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マスターはきょう営業前に映画の"お勉強"をしました。トム・ハーディ主演の「カポネ(Capone)」(現在公開中)。禁酒法時代(1920〜33)の米国を研究しているマスターとしては、シカゴの暗黒街のボスだったアル・カポネ(1899〜1947)は外せないテーマです。 ケビン・コスナー主演の映画「アンタッチャブル」でカポネを演じたロバート・デ・ニーロは中年のような雰囲気でしたが、実際、ボスの座に着いた時、カポネは(信じられないかもしれませんが)なんと26歳の若さだったということは、あまり知られていません。 ただし今回の映画は、カポネの最晩年を描いた映画です。具体的には、禁酒法時代が明けて、脱税で懲役11年の実刑判決を受けて服役中だったカポネが、持病(神経梅毒)の病状が悪化し医療刑務施設に移され、さらに仮釈放されてフロリダの別荘で療養生活を送っていた頃(主に1940年代)の、ほぼ実話に基づいたストーリーです。 全編、重苦しく悲しい話です。カポネは、隠し資産を突き止めようとするFBIの監視(盗聴)下に置かれながら暮らしますが、脳機能の低下でたびたび幻覚に見舞われ、おかしな振る舞いをします。その行動に家族や取り巻きたちは振り回されます。病状は改善せず、かつての「暗黒街の帝王」も晩年は惨めで、48歳の若さで生涯を終えることになります。ボスとして君臨したシカゴへは一度も戻ることはありませんでした。 映画では最後にさらりと触れられただけでしたが、カポネの死後、妻のメエをはじめ残された家族は経済的困窮に苦しみ、苗字を変えて隠れるように暮らすなど悲惨でした。米国の暗黒街の犯罪史の悲しい真実に、少し胸が痛くなりました。※拙Blogでの連載「禁酒法時代の米国-ー酒と酒場と庶民のストーリー」で、カポネに触れた回もぜひお読みください。→ 第3回はこちら & 第6回はこちら・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/03/05
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ピアノを弾きながら歌うエルトン・ジョンは、私がピアノを弾くことに嵌(はま)るきっかけを与えたアーチストです。その彼の半生を描いた映画「ロケットマン(Rocketman)」観てきました。 映画は、少年時代から50代くらいまでのエルトン・ジョン(現在72歳)を描いています。内容は、ゲイであることはもちろん、アルコール&ドラッグ依存症など、私自身も以前から知っていたことが7割くらいありましたが、両親や家族のことや男性マネジャーとの関係、メジャー・デビューのきっかけなど詳しいことを知らない部分も多く、実に興味深い映画でした。 エルトンと生涯の創作パートナーである、作詞家バーニー・トーピンとの関係では、名曲のほとんどが詩が先にあって、エルトンが後からピアノでメロディをつけていったというのも面白かったです(詩が先か後かは、半々くらいかなと思っていたので)。でも、映画の中で描かれるニューヨーク公演を当日にすっぽかして依存症の治療施設に行ったというエピソードって、実話なんでしょうか? いずれにしても、エルトンの複雑な人格形成や破茶滅茶な生き方には、やはり両親の愛に恵まれなかった少年時代を抜きにしては語れないことがよく分かりました。音楽界で大成功をおさめ、スーパースターになって、有り余るほどお金があっても常に孤独感を抱え、必ずしも幸せではなかった彼の人生には、同情すら覚えました。 それにしても、まだ存命中なのに、自分の恥ずかしい部分がこれでもか、これでもかと描かれるのは、エルトンさん、どんな気分なんでしょうね? でも、ご本人もこの映画のプロデューサーに名前を連ねているくらいだから、やっぱり普通の人間の枠には収まらない、変な人なんでしょうね(音楽系アーチストにはこういう変な人は少なくないけれど…)。 エルトンに扮した主演のタロン・エガートンは、口パクなしで自ら全曲を歌っています(しかも上手い!)。撮影に入る前に5カ月も練習したそうですが、その凄い才能と根性に、ただただ驚くしかありません。 ミュージカル仕立ての映画で、エルトンのヒット曲が数多く散りばめられていますが、映画の作り方が上手いなぁと思ったのは、そのシーンにもっとも歌詞内容がはまる曲が(曲が誕生した時系列にこだわらず)選ばれていることです。ダンスシーンの演出や映像も秀逸で、劇中歌を聴くだけでも値打ちのある映画かなとも思いました。 ※ちなみに、彼の代表曲Your Songは、私の大好きな歌の一つで、昔からレパートリーにもしています。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2019/08/27
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営業前に映画の”お勉強”(@シネ・リーブル梅田)。きょうはこれ。「ビル・エヴァンス: タイム・リメンバード(Bill Evans: Time Remembered)」。 ビル・エヴァンスは、おそらく100年に1人の天才ジャズピアニストだったに違いない(それは、この映画を観れば、きっと貴方も納得してくれるだろう)。しかし、一方で天才にありがちな、破滅的で、不可解な生き方を選んでしまう人でもあった。 ビルと言えば、薬物依存に苦しんだことでも知られる。しかしドラッグにはまったのは、晩年かと思っていたが、実は、あの歴史的なビレッジヴァンガード・ライブを残す直前の50年代末期(20代後半)には、すでに手を出していたとは…。音楽的な名声は高まる一方だったが、最大の信頼を置いていたベーシスト、スコット・ラファロの事故死、長年同棲していた女性エレインの自殺など、不幸が相次いだ。 それでも、一度は薬物依存を克服し、結婚して息子のエヴァンまで生まれ、幸せな時期もあった。映画には、妻ネネットやエヴァンとの幸せな日々を映したホームムービーの映像も挿入されているが、今となっては観るのがとても辛く、哀しい。 その後、再びドラッグにはまったビル。最愛の兄ハリーの自殺、妻との別居という出来事も追い討ちをかけ、さらに破滅的な日々を送る。そして長年の麻薬常用の末に身体は壊れてゆき、1980年9月15日、急死する。友人の言葉を借りれば、それは「時間をかけた緩慢な自殺だった」と言われるように。享年51歳。 結局は、身の回りに、親身になって見守ってくれる家族や友人がいなかったということか? ビルと共演し、この映画にも登場する、親しいミュージシャンは数多くいたのに、結果的に、誰も彼を助けられなかった。それが残念でならない。 数多いジャズピアニストの中で、これほどまでに優美なタッチでメロディーを奏で、美しい和音を紡いだ人は、私はいまだかつて知らない。残念ながら、来日公演を観る機会はなかったが、彼の残した素晴らしい音楽を、(微力ながらも)これからも次世代へ伝えていきたい。 ※ジャズ好きの方なら必見の映画です。今は亡き伝説のジャズマンが貴重な映像で数多く登場しますよ! PS. 映画館のあるスカイビルのすぐ隣に。G20サミットに参加のVIPが泊まるウェスティンホテルがあるので、映画館に行くにも検問&持ち物検査がありました。いささか過剰にも思いましたが、もちろん協力しましたよ。
2019/06/28
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大河ドラマ「真田丸」を観終わった感想。やはり、「義」を貫いた信繁(幸村)が改めて好きになり、主君(秀吉)を裏切り、狡猾に生き延びた家康は、どうしても好きになれませんでした(サラリーマン時代、家康のような生き方をして出世した上司ともダブりました。その上司は、最終的に出向した会社で嫌われてコケましたが…)。 過去の歴史に「たら・れば」を言っても仕方はありませんが、家康からの国替え提案など豊臣家を残すチャンスは何度かあったのに、秀頼や淀殿もその取り巻きも賢明な判断ができなかったことが悔やまれます。 ドラマとしての「真田丸」はさすが三谷脚本という素晴らしい出来だったと思います。しかし、大学で歴史学を専攻した身として、ドラマ最終盤で描かれた「大坂・夏の陣」の脚本&演出に苦言を言わせてもらうなら、史実で伝わる「夏の陣」とは少し違って、城外の平原や城内で両軍が戦う場面がほとんどだったことは大いに不満でした。 実際の「夏の陣」は(日本近代史初の)凄惨かつ壮絶な市街戦でした。当時日本最大の商業都市だった大坂は、城の南側にあった城下町もまさに主戦場となり、町民・農民に数多くの犠牲者が出ました。この悲惨な様子は有名な「大坂・夏の陣絵図(黒田家屏風)」(写真下=重要文化財、大阪城天守閣蔵。写真出典元:Wikipedia日本語版)にもかなり具体的に描かれていますし、文献でも詳細に伝わっています。そういうリアルな部分も少しは描いてほしかったです。 豊臣方は、褒賞をエサに各地から武士や浪人を数多く動員しましたが、(戦闘経験もないのに)槍や刀を持たされ戦闘に加わるよう事実上強要された町民たちも少なくありませんでした。 戦いの雌雄が決した後にも、町民・農民たちには悲劇が待っていました。略奪や婦女子への暴行は言うに及ばず、武将の首を取って献上すれば褒美が出る徳川方の武士によって「偽首」として首を刎ねられたり、働き盛りの大人の男女や子どもは戦利品(=労働力)として勝者に国内各地へ連れ去られたりしたことなどが(古文書で)伝わっています。この結果、家族離れ離れになった町民も多かったそうです。そういう悲惨な出来事がいっぱいあったのです。 さらに言えば、豊臣方に付いた武将や武士・浪人で敗北後、各地へ逃げた人も当然多かった訳ですが、戦後に、そういう人間を徹底的に探し出し処罰(処刑や島流し等)する徳川側の執念も凄く、「探し出して捕らえよ」という密告を奨励する”お触れ”も出ました。 「夏の陣」が終わって数年後に、北陸地方で名前も変えて隠れて暮らしていた武士が(幕府側に)見つかって処刑されたなどという記録も残っています。大規模な戦争は、後世に永く悲惨な爪痕を残すという意味では、やはり戦争はすべきではないということですね。こちらもクリックして見てねー! → 【人気ブログランキング】
2016/12/22
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映画は結構観てるのですが、映画評を書くのは久しぶりです。そのテーマもあって興味のあった「イミテーション・ゲーム:エニグマと天才数学者の秘密」(上映中)を観てきました。 映画のストーリーは、第二次世界大戦中、解読不可能とまで言われたドイツ軍の暗号「エニグマ」の解読に挑んだ英国人数学者、アラン・チューリングの物語。「秘密」の中身については、映画のネタ明かしにもなるので、詳しくは書けませんが、とにかく面白く、上質な作品に仕上がっています。1940年代のロンドンの街並みや酒場、風俗がとてもリアルに再現されていて、タイムスリップした気分になります(ご興味のある方には、ぜひおすすめします!)。 なお、Wikipediaで調べてみると、チューリングがエニグマ解読のために、英政府に雇われたのは26歳の若さ。今では、「第二次世界大戦の終結を2年早めた」と大きく評価されているエニグマ解読の功績ですが、極秘のミッションであったため、チューリングの貢献は、一般には永く知られることはありませんでした。 加えて、チューリングはその業績もあって、「現代コンピューターの基礎を創った人」と位置付けられていますが、ある理由で、最近までその多大な功績は“無視”されてきました(その答えも、映画でどうぞ)。映画は、ドラマチックなチューリングの実際の生涯を、かなり忠実に描いています。 個人的には、1950年代以前の出来ごとをテーマにした映画や、第二次世界大戦の知られざるストーリーを描いた映画(例えば、「プライベート・ライアン」「硫黄島からの手紙」「シンドラーのリスト」「ブラックブック」「ヒトラー:最後の12日間」「スターリングラード」等々)は好きで、ほとんど見ていますが、この映画も歴史の裏側で隠されてきた秘話を次世代へ伝えていくという意味でも、高く評価できる1本だと思います。 (C)うらんかんろ写真は映画の1シーン((C)GAGA Corporation 借用多謝です)。
