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*****************************************************************★マイ・ビデオ紹介…ビデオを見直し書き残した一昔前の旅 格安追求 『青春18切符で行く日本縦断』 前後編通算No.49〔後編No.2〕 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪↓利用条件が書かれた青春18切符の表紙 1997年8月21日★上諏訪駅名物「ホームの露天風呂」で一汗流し上京。夜行快速で先ず日本海岸へ向かう!§1 南木曽→塩尻 さて、その難解地名の一つとして例示した南木曽駅から、木曽川沿いに男性的なゴツゴツした河床が続く木曽谷を抜け、次の目的地である上諏訪駅に向かう。 途中の塩尻駅で乗り換える少し手前の駅で、馬篭のバス停から同じ経路を辿っていて仲良しになった二人組みが手を振って下車していく。父娘のような年恰好だが、単なる友達だと聞いた。鹿児島から遥々御嶽山を目指して旅してきたと言うが、私が「鹿児島から北海道まで《青春18切符》で縦走中……」と話すと、各地での印象を色々尋ねられ、ソンナコンナで話が弾んだ。 「鹿児島県で特に印象深かったのは……」と聞かれ、「県下至る所に温泉が湧き西鹿児島駅の近くにもヘルスセンター並みの設備が整った自然温泉の銭湯があってプールやテレビ付サウナ風呂まで完備していたのには驚きと羨望を感じました」と答えた。 その銭湯での入浴客の話では、「今の鹿児島市内の銭湯は、殆ど同じように多種多様な浴槽や設備が整っているので、多くの市民は自宅に内湯がありながら家族共々車で銭湯通いをする」との事。私の故郷の伊豆も温泉地で有名だが、公営施設でさえヘルスセンター的な所となれば結構高い料金で、とても銭湯料金では利用できない。 また「……そんな風呂好きな私ですから、これから始める北海道への長い乗り継ぎ旅に備え、上諏訪駅のホームに在ると聞いた名物露天風呂で一汗流してから新宿へ向かうつもりです」と言ったところ、 「へえ!そんな珍しいJRの駅があるのですか……」と、今度は彼らが羨ましげであった。§2 塩尻→上諏訪 こうして鹿児島から御嶽山を目指していた二人連れとの短い出会いを惜しんだ私は、先刻話題としたホームの野天風呂を目指して塩尻で長野・篠ノ井方面から来た列車に乗り継ぎ、気儘な一人旅気分を満喫しながら自然美豊かな信濃路をノンビリと上諏訪駅へ向かった。 さて、その噂に高いホームの野天風呂は上諏訪駅一番ホームの改札口脇の一隅に設けられていた。脱衣所が少し狭くて混み合っていたとはいえ、ロッカー代の百円玉1枚で一風変わった温泉気分を味わえ、遥々と回り道して立ち寄った甲斐のある中々風流な岩風呂だった。 泉質や効能などは調べ漏らしたが湯加減も私には程々で、汗も旅の疲れも一挙に洗い流させてもらえた。尤も仕切り板1枚向こうはホームだし、聞こえてくる構内アナウンスや列車の発着音が些か喧しくはあったが、これはむしろココならではのBGMと割り切れば却って忘れ得ぬ旅の旅情として楽しめ、大して苦には成らなかった。 また見知らぬ者同士でも和気藹々と挨拶を交わし、旧知の仲のように四方山話に花を咲かせる光景も微笑ましく、ついつい長湯してしまった。まあソンナコンナで、なんと予定していた新宿まで乗り継ぎなしで行けた最終便普通列車に乗り遅れてしまう。その結果、約2時間待ちして途中の小淵沢と立川の乗り継ぎが必要となってしまった。 些か時間を持て余し、甲府に居る知人のS夫妻に電話で近況伺いなどして過ごすことにしたが、今回の私の旅の計画を知ると、「礼文島のスコトン岬に自分の兄一家が居るので是非立ち寄って……」と強く勧めてくれる。でも今回の旅は旭川から夜汽車で往復2泊して、利尻・礼文両島を一日で観光して戻る予定だから、ご好意は大変嬉しいが時間的に立ち寄れそうも無いから……」と言って了解してもらった。なおS夫妻は、カナダのメープル街道ツアーをご一緒した旅友だが、帰国後に送らせてもらった私の不出来なホームビデオが縁結びとなり、以来お互い楽しく行き来して親交を深めている間柄である。 斯くして知人へ電話をしたり、ホームのベンチで旅のガイドブックを読んだりして過ごした2時間ほどの間にも、勿論のこと何本もの特急列車が停まっては発車して行った。でもコチラは「シルバー青春18族」であるから、ジッと上目でこれを見送り又活字に目を戻す動作を繰り返すのみ……。<何も急ぐことはない、新宿で乗り継ぐ快速「ムーンライトえちご」は新宿を夜半近い発車だ。