幸せ探し

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2020年11月07日
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カテゴリ: 旅行記
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後楽園への再入場はできるので後楽園の南門から岡山城に出で、岡山城に向かう。
HPからの引用
「岡山城は、戦国時代の大名・宇喜多秀家によって、8年の歳月を費やして1597年に完成されました。城は西向きであったため、秀家は、背後から敵に侵入されるのを防ぐために、近くを流れる旭川を、城の東背後を流れるように大工事を行いました。天守閣の壁に黒漆塗りの板を取り付けるこの時代の建築の特徴から、外観は黒く、後の時代には「烏城」と呼ばれるようになりました。秀家は、岡山城を戦の施設としてだけでなく、商人や職人を集めて城下町の整備を行い、治世の府としました。
池田家が城主になった後も岡山城の周辺整備は進み、17世紀末には旭川を隔てた北側に、広大な大名庭園である岡山後楽園が設けられました。
岡山城は、歴代城主の下で岡山の町並みの発展を見続け、近代都市の礎となりました。」




宇喜多秀家が岡山城の象徴に建築した三層六階建ての望楼形天守閣で、城郭建築物に天守閣が出現して発展し始めた時期の構造的特徴を伝えていました。城主の権威を象徴する書院造りの居間(城主の間)が設けてあり、初期の天守閣の性格を物語っています。昭和20年の空襲で焼失しましたが、昭和41年に再建され、城主の間も復元されています。

中は6階建てになっており、
2階から上には池田時代 宇喜多時代の資料などが展示されている。
しかし、写真撮影は禁止になっているが下の2つは写真可能なのでとってみた。


これはトリックアート梯子の途中までは本もの。





大名籠で乗ってみたが、結構広くて揺れなければ相当快適だった。



城に使われているしゃちほこのレプリカ。
ひととおりを見終わったので、再び後楽園に戻る。

後楽園の築山養心山から沢の池を望む



飼われているタンチョウヅル。日本で後楽園が一番飼育数が多い。
日程の関係で1時間半程度の見学だったので、後楽園全体の半分程度しか見て回れなかった。
また違う季節に行ってみたい。前回は蓮のきれいな季節に行ったのだが。

後楽園を後にして、今夜のホテル近くの神社に向けて出発しようとして、車に異音がしはじめた。
よく見るとタイヤがパンクしている。
J〇Fの救援を依頼するが1時間近くかかるというので、運転する人一人を残し、残りはタクシーでホテルに向かう。
なんとか無事にこちらはホテルについた。
運転者も7時過ぎにはパンクしたタイヤを取りかえて到着することができた。​​





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最終更新日  2020年11月07日 09時00分06秒
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