美しき月の夜に

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2006.09.23
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渋谷駅の渋東シネタワーは、この天候のせいか、若者でごった返していた。

金曜日の午後5時半なんて、誰もが待ち合わせをしそうな時間帯だし、台風のせい

で皆、表を歩きたくない気持ちは同じだろう。

涼子はその2階にある、喫茶店で携帯を手に、佳奈の到着を今か今かと待っていた。

大きなガラスが壁の一面を占めている店内のカウンターからは、異様に早く流れる

雲がよく見え、激しい雨が、まるで顔に直接掛かるのではないかと思う程、激しさ

を増していた。

会社からここまで幸いにも涼子は、あまり雨に当たることなく、やって来ることが

出来た。こういう時、地下鉄から直接アクセス出来る待ち合わせ場所はありがたい。

佳奈の携帯から電話が入ったときは、遅刻の言い訳かと思った。

突然、男の人の声が聞こえ驚いたが、用件はそれ以上に緊急を要した。

中澤から「優美の娘の里奈が、大怪我をして運ばれた」と連絡を受けたのは、頼ん

だカフェラテに砂糖を入れ、飲もうとした時だった。

連絡を受けた涼子は、折角のカフェラテにも手を付けず、何度も優美の携帯に電話

をしているが「電波が届かないか、電源が入っていない為、掛かりません」という

アナウンスが、虚しく流れるだけだった。


……優美、何やっているのよ。


そもそも、今日、優美が佳奈の事務所に行くことは、聞いていなかった。

3人の間では、昔から、二人の内、どちらかに何か話せば、体外もう一方にも、

話は筒抜けになる。取るに足らないことであっても、特に佳奈は、優美がらみで

何か聞くと面白おかしく伝えてくれるのだが、今日のことは何も言っていなかった。

突発的に予定が入った、可能性が大きい。

だいたい優美は、当の里奈ちゃんの受験準備が忙しいとかで、最近、あたし達との

付き合いから、遠ざかっていたではないか。


……佳奈が来れば、少しは何か、わかるかもしれない。


涼子は出入口付近を気にしながら、根気よく優美の携帯の番号をリダイヤルしていた。





……佳奈?