2015/04/04
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彼女のつくる映画は大好きでした。とくに、「めぐり逢えたら」は今でも、僕の中でもベスト5に入る映画です。心からご冥福をお祈りいたします。→ ノーラ・エフロン監督死去(Yahoo News)
2012/06/28
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国際テロリストの摘発などにあたる警視庁公安部外事4課の刑事の姿を描いた物語「外事警察――その男に騙されるな」を観てきました。 麻生幾氏の同名小説を原案に、その活動がベールに包まれている警察の外事部門を取り上げた異例の作品です。一般市民の弱みにつけ込んで脅してスパイに仕立て上げたり、時には身内の警察も騙したり、官邸の官房調査費を捜査に流用したり、もう何でもありの描写です。 日本にウランが持ち込まれたという情報をもとに、渡部篤郎演じる主人公の刑事が捜査を開始。国際テロリストグループ摘発のため、最後は民間人を装って韓国に渡るという物語。映画には韓国俳優キム・ガンウが日本作品に初登場し、僕の大好きな(笑)真木よう子がスパイに仕立てられる主婦役を演じています(写真はPRポスター=(C)SDP/東映)。 映画で描かれているディテールがどこまでが真実なのかは、観る人の想像に任せるしかありませんが、警察の外事部門の人とも多少付き合った経験があるうらんかんろとしては、細かい部分の描写など、なかなかよく出来た映画で、緊迫感あふれるスリリングな内容は十分に楽しめました。 ただし映画は、原作とはかなり違います。原作は中東のテロリストとの攻防(登場人物もかなり違います)ですが、映画では、北朝鮮(映画では「あの国」という表現に徹していましたが)のスパイとの闘いです。 映画は難を言えば、肝心のクライマックスのシーンが長くて冗漫でした。セリフが長過ぎて、観ていて少しダレました。それまですごくテンポが良かったのに、あのシーンで足踏みしてしまったのはとても残念でした。 原作を読んでから映画を観に行った僕の結論としては、はっきり言って原作の方が面白いですが、映画もそれなりによく出来ていますので、観ても損はないと思います。ご興味とお時間のある方はぜひどうぞ。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2012/06/11
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メリル・ストリープが主演し、米アカデミー主演女優賞を獲ったことでも話題となっている映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」を観てきました。 メリル・ストリープは、40代から80代まで(それまでの若い時代は別の女優さんが担当)、サッチャーの話し方や仕草、着こなしだけでなく、認知症になりかけた晩年の姿もみごとに演じ切っていて、改めて凄い女優だと感心しました。とくに、米国人であるストリープ本人が「必死で訓練した」と言う「ブリティッシュ・イングリッシュ」は、日本人の僕にも完璧だと思いました。 サッチャーは食料品店の娘として生まれ、苦学してオックスフォード大学に進学。20代で早くも政治を志し、大学卒業の4年後の1950年、下院議員選に立候補するも、落選の挫折を味わいます。翌年結婚した夫のデニスは、「家で皿を洗うだけの主婦で終わりたくない」という妻の夢を、献身的に支えます。 そして、1959年に下院議員に当選。その後その巧みな弁舌で保守党内で頭角を現し、とうとう党首にまで登りつめ、それまで男社会だった英政界で女性の地位を大きく切り開きます。1979年、総選挙で保守党が大勝したため、サッチャーは英国政治史上初の女性首相に就任します(写真は映画の1シーン=(C)20世紀フォックス/ギャガ)。 首相として彼女は、社会保障や経済政策で「自助努力・自己責任」という考え方を押し進め、財政破たん寸前だった英国経済を復活に導きました。1982年のフォークランド紛争では、アルゼンチン相手に一切の妥協を排して、軍事的強行手段を貫き、勝利をおさめました。 さまざまな問題に直面しても、あくまで自分が正しいと信じる道を貫いたという意味では、とても頑固な「信念の人」で、立派だとは思いましたが、サッチャー政権の経済政策の結果、国内では失業者が増大し、富裕層優遇の医療制度改革で社会保障から切り捨てられた一般庶民から反感を買い、英国では必ずしも彼女を評価する人ばかりではないようです。 また、この映画でも描かれていたように、サッチャーは他の閣僚や側近など他人の意見にあまり耳を貸さない一面もあったようです(この辺りや伝記や側近らの証言に基づいているでしょうからおそらく事実でしょう)。晩年、彼女が閣内で孤立し、辞任に追い込まれたのは、自業自得という面もあったのかもしれません。 いずれにしても、11年半も首相の座を守ったサッチャーが、稀有な力量を持った政治家であったことは疑いありません。ただし、母や妻としてはサッチャー本人も認めるように、決して完璧ではなく、悔い(とくに夫デニスへの愛について)が数多く残った人生だったようです。86歳の今も健在だけれども認知症が進み、この映画のこともおそらくは理解できない彼女のことを思うと、少し切ない気持になりました。PS.【評価】★4つ半(5つで満点) とてもよく出来た映画だと思いましたが、大学で化学を専攻し、卒業後、化学会社に就職し研究者の道を歩んでいたサッチャーが、なぜ畑違いの政治の世界を志すようになったのか、その辺りがほとんど描かれていません。それが唯一の不満として残りました。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2012/03/24
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元ビートルズのジョージ・ハリスン(2001年11月29日に58歳で死去)の生涯を、家族や生前親交のあった友人(主にミュージシャン)の証言で紹介したドキュメンタリー映画「リビング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」を友人から借りたDVDで観た。 この映画は、あのマーチン・スコセッシが監督したということでも話題となり、映画館でも(短い期間でしたが)公開されたので観に行った友人もいたが、上映時間が3時間28分という長尺もので、かつほとんどがインタビューで構成された作品とあって、その友人は「途中で睡魔におそわれ、寝てしまった」という(笑)。 ビートルズのメンバーでは、クールなジョージが一番好きだった。しかし、「最後まで観るのに根気と覚悟が必要」と聞いていたので、結局映画館へは足を運ばず、DVD観賞となった次第。見終わっての僕の感想は以下の通り。 インドの宗教的なものにのめり込んだことや、妻のパティを親友のエリック・クラプトンに譲った有名なエピソード、バングラデシュ救援コンサート実現の舞台裏、それに晩年のがん闘病の様子などさまざまな出来事を、最後の妻オリビア、息子のダニー(若き日のジョージに顔そっくり!)をはじめ、クラプトン、ポール・マッカートニー、リンゴ・スター、オノ・ヨーコ、ジョージ・マーチン、パティらたくさんの関係者が語っていく。 この映画での僕の最大の関心は、ジョージがビートルズの中でどういう存在だったのか、そして、なぜ解散後ポールやジョンらとの不和が続いたのかという疑問への答えが聞けるのかということだった(ようやく和解して再び一緒に曲をつくったのは1990年代に入ってからだった=「Free As A Bird」「Real Love」の2曲だけだったが)。 見終わって、生前のジョージのインタビューや没後の友人らの話から、そうした疑問への回答はなんとなく見えてきた。ジョンとポールから誘われ、ビートルズのメンバーとなったジョージは、4人のなかでは一番年下だった。結成時からビートルズのオリジナル楽曲は、主にジョンとポールがつくっていたこともあって、解散するまでの間、バンドの演奏やレコード制作の主導権はずっとジョンとポールがとっていた。 途中から自分でも曲づくりを始めたジョージは、内心、自分の曲ももっとアルバムに入れてほしいと思っていた。だが、たくさん作曲しても結局、いつも1、2曲しか採用されなかった。アルバム録音での演奏でも、ポールはギターソロのリフまでジョージにこまかく注文したという(映画「レット・イット・ビー」でも有名な口論する場面があったが、まさにそうだったと彼は生前語っていた)。 「作曲した人間に従うのが一番丸くおさまる」と考えたジョージは、結局ビートルズでいる間は、(自分が作曲した曲以外は)年上のジョンやポールの言うとおりに演奏した。しかし、内心ではそれがずっとストレスであり、自分の曲が冷遇されることもあって、ずっともやもやを抱えていたのだという。 解散と同時に、ジョージは自ら抑えていた感情を爆発させるかのように、次々とソロ・アルバムを発表した。ソロになってからもジョージは素敵な曲を何曲も発表した(ビジネス的には、ポールのソロ・アルバムほど成功はおさめなかったが…)。 1991年、ジョージはクラプトンのバンドと一緒に来日。そして生前最後になったコンサート・ツアーをした(なんと12公演も!)。ジョージがなぜ久々のコンサートの舞台に日本を選んだのかは、今も謎だ。僕の脳裏には、大阪城ホールでギターを弾き、歌うジョージの姿が今もしっかりと焼き付いている。コンサート自体も、僕がこれまでの人生で観た中でベスト5に入るような素晴らしいものだった。 ジョージはその後、97年にがんが発病した。闘病中も、死を予期しながらも、ジョージは最後まで曲づくりに励んだ。晩年はポールやリンゴとも時々会っていたようだ。亡くなる2週間前、ポールと一緒にスイスの病院に見舞いに訪れたリンゴが、涙で語る「最後の別れ」の様子が切ない。ポールもリンゴもいろいろあったが、2人とも最後まで年下のジョージがとても好きだった。 60代のジョージがどういう音楽をやりたかったのか、もう少し観て、聴いてみたかった。没後10年余が過ぎるが、僕の喪失感はなお大きい。(※画像はTower Record HPから引用・転載しました。感謝いたします)。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2012/03/07
