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昨日の日記に書いた事、望み・・・もう無いんでしょうかね・・・・志が高かったのか それとも無鉄砲だったのか傍から見ただけじゃ判らないしね。こんな事が有ると自分の息子が積極性が無くたってとり立てて長所も無くたって 「こんなもんでいいかぁ・・・」と思えてしまう。
2004.10.31
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香田さん・・・本人じゃなくてよかったね・・・遺体発見の情報には胸が痛んだけど また望みが出来た。若気の至りなのか それとも命と引きかえにしてもしたい何かが有ったのか・・・・どんなに批難されてもやはり生きて帰ってきて欲しい。生きて帰って来て苦言を受け止めて欲しい。しかしインターネットを駆使出来る文明と環境を持ちながら殺りくをくり返し行なっている人間の存在が有る。同じ時代に同じ地球で一同に生きている事がわたしはとても不思議だ。
2004.10.30
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最近店によくみえる50代後半のグループのお客様。男性女性入り混じって多い時で5~6人。少ない時で2~3人。それぞれ家庭のある人風。何の集まりなのか・・ゲートボールにしちゃ若いし・・宗教の勧誘と言う服装でもないし。何度目かの来店でようやく解った。そう言えば1kmほど離れたところにパチンコ屋さんが出来たのだ。来る日も来る日も話す事は「あの台はどーたら この台はどーたら・・」 「誰は何万使った・・ あいつはサラ金に借金がある・・」・・人の事心配する余裕がまだ有るらしい。パチンコ仲間だから会話はその程度でいいのか・・・・賑やかなところから来ているので声がまたデカイ!!青森は県の人口に対してパチンコ屋さんの軒数が全国一と記憶している。(古い記憶だったらすいません・・・)ましてや全国最低がいっぱい有る県。パチンコ屋さんだけネオンギラギラしている。新卒の高校生の求人率も全国最低・・・・この人達の子供も(居たらだけど)その年頃だろう。皆さん楽隠居ならいいけど なんかわたしは嫌いだな・・
2004.10.29
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昨日掛かり付けの総合病院の小児科にチビを連れて行った。喘息の真っ最中じゃちょっと言いにくくてね。整形外科の先生には未だにムカムカしていてなにがなんでも全部調べて悪い所が有るんなら治して上げたかったし整形外科医が分からない事でも 小児科医なら分かるかも知れないと思っていた。小児科の先生に整形で言われた事を全て話し 何科から受診するのがベストなのか尋ねた。歯なのか 鼻なのか・・・小児科の先生は「歯も鼻もそれで首が痛くなるなんて話は今まで聞いた事が無いなぁ・・・」と言いながら「まあ何処かと言われたら歯かな?」と。整形の先生の話とは全く違うじゃないの・・・・(二人並んで話し合ってくれ!)とわたしは思った。そのまま口腔外科を受診。今までの先生方もチビの首もあごも触っては診てくれたが口腔外科の先生の触診は 今までの先生方のとはちがっていた。他の先生は「何処が痛いの?」という触り方なのに比べこの先生は「痛い所を見付けて上げる」という風に受け取れた。10分位も続く触診。目を閉じて首もあごもゆっくり優しく診てくれた。「リンパ腺が腫れているのは筋肉の痛みじゃないからなんだよ・・お母さん・・」リンパ腺という言葉もこの治療中で始めて出た言葉だ。その後レントゲンで右の耳の下に針の様な影を発見。わたしの目にもはっきり見えた。「普通じゃないですね・・・」と先生。もう一度CTスキャンで調べなければ詳しい事は判らないと言う。どんなモノなのか判らないけど 取り敢えず原因らしき物があった。来週初めにCTの予約を入れ帰宅。「悪いモノじゃなければいいなぁ・・・」とか「手術になったりしたら大阪無理だな・・・」なんて事も頭をよぎる。だけどあの先生ならきっと治してくれるよね。“医は人術”という言葉が頭の中に残った。
2004.10.28
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泣きたくなるよ・・・口腔外科でレントゲンに写っていたのは 針の様な影がくっきりと。「軟骨なのか骨なのかCTスキャンで見ないことには解りません」って・・・「普通じゃないですね・・・」って。なんなのさ・・・「子供の首の病気なんて大した病気は無い」って言ったじゃない・・泣きたくなるよ・・・・
