一即多、多即一

一即多、多即一

ヴィヴェーカーナンダの言葉



 もし、このことを常に覚えているなら、われわれは決して自然界に執着はしないでしょう。われわれは自然はわれわれが読まなければならない書物であって、われわれが必要な知識を獲得したら、この書物にはもう用はないのだ、ということを知るでありましょう。
ところが、我々はそうはしないで、自分みずからを自然と同一視しています。魂が自然のためにあり、霊が肉のためにあるのだ、と考えており、よく言われている言葉が示すように、人は「食べるために生きる」のであって、「生きるために食べる」のではない、と考えています。われわれは始終この誤りを犯しています。自然を自分であると思って、それに執着するようになります。そしてこの執着がやって来るや否や、魂に深い印象が刻まれ、それがわれわれを縛りつけて、自由からではなく、奴隷のように、働かせるのです。

 この教え全体の要点は、人は奴隷としてではなく、主人のように働け、というものです。絶えずお働きなさい。しかし、奴隷の働きをしてはいけません。みながどのように働いているか、見ませんか。誰ひとり、完全に安んじていることはできません。人類の99パーセントは奴隷のように働いており、その結果は不幸です。それはすべて利己的な働きです。

 自由を通して働け!愛を通して働け!「愛」という言葉を理解することは大変にむずかしい。愛は自由のないところには決して、やっては来ません。奴隷には真の愛は不可能です。もしあなたが一人の奴隷を買い、彼を鎖でつないであなたのために働かせるなら、彼はあくせくと働くでしょう。しかし、彼の心に愛はないでしょう。
そのように我々自身が世間のものごとのために奴隷のように働くとき、我々の内部に愛があるはずはなく、したがって、我々の働きは真の働きではありません。このことはわれわれが身内や友達のために働く場合にもそうですし、自分自身のために働く場合にも同様です。利己的は働きは奴隷の労働なのです。


ヴィヴェーカーナンダは、聖者ラーマクリシュナ・パラマハンサの弟子で、第一回世界宗教会議において、深い思想と優れた話術、人を魅了せずにはおかぬ偉大な人格によって一大センセーションを起こしました。そして、世界中にヨガの真理を広めました。


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