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最近立て続けに観た3作の邦画について、取り急ぎ感想と独断での評価(★5つで満点)を--(それにしても、映画も結構観ているんだけど、この日記で映画評を書くのはほんとに久しぶりだなぁ…さぼっていて、すみません)。※「あらすじ」部分のデータは公式HP等から引用しました。多謝です! ◆八日目の蝉 <あらすじ>不倫相手の子を堕胎し、その後捨てられた野々宮希和子は、その不倫相手である秋山丈博と妻の間に生まれた生後6カ月の恵理菜を誘拐する。そして、姿を隠しながら恵理菜を育てるが、4年間の逃亡の末、ついに小豆島で逮捕される。映画はこの希和子の判決の場面から始まり、現在の恵理菜と、過去の事件(回想)が平行して描かれる。 法廷で求刑が告げられた後、希和子は静かにこう述べた。「4年間、子育ての喜びを味わわせてもらったことを感謝します」と。一方、21歳の大学生となった恵理菜は、解放後、初めて実の両親に会ったが、「私たちこそが正真正銘の家族だ」と言われても実感が持てなかった。誰にもあまり心を開くことなく、恵理菜は家を出て一人暮らしを始める。 そんな中、岸田という妻子のある男に出会い、好きになったが、ある日、自分が妊娠していることに気づいた恵理菜の心は揺れる。そんな頃、恵理菜のバイト先に安藤千草という女性ルポライターがたびたび訪ねてくる。千草はあの誘拐事件を本にしたいという。恵理菜は放っておいて欲しいと思いながらも、なぜか千草を拒絶することが出来なかった。千草に励まされながら、恵理菜は今までの人生を確認するように、希和子との逃亡生活をたどる旅に出る。 直木賞作家・角田光代の原作小説を、井上真央、永作博美の主演で映画化したヒューマンサスペンス。監督は「孤高のメス」の成島出。 <評> ★3つ 結末にはあえて触れないが、映画の結末は原作とほぼ同じだという。そして、タイトルの意味も含め、いろんな解釈がネット上で飛び交っている映画でもある。そして映画を観た僕も、原作者や監督は結局何が訴えたかったのか、何を描きたかったのかがよく分からなかった(それくらい、観る人によって解釈が分かれる、難解な映画である)。 4歳まで愛情を持って大事に育てられれば、たとえそれが容疑者であっても、完全な憎しみなんて持ち得ないだろう。それが一つのテーマであれば、なぜ出所後の希和子と恵理菜を再会させなかったのか、疑問が残る(原作では、少しだけ再会する場面が描かれているというが)。 子どもをさらったのは、いくら「捨てた相手への復讐だ」「赤ちゃんを見て愛情が沸いた」とか言い訳しても、犯罪には変わりない。だが、希和子だけに罰を与え、元々の原因をつくった勝手な男どもに何ら教訓(罰)を与えていないことにも、説得力を欠く。 原作はどうなんだろう? 僕には、尻切れトンボのようなシーンで終わったことも含め、欲求不満が残る映画と言うしかない。映画は、やはりエンターテイメントである。小説としてはそれなりによくできた作品だったのかもしれないが、結局は、映画化するには無理があったのだろう。まぁ、ヒマならレンタルで借りて一度ご覧ください(永作博美の演技だけは絶品です)。 ◆阪急電車~片道15分の奇跡~ <あらすじ>ある日、結婚式に出席したOLの翔子は、花嫁と見間違えるような純白のドレスで現れ、新郎新婦を唖然とさせる。それは、彼女の復讐だった。会社の同僚でもある婚約者を後輩に寝取られた翔子。別れ話を切り出してきた婚約者に出した条件が、結婚式への出席だった。 披露宴会場を後にした翔子は、帰宅途中の電車で1人の老婦人が声をかけてくる。その老婦人とは、曲がったことの嫌いな時江だった。孫の亜美と電車に乗っていたところ、純白のドレスに引き出物というチグハグないでたちの翔子が気になって、声をかけたのだった。 女子大生ミサの悩みは、恋人カツヤのDV。2人で同棲するための物件を見に行く途中、電車に乗り合わせたドレス姿の翔子のことを話しているうちに口論となり、カツヤはミサを突き飛ばして降りてしまう。それを見ていた時江が吐き捨てた「くだらない男ね」という言葉で、ミサは別れを決意するが…。 また、セレブ気取りの奥様グループに嫌々付き合っている庶民派主婦の康江は、今日も高級レストランでのランチに誘われ、胃痛を我慢して出かける。電車内で傍若無人に振舞う奥様グループに肩身の狭い思いをしていたのだが。 一方、地方出身で都会の雰囲気に馴染めない大学生の権田原美帆と圭一。ある日、電車の中で出会った2人だったが、その距離は近づくのだろうか。また、大学受験を控えた女子高生の悦子は、人はいいがアホな社会人の竜太と付き合っている。プラトニックな関係は保ち続けていたが、ある日、高校の担任から第一志望の大学は難しいと言われ、自暴自棄になって竜太とラブホテルに向かう。 「フリーター、家を買う。」「図書館戦争」などで知られる人気作家・有川浩の原作小説を映画化。兵庫・宝塚市の宝塚駅から西宮市の今津駅までを結ぶ阪急今津線を舞台に、婚約中の恋人を後輩社員に奪われたアラサーOL、恋人のDVに悩む女子大生、息子夫婦との関係がぎくしゃくしている老婦人らの人生が交錯する。片道15分のローカル線で起きる小さな奇跡の数々を描くヒューマンドラマ(監督は関西テレビ出身のドラマ演出家で、この作品が映画監督デビュー作となる三宅喜重)。 <評> ★4つ半 映画の舞台である阪急・今津線は、兵庫県の阪神地域に住む僕にとっても身近な路線である。映画に登場するシーンも馴染みのところがほとんど。これは観に行くしかないと思って出かけた。 映画自体は、どうってことないいくつかの話をつなぎ合わせたオムニバス映画なのだが、それがみんな、微妙に絡み合っていて結末につながっていく。テンポがよくて、構成(演出)が上手いので、原作の映画化としてはとても成功しているだろう。一言で言えば、観た後、あったかい気持ちになれる、後味のとてもいい映画だ。こういう結末のオムニバス映画は、以前に観た「大停電の夜に」にも似ているが、それ以上の出来だと思う。 出演者について言えば、一番輝いていたのは、他でもない老婦人(宮本信子)の孫役をしていた芦田愛菜ちゃん。この子は本当に凄い! 戸田恵理香、南果歩、玉山鉄二、谷村美月は関西出身なので、関西弁が自然で聞いていても気持ちがよかったが、宮本信子の関西弁は違和感がいっぱい(主演の中谷美紀は「関西以外の出身で、関西でOLしている」という設定らしいのでまぁ許そう)。 関西在住・関西出身者の方は必見の映画だと思うが、関西以外の方でも十分楽しめる上質のエンターテイメントだ。ぜひおすすめでーす(ちなみに僕は、この映画、出張先の東京・有楽町マリオン内の映画館で観ましたが、結構お客さん入っていましたぞ)。 ◆プリンセス トヨトミ <あらすじ>7月8日金曜日、午後4時――大阪が全停止した。遡ること4日前の月曜日。東京から大阪に3人の会計検査院調査官がやって来た。税金の無駄遣いを許さず、調査対象を徹底的に追い詰め“鬼の松平”として怖れられている松平元。その部下で、天性の勘で大きな仕事をやってのけ“ミラクル鳥居”と呼ばれている鳥居忠子、日仏のハーフでクールな新人エリート調査官、旭ゲーンズブール。 彼らは順調に大阪での実地調査を進め、次の調査団体のある空堀(からほり)商店街を訪れる。その商店街には、ちょっと変わった少年少女がいた。お好み焼き屋「太閤」を営む真田幸一と竹子夫婦の一人息子・真田大輔は、女の子になりたいという悩みを抱えていた。その幼馴染・橋場茶子は、大輔とは対照的に男勝りでいつも大輔を守っていた。 そんな商店街を訪れた調査員一行は、財団法人「OJO(大阪城跡整備機構)」に不信な点を感じる。だが、徹底的な調査を重ねるも、経理担当の長曽我部にのらりくらりとかわされ、諦め始めた鳥居も「これでOJOが嘘をついているとしたら、大阪中が口裏を合わせていることになりますよ」と不満をもらす。 そのとき、松平の脳裏にある考えが閃いた。「そうだ、大阪の全ての人間が口裏を合わせている」。意を決して再びOJOを訪れた松平の前に現れたのは、お好み焼き屋「太閤」の主人・真田幸一。そして「私は大阪国総理大臣、真田幸一です」と発せられたその言葉に松平は耳を疑った。 「鴨川ホルモー」などで知られる人気作家・万城目学の直木賞候補になったベストセラーを映画化。1615年の大阪夏の陣で断絶したはずの豊臣家の末裔(まつえい)が今も生きつづけ、大阪の男たちは400年もの間その秘密を守り続けていた。国家予算が正しく使われているかを調査する会計検査院の精鋭3人は、ふとしたことからその真実を知ってしまい、大阪の公共機関や商業活動など、あらゆる機能が停止する一大事件に巻き込まれていく(監督は木村拓哉主演の「HERO」や、テレビドラマ「古畑任三郎」シリーズで知られる鈴木雅之)。 <評> ★4つ 関西を舞台にした映画が相次いでいる。なぜか分からないが、東京の映画関係者にとっては、エンターテイメントの舞台(テーマ)としての関西に、僕らの知らない魅力を見ているのだろう。それはともかく、「全編大阪ロケ」と銘打ったこの映画は大阪の名所がてんこ盛り(唯一、鶴橋が出てこなかったのは不満だが)。とくに関西以外の方におすすめしたい。 荒唐無稽過ぎるプロットが故、原作の小説や脚本としての評価はあえて避けるが、映画に出てくるような「大阪国民」が、徳川に滅ぼされた400年後も、豊臣家(秀吉)へのシンパシーを抱いているいるという点(大阪人だけじゃなく、僕も含めた関西人に広く共通するだろう)は、おそらくは東京人には理解できないものだろうが、濃淡の違いはあれ、それは大阪人(関西人)にとっては、「阪神タイガース愛」と共通するDNAと言ってもいいものだろう。 歴史に「たら・れば」はないが、もし秀吉が家康に勝って、大阪幕府が出来て大阪が首都がなっていたことを想像すると、僕は、やはり大阪はNo.2で良かったとつくづく思う。今回の東日本大震災が教えた一つの教訓は、やはり行き過ぎた一極集中はダメだということだ。大災害が起こった時のバックアップとして、やはり政治も経済も機能は出来る限り、二眼レフ化すべきだろう。 なお、映画としてはそれなりに面白かったが、キャスティングについては大いに異論がある。お好み焼屋の店主役でかつ「大阪国内閣総理大臣」役の中井貴一は重要な役柄だったが、大阪弁がやはり変! この役をやらせるなら、他にも例えば、豊川悦司、近藤正臣、内藤剛志、佐々木蔵之介のような、まともな関西弁をしゃべれる関西出身の俳優がいただだろう。あえて中井貴一を起用したのは理解に苦しむ(これは中井の妻役だった和久井映見についても言える)。この映画が画竜点睛を欠いたとしたら、この二人のキャスティングだろう。 こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2011/06/18
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マイケル・ジャクソンの実現しなかった最後のツアーのリハーサル風景をまとめたドキュメンタリー映画「This Is It」のDVDが昨日(1月26日)発売されました。公開中は話題になった映画でしたが、時間がなくて見に行けなかったこともあり、うらんかんろは発売されたばかりのDVDを早速買って、昨夜観ました。(※ご参照→ 急死の報を聞いて記した09年6月26日の日記 ) 見終わってまず強く感じたのは、このツアーに賭けるマイケルの思いです。当たり前ですが、リハに取り組む情熱・意気込みは、ただ凄いの一言です。天才と言われたマイケルですが、その陰で努力を惜しまなかった人であることもよく伝わってきました。実現していたら、きっと歴史に残るステージになっていたでしょう。感想はいろいろありますが、思いつくまま記してみます。 ◆超厳しいオーディション 冒頭、このツアーに参加するダンサーをオーディションするシーンが出ます。応募してきたダンサーの数が半端じゃないことにまずびっくりしました。その数はいったい何百人いるのかという感じ。数がたくさんいるから70~80人くらいずつ舞台に上げて、マイケル自身も審査に立ち会い、絞り込んでいきます。 当たり前ですが、マイケルのツアーに応募してくるくらいだから、みんなうまいのです。そうして選び抜かれたダンサーたちは、当然ですが身体能力が抜群で、踊りが段違いでうまいのです。アメリカのショー・ビジネスの世界の底力や、そこで勝ち抜く競争の厳しさを垣間見た気がしました。 ◆すべての動きが、まるでダンス マイケルは「素晴らしい歌声・歌唱力と、作詞作曲の能力と、ケタ外れに上手いダンス」という3つの天賦の才能を与えられました(できなかったのは楽器くらいでしょうか?)。改めて思ったのはとくにダンスの才能で、この人は普通の人間ではなかったということです。 踊っていない時でも、マイケルは、歩く一歩、一歩、手の上げ下げなど体の動きのすべてがダンスになっているのです。きっと、頭や手や足がすべて、無意識にそういう風に動くように、体の底から染みついているのです。