2004.10.27
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先日 うちの夫の友達のお母さんが亡くなり 連日我が夫は斎場 お通夜と駆け回っていました。今日がお葬式です。この友人とは高校時代からの仲で 早くに父親を亡くし母一人子一人で今までやってきました。亡くなったお母さんはとても活発で明るかったのですが、4ヶ月ほど前に突然痴呆状態になりました。本当にみるみる心身ともに衰えていったようです。運良くというか・・・彼はリストラで休職中だったので、甲斐甲斐しく面倒を看ているのを家が近所だった事もあり わたし達夫婦はいつも気に掛けていました。少しの時間が出来ると店に顔を出してくれ、その話の様子からも献身的な看護をしているのがよく分りました。お母さんはこの何ヶ月かの間に 耳が聞こえなくなり目も見えなくなり 物を口にする事を嫌がりました。まるで生きる事を拒否している様でした。何度も病院で看て貰ったのですが、どの先生も首を傾げるばかり。内科 脳外科 アルツハイマー 何処にも異常は見られなかったのです。当然以前の体重の半分ほどになり 最後は息子の無理に食べさせたゼリーを喉に詰まらせて二日後亡くなりました。いたたまれない思いでした。少し前に話題になっていた肺ガンの治療薬イレッサ。数年前からイレッサを服用し 副作用で亡くなっている人も多いと報道されました。肺ガンに掛かり 肺ガンはイレッサのお陰か転移もせず 落ち着いていたのに他の得体の知れない病で亡くなりました。息子は最後の時の後悔の言葉を何度も口にするけど「お母さんはあなたに長く苦労させたくなかったんだよ・・」と 確信の無い言葉しか思い浮かばず 簡単には口に出来なくてそれすらも言えませんでした。疑わしきはイレッサの長年の服用・・・・それとて亡くなった命はもう戻りません。
2004.10.26
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チビの調子が悪いです。また朝からバタバタと病院通いの日々になり日記の更新は無理っぽいです。だけどこいつは長男と違って 食欲は落ちない方なので回復も早いんです。食う子は やっぱり違いますよね。・・っつう訳で簡単ですがこれにて終了です。
2004.10.25
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この季節ワラ焼き公害があってチビの喉の調子がヒジョーに悪い。首の痛みが喉や歯から?などと言われたのだから 余計に気に障る。それでなくても季節の変わり目は朝晩のゼロゼロが有るのに加え このワラ焼きには本当に参る。吸入掛けても薬飲んでも 今は全く効き目ナシ!またしばらく喘息の薬のお世話になりそうな予感。ここは田んぼがそれほど近くないのにこの煙。農家の人には喘息持ち居ないのだろうか・・・・身内に喘息持ちがいないから違反をいつまでも続けるのだろうか・・・
2004.10.24
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昨日に引き続きムカつきを押さえながらの2発目です。6月から週一回程度整形外科に通院中のチビ。一向に良くなる気配はない。今週になってアゴまで痛いと言い出した。アゴから首にかけてヅンヅン・・・と、響くように痛いと言う。わたしとしてはチックを疑っていたので整形外科の先生ともう一度よく相談しようと思い 昨日出かけた。わたしが「アゴまで痛いと言い出して・・・歯のかみ合わせ(反対交互)等は関係無いんでしょうか・・・」と尋ねると「お母さん!鼻や喉 歯 どの部分でも首の痛みに関係あるんだから治らない治らないと言っていないで 悪い部分の治療をする事が先!」と、良くならない事にご立腹の様子。そんな事今まで一言も言わなかったじゃないのよ・・・・5ヶ月もダラダラと痛み止めや赤外線治療を続けてきたのにアゴまで痛くなったと言ったからってその言い方はどうよ・・オマケに最後には「だいたい子供の首の病気で重い病気なんてないんだから・・・」だって。重い病気だろうが軽い病気だろうが痛いのに代わり無いんだからそりゃないでしょ・・・帰り際自分の言い方に後ろめたい所が有ったのか「お母さん・・下の子って手が掛かるんだよ・・」等とまったく脈略の無い事まで言い出すし。あほか~ うちは上も手が掛かったんじゃい!・・・・分かりました。「総合病院でぜ~んぶ検査しろ!」って事なのね・・「二度と来ません!」と言いたかったのに言えなかった~