それに間に合えば上々>と自分に言い聞かせるうちに時間は過ぎていった。 ↑{東洋のスイス諏訪湖畔の温泉の駅 ★★中央本線・上諏訪駅} と書かれた微かに消え残る記念スタンプ §3 上諏訪→新宿 上諏訪からの車中では、「大阪から来た同じ昭和7年生まれで、スベシャル・オールドミス」と自己紹介して笑い飛ばす程、愉快な二人連れのオバはん達と話が弾んだ。これに合わせて私も「髭モジャながらスペシャル・クリーニング・オールド・オジンだから……」などと自己紹介。気さくな会話の花を七重八重と咲かせながら、途中二度ほど列車を乗り継いで上京の旅を続けた。そして話し話しするうちに、この二人も私も全く同じ列車を乗り継ぎ函館まで行く青春18切符仲間と判り、改めて道中ヨロシクと挨拶を交わし直す。 ところが何と、もう都庁などの高層ビルの灯が見え始めた頃になり、新宿から乗る快速「ムーンライトえちご」の座席指定番号を尋ねたところ、なんと予約はしてないと言われ一瞬唖然。何故なら、私もキャンセル待ちで漸く入手できた指定券だった。なのに彼女達は大阪のJR窓口で「乗車前に買えば大丈夫乗れます」と教えられていたとの事だった。ともあれ「今からでは多分入手困難では…」という私の話を聞き、「どうしよう、とにかく急いで何とか切符を手に入れなければ……」と、到着を待ちかねるようにして大慌てで新宿駅の大階段を駆け降りていった大阪のオバはん達だった。 だが、この快速「ムーンライトえちご」は確か新宿・新潟間は全車座席指定列車だった。だから運良く座席指定券を手に入れない限り、自由席の空席待ちを理由に乗り込む事も出来ない筈で、そう思うと他人事ながら気になった。それで下車してから念のため「みどりの窓口」で座席指定券の有無を調べてもみた。案ずるかな<キャンセルもないし、明日の便も満席です>とのこと。 満席札止めの快速「ムーンライトえちご」はダイヤどうり23時09分、早くも眠り込もうとアイマスクを付けた多くの乗客を気遣うように、静々と新宿駅を離れた。<東京から北海道へ向かうため利用できる長距離普通便は他に適当な列車は無かった筈。気の毒だが、あの二人連れは多分、東京見物でもして帰阪する事にしたのではあるまいか。それにしても、車中泊の安い旅をと計画していながら、目算が始めから頓挫してしまい、あのタフなオバはん達、さぞガックリしている事だろう…>などと思いながら、私は一人夜更けの東京を後に一路北海道の涯を目指した。 ***************************************************************************************【旅の思い出画像コーナー】 ※誠に恐縮ながら、ビデオからの静止画作成方法を忘却。目下再チャレンジ中のため後日掲載といたします。《誠》 *****************************************************************↓《以下余談》***************************************★今回初めて御閲覧の方々へ…***************************************★前半・西日本編(No.1~47)の閲覧案内当ブログは、年末の家事を優先し先月末から長く連載を休んでおりましたが、新春から下記の方針で又ボチボチ続編を掲載していくつもりです。なお続編はパスワードが何故か合わなくなり掲載不能となっていた、以前の「若水 誠」名義の【管理ブログ】が再開できたため、西日本編の後半(No.22~48)を掲載した「若水 誠8259」名義のブログから再び「若水 誠」名義のブログへ戻り、8月下旬に出掛けた日本列島の北辺探訪を主目的とした東日本の旅を後編(No.49~??)として掲載します。些か紛らわしいとは存じますが何卒この点を特にご注意下さい。蛇足ながら移動方法不明の場合は、上のアドレス枠に下記何れかの「http://記号」を選択移植して適宜の掲載ページを開きご閲覧下さい。楽天ブログの画像掲載許容残量を考慮しての再引越しですので、ご面倒でもご了承下さい。 記★第1回(2005年09月02日)~第21回(年2005年10月08日) 《1997.7.20沼津発小倉・薩摩半島各地・〃.7.22夜の鹿児島散策》 Home欄アドレス→http://plaza.rakuten.co.jp/ozasaforum/ ※ブログ名義人…若水 誠さん★第22回(2006年04月16日)~第47回(同年11月30日) 《1997.7.23屋久島・熊本・湯布院・別府・柳川他・〃.7.30沼津帰宅》 Home欄アドレス→http://plaza.rakuten.co.jp/makow ※ブログ名義人…若水 誠8259さん ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪★第48回(2007年01月??