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久しぶりに明るいニュースを聞いた。
小保方さん、割烹着姿の絵がいろんなテレビで放映されていたが、すごいことをしたと思う。
科学というものが、常識に縛られず事実を認めて探求することがいかに大切なことかと言うことを教えてくれたと思う。権威ある人たちからの、「生物学への冒涜」などの非難を浴びながら、研究をしていたとは、すばらしい。
大学や研究者が、いかに自由な研究にほど遠いかということは、よく話を聞く。
知り合いの娘さんが、とある国立大学の生物学教室で博士課程の面接で言われた言葉は、「寿司屋の娘が何で博士になるの」だったと思うが、かくも女性に対する差別感が公的な研究機関ではびこっているのだと、あきれたものだ。
男も女も関係ないのだ、信念もって物事を続けたことが報われないことはよくあるが、研究とは、あることが無駄だとわかることも1つの成果なのだと言うことを、わかってほしい。
つまり、無駄なことなどないのだ。
今教育現場では、高校において生物を、あるいは化学を学ばない、物理など知らないなど教育のレベルが恐ろしく、生徒にとって楽なものになっているかを知っていますか?
つまり高校生という時期に、情報を理解する基礎を学ばなくても卒業できるのです。数学だってそうです。微分積分など知らなくても卒業できるのです。
もう一度教育というものを見直してほしいとおもいます。若い本当に何でも頭に入り、残る年代に、今のように子供に楽をさせることが、情報をしっかり与えないことが良いことなのかどうか?
日本史は知らない、世界史なんてと言うことがまかり通っているのです。
いくら英語力が大事と言っても、人間の可能性を否定するような教育のあり方を何とかしなければ成りません。知らせないという情報操作をやめさせる必要があるのです。
英語は知っているけど、伝える中身のない人間ができあがります。
次の世代を育てると言うことは、厳しいことで無ければなりません。若者に迎合し、楽をさせ続けることが社会のあり方であっていいはずがありません。
箱物を作るばらまきの政治ではなく、次世代の成長を促すような公共事業にもっとお金を使うべきです。学ぼうとしても、将来奨学金の返済で苦労するようなことのないようにすべきなのです。
越後の米百俵の精神が今こそ必要なのだと思います。