2004.10.22
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昨日チャーさんの書き込みで思い出した。あの頃 こんな教師が居たってバラしてやる!なんちって・・長男が中2で担任になった40代の女の先生が居た。大学生の男のお子さん2人いるとかで 妙に自分の子供の受験の成功例を持ち出す先生だった。子供の進学校がステイタスなのね・・・と受け取れた。うちの長男はお世辞にも真面目とは言えないし勉強もしない・・・生活態度だってだらしなかった。ただ 見た目が真面目そうに見えるのがガンだった。2年で初めて長男の担任になったこの先生は息子の事を「真面目で努力家」と買い被った様だった。クラスでは少しばかり成績の良かった息子の世話を次第にやくようになった。身体の小さなうちの長男を保護でもしている様な気分だったのだろう。ある時 先生はうちの息子の姿勢を直してくれようと肩に手を掛けた。とっさに先生の手を避ける態度を示した息子。それが事の発端だった。その日から先生の態度は豹変した。元々 真面目でも努力家でもないうちの息子は先生の目にはどんどん反抗的な態度に見えていったのだろう。中学校で使う“毎日の記録”と言う先生と生徒の連絡ノートのようなものがある。その中身たるや酷いものだった。真っ赤なボールペンで 「 お前はいったい何者なんだ!!」 「 どんな大人になるのか見てみたい!!」 「 お前のその態度が気に入らないんだ!!」毎日毎日 !!付きで殴り書きされていた。それだって ふとした事で息子の部屋に落ちていた“毎日の記録”を見るまでわたし達両親も気が付いてはいなかった。問いただしそれまでのいきさつを知った。いつか先生が自分の異常さに気がつくのではないか・・・・いつか飽きる日が来るのではないか・・・・そうして時間の過ぎるのをジッと待つしか出来なかった。わたし達はそんな情けない親だった。学級でも意味も無く立たされたり 言葉の攻撃も聞くに堪えないものだった。・・・それでもわたし達は何も出来なかった・・・今考えても悔しい・・情けない出来事だった・・・子供を人質に取られている・・その思いを払拭出来ないまま時間だけが過ぎていった。2年の2学期に始まり 3学期まで続き、そして3年で担任が代わった。異動でもないのに 3年に持ち上がる事をこの教師は断った。この出来事でわたし達夫婦が息子に借りを作ったのかもしれない。3年に進級してすぐわたしは息子の部屋で“毎日の記録”を探した。ありとあらゆる人にそのノートを見てもらいたかった。こんな教師が居ていいのか・・それを知って欲しくて部屋中探したのだが何処にもなかった。あのだらしない息子がこのノートだけ早々と始末していた。わたしは この事を「一生許さない・・・」とずっと思ってきた。
2004.10.21
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チビが夕飯の時に母の実家から来た“毛豆(けまめ)”(知らない方います?枝豆の毛の生えたのです)をボールいっぱい美味そうに食べていた。すると「シン(次男の名前)の夢何だか分かる?」と突然の問いにわたしは「ん?なんだっけ・・漫画家?大工さん?」と思いつく限りの職業を並べた。「シンはねぇ・・・お兄ちゃんとおんなじおもちゃ作る人になるの・・・で、夜は毎日枝豆食べて暮らすのさ~」と その後も枝豆を食べ続ける・・・枝豆くらい今でも食べさせてあげるのに・・小さい夢だね・・たしかに田舎の枝豆は冷凍やスーパーで売っているのとは味が違う。だけど何もそんなにねぇ・・・普段美味しいもの食べさせて居ないみたいじゃないの・・
2004.10.20