日)~第??回(年2007年??月??日) 《1997.8.21沼津発・馬籠&妻籠・上諏訪・酒田・弘前・北海道一周・〃.8.28帰宅》 Home欄アドレス→http://plaza.rakuten.co.jp/ozasaforum/ ※ブログ名義人…若水 誠さん*********************************************************************
2007年01月25日
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*************************************************************************************** * * * * * ★マイ・ビデオ紹介…ビデオを見直し書き残した一昔前の旅 格安追求 『青春18切符で行く日本縦断』 前後編通算No.48〔後編No.1〕 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪★後編の始めに※本シリーズは、古い旅の8mmビデオの画像を静止画に変換、これを挿絵に使い、早一昔にもなる1997年夏の日本列島縦断鈍行列車の旅を改めて見直し、パソコン自習の為の一助として始めたブログにテスト的に掲出することにしたものです。こうしてソノ旅の前半である九州各地を遍歴した7月下旬9日間の旅は、画像を中心にした絵物語として昨年末までに47回に亘って紹介してきました。又これから紹介する後半の8月下旬8日間の旅は、帰宅後に撮影を終えたビデオの編集用にと画面を見直しながら書き残した紀行文を主体として活用、これにビデオから静止画化した挿絵を程々に加えた文章中心の旅行記として書き進めたいと思います。つまり後編は、絵物語風に纏めた前編が楽天の画像制限に合わせて次々と挿絵を削除し、今では無残な虫食い状態となっている事を考慮、後日も見苦しい思いをせずに閲覧できるよう配慮した紀行文を目指します。さてその後編の旅は、青春18切符を最大限効率的にと、主目的地は北海道の北辺各地を探訪する旅ではありましたが、前半の7月下旬の旅と同じ下りの座席指定快速「ムーンライトながら」で一旦名古屋まて西下。ソノ上で中央線に乗り継ぎ、以前から折りあらば行きたいと考えていた沿線の観光名所二・三箇所を巡り、今度は日本列島の北辺までを目指す鈍行列車乗り継ぎの旅の、真の意味での出発点とも言える東京・新宿駅へ向かいました。尚、初めて本シリーズを御覧の方は去る2005年9月2日の初回に掲出した前書きの内容を良く御理解いただき、出来れば初回から順に御覧になるよう筆者は希望します。但し前述の通り「絵物語風に纏めた前編の画像は、当然の事として楽天日記の登録制限を大幅超過するものと見込まれた為、その際は古い日付のものから順次削除し新たな画面を紹介していきます。」として纏めた為、殆どが説明文のみの虫食い状態になっておりますが、その点は何卒ご寛容下さい。それでは、そんなアトラクション的な後半の旅の始めも含めて、順次回想の筆を進めたいと思います。 * * * * *1997年8月21日★目指す北海道を背に、一旦西へ向かった青春18切符旅 一ヶ月前の九州行きと同じ大垣行き快速「ムーンライトながら」で名古屋まで一旦西下、中央線に乗り換えて中津川からバスで中山道の馬篭に向かった。天候も同様に恵まれていて、今回も出発間もない真夜中の車窓に、真ん丸顔の月が旅立つ私を見守るように美しく輝いていた。 予約満席で一寸気がかりだった名古屋までの座席指定券も、沼津からだと下車する乗客がチラホラ出始め、前回同様に専務車掌に頼み込み何とか入手でき、初めから立つ事も無く済んだ。若しも入手できずに豊橋まで立ちん坊するようだったら、始発駅の東京では後発なのに同駅で何故かこの快速「ムーンライトながら」を追い越す、後続の同じ大垣行臨時普通列車「普9375M」に乗り換えようと思っていたが、そんな小細工も無用となり先ずはヤレヤレの旅立ちだった。 それにしても、座席指券510円が必要な快速列車が、座席指定ナシの後続普通列車に追い越されるのは些か妙な気もする。でも、もしかすると、私のように空席待ちで快速「ムーンライトながら」に乗り込んだ長距離客が、豊橋までに空席が出なかった者の乗り換えを可能にする為の対策列車が、この10分差程で並行運行される後発先着の「普9375M」かも…なんて事を、この長距離夜行列車を利用する度に何時も思う。 