オ ニ オ ン の つ ぶ や き

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ベル玉 @ Re:ストはストップ。。(04/19) この国だけの問題じゃないですね。。戦争…

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楽書の章


追記


シンデレラの母は継母ではない。他3点。


ふざけんじゃないよ


そんなあほな


かまわんとって


いけず、やわ~


あせったら、あきらめたらあきまへんでぇ


力を出し尽くして。。


あほとちゃうか。。


僕らは皆生きているの章


オニオン大好き/(ノンハード)


隣人を愛せよ


確かなことはない


歌うということ


ある日本人女性のことば


叫ぶということ


怒ることも必要


我思う、∴我あり。


そうだ、皆一生懸命生きている


そうだ、オニオンだって生きている


まっすぐな光


見えなかったものが見えてくる。。


昔むかし。。


何も無いから全てある


あまのじゃく


失くしてわかる。。


隠れたトラウマ(1)


トラウマ (2)


生きる意味


(自作)テーマソングの歌詞のみ


last but it's not the last..


生きているで章


「今を生きる」


どんな姿でもいい


流れるままに


誤解されてもいい


変わる瞬間


振り返らない


扉が開く


窮屈になる


延々と続く縁


信じられない話


新月の願い事


心が消える


どんな人生でも最高


一番大事なモノ


扉が閉まる


扉のこと


ひとり


失ってから


変えるチャンス


幻かも


失うモノは何も無い


まとめてみる


これが最後


終わりに章


つきあいを変える


変わるモノと変わらないモノ


宗教ってのは(ホンネを少し)ね


要るモノ


パラレルワールド


ある友達のこと


殻破り


自分っていうのは何か


嵐の時


崖っぷちにて


そんなはずじゃない


意識レベル


果たした時点から始まる


すべてある


レコード


答えのない問い


あるモノを変える


世界に誇れるもの


万事うまく行く


思いあがるな


薄情とか、無情の情


欲とはですねぇ


何かが。。


ふつふつと沸き立つモノ


キリをつけるで章


「今から」でも遅くない。


やるべきこと


失ってもまた得ることができる


やってみなけりゃわかるまい


動き出す時


仕組まれた世界


復活祭


とにかく吐き出す


人は人を裁かない


気にしなくていい


変わらない、変えられない


本当に簡単


幸せは今


・・でも。。


そろそろ終わり。。


明日は明日の風が吹く


思いを持つ時点


そのままでいい。。


人生劇場。。


感じなくなる。。


何かを見落としている。。


元に戻ろうとしている。。


岡潔さん。。


2010年08月30日
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カテゴリ: 映画

さて、エリック・ロメール監督の四季物語をしめくくるのがこの「秋物語」なのだが、邦題では「秋の恋」とか訳されている。それではちょっと残念なので、「葡萄畑の秋の恋」くらいがいいのではないかとオニオン思う。

ちょっとしたハプニングのせいで「夏物語」をミスったが、その代わり「緑の光線」を見たので結局四作見たことになる。中でカシスを食べるシーンがある。見ているだけで口に唾が溜まってしまった

全作通して、どれも女性の細やかな心理を操ったところは見事だと言える。途中でオニオンはイラつくくらいに、あれよこれよと決まらない女ごころに振り回され気分さえ悪くなりかけた。しかし、それが狙いなのだろうと感じてから落ち着いて観賞できた。

どれも話がうまくいきすぎている。あたりまえなのである。物語なのだから。。しかし、どうみても台詞がとても理屈っぽく、インテリさを見せつけられる。感性で生きる女性でなく、知性をしっかり持っている女性性(とでも言おうか。。)が主役である。他の作品を見ていないで批評はしたくないが、女性の中から撮影しているとでも言おうか。。

秋は葡萄の収穫の季節であり、現在ここはすでに秋模様である。最低気温が10℃を切って最高も16℃くらいである。しかしながら、フランスの南部は暖かい。この時期に皆で葡萄畑で働くのである。映画ではヌガーで有名なモンテリマールの近くのお話である。ワインはコートデュローヌ。太陽を一杯浴びた南仏がちらちらとうかがえる貴重な作品だ。

そこで恋が芽生えるのであるが、その成り立ちが非常に不自然である。「春物語」(「春のソナタ」)でもどうような「仕組み」があったが、無理やり合わせても無理なものは無理だという自然の摂理をうたっているかのようだ。それが「冬物語」では、その「仕組み」がもっと無理やりに最初から組み込まれてしまっているという感じを得たオニオンである。

どれが好きと言うのでもないが、最後の「秋」のが厭きの来ない作品だった。「春」のうるさい女の子がいない、「冬」の自分勝手な女がいない、しかしながら人の生活に干渉する女性が複数で入り乱れ、己の幸せのみを追求する女性のしたたかさをもろに見せつけられてしまった。

一体、我々は自分のためだけに生きていればいいのか、という質問が残ってしまった。自分の好きな事をして、好きな事を言って、好きな人だけと居て。。。

「春」は1990年あたり、「冬」は1992年あたり、「夏」が1995年あたり、「秋」が1997年あたりである。検索ごとに年が変わっているのでどれがほんとうなのかわからない。しかし、監督さんは今年亡くなった。

イメージの(少)ないブログを読んでいただきまして、感謝星






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最終更新日  2010年08月30日 17時20分16秒
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