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長男の通う大学の学園祭が今週末ある。サークルにも入って居ないし1~2年は学部の出し物も無い様でこの間来た時には「学園祭は自分には関係がないので4日くらい休みになる。」と言っていた。4連休になるなら「家に帰るかも知れない・・」と言うので父親がチビを連れてこっちから遊びに行こうと考えていた。一泊して釣りにでも行きたいと思っていたらしい。電話して今週末の予定を尋ねると「学園祭の手伝いを土日することになった・・・」と。おお?ようやく少しは学校にも慣れて友達の一人や二人出来たのかな?サークルにも入らないし、アルバイトも口ではなんだかんだ言いながらしそうもないし。大学には通っているけどそれ以外は“引きこもり”状態かと心配していた。わたしの中でその状態は“引きこもり”に直結する事なんだよ。離れていてもずっと見張っている気分だった。父親も心底ホッとしている様で「予定あるんだとさ・・・・・」と嬉しそうな顔で言った。こんな些細な事でも胸をなでおろしてる親がいるなんて息子は思ってもいないんだろう・・・ひとつひとつ 少しずつだけど自分で乗り越えて行くんだね。
2004.10.19
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“コブクロ”の曲《永遠(とわ)にともに》がなんと16日付のオリコンで7位。いや~感激です。今日カップリング曲の Million filmsのビデオクリップ観てたら涙が出そうになりました。NTT西日本の電報のCMらしいのですが、わたしは東日本なので。ネットでは観てたけど 大きな画面で観ると胸にくる物があります。小渕君は18歳でお母さんを亡くしているのでお母さんに代わってわたしが誉めてあげたいくらいです。「一人で大阪に出て今までよく頑張ったねぇ・・・」と・・・
2004.10.18
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NHKの『みんなのうた』で放送中の“コブクロ”の曲《永遠(とわ)にともに》のCDが14日発売になった。今日買い物がてら CDショップへ。一軒目「売り切れました~」二軒目「再注文中です」・・・そして7軒 ・・でも見つからない。普段 全く気にしないで買っていたのに『みんなのうた』効果か・・・こんな事は初めてだ。仕方なく自宅へ戻ったがどうしてもあきらめきれない。旦那さんに話すといっしょに探しに行ってくれると言う。青森中のCDショップ回ってでも見付けようという気になってきたし。その後二軒目でようやく購入。売り切れ続出で どこもかしこも追加注文中だと。嬉しい悲鳴です。この曲は小渕君というギター弾いた方の人がスタッフの結婚式で歌うために作った曲です。・・・いい曲ですよ・・・・チャンスがあったら『みんなのうた』聴いてみて下さい。今日の夕飯はたまの3人一緒の夕飯だというのに時間が無くて大急ぎで作った粗末な夕飯でした。でもとても嬉しい夕食でした。
2004.10.17
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朝から息子らのお宝(おもちゃ)を片付けた。 押入れに潜っては おもちゃを長男の部屋に運ぶ事2時間。チビも手伝ってはくれたけれど いちいち遊ぶもんだから手伝っているのか邪魔になっているのか分かりゃしない。中途半端なまま 出勤の時間に・・・いそいそと昔よく遊んでいた武器(○○レンジャーの鉄砲だの剣の類)を小脇に抱えたチビを連れて店に出勤。その後はお客さんを棚の陰から攻撃していた。4年生にもなるのに こんな時が一番楽しそうだ。相手をさせられているお客さんはたまったもんじゃないけど・・・今 チビが出しっ放しで寝たおもちゃの整理中なのだが片付ける前よりもおもちゃが増えている感じです。
2004.10.16
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店のお客さんに高校3年生のお母さん方が何人か居る。今 とても大事な時期で バタバタと進路を摸索し始めた。大学ばかりではなく専門学校の子もいる。そんな中で担任に対する不満があれこれ聞こえてきた。国公立の進学を伸ばしたい学校では センター試験の受付が始っているもんだから専門学校等の推薦状や願書などはトコトン後回しになっているようだ。学校推薦が取れると入学金の免除や授業料の優遇があったりとおろそかには出来ない。我が家は一度センター試験を経験しているので 志望校に願書出願までの先生方の苦労は分からないでもない。一語一句間違う事は許されず 気を抜けない日が続く。うちの息子も願書に修正ペンを使って提出しかけ 新しい願書求めて他のクラスの先生のお世話にまでなった。学校に無い場合は「県内の高校どこまでも願書を探しに行く」とまで言っていただいた。国公立の進学率を上げたい為に必死の様だ。けれどこれじゃ 大学進学以外の親御さんは気が気じゃない。期日の迫っているお宅は焦り始めた。願書出願順に入学決定する学校も多い。先生方も大変なのはよく分かるけど あんまり露骨だともうすぐ卒業して行く子供達の信用無くすと思うんだけど・・・あと少し全ての生徒に平等にしておくれ~