これもおそらく「天から与えられたギフト」なんでしょう。 ◆音づくりへのこだわり 映画を観るまではステージでのマイケルは、音づくりに関してはおそらく、ツアーを仕切る音楽プロデューサー(またはディレクター)に任せているんだと思っていました。しかし、リハの風景をみると、テンポや音量、アレンジやコードにもかなり口を出しています。ベースシストの弾き方を、びっくりするくらい上手い「口(くち)ベース」で真似してみて、「こんな感じでもっとファンキーに弾いてくれ」と言ったシーンには笑いましたが…。 演奏家としてはマイケルより練達の人たちはいっぱいいる訳ですが、やはりそこは「キング・オブ・ポップ」です。マイケルが「こうしてくれ」「こんな感じで」と言うと、「分かった」と従っています。やはりツアーを最終的に仕切ったのはマイケルだったのです。 ◆いいステージにはカネがかかる このツアーのステージ・セットには凄いお金がかかったということが分かります。ステージ後方にはLED(発光ダイオード)のディスプレーを配して、そこに曲に合わせて最新技術でいろんな映像を流すのですが、「スムース・クリミナル」では、映像中のマイケルがディスプレーから飛び出してきたら、生身のマイケルだったなんていう演出も考えていたようです。「スリラー」は3D映像で新たなコンセプトでショート・フィルムを撮り直していました。 映像だけでなく、シルク・ド・ソレイユばりのアリーナの空間を目一杯生かした、大がかりなパフォーマンスもあれこれ考えていたようです。全体として言えるのは、1曲、1曲のアレンジや演出を、マイケルも含めたスタッフで想像以上に一生懸命ディスカッションして、緻密に作り上げようとしている真摯な姿が印象的でした(正直言って、もっとスタッフ任せでいい加減につくっていると思っていました)。 ◆環境問題への強い思い 「アース・ソング」(1995年発表)という曲のバックでは、新たにつくった環境問題への取り組みを訴えるアマゾンの熱帯雨林の映像が流れます。熱帯雨林はやがて焼き尽くされ、ブルドーザーで押し潰されます。マイケルはメッセージでこう言っています。「次世代の子どもたちのためにも、この地球の環境を守りたい。誰かがやってくれるだろうではだめなんだ。僕ら一人ひとりが何かをしなくてはいけないんだ」と。 巨額のギャラを稼ぎ出すショー・ビジネスの世界にどっぷりはまっていながら、そんなカッコイイことだけを言うのは偽善者のように聞こえますが、実際にマイケルがこれまで成し遂げてきたチャリティの実績を考えた場合、決して偽善とは思えません。彼は結構真面目に次世代のことや地球環境のことを考えていたに違いないと、僕は信じます。 ◆あまり見せなかった素顔 「初めて舞台裏を見せた」というのがこの「This Is It」のウリでしたが、実際観てみると、素顔と言ってもあくまでステージかステージの周辺に限ったマイケルです。素顔のごく一部を見せたに過ぎません。また、映画は個人的な記録として撮られていた映像をもとに作られた訳ですが、いくら「個人的な記録として」とは言っても、撮られているのは分かっていた訳ですから、カメラをまったく意識しなかったということはないでしょう。 だから、この映画の素顔のマイケルは「本当の素顔」なのかと言えば、それは大いに疑問です。ステージやその周辺だけでなく、もっともっと舞台裏、例えば楽屋や自宅、移動中の車内などでの素顔のマイケルを観たかったと思うのは、僕だけでしょうか。映像や音楽も演出も素晴らしい内容だったのですが、そういう意味では物足らなさを残しした映画でした。 いずれにしても、マイケルのような唯一無比のアーチスト、ミュージシャンはもう当分は出てこないでしょう。観れば観るほど、彼がだんだん人間とは思えなくなってくる僕がいました。やはり、マイケルは神が地上に使わした天賦の才能だったと信じて疑いません。そして、彼を誤って死なせてしまった専属医師を恨まずにはおれません。ソロで初来日した1987年、大阪球場で観た彼の生パフォーマンスは今も忘れられませんが、それを思い出すのは、今となってはとてもつらいと言うしかありません。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2010/01/27
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公開中の映画「ゼロの焦点」を見てきました。「ゼロの焦点」のは、言うまでもなく、松本清張のベストセラーにもなった長編推理小説を映画化したものです(過去何度も映画やテレビドラマにもなっています)。 簡単にあらすじを紹介しておくと--。時代は昭和33年。東京に暮らす26歳の板根禎子(広末涼子)は26歳。金沢の広告代理店に勤める鵜原憲一(西島秀俊)と見合い結婚した。信州での新婚旅行を終えた10日後、憲一は、仕事の引継ぎをしてくると言って夜行列車で金沢へ旅立つ。しかし、予定を過ぎても憲一は帰京しない。 しばらくして禎子の元に届いたのは、憲一が北陸で行方不明になったという、勤務先からの知らせだった。禎子は急いで金沢へ向かう。憲一の後任者の男性らの協力を得ながら憲一の行方を追うが、その過程で、夫の隠された過去や金沢での暮らしぶりを知ることになる(これ以降はネタばれになるので、映画館でどうぞ)。 僕は自分で言うのもなんですが、松本清張の大ファン。中学生の頃から、彼の読み始め、彼の作品の7~8割くらいは読んでいると思います。当然、この「ゼロの焦点」も読んだはずなのですが、ずいぶん前なので、映画を観る前はどういう結末だったのかは忘れていました(映画を観るためにはそれがかえって良かったかもしれません(笑))。 見終わってとりあえずの感想としては、いくつかあります。 1.映画の出来としては及第点でしょう。映像美も素晴らしい。古い金沢の街がとてもよく再現されていました(主に韓国の映画撮影所のオープン・セットを使って再現したそうですが…)。 2.ただし、米軍占領下の日本とその頃日本人女性が置かれていた状況や、親だけで結婚相手を決めてしまうなどの時代背景について、今の若い世代がどこまで理解できるかどうか(戦後復興のために必死で努力していた日本人の姿が、随所に描かれているのはとても良かったですが…)。 3.主役の広末は、共演の中谷美紀に完全に食われていたなぁ…--の3点です。 僕はとくに、古い時代の面影をまだよく残していた昭和50年代前半、金沢に住んだことがあったので、(昔の金沢駅など)よく目にした情景や耳にした地名がたくさん出てきて、とても懐かしい気持ちになりました。オープン・セットでは雪の金沢の街で、昔の市電まで走らせていましたが、ここまで時代考証にカネをかければいい映画も撮れるという証でしょう。 清張がこの作品で最も訴えたかったのは、おそらく「敗戦後の日本で、時代に翻弄された女性たちの悲しい運命」だったと思います。米軍占領下で、主権を奪われていた日本では、生きるために、貧困から脱するために男性も苦労しましたが、女性はより過酷だったことを忘れてはなりません。そうした歴史的、社会的背景を頭の片隅に置きながら、この映画を観ればより充実感が味わえると思います。 映画では、様々な事件を縦軸にしながら、横軸として(原作にはなかった)金沢市長選挙への女性の選挙運動(立候補から当選まで)が女性の自立、社会参加の象徴として描かれていますが、現実の金沢市政では女性市長は今なお誕生していません。監督の真意は分かりませんが、女性の地位向上・自立を選挙という舞台で描きたかったのかもしれません。 【おすすめ度】★4つ半(★5つで満点)【追記】091223 映画を観た後、原作をもう一度読み直しました。原作と比較して映画は、骨格はあまり変えてはいないのですが、いくつかの部分で原作とは違います。上記で書いたように、金沢市長選への女性候補の出馬のエピソードはありませんし、さまざまな事件の殺害場所、殺害方法も若干違います。登場人物の中でも、映画では死ぬのに、原作では死なない人もいます。でもまぁ、映画の脚本・演出としては許容の範囲内かなと思います。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2009/12/08
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随分しばらく映画をテーマにして書いていなかったので、自分自身へのメモ代わりに感想などをあれこれ綴っておきます。取り上げた映画は旧作も含みますので、ご容赦を。評価は★の数で(満点で★5つ)。 ◆レッド・クリフ ★4つ ハリウッドで今売れっ子監督、ジョン・ウーが「三国志」をテーマに描いた歴史巨編(現在もなお上映中なのかな?)の「パート1」。トニー・レオン、金城武のやりとりを観ているだけでも面白いが、何よりも、人民解放軍の兵士をエキストラに大動員したうえで、なおかつCGを効果的に使った壮大な戦闘シーンが素晴らしい。 映画全体の中では、少々戦闘シーンが多すぎてやや食傷気味になってくるが、それでもこの戦闘シーンや、鳥瞰のアングルで撮った軍の大船団が川を往くシーン(「パート2」の予告も兼ねている)の迫力だけでも、カネを払って観に行って後悔しない。 ストーリー的には「パート1」ということで、若干尻切れトンボ気味なのが惜しいところ。「パート2」に期待しよう。観に行く前に、高校時代の世界史の教科書などで中国の春秋・戦国時代の歴史を少し予習しておくと、話がより理解しやすくなる。◆ブーリン家の姉妹 ★4つ 16世紀、ヘンリー8世治世のイングランド。王妃との間に子どものできなかった王に、2人の娘を次々と愛人として送り込み、世継ぎを生ませて一族の繁栄を図ろうとしたある貴族。その「栄華と没落」の悲劇を描いたストーリー(つい先頃まで上映中でした)。 実話をもとにしているから、真に迫るものがある(中世イングランドの雰囲気がとてもよく再現されている)。姉妹を演じたナタリー・ポートマン(姉)とスカーレット・ヨハンソン(妹)が出色。後に処刑されてしまう女王の姉が生んだエリザベスが、後に大英帝国を築いたエリザベス1世。歴史の偶然や皮肉を考えてしまう。◆真珠の耳飾りの少女 ★5つ シャープの液晶テレビ「アクオス」のCMにも登場するフェルメールの名画「真珠の耳飾りの少女」。その名画誕生の秘話を、フェルメール家に住み込んだお手伝いさんの少女(これまた、スカーレット・ヨハンソンが演じています)の目を通して描いた作品。フェルメールが密かにこの少女を愛していたというフィクションを織り交ぜているが、それでも秀作には違いない。 個人的には、17世紀中頃のオランダ・デルフトの街並みや人々の衣食住の暮らしぶり、そして当時の画家たちの制作風景(どんな絵の具や筆を使っていたのかなど)などがとても興味深かった(2003年作品)。◆ディパーティド ★4つ レオナルド・ディカプリオ、マット・デイモン、ジャック・ニコルソンが共演、監督がマーティン・スコセッシとあれば、もう出来の悪い映画であるはずがない。米アカデミー賞の作品賞、監督賞などを取ったのもうなづける。 マサチューセッツ州・ボストンが舞台。身分を隠し、警察と犯罪組織にそれぞれ潜り込んだスパイ(警察官とギャングの手下)のお話。鬼気迫る演技と下ネタセリフ連発でニコルソン(ギャング団のボス)が主役を食ってしまったのはご愛敬か。 ストーリー展開のテンポが良くて面白いが、救いのない結末に、現代アメリカの病理が現れている。それにしてもボストンって、比較的治安は良いと思っていたけれど、こんなにアブナい街だったのね(2006年作品)。◆沈黙のステルス ★2つ半 セガールの「沈黙シリーズ」はスーパーヒーローの活躍が爽快で、単純に面白いから、結構よく観てるんだよね。今回の最新作(2007年公開)は、元空軍パイロットだった主人公(セガール)が、米軍基地から盗まれたステルス機をアフガニスタンのテロリストから取り返すっていう話。 テロリストたちは細菌兵器爆弾を米国とヨーロッパに落とろうとたくらむ。それをぎりぎりで阻止するセガール。予定調和的な結末はまぁ、いつもの通りなんだけど、ストーリーがいささか単純過ぎて、登場人物もステレオ・タイプな奴ばかり。心の内面や感情の部分がほとんど見えない、薄っぺらな作品に仕上がってしまった。まぁ、最新鋭のステルス機のコックピットなども登場するし、戦闘機好きの軍事オタクの人が見れば面白いのかも。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/12/21
