ところで、大学では英語のクラスで2回、15行程度の英文を書く課題を出す。皆、英文科ではないのだが、本当に立派な英文を書いてくる人が多いのに驚いている。でもその中に一人(他にもいるかもしれないが)I Cannot Speak English と書いてある人がいた。内容は「僕たちはもう7年間も英語を勉強しているのに、英語を話せない。これは一重に教える側の先生たちの責任だと僕は思う。僕たちに英語を話すという機会を何も与えてくれなかったからだ...」というもの。これは新聞でも英会話学校の宣伝文句でも何回も見聞きしたので、慣れているけれど、こう堂々と英文を「課題」として書いてくると、こちらの気分も「はて?」となる。
不思議だ。この人は「僕は英語が話せない」ということを、その原因や結果をきちんと英語で表現しているではないか。 ということは、もうすでに英語が話せる力が十分に備わっている、ということなのだ。「英語が話せない」というのは、一種の思い込みだ。「僕は人前で話すのが苦手だ」と同じようなもの。かくいう私も「私って英語が話せないから」という考えをずっと引きずってきた。でも職場では英語を母国語とするNative の先生方がおられる。私は彼らと話す前に、頭の中で 話したい内容をさっとまとめる。ちょうど今から英文を1~2行書く準備をするように。そして、あとは臆せず、声に出して話しかければ良いのだ。"Excuse me, Mis..., but I have a question."とか"Excuse me, Sir, but today is also your final class of this semester, isn't it?" とか。その話す途中で多少文法が間違うことは十分有り得る。
これはもう笑い話になっているが、海外旅行をする日本人は多い。でも日本にいても、今では街頭で外国人に話しかけられる機会はよくある。そんな時、相手から"Excuse me, but...can you speak English?"と尋 ねられる。その時の日本人の対応は、驚く無かれ、英語である。日本人の決まり文句はこうだ。"No, no, I can't speak English!"こう言って足早に立ち去ってしまう。相手の 外国人は驚く。「英語が話せませんって...あの日本人はそう英語で話していたじゃないか?」または、英語がなぜ日本人は話せないか、を長々と英語で説明するという日本人もいる。
"We cannot speak English at all. Because Japanese English teachers never let us speak English. The Japanese English education system is so poor, that we cannot English."
相手のNative の人はこの理論と現実のギャップに声も出ない。 "Japanese are curious people as they can speak English very well, they fiercely believe themselves that they cannot speak English." (日本人は実に奇妙だ。上手に英語を話せるのに、自分たち自身で「英語が話せない」と信じ込んでいるんだから)と、外国の人に思われても仕方が無い。