2004.10.15
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普段通院している病院の処方箋の用紙に『45歳0ヶ月』と書かれていた。今月45歳になったわたしは自分の行動に全く呆れ果てている。昨日は作ったばかりのキャッシュカードの暗礁番号を忘れて右往左往。その前は息子のアパートの家賃の金額を突然忘れ 振込みしようとしていたATMの前で立ちすくんだ。これはついにその場では思い出せず自宅へとって返した。他にもいくつかある。事務の仕事をしているお客さんに話した所 そのお客さんも考えられないようなミスをして居る事があって「もう自分を信じないようにしている」と言った。・・・これが年を取ってきたという事なんだろうか。日頃一人暮らしをしている長男に口やかましくあれこれ言ってさもさも大人は物を知っている風を装ってきたのに 本当に自分が信じられなくなってきた。子供達よ・・おバカな母親にはもう頼らない方がいいかも知れないよ・・・
2004.10.14
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昨日の日記へのコメント肝に銘じて これからの対応考えていきたいと思います。そう・・わたしが卓球しているんじゃないんだから態度云々は言わないのがbetter。今日もチビはチビなりに頑張って部活してきた。嫌がらずに学校に行っているだけで充分。漢字だって二度目のテストは一回で合格したし、遅く帰ってもちゃんとお兄ちゃんの言う事聞いて漢字ドリルしていた。後は自分で考える様にそのうちなるだろう。これからもお気楽卓球で続けていければ充分なんだよね・・・・
2004.10.13
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昨日チビは卓球の試合が有った。普段からお気楽卓球をしているもんだから 良い結果なんか望めるはずも無い。前2戦は相手が悪かったけれど さすがに3戦は無かった。そこそこ似たようなタイプの子で 取ったり取られたりをくり返し負けた。勝てそうな試合運びをしながら結局負けた。今回はまるっきり歯が立たなかった前回とは違い、席に戻って来てもなかなか顔を上げない。よっぽど悔しかった様だ。帰る車の中でも顔を赤らめて口を開こうとしない。わたしは「ダラダラだらしない格好じゃ なかなか勝てないよ。」とだけ言った。実際卓球をしている姿が非常にだらしなく見えるのだ。なぜ??・・そんな気はないのだろうが 決してひたむきな姿では無い。彼なりのポーズなのか・・・・だけど今まで好きなように『本人任せ』でやらせて来た卓球なのにこんな時だけ説教していいものだろうか・・・・励ましているつもりなんだけど 陥れる事になりはしないだろうか・・・後は言いたい言葉がたくさん有ったのにグッと呑み込んだ。今後どういう姿勢で見守っていけばいいのか悩む所だ。
2004.10.12
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不思議な感覚。なぜ息子がココに居るんだろう・・・そう思っていたばかりなのに今度はどうして行ってしまったのだろう。あっと言う間の3連休を終えバスで戻って行った。今日はチビの卓球の試合があったり その後店を開けたりしたもんだから満足な夕飯も仕度してやる事が出来なかった。見送る事もしなかった。わたしが「連休はいつでも帰ってくればいいよ」と声を掛けた直後「今度は冬休みまで頑張れよ」と父親が言った。
2004.10.11
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明日チビの卓球の試合がある。卓球を初めて3回目の試合だ。初戦は二回戦で優勝した子と当り 次の試合では一回戦で優勝した子と当った。小さい頃 近所のスーパーの福引でハムの詰め合せを当てた時に彼のくじ運は終わったらしい。明日のくじ運に幸運のメガミが降りて一勝でもしてくれる事を願う。明朝6時には家を出なければいけない。今回はお弁当も作らず コンビニで済ませましょう。母は手を抜くけれど あなたは手を抜かず健闘してくれる事を祈る。
2004.10.10
