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2005年08月19日
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カテゴリ: 観光
昨日は運河の歴史のお話をさせていただきましたので本日は小樽の歴史のお話をさせていただきます。
小樽の名前の由来は先住民族であるアイヌの人達のアイヌ語で 「オタ・オル・ナイ」「砂浜の中の川」 と言う意味からきているそうです。
明治2年に蝦夷を北海道と改称して北海道開拓使を設置し開拓使判官島義勇は小樽郡銭函に開拓使仮役所を設置しました。明治4年には判官岩村通俊は仮役所を銭函から小樽へと移し
明治13年に函館・小樽間の定期航路なども開通し、明治22年には特別輸出港、明治32年には横浜・神戸に次ぐ国際貿易港となりました。
小樽が繁栄したのは、ニシン漁業が盛んになったからです。
安永年間に、松前、江差方面からニシンの魚影が姿を消し回遊がオタルナイ(小樽港)、タカシマ(高島)へと移っていきました。
回遊の移動と共に、松前、江差の漁民もオタルナイへ出稼ぎにくるようになった。
以来、 昭和の初めまでニシン漁は栄え、それと共に小樽の町としての繁栄が始まったと言えるでしょう。 その証拠に現在でもそのときの建物が数多く残っています。
その代表がニシン御殿です。
ニシン御殿は豪華絢爛な建築物として知られていますが、網元の利益は計り知れないものがあり建網一ヵ統にかかる経費は、明治期ヤン衆の給金、漁具、漁船、食料、燃料などで1500円 (現在の6000万円) 位はかかり、何ヵ統も漁場を持っていたならば、大きな資金を必要としたが、得られる利益は膨大なものとなった。
祝津のニシン御殿、青山別邸などを見てみるとその栄華の一端がうかがえます。
小樽にお越しの際はこのような歴史的建造物もぜひご覧下さい。










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最終更新日  2005年08月23日 18時01分14秒
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