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69年目の八月九日。
長崎でも、多くの人が犠牲になった。中には広島で被爆して、長崎に疎開し、また被爆した人もいるという。
大量殺人。
狂気としか思えない爆弾。
戦争のもたらしたもの。
歴史的に見て、大量の殺人は数えられないくらいあるとは思うが、こんなに殺人者が殺される人のことを知らずに、投下ボタン一つで多くの人の命を奪ったのは、広島と長崎だけであろう。
ウラニウム型原爆と、プルトニウム型原爆。
アメリカは大量殺人兵器の実験をしたのだ。
あれから69年。そろそろ日本政府も本気で、原爆の人類史における犯罪性を、アメリカに面と向かって糾弾すべきではないかと思う。
夏が来るたびに、心に暗い影を落とし、語りかけてくる二つの日。
様々の原爆の絵や、漫画や、歌、詩などが脳裏をよぎる。
戦争は前戦で戦う兵士だけが、犠牲となるのではない。
子供や女性など、弱いものの犠牲が多いのだ。
今でも世界中で、何の罪もない人々が戦争の犠牲となっている。
核兵器廃絶の道は遠い、しかし理想の旗は高く掲げなくてならないと思っている。
あらためて、八月九日に犠牲になった人に、そしてこれらかの人々のために祈りたいと思う。