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最近、酒やBARや音楽のネタよりも映画ネタが多いなぁと思いつつ、また映画ネタですみませーん。最近わりと頻繁に映画を観てます。まず、ただいま上映中で、話題の映画の一つ「オーシャンズ13」。「11」は観て、「12」はまだ観てなかったのですが、まぁいいやと足を運びました。 カリスマ詐欺師のダニー・オーシャン率いる11人のプロ犯罪チームが騒動を繰り広げる人気シリーズの第3作です。監督は「トラフィック」のスティーブン・ソダーバーグ。 ソダーバーグの元には毎回すごい俳優たちが低ギャラで駆け付けます(「ギャラなしでも出たいと言う俳優もいるとか)。ダニー役はいつものようにジョージ・クルーニー。ほかに、おなじみの仲間(ブラッド・ピット、マット・デイモンら)が再結集しています。 加えて名優アル・パチーノ、エレン・バーキン、さらに「11」ではクルーニーの恋敵役だったアンディ・ガルシアまでが、今度は“味方”側で登場しています(この豪華なキャスト、低ギャラとは言っても、凄い出演料なんだろうなぁ) 今回はパチーノ演じるラスベガスの大ボスが相手。仲間を殺されかけたチームは、新しい豪華ホテルをオープンさせる大ボスに報復を仕掛けます。人気スターたちのコミカルなやりとりやセリフの面白さは相変わらず。トリック満載の展開で楽しませてくれます。 個人的には、身分を隠して「ホテルの格付け」をする出版社(?)の客の行動が興味深かったし、ホテルのオープニング・セレモニーの様子(なんと土俵をつくっての相撲ショーも。曙や武蔵丸の名前がクレジットされていたが、映画の画面でも分からんくらいのロング・ショットで見つけられませんでした)も面白かった。 【マイ評価】★4つ半(5つで満点) 2時間20分飽きさせない脚本は見事。ただし、登場人物が多すぎて、途中味方のだれがだれかわからなくなる場面も。「シナトラ」主演映画のパロディからスタートしたシリーズであるため仕方なく11人の設定なんだろうけど、今回は役割分担もはっきりしないし、7人くらいで十分だったね。 もう一つ紹介するのは、8月24日にDVDレンタルが解禁になったばかりの「ブラックブック」。第二次世界大戦のレジスタンス運動を背景に、過酷な運命に翻弄されながらも、波乱に満ちた半生を生き抜いたユダヤ人女性を、実話に基づいて描いた本格ミステリー・サスペンスです。 ナチス占領下のオランダが舞台。1944年秋、ユダヤ人女性歌手のラヘルは、占領地区から逃亡する途中、ドイツ軍の待ち伏せに遭い、家族を皆殺しにされてしまう。農民に救われ、なんとか生き延びたラヘルはエリスと名を変え、髪をブロンドに染め、レジスタンス運動に参加する。 ある日、エリスはレジスタンスの上官から、スパイとしてドイツ人将校ムンツェに近づくように命じられる。美貌を武器にナチス司令部で仕事を得たエリス。だが、ムンツェの優しさに触れるうち、次第に愛するようになってしまう。 一方で、レジスタンス組織内では、裏切り者の存在が浮かび上がる。シャロン・ストーンの出世作「氷の微笑」を監督し、ハリウッドで成功を収めたオランダ人のポール・バーホーベンが母国オランダで制作。あえて全編オランダ語、ドイツ語で制作した作品は、本国で7週連続興行収入第1位を記録したという。 強くたくましいヒロインを体当たりで演じた主演のカリス・ファン・ハウテンは、とても魅力的だ。相手役の将校・ムンツェは「善き人のためのソナタ」のセバスチャン・コッホが演じる。この2人、この映画がきっかけで実生活でも恋に落ちてしまったとか。 「ブラックブック」というタイトルが何を意味するかは、観てのお楽しみ。制作費25億円をかけたこともあって、時代考証、エキストラの迫力、臨場感のどれをとっても素晴らしい。戦時の人間たちの本性など戦争の不条理を描きつつ、本当の裏切り者は誰なのか? 予想外の結末というサスペンスの魅力もたっぷり盛り込んだ大作だ。 【マイ評価】★4つ半 第二次大戦を舞台にした戦争ミステリー作品はいくつかあるが、僕がこれまで観た中では文句なしにNo1かも。いい脚本があって、制作費をきちんとかければ、ハリウッドでなくとも素晴らしい映画はつくれるんだという見本のような作品だ。後半の話の展開は少し走りすぎという感なきにしもあらずだが…。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/08/31
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「今頃遅いよ」と言われそうですが、「ダイハード4」(原題は「Die Hard 4.0」ですが)を観て来ました(写真は公式HPから)。 ブルース・ウィリス演じる“世界一運の悪い”マクレーン刑事が、毎回とんでもない事件に遭遇する演じるシリーズの第4弾。 いつものように知恵と体力を駆使して巨悪と戦い、最終的には勝っちゃうんだけれど、「4」でも全編これでもかという凝ったアクションが見所です。 今回のテーマは、全米を襲うサイバー・テロとまさに「今風」です。マクレーン刑事は、全米の都市や空港、金融機関を恐怖と混乱に陥れるサイバー・テロ集団に立ち向かいます。 マクレーン刑事は例によって、たった一人で不死身の大奮闘です。前作までに比べて、豪快ハチャメチャなカーアクションが満載。車でへりを打ち落とすなんて発想が嬉しいですね。 ついでに言うと、大型ワゴン車でジェット戦闘機との対決にも勝ってしまう抱腹絶倒のアクションも。いくら撃たれても弾は当たらない、たいした怪我もしないんです。関西弁で言うなら、「んな、アホな!」と言う感じ。 で、やはり場面展開のテンポもよく、十分面白い。別れた妻との娘との人間味あるドラマも上手に織り込んでいました。「映画の日」の水曜日(千円!)に観たので、十分元はとったよね(笑)。 ちなみに「ダイハード・シリーズ」の中で、皆さんはどれが一番面白いと思いましたか。僕の個人的なランキングでは、(1)ダイハード2 (2)ダイハード4 (3)ダイハード (4)ダイハード3の順。 4位の「ダイハード3」では、あの名優ジェレミー・アイアンズが悪役を演じていましたが、筋書きもアクションも、他の3作と比べていまいちでした。 それはともかく、「ダイハード4」は観て損はありません。夏休みの映画館は、子どもたちに人気の「ハリー・ポッター」や「パイレーツ・オブ・カリビアン」は相変わらず凄い行列でしたが、ダイハード4は意外とすいていましたよ。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/08/06
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最近観た映画の感想などをあれこれと。とは言っても、最新作を映画館で観たというのではなく、DVDレンタルとテレビです。何をいまさらという映画もありますが、ご容赦を。◆007カジノロワイヤル(2006年公開) ボンド映画シリーズの第21作。今回は、「若きジェームズ・ボンドが『007』になるまでの物語」というのが映画のキャッチ・コピーである。 仕事ぶりが認められたボンドは「00(ダブルオー)」に昇格する。そして最初に対決する相手は、世界中のテロリストの資金源となっている“死の商人”ル・シッフルで、高額掛金のポーカーで資金を稼いでいる。ボンドは直接勝負するため、モンテネグロのカジノへ向かう。 新ボンド役に抜擢されたのは、S・スピルバーグの映画「ミュンヘン」にも出演していたダニエル・クレイグ。冷徹でクールで、ロシアのスパイのような雰囲気。知的で強靱だけれど、色恋には弱いといった過去のボンド役とは少し違うため、公開前から「イメージと違う」という異論もあった。しかし、クレイグは全編で体を張った危険なアクションも見せる一方で、スパイの苦悩など心の複雑な内面を見せる演技も上手くこなしている。 お馴染みのボンドガール役には仏の女優、エヴァ・グリーン(これも僕は初めて観る女優)。ボンドが持参の掛金1500万ドルの監視役(美貌の財務省職員)として登場するが、歴代ボンド映画の中でも、最も知的な雰囲気を漂わせる一人。最近はいつも上司の「M」役を演じるジュディ・デンチも相変わらずいい。【マイ評価】★4つ(5つで満点) 凝った小道具がやや少ないのは不満だが、ウィットに富んだ会話はボンド映画ならでは。ボンド役のクレイグは好みは分かれる(僕はやはりS・コネリーのボンドが好き)だろうが、デビュー作としてはまぁ合格点だろう。観て損はないよ。◆父親たちの星条旗(2006年公開) 太平洋戦争中、日米最大の激戦地となった硫黄島。この島での戦いでは日米合わせて3万人近い犠牲者が出た。米側の島占領時に撮られた1枚の写真=すり鉢山に星条旗を立てる米兵=は、その後歴史に残る有名な写真にもなった。 海軍の衛生兵として出兵し、星条旗を立てた6人のうちの一人で、「英雄」と讃えられたジョン・ブラッドリー。死期を迎える彼は、これまで家族にも硫黄島での戦いなど過去について一切語ろうとしなかった。最愛の息子は、父がなぜ沈黙を守り続けたのか疑問に思い、硫黄島の真実を辿り始める……。 監督は、ご存じクリント・イーストウッド。このブラッドリーの息子が書いた原作を読み、ただちに映画化権を取得したという。そして、本格的な戦争映画を初めて撮るイーストウッドは、「プライベート・ライアン」「シンドラーのリスト」で戦争映画の経験豊富なスティーブン・スピルバーグに協力を求め、このリアリティ溢れる映画が見事完成した。 帰国後「英雄」に祭り上げられ、国民の士気高揚や戦費調達(国債購入)のために利用され、苦悩する3人の元兵士たち。硫黄島の戦いは、勝者であったはずの米国の兵士にもさまざまな悲劇を生んだ。【マイ評価】★4つ半 上陸時の迫真の戦闘シーンだけでも見応えは十分だが、「米国の良心」とも言われる映画人2人が協力し、知られざる歴史の裏側(=戦争の実相や醜さ)に光を当てた秀作。日本人もぜひ観るべき映画だろう。◆犯人に告ぐ(2007年秋公開) 2000年の暮れ、6歳の少年が誘拐された。事件の指揮をとる刑事の巻島は、身代金の受け渡しの混乱で犯人を取り逃してしまう。少年は殺害死体で発見される。失敗の責任を問われ、巻島は別の署に異動させられる。 そして6年後、川崎で連続児童殺害事件が発生し、巻島は昔の上司で、県警本部長となった曾根から再び事件の指揮を命じられる。巻島はマスコミ(テレビ)を通じて「BADMAN」と名乗る犯人に対して問いかけ、挑発するという異例の捜査手法をとるが…。 衛星放送の「WOWOW」がつくった劇場用映画の第1弾ということで、先日、劇場公開(ことし秋)に先立って「一夜限り」のテレビ先行放映があった。僕も大好きな推理作家、雫井脩介氏のベストセラー作品の映画化。 主役の巻島を演じる豊川悦司は好きな俳優の一人だ(以前取り上げた「大停電の夜」にも出ていたなぁ…)。「刑事役は初めて」と本人は言うが、ハードボイルドな作品にぴったりの、渋いキャラを好演している。他に共演者は石橋凌、笹野高史、小澤征悦、熊谷美由紀、井川遙ら。【マイ評価】★4つ半 複雑な原作を2時間半ほどの映画にきちんとまとめた瀧本智行監督の力量はさすが。ミステリー・サスペンスの邦画としては、久々にかなり完成度の高い作品に仕上がっている(原作を読まないで観ても十分面白いよ)。劇場公開されたら、ぜひもう一度観てみたいと思う。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/07/17
