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「新聞見ました!」「今から届くのが楽しみです。」「がんばってくださいね」読売新聞を見てご注文を下さる全国の皆様。中には、30分以上も長話をしてしまうことも。「今は、どんな感じなんですか?「最近、震災の話をしなくなって、情報が入らないんですよ」「復興に関心はあるんですけど、なかなか話す機会がなくて困ってます」「宣伝してやっから!」「ポスターもあるの? だったら送って。店に貼るから」「山田町出身なんです」「嫁の実家が大槌でね」「息子が役場の手伝いで、釜石に行ってましてね」「大船渡にボランティアで行ったんですよ」「陸前高田は?」「宮古、田老の様子は?」読売新聞に記事を掲載してもらって良かったことは、全国にいる震災の事を気にしてくださる方とお話をすることが出来た事。まだまだ、応援してくださる方は、たくさんいらっしゃいます。また、元気をいただいてしました。沿岸に住んでる方に元気をもらい、全国の方からも元気をもらっています。どうやって恩返しすればいいのだろう。人って、いいですね。メール、ネットの時代ですが、直接話す方が伝わる事もたくさんありますね。さぁ、午後もがんばります。感謝の気持ちを込めて、1冊、1冊発送させていただきます。一歩、二歩、三年間の軌跡。2014年 岩手復活暦http://item.rakuten.co.jp/iwatepikapika/c02/
2013.11.22
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少し時間が出来たので、2014年 岩手復活暦 4月に登場しているモデルさん達の裏話。2012年 大槌町復活暦コピー「進む道が違っても、友情は永遠。」震災後の2012年1月に撮影。バックに映るのは、大槌中学校。高校2年生の彼女たちになぜこの場所で撮影を希望したのか聞くと、「高校で震災に遭いました。」「中学校では、楽しい思い出しかありません」「なので、中学校にしました」と話していたことをよく覚えています。また、こんな事も話していました。「高校を卒業したら、海のない県に行きたいと」2013年 岩手復活暦表紙コピー「瓦礫は過去だ。私たちは未来だ。」2013年 岩手復活暦12月コピー「どこにいても、ふるさとにいる。」この年の撮影も大槌中学校の前で。「取り壊しになる予定だから、この場所がいいんです」と話していました。彼女たちは、高校3年生。高校卒業後の進路を尋ねると、「一人は、関東の理美容店に就職」「一人は、関東の大学に進学」「一人は、地元に残り就職する」とのこと。私が地元に残ると話した一人に、「どうして、地元に残ることにしたの?」と聞くと、「やっぱり、大槌が好きだから」と話していました。また、こんなことも話していました。「カラオケボックスが欲しい」「ボーリング場が欲しい」などなど。少し、元気が出てきたのかなと感じました。2014年 岩手復活暦の撮影。一人は、地元に残っているも連絡取れず。二人は、関東に住んでいます。今年8月お盆に帰省するとの連絡が入り、撮影日決定。撮影当日は、雨が降ったり、やんだりのあいにくの天気。時間も限られているので、中学校前で撮影しようとしたら、大槌に就職した一人がやってこない。電話、メールなどをしても連絡が取れない。でも、どうしても3人で撮影してほしいと話していました。仕方なく、彼女が就職している会社のそばまで移動。ぎりぎりまで待ちましたが、二人で撮影することに。待っている間二人に話を聞くと、「大槌を離れて思ったけど、やっぱり大槌が好き」「早く大槌に帰って来たいと何回も話していました」2014年 岩手復活暦 4月コピー「もう大丈夫。半分本当、半分嘘。」彼女たちの正直な気持ちを表していると思います。彼女たちが一人前になって、大槌に帰って来る日を楽しみに待とうと思っています。「一歩、二歩、三年間の軌跡。」東日本大震災発生から現在までの歩みを、岩手県沿岸部に住む人達の想いを、風景を、コピー、写真で表現しています。よろしければご覧ください2014年 岩手復活暦 発売中です。http://item.rakuten.co.jp/iwatepikapika/c02/
2013.11.13
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時間があるときに、2014年 岩手復活暦の裏話的な事をお伝えしていきたいと思っています。2014年 岩手復活暦の1月を飾っていただいている山田町在住 佐々木友美さん。2011年撮影場所は、くじら館そばの「がれき置場」でした。震災がなければ、数日後この場所で演奏会をする予定だったそうです。「この場所で、必ずもう一度演奏会を開く」との強い決意のあらわれでした。その時、こんなことを話していたのを覚えています。「山田町を離れ、県内に避難している楽団員でもう一度演奏会を開きたい」そして、1年後。楽団員の皆さんが徐々に山田町に戻りみんなで撮影。夢の第一歩がかなった瞬間でした。そして、今年の撮影。2011年に撮影した場所で、もう一度。がれきは、徐々に少なくなり、来年3月に完全撤去予定。それから整備が始まります。いつ演奏会を開けるか分かりませんが、諦めずに演奏の練習を続けるそうです。「どうしても、震災がなければ演奏会をするはずだった場所で演奏会を開きたい!」と話していました。この場所で、演奏会が行われるときは、大きな花束を持ってお祝いしたいと思っています。その日が、「あの日と、仲直りした日になると思うので」一歩、二歩、三年間の軌跡。2014年岩手復活暦発売中です。http://www.rakuten.co.jp/iwatepikapika/
2013.11.08
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もの凄くご無沙汰しております。久しぶりにブログ更新します。2011年3月11日に発生した東日本大震災。震災の風化を遅らせる目的で復活暦を作成いたしました。山田町復活暦。大槌復活暦。釜石復活暦。翌年、2013年版 岩手復活暦。今年、2014年版 岩手復活暦を作成いたしました。昨日、時間があったので、子供たちの遊ぶ声をBGMに1冊、1冊ゆっくり眺めました。撮影、取材をさせていただいたモデルの皆さんの思い出。注文をしてくださった皆様のお名前などが蘇ってきました。今回で、3年目の復活暦。「石の上にも三年」という言葉があります。自分の中で三年間は、何があっても続けようと心に決めていました。そして、三年。そろそろ、別のステージに上がるべきではないかと思うようになりました。モデルさん、購入していただいた皆様には、大変申し訳ないのですが、引き際を考え始めています。今年の撮影時、実は、モデルさんには伝えてあります。「もしかしたら、今年が最後になるかもしれません」と。いろんなご意見、考え方があると思います。それぞれのご意見を参考にさせていただき、判断したいとも考えております。スポーツ選手の引退のように、引き際があるんだと思います。その時だけ、見誤らぬようにしたいと思っています。全国のたくさんの皆様にご覧いただいた復活暦です。この世に誕生させた責任も痛感しています。しかし、現実もあります。決断しましたら、改めてご報告をさせていただきます。それまで、少しお時間を下さい。あんなに小さかった復活暦が、ここまで大きくなりました。支えて下さった皆様に感謝の気持ちです。そして、時々でいいので思い出してください。「東日本大震災があったこと」「そして、津波の被害にも負けずに立ち上がり生活している人々がいること」を。http://item.rakuten.co.jp/iwatepikapika/c02/
2013.11.05
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人は、忘れる生き物です。それは当たり前のことです。でも、ときどき、思い出してください。2011年3月11日、14時46分18秒。東日本大震災。 岩手復活暦【2014年1月~12月分】
2013.11.01
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