しばらくそうしていると、見紛う程、頭からびっしょり濡れた姿で、ぐったりと疲れた顔の

佳奈が、歩いて来た。


「ずぶ濡れじゃない。風邪引いちゃうよ。傘持ってなかったの?」

「こう酷くちゃ、傘なんて、ぜんぜん意味ないわ。車、下に待たせてるし……」

「……」


佳奈は座りもせず、ぼうっと立ち尽くしていたが、必死に電話を掛け続ける涼子の様子に

異変が伝わったらしい。


「……?」

「大変なの。優美のところの里奈ちゃんが救急車で運ばれたって、今、中澤君

 から連絡が入ったの。座って温かいものでもって言いたいんだけど……」

「ええっ?」


涼子は、携帯を片手に、立ち上がって、バックと傘を手にした。


「それが、優美に連絡取れないのよ。とにかく病院に行った方がいいよね」

「えっ?ちょっと待って。頭働かない。……中澤?」

「佳奈の事務所の中澤君よ」

「ああ。……えっ?なんで?」

「携帯、事務所に忘れたでしょ」

「うん。でも、どうして?」

「こっちが聞きたいわよ。優美が佳奈の事務所に行ってる筈だって

 連絡が入ったんだって。優美のお義姉さんから」

「何それ?」

「ええっ?佳奈も聞いてないの?とにかく病院行こ!」


涼子はそう言うと、一目散にレジに行き、会計を済ませた。

エスカレータを1階まで降り、更に地下鉄に向かうエスカレーターを下ろうとする涼子に、

佳奈が呼び止める。


「病院どこ?」

「池尻」

「表に車待たせてあるのよ。こっち」

「……?」

「社長の知り合いなんだけどね、行きがかり上、送ってもらうことになってるの。

 恵比寿って言ったけど、彼、この後、暇だって言ってたから、池尻の病院まで、

 行ってもらっちゃおうよ」


佳奈が目尻に皺を作りながら、得意気に笑った。


「ラッキー」


涼子は笑顔を佳奈に返し、佳奈の後に続いて、送迎車を目指した。






たった1分間で今日の雨がいかに凄まじいか、涼子も思い知った。

渋東シネタワーを出て歩道を渡り、路上にハザードを出して停車していた車の、

後部座席に乗り込んだ時には、涼子も佳奈程ではないが、かなり濡れていた。


「すみません。便乗しちゃって」


涼子は、ハンカチで湿った髪の毛を拭いながら、運転席のサングラスの男に声を

掛けた。運転手は、涼子の方を振り返ることもせず、無愛想だった。

佳奈は、これだけ濡れたら、もう身なりに構っても仕方ないと思っているのか、

特に濡れていることなど、気にもせず助手席に座り、


「恵比寿って言ってたんですけど、大橋の救急病院に

 急用が出来ちゃったんです。お願いしてもいいですか」


と、めずらしく下出に言った。運転手は、頷くと黙って車を発進させた。


……さすがに、佳奈も気を遣ってるんだわ。

  でも、こりじゃ、タクシーと同じね。


涼子は、社長の知り合いと聞いて、少し緊張していたが、佳奈らしくない腰の低さが

可笑しく、返って気が楽になった。


「でもさ、こんな時に優美、何やってるんだろうね。

 里奈ちゃん、大したことないといいけど。あ、宝田さんは?」

「宝田さんは仕事中みたい。里奈ちゃんはジャングルジムから、落ちたって」


振り向いて話しかけてきた佳奈に、涼子は、更に足首を拭きながら答えた。


「この嵐の中?」

「ママの帰りが、待ちきれなかったんじゃないかって」

「もお、優美ったら、だいたい、なんでこんな日に出歩いてるんだろ」

「それを佳奈が、知ってると思ったわ」


足首を拭き終わると、今度は、持っていたバッグの水滴を拭う。


「知るわけないじゃん。知ってたら話してるわよ。

 で、里奈ちゃんの怪我は、どうなの?」

「命には別状ないって。詳しいことは、あたしもわかんない。

 中澤君もよくわからないって言ってたわ。あ、そうそう、中澤君に佳奈に

 会ったら、病院に向かうって言ったら、彼、携帯持って来てくれるってよ」


涼子は、濡れたハンカチの始末をどうしようか迷った。


「あ、アイツ……、あたしの携帯見たんだ」

「しょうがないじゃない。こんな時なんだから」


涼子は、仕方なくハンカチをバックに押し込み、佳奈を見て笑った。


「どうせ、忘れた、あたしが悪いのよね」


佳奈は、冗談混じりに口を尖らせ前を向いてしまった。






相変わらず雲の流れが速い。東京の台風は、今がピークなのかもしれない。

走っている車は皆、どうしても徐行運転になっている。

早く到着すればいいが、車はまるでディズニーランドのカリブの海賊のよう

な、乗り心地だった。

涼子は、携帯を取り出すと、引き続き優美へ連絡を取ろうと試みた。


……やっぱり繋がらない。


苛立ちながら何気なく、涼子の目が、バックミラーに行った。

何気なく    



「……」


「!」


……嘘。



心臓が凍った。



「……ケイ……タ?」



運転中の男のサングラスが、バックミラー越しに少し動いたような気がした。


「ねえ、……啓太なんでしょう」


車が信号で止まると男は、     鮎川啓太は、煙草をくわえ車に装備されている

シガーライターを押した。


「煙草いい?」

「……」

「うっそぉ……、あゆちゃんて……」


佳奈も驚きを隠せず、ただただ、啓太の横顔を呆然と眺めていた。


「優美って、あのHeIZの宝田陽平の奥さんになった人だっけ?」


啓太は煙草に火を点けると、煙を吐き出した。


「最近の若い母親は、これだからなぁ」


啓太は、独り言のように呟くと、雨が吹き込まないよう、ほんの少しだけ運転席側

の窓を開けた。

信号が青に変わり、車は、ゆっくり走り出す。


……なんで、どうして、こんな時に    。突然、啓太に会うの。


これも、あの時と同じ「意味のある偶然」なのだろうか。

涼子の脳裏に、ふと、この間”VOICE”に寄り道した夜のことが過ぎる。

雄二と結婚するまで、あと3ヶ月。それは、突然訪れた、7年交際した元恋人との

4年振りの予期せぬ再会だった。





…… See you next time! ……






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Last updated  2006.09.24 04:52:05
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