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GWの連休中にDVDで映画を4本まとめて観ました(いずれもサスペンス&ミステリー、アクション系のものばかり)。その内容の簡単な紹介とともに僕の感想&評価を、映画好きの皆さんのご参考までに記します。 1.16ブロック(2006年公開) 「ダイ・ハード」シリーズでお馴染みのブルース・ウィルス主演のサスペンス・アクション。証人護送の任務を言い渡されたニューヨーク市警の刑事(ウィルス)が、留置所から裁判所までのわずか16ブロックの間に、証人の殺害を狙う同じ市警の同僚らから執拗に襲撃され、行く手を阻まれます。果たして証人を無事に護送できるのか。 監督は「リーサル・ウェポン」シリーズのリチャード・ドナー。証人役のモス・デフも好演です。物語(約2時間での出来事)と映画を観る時間がほぼ同じで、シンクロして進行するという見せ方も面白いし、マンハッタンの街中での派手な銃撃戦など見せ場満載の映画です。【マイ評価】★4つ(5つで満点) ブルース・ウィルスはこういうサスペンス・アクションを演じさせたら、やはり上手いです。こういう危ない、くたびれた刑事役もハマリ役ですね。筋書きもそれなりに凝っていて、楽しめます。 2.インサイド マン(2006年公開) 銀行強盗グループと事件解決に向けて奔走する捜査官、そして現場に駆けつけた女性交渉人らの心理戦を描いたサスペンス。 監督は、鬼才スパイク・リーが務め、主人公の捜査官には、リー監督と『マルコムX』以来の顔合わせのデンゼル・ワシントン、そして銀行強盗を「クローサー」のクライブ・オーウェン、交渉人を「羊たちの沈黙」のジョディ・フォスター、銀行のオーナーに「サウンド・オブ・ミュージック」の名優クリストファー・プラマーとほんと豪華なキャストです。この演技派俳優たちが見せる、手に汗握る駆け引きが見どころです。【マイ評価】★5つ 上質のサスペンスです。オチは明かせませんが、上手くひねっていて、僕的には満足できる出来です。まぁ、このキャストの組み合わせで駄作はあり得ないけどね。 3.デス・パズル(2005年公開) 4つのうちでは、唯一のイギリス映画。サイコスリラー&ミステリーと宣伝されていますが、ホラーのような怖い映画ではありません。主演は「フル・モンティ」にも出ていたロバート・カーライルが、クールな中年刑事を熱演しています。 深夜の幹線道路で起きた交通事故。自殺と推測された男の遺品にカセットテープを発見した刑事(カーライル)は、そこに奇妙な告白が録音されていることを見つけます。直前にガソリンスタンドの防犯カメラに写っていた男は何者かに追われているような様子だった。 そしてその後、男の子ども時代の友人たちも次々と亡くなってゆく。捜査が進むうち、30年前に迷宮入りになったある少女の殺人事件にたどり着くのだが…。【マイ評価】★3つ半 前半のおどろおどろしい展開はなかなかいいのに、オチがねぇ、少し芸がないと言うか…。 4.容疑者(2002年公開。原題は「City by the Sea」) ブルックリン・ビーチに麻薬密売人の他殺死体が上がり、ニューヨーク市警の刑事ヴィンセント(ロバート・デ・ニーロ)は、殺害場所が自分の故郷ロング・アイランドであることを突き止める。だが、犯行に使われた銃に残った指紋から浮上した容疑者は、ヴィンセントが離婚した妻との間にもうけた息子だった。 一人の刑事と、かつて妻子を見捨てた罪を悔いながら息子を守ろうとする一人の父親との間で、苦悩し続けるヴィンセント。殺人事件の捜査を通して、親子の絆(きずな)を改めて見つめ直すことに。オスカー俳優、デ・ニーロが難しい役柄を見事に演じきっています。【マイ評価】★3つ半 サスペンス・アクションというふれ込みだが、見終わってみると、これは父と息子の絆の再生の物語。どちらかと言えば「人情もの」でした。サスペンスを期待する人は観ない方がいいかも。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/05/12
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久々に映画のことを。「スピード」シリーズの名コンビ、キアヌ・リーブスとサンドラ・ブロックの12年ぶりの共演として話題になった「イルマーレ」(2006年公開。原題は「ザ・レイク・ハウス」)。 ミステリー・サスペンス系が好きな僕としては、珍しくラブ・ストーリー。キアヌやサンドラは個人的には好きでも嫌いでもない俳優だが、そんな彼ら主演の映画を観たのはそのミステリアスなストーリーに惹かれたから…。あらすじは以下のようなもの。 湖岸に建つガラス張りの一軒家に住んでいた女医のケイト(サンドラ・ブロック)は、慣れ親しんだその家から引っ越すことになった。荷物をまとめたケイトは、郵便受けに次の住人あての手紙を残す。 そしてその家に移ってきた建築士のアレックス(キアヌ・リーブス)は、ケイトからの次のような手紙を見つける。「ここでの生活を楽しんでね。郵便局に住所変更届を出したけど、きっと配達ミスがあるわ。その時は新しい住所に転送して下さいね」。 その後も二人は手紙で、自己紹介から始まり、趣味の話や悩みなど心の内を語り合うようになる一方で、自分たちの生きている時代になぜか2年の隔たりがあるという不思議な事実を知る。しかし文通を重ねるうち、互いの存在こそが、これまで求めていたものだと確信するようにもなる。 「どうしても会いたい」というケイトに対して、「場所を決めてくれたら、必ず行く。明日でどうだ?」と応じるアレックス。ケイトの生きている時間の“明日”に会うことを決意する二人。しかし、ケイトの明日はアレックスの2年後。 二人は、なかなか予約が取れないことで有名な、街で一番人気のレストラン「イルマーレ」で会う約束するのだが…。時を超え、二人は本当に出会うことができるのだろうか。運命を、未来を変えることはできるのだろうか。 結末は、観てのお楽しみというところだが、映画としては、心温まるラブ・ストーリーに仕上がっている。果たしてハッピーエンドになるのかどうか、観る人をドキドキさせる。 ただ、そもそも2年の時制の違いに生きる二人のやりとりを、さも同時進行しているように見せるというコンセプトが、やや現実離れしていて観る人を混乱させる。結末も含めて、見終わって、「それはちょっと無理があるやろー」と突っ込みを入れたくなる部分もあるが、それも映画(ファンタジー)だから許そう。 ちなみに、この「イルマーレ」は韓国映画のリメイクなんだとか。本家版も観てみようかかなという気持ちになったから、その意味では僕の心をとらえたのかな?((C )写真はいずれも映画会社のHPから)こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/05/02
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3連休の一日、久しぶりに映画を楽しみました。と言っても、混みあっている映画館ではなく、レンタルDVDを借りて、家でゆったりと…。 選んだのは、解禁になったばかりの「ダ・ヴィンチ・コード」ではなく、3年ほど前に公開されたサスペンス映画です。「ライフ・オブ・デビッド・ゲイル」というタイトル。 映画は基本的にはサスペンス&ミステリーなんですが、「死刑制度と冤罪」という重いテーマを扱っているせいか、公開当時、日本ではさほど話題にならなかったような気がします。 関西では上映されていた記憶もありません。上映していたとしてもあまり当たらず、公開期間はきっと短かったのでしょう。 配役は結構豪華です。主演の2人は「ユージャル・サスペクツ」などで知られる個性派俳優・ケビン・スペイシー、そして「タイタニック」でブレークしたケイト・ウインストレット。主なあらすじは、以下のようなものです。 主人公は、大学で哲学を教える教授デビィッド・ゲイル(ケビン・スペイシー)。ゲイルは死刑廃止運動にも取り組んでいるが、運動の仲間・コンスタンス殺害の罪で死刑判決を受ける。 彼は死刑執行の3日前、自分のインタビューをとらせるため、雑誌記者のビッツィー(ケイト・ウィンスレット)を指名、ビッツィーはテキサスの刑務所まで赴く。 デビッドは「自分は殺していない。冤罪である」と語り、その真相を明らかにするためビッツィーを選んだという。ビッツィーは、「冤罪」なのかどうか確信は持てなかったが、戸惑いながらも取材を続けるうちについに、ある証拠を手に入れる。 それはゲイルの無実を証明する決定的な証拠となるはずだったが…、最後にたどり着いた真実は衝撃的なものだった。 詳しい結末は書けませんが、これまで観たサスペンス映画のなかでも、なかなかの出来(脚本)だと思います。ソフトバンクのCMじゃないけれど、貴方もきっと「予想外だぁ…。やられたなぁ」と思うはず。 ケビン・スペイシーははまり役で、やっぱり上手い! ケイト・ウインスレットもタイタニックの時と比べると格段に演技力はアップして、難しい役をこなしています。 10点満点で採点すれば、9点は間違いなく付けられる出来だと思います。ネットで感想を記している人の日記を読むと、ほとんどが評価していました。観て絶対に損はない映画だと思います。まだ観ていない方には、ぜひおすすめします。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/11/06
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遅ればせながら、話題の映画「M:I:3(ミッション・インポシブル3)」を見てきた。最初は、まだ観ていない「ダ・ビンチ・コード」をと考えていたのだが、訳あって「M:I:3」にした。 さて、この映画、前評判はとてもいい。観た人の中では、「3部作では一番面白い」という意見が多い。1も2も観た僕としては、期待が高まる。 主演はもちろんトム・クルーズ。監督は1、2とは違って、J.J.エイブラムスという人。「フェリシティの青春」など人気TVシリーズの監督で知られるそうだが、ハリウッドの大作を手がけるのは初めてという。 脇を固める俳優で大物は、ローレンス・フィッシュバーン、フィリップ・シーモア・ホフマン(「カポーティ」で今年のアカデミー主演男優賞を取った人)くらいかな(トムのギャラに使い過ぎたんだろうね)。 あらすじは以下の通り。元IMFエージェントのイーサン・ハントは、現場を引退し、後輩の育成に取り組んで、平穏な日々を送っていた。私生活では、看護師のジュリアとの将来を誓い合い、結婚を間近に控えていた。そのハントに、緊急のミッションがやって来る。 ミッション中にベルリンで拘束された教え子のリンジーを救出せよと言う。チームと共に現地入りしたハントは、リンジーの身柄を確保するが、彼女は頭蓋の中に埋め込まれた爆弾により死亡。結果的にミッションは失敗に終わる。 教え子を殺した敵は、デビィアンという武器商人。しかし、その存在は謎につつまれ、IMFの全組織が躍起になって行方を探している。 デビィアンがバチカンに現れるという情報を掴むと、ハントは網の目を潜り抜けるような作戦で一気に身柄を確保するが、同時に、デビィアンと身内のIMFの人間が内通していることも分かる。 帰国後、護送中に謎の敵が現れ、ハントはデビィアンを奪われる。一方、妻のジュリアは誘拐され、逆に窮地に追いやられる。デビィアンはジュリアの命と引き換えに、「『ラビットフット』と呼ばれる正体不明の兵器を48時間以内に盗み出せ」とハントらに命じる。 ハントらチームのメンバーは、無事に「ラビットフット」を手に入れられるのか? そして、デビィアンの黒幕は誰か? 結末は明かせないけれど、最後のどんでん返しは、意外とオーソドックスで、意外性はなかった。 また、1や2にあったような知能をこらした面白い仕掛けも少なく、どちらかと言えばアクション重視の演出(トム・クルーズはとにかく走る、走る。走るシーン満載! カーチェイスもやや多すぎるかなぁ)。 1や2を観ていない人なら十分楽しめる映画だろうが、1&2を知る僕自身としては「期待以上ではなかった」という評価(割引料金=千円=で見たから、まぁ元は取ったかと思うけれど…)。10点満点だと、8点くらいかな。 ベルリン、バチカン、上海…と舞台は次々と変わり、異国情緒もたっぷりに作っていて、飽きさせない工夫も随所に。夏休み、オヒマなら観ても損はないよという映画でしょう。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/08/03
