今回ご紹介するのは「イタリアと言えばシチリア」(?)の シチリア島の州都【PALERMO】 です。 大昔、本当に大昔、私がまだ10代のお馬鹿な小娘だった頃、「日本の仁侠映画かシチリアのマフィア映画か」と言われた(?)頃、松方弘樹の若頭振りに感動したPasserottaとしては、是非是非、任侠イタリア版を生で見たかったものであります。しかし、残念ながらその機会は早々簡単には訪れる事無く月日は流れ、イタリア国に足を踏み入れるようになってからもチャンスは巡ってこなかったのです。 毎回イタリアに来る度に、「今回こそシチリアへ行くぞ~!」と気分だけ昂揚。が!ほとんど常に一人で来伊していた私は、周りの多くのイタリア人達から 「シチリアに女一人、しかも君のように美しい(?)うら若き外国人女性が行ってはならぬ!!!即行に、マフィアの女にさせられる」と言われ、 ≪マフィアの女になるのも、【極道の妻達イタリア版】で好いではないか≫と心の片隅で思いつつも、素直な私はそれを忠実に守ってきたのです。 しかし!!!遂にそのチャンスが訪れたのであります! それは・・・ まだ寒~い3月の事、幼なじみがイタリアに遊びに来たいと言う。しかし彼女は公立中学の教師であるので、中々休みが取れない。やっとの事、担任が外れた年の春休み、たったの6日間イタリアに来る事になった。たったの6日間では、ゆっくりシチリアまで行けないと涙涙に今回も諦め、近場を回る事にした。 彼女とボローニャ経由ヴェネッツィアへ電車で行ったのだが、その車中で一組のイタリア人夫婦と同席した。 そう!この夫婦こそが私のシチリア行きへのきっかけを作ってくれたのである。 我々がヴェネッツィアへ向かっている事を説明すると、彼らは何とシチリアからミラノへ向かっていると話してくれた。 ≪オ~!シチリアの人間かぁ~!≫ 私は内心ほくそえんでいたのだが、会話が弾んでくると彼らの身の上話が始まり、奥さんが5年前の事故で顔面を強打、鼻から口にかけて裂け崩れ、今までにも幾度も形成手術を繰り返してきたが完全には元に戻らず、ミラノの名医の所まで尋ねて行く途中だったのである。 ご主人は「彼女は今も変らず美しく、世界で一番大切な僕の宝。事故の後も今まで通りの笑みを絶やさない素敵な女性。この5年間、僕は仕事を変え彼女と一緒にイタリア中の名医を回ってきた。出来る事なら、元の顔に戻してやりたい。」 そう言って事故前の写真を見せてくれた。 この電車の中での彼女はとても朗らかで素敵な女性であったが、やはり写真の中の満面の笑顔とは少々違って見えた。 数時間の電車の旅であったが多くの話をし、ボローニャに到着し各々違う電車に乗り換える時には、お互い別れを惜しんだ。 駅で記念写真を撮り、お互いの住所を交換、また近いうちに会おう!と約束して別れたのである。 イタリアに限らず外国を旅していると色んな人と出会い、連絡先を交換したりする事は稀ではないが、その後本当に連絡を取る人達はそう多くは無い。1度や2度絵葉書を交換し、その後音沙汰ナシとなるケースがほとんどだ。 しかし、彼らは違っていた。毎年のクリスマスカードは勿論の事、私が現夫と結婚してからも電話をかけ合っていた。 そして遂に!彼らの招待を受けてシチリア訪問と相成った次第。彼らはシチリアの州都PALERMOに住んでいたので、数日間の滞在では他のシチリアの町を見ることが出来なかったが、【極道の妻達】のイメージとは、当然ながらかけ離れた素晴らしい所であった。 次回は是非、数週間~1ヶ月の滞在で、島を1周しようと思っている。 |
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Cattedrale |
Cattedrale |
Corso Vittorio Emanuele |
Palazzo Reale |
Palazzo Reale 内部 |
Piazza Pretoria |
Piazza Pretoria |
Chiesa S. Domenico |
Villa Giulia ed Orto Botanico |