想い出記念

想い出記念

2007年10月10日
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カテゴリ: 硫黄島 体験記


朝夕の空気がひやりとしてきた。

八甲田連邦もそろそろ紅葉の季節を迎えようとしている。

しかし、車でラジオを聞いていたら、今年の紅葉は猛暑でかなり遅れるらしい・・・?

温暖化の影響だが、そのうちクリスマスと紅葉の時期が同じになるのでは・・・?との観測もある。

早急に対策を講じないと海に沈む国も出てくる。



今日の写真は、平成13年度に実施した遺骨収集作業です。

銀名水の上段付近に舗装された地域がありますが、多分、米軍建物の土台部分ではないかと思う。

遺骨収集は、年度によって異なりますが、各方面からの聞き取り調査等に基づき、収集可能性が高い地区から実施しているようです。

よって、隣接する地区が継続して遺骨収集現場になるということはありません。

御遺骨は、長年土に埋もれているために土色に変色し、もろくなっているので注意をしながらの作業となります。

収集された御遺骨は、後日、この場で荼毘に付されます。

井桁に組まれた木の上に安置され、慰霊を行った後に火が放たれて炎と共に白骨化していくのです。

焼骨した次の日に収骨します。

帽子をとって黙々と素手で収骨しているのは当時の硫黄島基地隊司令「I」1佐です。

収骨した御遺骨は白い絹の袋と段ボール箱に収められ、遺骨収集団が宿泊しているNLP宿舎に安置されます。

NLP宿舎は米海軍の夜間離着陸訓練用に建設された建物ですが、訓練のない時は、このような使い方もされているのです。

遺骨収集団が離島するときは、一人一人の胸に御遺骨が抱きかかえられ、硫黄島在島の隊員が一列に整列して挙手の敬礼で見送ります。

遺骨収集団が飛行機に搭乗し、離陸と共に整列している全隊員が「帽振れ~!」の号令と共に一斉に帽子を振り御遺骨と最後の別れをするのです。

これらの遺骨は入間基地経由で千鳥ヶ淵に安置されます。
(20代の頃、桜咲く千鳥ヶ淵で行われた慰霊祭に参加したことを思い出します。)

灼熱の地で家族のため、国のために戦いを繰り広げた将兵が漸く内地に帰還できたのです。

ですが、まだ1万を超える将兵が硫黄島で発見、収集されて帰還できる日を待ち続けているのです。

遺骨収集団員の高齢化が進み、かなりきつい作業になっています。

一日も早く、少しでも多くの将兵の遺骨が内地に帰還することを祈るばかりです。






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最終更新日  2007年10月10日 18時56分57秒
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