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午前中に学習発表会があった。4年生は体操と決まっている。一年生はお遊戯 二年生は歌 三年・・・ときて4年生は体操。チビは体操の中で“剣道の披露”。チビは一年時に剣道をしていたのと 学年に剣道をしている子が多いので今年初めて体操に剣道を入れ人数あわせの為の抜擢の様だ。他には床運動、バトン 跳び箱 ダンス。久しぶりに竹刀を振ったチビは満更でも無さそうだった。元々剣道は上達遅かったけれど 少しずつサマになってきていた所だったので止めさせる時 とても残念だった。その頃一緒に剣道を習って今も続けている子供達と面打ちや切り替えしを披露した。わたしの未熟な経験だけれど この子は剣道に向いていると思っていたのだ。それが一年後にはひどいチックに。いつもいつも怒鳴っている館長先生を怨みたい気持ちだった。その怒鳴り声が他の子に向けられている時でも チビの口はへの字に曲がり目はおよぎ 首は落ち着き無くグリグリ回った。少し見守っていたのだが心が壊れる前に止めさせようと決心して退館。今日 稽古着を身に付け竹刀を振っている姿を見てあのままもう少し続けさせてあげたかったなぁ・・・と思った。そして同時に今もチックを引きずっている姿が痛々しかった。
2004.10.09
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朝8時きっかりに自宅を出発。盛岡は青森より朝晩が冷え込むと聞いていたので床に敷くホットカーペット&廊下に敷く長めの絨毯を車に積み込み イザ!盛岡。国道7号線を1時間半ほど南下。野超え山超え282号線に入って2時間。チョロっと道に迷って4号線。4時間半ほどで盛岡市内に到着。途中休憩と昼食。終始姉が運転したのは言うまでも無い。わたしの方向音痴は前の日記の通りなのでカーナビに徹する事にした。普段いかにボーっと乗っているかよくわかった。盛岡はこれまで何度も行っているし 高速を使わないで通った所もあちこち有るはずなのに全く分からなかった。地図と首っ引きで、後はたった一度行った姉の記憶力でなんとか息子のアパートに到着。今日の授業は2時までと言っていた息子に「もしもし・・もうアパートの前に居るんだけどまだ学校?」そう電話したその直後 小学校一年生がランドセル振り回して下校する様な姿で息子が走って曲がり角を曲がってきた。自転車がパンクしたとかで歩いて学校に行ったと言う。どれほど家に帰りたいのか 一歩も部屋に入らずに車に乗り込もうとする。「荷物有るんだけど・・・」と言うと 仕方なさそうに鍵を取り出し カーペットと絨毯を家に置いた。一路青森へ。6時過ぎ ようやく自宅に到着。チビをビックリさせようと一旦わざわざ長男をココに置いてから実家にチビを迎えに行ったのにチビは家に戻るなり長男の部屋に直行するし・・・・聞くと「お兄ちゃんの部屋の窓から明かりが見えた」らしい。 夕飯を食べさせて 今ようやく一息付いた所。緊張から片道4時間半の道のりもそんなに長くは感じなかったけれど今になって 眠くて眠くてキーボードの文字が見えなくなっています。お陰様で無事家に戻りました。 そういう訳なので 今日はもうおやすみなさいです。
2004.10.08
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なんだか妙な事になった。わたしの姉が明日盛岡に行くと言う。明日わざわざその為に休みを取ったらしい。長男の大学の夏休みが終わる頃 わたしと父親と次男で長男を送って行った。その時姉も一緒だった。長男のアパートを母と姉に見せたくてわたしが誘ったのだが母は身体の調子が悪くて辞退。で、姉一人を連れて盛岡を見物がてら行った。・・犬問題で度々登場のお姉ちゃんです。この時いつも長男にくっ付いて離れないのはチビ。でもチビは泣かないで頑張った。頑張れなかったのは・・・わたしと姉。(お恥ずかしい・・・)oliveさん当たり!で、明日息子を迎えに行きたいと言う。高速バスで帰ってくれば3時間で来れるのに「一人で帰って来い」と言うほど離れてから時間も経っていないのでこっちから迎えに行きたいんだと・・・トホホです。そこでわたしに「ついて来い!」と言う。3連休を家で過ごさせたいんですと。ここまで行くと親バカを通り越した 立派な叔母バカです。抗議はしたけれど盛岡までの道のりを姉一人で行かせるのも心配。結局明日は店を臨時休業して姉と二人で行く事になりました。高速道路は怖いから 国道通って行くんですと。んじゃ行くなよぉ・・・・片道5時間・・・・わたしの腰もつかなぁ・・・・
