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03話
i NeeD Me ~欠けたピースの修復~
第3話
基本的に「児玉 絹」は困っている人を見過ごせない性分だ。
だから、例えそれが道行く人でも平気で声を掛けてしまう。
絹としては≪相手が困っている理由が分かる≫し、≪その治し方も識っている≫ので、その能力を活かしたくて仕方ない。
それで助かる人は確かに居るのだ。
だが、大抵は気味悪がられた。
見ず知らずの相手からいきなり「困ってますよね? 治してあげます」なんて言われれば、誰だって落ち着かない。
絹だって、やめようと誓ってはみるものの、それでも1歩外に出れば闇を抱えた人と克ち合ってしまう。
誓いは呆気なく崩れ――、次の瞬間、彼女は「すみません、あの……!」と呼び止めることになる。
昔、こんな事があった。
いつものように、絹が呼び止めた女性がいた。名を安芸(あき)というが、絹自身はそれを知らない。
早速受け取った情報はと言えば、安芸が≪彼氏が欲しい≫、という悩みだけ。
恋の悩みほど苦手なものはない絹である。知らぬ振りも出来たが、助けたい気持ちが大きくて……思わず声をかけていた。
用があるなら早くしてくれないかしら、というオーラに気付いてはみたものの、さてどうやって切り出したものか。
なまじ勢いだけで突撃してしまうから、こんなことになるのだ――。
絹は意を決すると、安芸に向かってこう言った。
「どんな男性がタイプですか? 年上? 年下? それとも、同い年ですか?
あ、でもその前に、このネックレスを……。あ、あの……ま、待って……!」
さすがに今はこんな失敗もない。
なぜなら、絹の能力アップと同時に、≪悩める人間≫が自然と絹を求めるようになったからだ。
絹の助けが要る者は、絹に目が行くよう仕向けられているみたいなのだ。
それは絹にとっても好都合だった。自分から声をかける必要がなくなったことで、変人扱いされる割合も格段に減った。
人通りの多い場所にいれば、自ずと誰かが「絹」を頼る、今日この頃である。
絹が頻繁に訪れる場所は、『ユナイソン・ネオナゴヤ店』という大型ショッピングモールである。
そこは、つい最近オープンしたばかりの3階建て総合スーパーで、依頼人を探すにはもってこいの賑わいをみせていた。
絹がそこを選ぶ基準はまだある。
彼女はアクセサリを使って人を癒す力があり、その媒体は彼女自身のお手製による。だから材料を買うという名目もあるのだ。
更に更に、他にもこの店に通い続ける大きな理由があるのだが――。
「あの……!」
急に背後から声をかけられ、絹は物思いに耽っていた状態から目を覚ました。
本日のカモ……いえいえ、悩める相談者かしら? そう思って振り返ると、そこには絹より年下らしき女性が立っていた。
グレイのコートの下に青のシフォンロンパースを着たその女性は、左肩の位置で結った髪を揺らしながら近付いてくる。
「はい?」
「えっと……急にごめんなさい……! あの、あなたが身に付けているネックレスがとても綺麗で……。
どこに売っているのか教えて欲しくて、呼び止めてしまいました……」
――そう。悩める子羊たちはこんな風に、≪絹≫、もしくは≪アクセサリ≫に反応するようになっている。
今日身に付けているネックレスは、恋愛成就の石。その時点で彼女の悩みが100%掴めたといっても過言ではない。
彼女は≪男性を恐れていて恋が出来ない。でも恋に憧れてはいる≫という悩みを抱えているらしい。
「これ、私が作ったものなの」
途端、女性の顔に、尊敬と絶望が入り混じった表情が浮かんだ。案の定、
「そんな素敵なものが作れるなんて、凄いですね。ごめんなさい、諦めます……」
と、か細い声が続く。
「いいえ。寧ろ、褒めて貰えて凄く嬉しい。良かったらこれ、どうぞ」
「本当ですか!? え、あの……お金、払います! 幾らですか?」
「ううん、私、お金は一切貰わないようにしてるの」
