらない。
確かに昨日、この部屋で見たのに。ドライ部門に宛がわれた、この小部屋で。
「……っかしぃな……?」
お世辞にも綺麗とは言えない机上の書類山だが、間違っても捨てる、なんてミスはしない。
何故ならば皆が皆、書類を捨てないからだ(おい、と自分で突っ込んでおく)。
左手でPHSを持ち、「志貴さーん、用紙が見当たりませんけど」とヘルプを送りながら、僕の右手は至るところを引っ繰り返す。
「あの紙ならPOSルームじゃないかな。ほら、JANコードも付いてたから。チーフが値段の入力を頼んでたはずよ」
「どうしてそんな重要事項をさっきの時点で教えてくれなかったんですか」
「知ってると思って」
「知りませんよ、今日僕、遅番でしたし」
志貴さんに愚痴っても仕方がない。早々に電話を切り上げると、今度はPOSルームにかけ直す。2コール後、電話に出たのは透子さんだった。
「はい、POS潮です」
「透子さん!」
明らかに僕の声は弾んでいた。対する透子さんは声のトーンを下げる。
「……何の用?」
いやいや、テンションも低くなってるじゃないですか。
凹みたくなる気分を押さえつつ、件の用紙についての心当たりを訊ねてみたところ、やはりPOSルームにあるとのことだった。
「それ、今から持って来てくれませんか?」
「取りに来なさいよ。こっちは忙しいの」
「僕も忙しいんですけど」
「全く……しょうがないわね」
不機嫌なセリフで締め括られた電話。
でもこれで透子さんに会える。そう思うと、この機会を崇めたくもなるというものだ。


*

「私に書類を持って来させるなんて、いい度胸してるわね」
……。
おかしい。
何かがおかしい。
確かに『POSオペレータ』は僕の欲しかったFAX用紙を携えていた。
でも、どうしてそれが、
「……八女さん……」
なんですか、神様。
「今、舌打ちしたでしょ」
「しました」
「ホントにいい度胸ね……。潮は本当に手が離せないのよ」
そう。ここは仕事場で。僕は恋愛ではなく、仕事をしに来ている。だからガッカリするのはお門違い……。
なんだろうけど、やっぱり釈然としないのは何故だろう?
「恋に障害はつきものよ、わんちゃん」
不敵な笑みを浮かべる八女さんに言われるまでもない。そんなものは――
「……百も承知です」


2011.06.17
2020.02.19 改稿


© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: