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さて、エリック・ロメール監督の四季物語をしめくくるのがこの「秋物語」なのだが、邦題では「秋の恋」とか訳されている。それではちょっと残念なので、「葡萄畑の秋の恋」くらいがいいのではないかとオニオン思う。
ちょっとしたハプニングのせいで「夏物語」をミスったが、その代わり「緑の光線」を見たので結局四作見たことになる。中でカシスを食べるシーンがある。見ているだけで口に唾が溜まってしまった
全作通して、どれも女性の細やかな心理を操ったところは見事だと言える。途中でオニオンはイラつくくらいに、あれよこれよと決まらない女ごころに振り回され気分さえ悪くなりかけた。しかし、それが狙いなのだろうと感じてから落ち着いて観賞できた。
どれも話がうまくいきすぎている。あたりまえなのである。物語なのだから。。しかし、どうみても台詞がとても理屈っぽく、インテリさを見せつけられる。感性で生きる女性でなく、知性をしっかり持っている女性性(とでも言おうか。。)が主役である。他の作品を見ていないで批評はしたくないが、女性の中から撮影しているとでも言おうか。。
秋は葡萄の収穫の季節であり、現在ここはすでに秋模様である。最低気温が10℃を切って最高も16℃くらいである。しかしながら、フランスの南部は暖かい。この時期に皆で葡萄畑で働くのである。映画ではヌガーで有名なモンテリマールの近くのお話である。ワインはコートデュローヌ。太陽を一杯浴びた南仏がちらちらとうかがえる貴重な作品だ。
そこで恋が芽生えるのであるが、その成り立ちが非常に不自然である。「春物語」(「春のソナタ」)でもどうような「仕組み」があったが、無理やり合わせても無理なものは無理だという自然の摂理をうたっているかのようだ。それが「冬物語」では、その「仕組み」がもっと無理やりに最初から組み込まれてしまっているという感じを得たオニオンである。
どれが好きと言うのでもないが、最後の「秋」のが厭きの来ない作品だった。「春」のうるさい女の子がいない、「冬」の自分勝手な女がいない、しかしながら人の生活に干渉する女性が複数で入り乱れ、己の幸せのみを追求する女性のしたたかさをもろに見せつけられてしまった。
一体、我々は自分のためだけに生きていればいいのか、という質問が残ってしまった。自分の好きな事をして、好きな事を言って、好きな人だけと居て。。。
「春」は1990年あたり、「冬」は1992年あたり、「夏」が1995年あたり、「秋」が1997年あたりである。検索ごとに年が変わっているのでどれがほんとうなのかわからない。しかし、監督さんは今年亡くなった。
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最近行ってないけど。。 2026年05月15日
出かけなくなった。。 2026年04月05日
生まれて来たから。。 2025年09月25日