絹のこういった一連の≪救済≫は、全てボランティアである。何も見返り目的で人を助けたいわけではないのだ。
「でも……これ、何個も石が並んでるから材料費だって高かっただろうし……。せめてそのお代だけでも……」
「良いの良いの、本当に」
「そこのカフェで珈琲でも……」
「あ、じゃあ……お願いを1つ聞いてくれるかな?」
「何ですか?」
これ以降、絹の話すことはほとんどが出鱈目である。
「実は私、ここへはシズカという人に会う為に来たんだけど、急用が出来てしまって、帰らないといけないの。でも、ケータイが充電切れで……。
だから凄く申し訳ないのだけど、シズカに『絹は帰りました』って一言だけ伝言頼めないかしら?」
「ケータイなら、私が貸しますけど?」
「えーっと、そう、シズカは知らない番号だと出ないのよ。だから、お願い……! あと10分ほどで来るはずだから……」
絹の無茶振りに呆気にとられていた女性はしかし、そんなことでお礼になるなら、と頷いてみせた。
「全然構いませんよ。その人、どんな特徴ですか?」
「ダテなんだけど、眼鏡をかけてる。黒髪のショートカット。多分、私の姿が見えないからキョロキョロすると思う」
「分かりました。じゃあ、気を付けて帰って下さいね」
「本当にごめんなさい。お願いします」
そそくさと、絹はその場を離れる。ただ1点、シズカという人物がここに現れることだけは確かなので、それほど心は痛まなかった。
小柚記(こゆき)は、女性がくれたネックレスを首にかけると、カフェの壁にもたれて「シズカ」なる人物が現れるのを待った。
7分ほど経った頃だろうか、眼鏡をかけた黒髪のショートカットという特徴ぴったりの人物が――、
「現れたことは現れたのだけど……」
だが、どう見たってその人物は男である。
「でもシズカさんって言ってたし……」
シズカ、という言葉が聞こえたのだろう。特徴通りの男は、小柚記の方を向いた。そして、その首にかけられたモノを見て、「あぁ、そっか」と呟く。
「すまない。もしかして、君が探しているのは俺かも。絹という名に心当たりは?」
「あります! あの、絹さんから伝言を預かってます。絹は帰ります、って……」
「みたいだね」
苦笑する男は、小柚記の警戒心を解きほぐした。
「俺のこと、女だって思った?」
眼鏡から覗く瞳は優しげで。小柚記は思わず顔を赤らめた。
「は、はい……。てっきり女性だとばかり……」
「玄って書いてシズカって読むんだ。絹の伝言のお詫びとお礼を兼ねて、そこのカフェで一杯奢らせて貰っても良いかな?」
「え……と、は、はい……。カフェでしたら……」
「良かった」
玄は小柚記を促すと、店内へと入って行った。
「きーぬ! どういうこと?」
早速、玄から電話がかかってきた。午後8時。どうやら小柚記とはカフェだけの付き合いだったようだ。
「説明すると、長くなるのよ」
「そうかな。俺には手に取るように分かるよ」
「だったら、わざわざ電話なんかしてこなくても良いじゃない」
「彼女の悩みは俺にもすぐ分かったよ。≪男は怖いけど、恋愛には興味津々≫。だからあのネックレスを渡した。だろ?
俺が訊きたいのは、なんで俺が彼女とデートしなきゃならなかったのかってこと」
「彼氏とまではいかなくても、せめて男友達を作って、克服して貰いたかったの。
でも、そんなことを頼める男の子って、玄クンしかいなかったから……」
「絹ってば、すぐそうやって俺を巻き込もうとする……」
「ごめん、玄クン……」
「まぁ、俺も友達が増えて結果オーライなんだけどさ。……あ、今から帰るよ」
「あ、そう? じゃあ、ご飯温めて待ってるね」
「よろしくー」
電話が切れた。やれやれ、と絹は深呼吸1つ。
恋愛相談は疲労度が倍増だ。それでも自分に出来ることがあるならば。
「手の届く範囲内で、幸せになって貰いたいのよね……」
コップに注いだココアを呷ると、新作の手作りネックレスを宙にかざす絹だった――。
[END]
2010.01.15
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