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ちょっと気分を変えて、映画の話題。ジョージ・クルーニーが05年度のアカデミー助演男優賞を受けた「シリアナ」をDVDで借りて観る。映画「トラフィック」でアカデミー脚本賞を受けたスティーブン・ギャガンが今回は脚本とともに、監督もこなしている。 映画のテーマは、一言で言えば、中東の石油利権をめぐる米資本とアラブの王族、さらに米CIA&司法省、イスラム過激派までも巻き込んだどろどろの陰謀劇(ちなみに「シリアナ」とは中東地域の仮想敵国を指すCIA用語で、決して「尻の穴」ではありません)。 キャストが豪華。クルーニーのほかにも、マット・ディロン、ウィリアム・ハート、ジェフリー・ライト、クリストファー・プラマーら実力派俳優たちが勢揃い。クルーニー自身も共同製作者に名を連ねているから、その力の入れようは映画からも伝わってくる。 原作は、全米でベストセラーを記録したノンフィクション「CIAは何をしていた?」。対テロ部門に長く籍を置き、中東でも活動していた元CIA工作員が明かした実体験を元にこの映画は生まれた。CIAの諜報員(クルーニー)、エネルギー・アナリスト(デイモン)、石油企業の弁護士(ライト)らの物語が同時並行的に進む。この主要な3人の「役回り」は以下の通り。 ボブ・バーンズ(ジョージ・クルーニー)は、長年にわたり中東で活動を続けてきたCIAのベテラン諜報員。テヘランでの武器商人の暗殺指令を受けて取引現場へと潜入し、武器商人の爆殺には成功したものの、取引相手の男は、スティンガー・ミサイルを手に入れて現場から姿を消した。 報告のためにワシントンへ戻ったボブに、CIA当局は、男の行方を追うよりももっと重大な任務があると告げる。テロ組織に資金を流しているアラブ某国の王位継承者を暗殺せよという極秘指令を与えられる。 スイスのエネルギー商社に勤めるブライアン・ウッドマン(マット・デイモン)は、新進気鋭のエネルギー・アナリスト。ある日、アラブ某国のハマド王が主催するパーティに家族とともに招かれたブライアンは、邸内のプールで息子が溺死するという悲劇に見舞われる。パーティでの事故に責任を感じた第一王子ナシールは、彼を自分の相談役に取り立てる。 知性とカリスマ性を備えたナシールは、これまでの石油ビジネスのやり方を見直そうと改革路線を打ち出していた。大国に石油を委ねるより自国での採掘を目指すべきだというウッドマンの思い切った提案に、王子は次第に耳を傾けていく。 ベネット・ホリデイ(ジェフリー・ライト)は野心家の弁護士。米最大の石油企業コネックス社から、合併話が持ち上がった石油会社キリーン社の採油権獲得疑惑を調べ上げるよう依頼される。その一方でホリデイのボス、ホワイティング(クリストファー・プラマー)は、コネックス社の採掘契約を打ち切ったナシール王子に代えて、米国の言いなりになる第二王子を王位継承者にするよう、ハマド王に圧力をかけていた。 映画の結末は明かせないが、米政府ならびに米石油資本の陰謀(思惑)そのままの、現実味を帯びたようなストーリー。 超大国に自国を牛耳られるアラブやパキスタンの若者たちが、前途に夢を描けないまま自爆テロへ身を投じていくという、昨今の現実的エピソードも織り込まれている。 クルーニーらが一番描きたかったのは、自国の権益確保のためには他国の権力構造さえも好き勝手に転覆させ、変えてしまう米政府(CIA)や米石油資本の身勝手さだろう。 映画は「フィクションだ」と断ってはいる。ただし、同様の他国政府の転覆を、米政府がこれまでも、ベトナム、チリ、アフガニスタン、クウェート、イラクなど世界のあちこちで実行してきたのは周知の事実だから、この映画を見せられても、さほど新鮮な驚きはないのが辛いところ。 さて、10点満点で何点を付けるかと言われたら、6.5~7点か。これだけ素晴らしいキャストが揃い、おあつらえ向きの原作(テーマ)があって、なぜ点数が低いのか? それはひとえに脚本、演出の問題だ。 映画は4つほどの話が同時進行するストーリーなのに、ほとんど約3~5分おきに場面が変わる。テーマも硬派で難しく、登場人物も極めて多い映画なのに、こんなに頻繁にシーンが変わっては、見ている方は辛い。人間関係がよく理解できなくなる。 国際政治にもの凄く興味がある方なら十分楽しめるかもしれないが、それ以外の方は、まぁ、「おヒマがあればどうぞ」という映画かなぁ…。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/07/22
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久しぶりに、映画の話題。と言っても、観たのはいま世間で注目の「ダ・ヴィンチ・コード」ではなく、少し前に公開された、ジョディ・フォスター主演の「フライトプラン」(写真左上)。 5月24日にレンタル解禁となったが、近所のTSUTAYAでは、貸し出しランキング1位だった。もちろん、借りたのはただ人気があるからではなく、僕の好きなサスペンス映画だったから。映画のあらすじは以下のようなもの。 ベルリンに住む航空機設計士のカイル(ジョディ・フォスター)は、夫を突然の転落死で失い、深い悲しみと喪失感を抱えながら、夫の棺とともにニューヨークに帰るため旅客機に乗り込む。 カイルは、夫の死をまだ現実として受け入れられない。一緒に帰国する6歳の娘ジュリアは、そんな母の心理状態を敏感に感じながら、不安げに寄り添っている。 最新型のハイテク・ジャンボジェットの機内に落ち着くと、心の緊張が解けて眠りに陥ったカイル。だが、数時間後、ふと目を覚すとジュリアがいない。客席やトイレ、厨房…と機内をあちこち探し回るが見当たらない。周囲の乗客や乗務員に聞いても、ジュリアの姿を見た者はいないと言う。 しかも、乗客名簿のジュリアの名もいつのまにか消され、カイルのポケットにあったはずのジュリアの搭乗券も、頭上の荷物入れに入れたはずのバックパックもなくなっている(写真右=「フライトプラン」の一場面。母は強し。娘を取り戻すためカイルは孤独な闘いに挑む)。 カイルは、機内に同乗していた航空保安官のカーソン(ピーター・サースガード)に阻止されながらも、コックピットのドアを叩き、機長に捜索を嘆願する。容疑者は400人を超す乗客と乗務員の全員。機長の指示の下、機内の徹底的な捜索が行われるが何も見つからない。 消えたジュリアについて手がかりは皆無だが、カイルには娘への限りない愛と、この旅客機のシステムや機体構造についての豊富な知識があった。窓ガラスに残ったジュリアの落書きを見つけたカイルは、娘は必ずこの機内にいると確信し、たった一人で見えない陰謀に立ち向かう。 出産のため休業中だったジョディ・フォスターの主演作は3年ぶりという。ジョディは、その知的な雰囲気(実際、彼女はエール大学卒の才媛)もあって、大好きな女優の一人だ(「羊たちの沈黙」がなんと言っても秀逸!)(写真左下=「フライトプラン」のプロモーションで今年1月来日し、記者会見するジョディ。知的な美しさに磨きがかかり、43歳だなんて信じられない)。 ドラマの最後の結末は明かせないが、サスペンス・アクションとしては、一応平均点は取れる映画だと思う。あえて点数を付けると8.5点(10点満点で)くらいかなぁ(僕がジョディが好きなので、若干点数が甘いかもしれないけれど)。 1.5点の減点は、映画の演出(脚本)に幾つか、甘い部分があること。なぜカイルの夫を殺してまで棺桶を? ターゲットは、機体の構造に詳しい設計士(カイル)でなくってもよかったんじゃないの?(あぁ、ネタばらしになるので、これ以上は具体的には書きにくーい)。 犯人の手助けをした乗務員が、「カイルが(陰謀を)見抜いている」と思った根拠も薄弱だった。さらに言えば、カイルが最初に疑ったのはアラブ人乗客。それは「9.11」以降、米国内に吹き荒れているアラブ系に対する人種偏見の表れ以外の何物でもない(こうした脚本にもハリウッド映画の限界が見える)。 まぁ、「エンターテイメントとしては観ても損はないよ」という映画かなぁ…(お時間があれば、ぜひTSUTAYAへどうぞ!)。こちらもぜひ見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/06/05
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スティーブン・スピルバーグ監督の話題作「ミュンヘン」(写真左上=映画のポスター)を観た。ご存じのように、1972年のミュンヘン五輪の際起こった、あの悲劇的なイスラエルの選手・コーチ殺害事件をテーマに作られた話題の映画。 ミュンヘン五輪と言えば、男子バレーボールの金メダル、競泳平泳ぎの田口信教とバタフライの青木まゆみの金メダルが、僕にとっての鮮烈な思い出。 もちろん、あの選手村での占拠事件やイスラエルの選手、コーチら11人が殺害されたことも記憶にあるけれど、事件の詳細やその後の報復等には今までほとんど無知だった。だから、この映画はまず史実を知るという意味でも、とてもいい材料になる。 映画の冒頭で、まず、あの選手村占拠&選手・コーチ殺害事件が事実として、伝えられる(ただし、アナウンサーやレポーターの声だけで。実際の場面再現=空港での銃撃戦=は映画の最後に、「フラッシュバック」のように描かれる)。 イスラエル政府は、モサド(機密情報機関)に命じて、事件を企てた黒幕らへの報復を決断する。秘密裏に5人からなる暗殺チームが組織され、そのリーダーに任命されたのが主人公のアヴナー(エリック・バナ)だ。 アヴナーには身重の妻がいる。しかもこれまで人を殺したことなどない。だが、愛国心はある。悩んだ末に、今回の報復には「大義」があると信じて、彼はこの難しい任務を引き受ける(写真右=映画の1シーン。右が主演のエリック・バナ)。 そして、他の4人のメンバーとともに報復のターゲットであるテロ指導部の11人を追って、ヨーロッパ各地や中東に赴く。ジュネーヴ、ロンドン、パリ、ローマ、アテネ、ベイルート…。さながらヨーロッパ旅行を体感しているような気分にもなるが、内容は重くて、暗い。 国際法すら無視した報復(他国内での違法行為)に果たして「大義」はあるのか。国の生存を守るためなら何をやっても許されるのか。任務を終えて、一日でも早く、愛する家族(妻と生まれたばかりの娘)の元へ帰りたい(写真左=アヴナーは娘が生まれ、国家より家族の大切さをより自覚していく)。 アヴナーは日々自問自答しながら、任務を遂行し続けるが、テロリスト側もその都度、報復する。果てしない報復の連鎖。やがて自身も狙われるように。そして自分の行為に疑問を感じ始めたアヴナーは…。 ユダヤ系のスピルバーグだから、おそらくはイスラエル寄りに作られている映画だろうと、観る前は想像していた。だが、「一方だけの正義なんてあり得ない。報復して抹殺しても、またそれを超えるテロリストが後釜に座るだけ」(主にアヴナーに語らせているが…)というメッセージに、僕の想像は見事に裏切られた。 米政府はもちろんのこと、イスラエル支持者の多い米国民の間でも、スピルバーグ批判が起きているという。当のイスラエル政府も「親パレスチナの映画だ」と批判しているという。批判を覚悟でこの映画をつくったスピルバーグを素直に評価したいと思う。 映画にはとくにオチも意外な結末もない。映画の演出として若干の設定変更はあったようだが、ほぼ事実に忠実につくられているという。3時間はやや長いのかもしれないが、場面転換のテンポがいいので、退屈することはない(写真右=報復には爆破という手段も用いられ、アヴナーらが望まなかった一般市民の巻き添えも出る)。 サスペンス・アクションとしても、政治・軍事ドラマとしても、家族愛をめぐる人間ドラマとしても、見事に描ききったスピルバーグの手腕は、たださすがと言うほかない。「シンドラーのリスト」「プライベート・ライアン」など歴史ドラマを作らせたら、かなう人はいないだろう。 映画は、ニューヨークに移り住んだアヴナーが、中南米での新たなミッションを打診され、任務を断るシーンで終わる。そのバックに、当時はまだあった世界貿易センタービルがそびえ立っているのが、その後の世界の現実を暗示しているかのように…。 スピルバーグが言いたかったのは、「結局のところ、復讐は復讐しか生まない」ということだろう。ユダヤ系であるスピルバーグがそんなメッセージを発信したことに、僕は大きな意味を見ている。人気ブログランキングへGO!→【人気ブログランキング】