とかく利益優先が懸念されるJRだが、こうした庶民乗客にも優しい並行列車の運行を立案する気の利いたダイヤ編成も残っていることが、何となく嬉しい私だった。 尤も、こうして名古屋まで「ムーンライトながら」で終始座れたものの、名古屋への到着は「普9375M」に豊橋で追い越されて後着となったので、中央本線への乗り換え時間が僅か5分程となり、重い荷物を携えての地下道越えに一汗流させられる事となった。★日本列島北辺の旅への助走、中央本線沿線での道草(1)【中仙道・馬篭宿(マゴメジュク)】 中津川駅から馬篭へのバスが山間に入ると、途中に一寸洒落れた公営のレジャーセンターがあった。螺旋の滑り台風呂など子供連れも喜びそうな各種入浴施設が完備しているとの事。昨今こうした施設の建設が各自治体で盛んだ。ここもそうした流行の一施設に違いない。一バス遅らせて一風呂浴びて行くかとも思ったが、料金が一汗流すにしては少し高そうなので先を急ぐ事にした。 馬篭宿は藤村の故郷として「夜明け前」で紹介された所。妻籠宿へ向かう峠道の石畳は往時と余り変らないが、両側に並ぶ家々は殆ど最近建て替えられていて年輪を感じさせる姿は既に無い。そんな事を残念に思いながら坂を登って行くと藤村記念館があった。だが未だ開館前と知り引き返しかけたところへ、切符売場の女性がやってきて運良く入館できた。しかし次の妻籠宿へのバスが気懸りだったため、美しい庭を見下す一角にある中二階となった藤村の勉強部屋を外部から暫時垣間見る程度となってしまい、些か心残りの見学となる。 朝霞が濃く薄く地上近くを漂い、まるで乳白色のグラデーションベールを描けたうな坂下の遠景に見惚れながら、荷物を預けてきたバス停前の食堂へ戻る。山菜蕎麦に舌鼓を打ち、一服しながらバスを待って妻籠へ向かう。↓思い出のスタンプ。馬篭&妻籠 * * * * *【中仙道・妻宿(ツマゴジュク)】 乗客の殆どが各地からの旅人らしく、アチラコチラで旅の話や初対面の者同士が自己紹介を交わす会話が和やかに弾む車中だった。馬篭から大分走った茶屋前のバス停で、「ここから歩こう!」と関西から来たらしい元気なオバさん二人連れが下車して行った。何でもこの先に美しい滝があり、妻籠まで歩いても一時間足らずだと話していた。 妻籠は馬篭より住民の旧状保存意識が強いと聞いていたが、なるほど古いままの家々が軒を連ねていた。また坂道に沿って並ぶ馬篭宿と違い割りに平坦な街道沿いの集落で歩き易かった。ここでのバスの待ち時間が余りに長かったので、一度戻ったバス停から再び街道まで立ち帰り、家並の外れ近くにあった日本でも指折りの古木と聞いた金木犀を見に行く。それでも未だ残り時間がタップリだったため、バス停に程近い街道にあった昔風の郵便局にも立ち寄り、千円を預け通帳に訪問記念の局名印を押してもらってから南木曽(ナギソ)駅へ向かった。 やがてバスは行く手の渓流沿いに「読書発電所」と書かれた建物が見えたので、ビデオカメラに収録しながら「あれはです」とナレーションを加えたところ、同乗していた土地のお内儀さんが「と読むんだ」と教えてくれた。一瞬車中に笑いの渦が巻き一寸赤面させられる一幕もあったが、若いころ勤め先の朝礼で「今度の社員旅行は潮来(シオライ)です」と言い、部下達の失笑を買った課長の顔が何故か懐かしく思い出されたものだった。 余談ながら、この辺には「馬篭」(マゴメ)・「妻篭」(ツマゴ)・「読書」(ヨミカキ)・「南木曽」(ナギソ)などと、大分読みがヤヤコシ過ぎる地名が多いようだ。私のように記憶力が衰えかけた浅学者は、訪問後の今も思い出しかねガイドブックの振り仮名を確かめなおす有様であるが、振り仮名省略のものも最近は多い。読者の中には編集者のように博学聡明な人ばかりではないことを念頭に、読み違いそうな地名や人名には出来るだけルビーを付けてもらえると有難いのだが…。※(以下、次回に続く) ***************************************************************************************【旅の思い出画像コーナー】 ※誠に恐縮ながら、ビデオからの静止画作成方法を忘却。目下再チャレンジ中のため 後日掲載といたします。《誠》 ***************************************************************************************
2007年01月18日
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