日の出の直前に赤紫色に染まる東雲を写したものが冒頭の画像だ。それは感動の色調だった。
上の画像は、いよいよ現れた朝の光・・・その曙光を待った高台とは、下甑島の南方にある「手打湾」に突き出た大きな卵のように丸い岩の上であった。同じ画像の下方に映るのは、この岩塊の上部の岩肌である。
次の画像は「神籠石」と書かれた立札のある、その大きな岩塊の全体像を撮影したものである。
そこで今、この大きくて丸い、おそらく意図的に整形された岩塊に思いを馳せていると、兵庫県の淡路島は岩上神社の境内にある「神籠石」を思い出した。その双方の名称が同じだったことも、たった今確認できたことだが、その岩塊の大きさも同じくらいなのである。
・・・今でこそ甑島の「神籠石」は斜めに寝そべっている感じだが、かつては淡路島の「神籠石」のように、海に向かって屹立していたに違いあるまい・・・
☆関連記事・・・2015.5/20「 GW・四国~淡路島への旅(4)」⇒ リンク
古代イスラエルと日本に共通する文化に詳しい研究家の説で、あらかじめ淡路島と甑島の関係性は知っていたが・・・その関係性を示す太い軸線は、甑島の「神籠石」と淡路島の「神籠石」で結ばれていた・・・と、ここに至って直観した。
上記の「神籠石」がある手打湾の砂浜から朝日を展望・・・実に素晴らしいロケーションである・・・。
そして次の画像は、遠方の山並みの中腹に(わかりづらいのだが)「神籠石」を見いだせる方向を、湾岸に続く美しい砂浜より撮影したものだ。
その約2キロに及ぶ湾内の砂浜を走る道路沿いに、かなり大きな看板があったので近寄って見ると、あの松竹映画「釣りバカ日記9」のラストシーンで利用されたロケ地と紹介された解説板だった。
そういえば、今回二泊した旅館(竜宮の郷)には、俳優の三國連太郎や西田敏行が実際に釣った二枚の大きな魚拓が飾ってあったので、おそらくこの旅館を根城にして撮影ロケが行われたと推察・・・。
そこで、もう一つ芸能情報を加えると、この最後の画像である。演歌歌手の森進一が唱う「おふくろさん」の歌碑が、この手打湾に据えられているのだ。その森進一のお母さんが、この下甑島の出身ということから歌碑が建立されたとのことである。
実は私のカラオケの十八番は、この「おふくろさん」である。歌碑の前にあるボタンを押すと、歌が流れる仕組みになっていて、思わず私は二人のギャラリーを前に、ノリに乗って(歌真似も加えて)三番まで歌ってしまうのだった・・・。
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