2004.10.07
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チビは三回目の卓球の試合が今度の祭日にある。このところ学習発表会の練習があったり 木曜が部活の休息日になったりで 殆ど練習らしい練習もしていない。日頃 特別に卓球を頑張らなくていいとわたしは思ってきた。やりたきゃやればいいし 休んだところで文句も言っていない。要するに部活は「本人次第」だった。チック有るし よそ様のように「やるからには・・・」とか「一旦やったからには・・・」とは 全く思っていなかった。昨日チビは試合の前の最後の部活が有るのにしないで帰ってきた。理由は「学習発表会の衣装を持って帰んなきゃいけないから・・・」だそうでなんじゃそりゃ??と思ったけれど わたしは何にも言わなかった。寝る前に次の試合の詳細を書いた用紙を見た。カチンときたね・・・集合時間 朝6時半市民体育館前6時半?遊び半分の卓球に何時に起きて支度させんのよ・・・しかもその日は旦那さんは仕事。送るのも付き添いもわたしひとりかい・・思わずチビに言ってしまった。「お母さんも頑張んなきゃいけないんだから あなたも少しは頑張ってよ~!どうでもいい部活に朝6時から付き合う身にもなってよね。」と。・・・後で考えて反省した。自分に害が無きゃ本人任せでいられるのに自分に都合が悪きゃちょっとの事で文句タラタラ・・・こう言うの“親のエゴ”って言うんだろうね。深く反省して快く付き合いましょう・・はぁ・・・
2004.10.06
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母はわたしが小さい頃から身体が弱くていつも寝たり起きたりの生活をしてきた。40代の後半から大きな手術を三度。心臓は人工弁が一つ入り 残りの三個の弁の内二個は手術の出来ない状態で、まともな弁は一個しかない。その後すぐにペースメーカーを入れ今に至っている。最近になってからは身体の調子のいい時があまり無くなってきていた。一週間程前より顔色が悪くなり めまいや吐き気をうったえ救急で何度か病院に担ぎ込んだ。めまいはひどいもので 歩くどころか頭を動かす事も出来ないのに点滴1本で自宅へ戻される始末。直ぐに心不全を疑う症状なのに 主治医は「『ペースメーカー』が入っているのでそれは無い・・・」と・・・循環器 内科 神経内科 何処にもこれといった症状が見られないと言う。自宅で何度か意識が無くなったり 混濁をくり返す母を見てわたし達姉妹も“寿命”を意識した。69歳・・・何にも無い人でも心配な年齢だものね・・・わたしや姉は素人でもその様子から 『ペースメーカー』の誤作動を疑っていたのに 掛かり付けの病院では『ペースメーカー』の異常は調べてくれなかった。最後に念のため『ペースメーカー』を・・・と言う事になり異常な数値を発見。元の数値にしていただいた。今 母はようやく元の様子に戻りつつあります。『ペースメーカー』の誤作動だったようだ。母の周りで携帯電話を使う家族は居ないので何かの電磁波で誤作動を引き起こしたようだ。例えば電子レンジ・・炊飯器・・・など等。他にも何処かの盗難防止装置。取り敢えず通常の生活が出来るまでに回復してはいるもののその恐怖は想像のつかないものだったらしい。“死”への恐怖が今もまだ付きまとっている様に見える。普段気丈で わたし達への配慮からか決して弱音を吐かない母が今回は違いました。母の事を無視して日記を書き続ける事は出来そうに無かったしレポートするほど冷静な目も持ち合わせては居ません。そんな訳で母の回復と共にわたしも復帰です。またわたしがお休みしたら・・あら・・と思っていただければ好都合です。
2004.10.05
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え~と・・・諸事情ございまして『楽天日記』しばらくお休みする事にしました。その日の出来事を書く事は好きで 後で読み返すと(^-^)ゞだったり(^_^;)だったり。楽しい事も そうでない事もいろいろ書いてきたけれど。いろいろご指導ありがとうございました。またいつの日か・・・
2004.10.01
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