2006/02/25
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去年のきょう、このブログを始めた。そして、とうとう1年が経った。旅行等で不在の時を除いて、一応2日に1回の更新は貫けた。取りあえず、1年間続けた自分を誉めてあげたい(すみませーん)。 でも、何度も言うけど、もちろん書き込みしてくれるブログ仲間や、訪れてくれるブログの読者の存在あってのこその「うらんかんろの日記」。いちいちお名前は挙げないけれど、皆さん、ほんとに、ほんとにありがとー! 1周年の節目に、何を記そうかといろいろと迷った(「5万ヒット」のときと同じようなことを書いても仕方がないし…)。迷った末に、何かヒントが得られるかなぁと思って、映画館に足を運んで時間を過ごすことにした。 僕が選んだ映画は、「大停電の夜に」(写真左=源孝志監督)。物語は、クリスマス・イブの夜、突然の大停電に陥った大都会・東京で、12人の男女が織りなすロマンティックなラブ・ストーリー(全てが純然たるラブ・ストーリーではないが…)。 12人とは――。不倫関係を清算し、泣きながらホテルのエレベーターに乗るOLと、そのホテルに勤める中国人研修生/妻と愛人の間で揺れる会社員と、ある秘密を抱える妻/10年間忘れられない女性がいるバーテンダーと、そのバーテンダーに密かに思いを寄せるキャンドル・ショップの女性店長/出所したばかりの元ヤクザと、そのヤクザの前妻(妊婦)/息子を捨てた女性と、50年間その女性を愛し続けた死期の近い男/乳がんを患うモデルと、天体マニアの中学生。 大停電の暗闇の中で、同時進行で繰り広げられる6つのオムニバス・ストーリーが、(ネタバレになるから詳しくは書けないけれど)最後には見事一つに結実する。大停電が起こらなければ出逢うことのなかった人たち。そんな出逢いが、新たなストーリーを生み出す。観終わって、心がほんわかと温ったまるような素敵な映画(写真右=映画の1シーン)。 6つの違うストーリーを、一体どのようにうまく組み立て、エンディングに持っていくのだろうかと若干心配しながら、観ていたのだけれど、脚本家(相沢友子という30代の女性)は実に巧みに構成し、説得力あるストーリーに仕上げていた(若干出来すぎと言えなくもないが、それはまぁフィクションだから…許そう)。 映画は基本的にはラブ・ストーリー。でも、いわゆる単純な男女の間だけのラブ・ストーリーではない。親子の間の愛であったり、別れた男女の愛であったり、見知らぬ男女の友愛であったり、災難に遭遇した人たちの純粋な助け合い(これも広い意味での愛)であったり…、その愛の形はさまざま。光の消えた一夜だけの中で、その愛に奇跡が起こる(写真左=映画の1シーン)。 映画はとにかく、2度と実現しないだろうと思える、結構すごい豪華キャスト。豊川悦司、田畑智子、田口トモロヲ、原田知世、吉川晃司、寺島しのぶ、宇津井健、淡島千景、香椎由宇、本郷奏多、井川遙、阿部力…。 加えて、とても嬉しかったのが、この映画のテーマ曲がビル・エバンスの永遠の名アルバム「ワルツ・フォー・デビー」(写真右)に収められている、「マイ・フーリッシュ・ハート」であったこと。以前にも書いたけれど、僕がジャズ・ピアノのバラードで一番好きで、一番よく弾いている曲。この曲が、映画の全編を通して象徴的に使われている(ちなみにバーテンダー役の豊川悦司が経営するBARの名前も「FOOLISH HEART」)。 僕なりの解釈では、この映画で、監督や脚本家が一番訴えたかったことは、「人は誰でも一度くらい間違いを起こす」…でも、「人は誰でも他人に対して優しくなれる」ということ。そんなメッセージが、この映画を観た人の心にじんわりと伝わってくる。 この6つのオムニバス・ストーリーを観た後、僕は、ブログの付き合いと何となく共通するようなものを感じた。大停電の夜ではないけれど、ブログの世界は、「出逢いの奇跡」を生んでくれる。そして、それはネットと無縁の、普通の人生を送っていたら、絶対あり得なかった出逢い。 神とか仏とかの存在はあまり信じない、不信心な僕だけれど、「運命の神」のような存在は信じている。出逢いを取り持ってくれるインターネット(ブログ)はまるで、そんな「運命の神」。感謝しても仕切れないくらい。このブログがいつまで続けられるかは断言できないけれど、取りあえずは2周年を目指して、頑張ってみようと思う。 最後に一つ。2年目からは「充電」も兼ねて、少しペース・ダウンしようと思います。これまでの「2日に1回の更新」は、「2~3日に1回」というペースにしますが、どうかこれからもご愛読よろしくお願いしまーす(次回の更新は、12月1日を予定)。人気ブログランキングへGO!→【人気ブログランキング】
2005/11/28
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「(イタリアから)日本に帰ったら、必ず観てね」と言われた映画があった。それを先日ようやく、DVDを借りてきて観た。すでにご覧の方には、「何を今さら」という映画。「冷静と情熱のあいだ」。 主演は竹之内豊。その相手役に香港スターのケリー・チャン。ラブ・ストーリーで、舞台はフィレンツェ、ミラノ、そして東京。東京はまぁ、添え物のような感じで、物語のほとんどは、最初の2つの街で進行する。 順正(竹之内)とあおい(チャン)の二人は、かつては恋人同士。あおいは香港人と日本人のハーフ。留学していた東京の大学で知り合い、愛し合うようになる。だが、あることがきっかけで別れ、その8年後(?)くらいに、イタリアで再会する。 順正は古絵画の修復士としてフィレンツェで修業中だった。あおいはミラノで、アメリカ人実業家と一緒に暮らし、不自由のない生活をしていた。順正は今も、別れたあおいが心の片隅から消えない。 二人にはある約束があった。「10年後、二人の愛が変わってなければ、フィレンツェのドゥオーモ(フィレンツェ名物の聖堂=下の写真の右奥に見える大きな聖堂)の上で会おう」という約束が。あおいは再び現れた順正を見て、心が揺れる。順正は、あおいが昔、順正の元を去った本当の理由を、まだ知らない。 これ以上は、映画のネタに関わるので、あまり詳しくは書けないけれど、とにかく、外国を舞台にした日本映画のラブ・ストーリーとしては、よく出来ていて、興行的にも成功した部類に入るんだろうと思う。 竹之内のイタリア語や英語のセリフも、ケリー・チャンの日本語もそう不自然ではない。チャンはそれもそのはず、神戸のカナディアン・アカデミーに3年間通っていたんだとか(Madokaさんと、ひょっとして同級生?)。 アッシジを案内してくれたガイドさん(フィレンツェ在住の日本人女性、30代後半?)は、「とにかくフィレンツェの街の映像がめちゃきれい。きっと訪れた所がいっぱい出てくるから、見てるだけでも楽しいよ」と太鼓判。 確かに、この映画中のフィレンツェやミラノの街の映像は、筆舌に尽くしがたいほど美しい。とくに、竹之内が自転車で駆け抜けるフィレンツェの細い街路がとても素敵だ。「こんな街で1カ月でもいいから暮らしてみたい」と思うのは僕だけではないだろう。 かのガイドさんは、この映画の撮影中の竹之内君をフィレンツェで見て、すっかりファンになってしまったとか。「かっこいいったらなかった」と言う。確かに、この映画の順正はかっこいい。僕が女でも惚れてしまうだろう。それに比べて、常磐貴子似のケリー・チャンは、ちょっと、あおいのイメージとは違うなぁ…。 映画では、ドゥオーモが「愛を語り合う場所」という設定になっていたが、ガイドさんは「フィレンツェの地元の人に何人も聞いたけれど、そんな話は聞いたことがない」という話。「愛」どころか、どちらかと言えば血なまぐさい歴史もあるという。 まぁ、「高い場所での再会」という設定は、きっと、あのケリー・グラントとデボラ・カーの名作「めぐり逢い」からヒントを得たんだろうなぁ…、とは思うけれど、まぁ映像が美しすぎるから許してしまう僕。ハッピー・エンドで終わるのも、僕好みだから…。 フィレンツェもいいけど、ミラノも実に美しい。路面電車がとても街に似合う街だ。次回はぜひミラノを訪ねたいという気持ちが、ますます強くなってきた。人気ブログランキングへGO!→【人気ブログランキング】
2005/10/25
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いま話題のドイツ映画「ヒトラー~最期の12日間~」を観に行ってきた。映画はタイトル通り、ドイツ帝国(ナチス)の総統であったアドルフ・ヒトラー最期の日々を、個人秘書だった女性トラウドゥル・ユンゲの目を通して描いたものだ。 大阪では7月30日から公開された。ただし、ややマニアックな性格の映画ということもあって、市内でもわずか1館だけの上映。それも、梅田から徒歩で20分以上もかかる場所にある、「梅田ガーデンシネマ」という客席約200ほどの小さな映画館。 僕は、夏期休暇をとった平日、午後1時からの2回目の上映を観ようと出かけたのだが、15分前に行くと、何ともう「満席」の表示が(こんなに入りがいいのなら、もっと上映館を増やせよー)(写真左=ヒトラー役のブルーノ・ガンツが凄い! 仕草も喋り方もまるで生き写しです)。 券売所に聞くと「立ち見券」ならあるとのこと。映画は2時間半もの長編。4時からの次の回にしようかと迷ったが、3時間も時間をつぶすあてもなく、覚悟を決めて立ち見券を買った。 ヒトラーはドイツ国民にとっては、忘れてしまいたい存在。ナチスの時代は負の歴史であり、誰も触れたらがらない。だから、映画で人間ヒトラーを描くなんてタブーで、これまでは誰も考えなかったという。それが今回、オリバー・ヒルシュピーゲル(監督)と、ベルント・アイヒンガー(プロデューサー&脚本)という勇気ある2人によって、映画化された。 映画は、ヒトラーが亡くなるまでの2年半、秘書だったユンゲの回想録など残された歴史的資料に基づいているうえ、全編ドイツ語でやってるが故、リアリティにも溢れる(ハリウッド映画なら、「アマデウス」のように、英語のセリフにしてリアリティを台無しにしただろう)。 秘書や愛人にはとても優しい半面、側近や部下には病的に怒鳴りまくるヒトラー、晩年パーキンソン病をわずらい(僕は、初めて知った事実)、左手が震えるヒトラー…、ヒルシュピーゲル監督は、そんな独裁者を美化することなく、出来る限り史実や証言に忠実に、一個の人間として描いている。 映画に登場する場所は、ほぼ二つだけ。ベルリンの首相官邸地下の地下要塞(司令部)と、ソビエト軍の侵攻で陥落寸前のベルリン市内。地下要塞にはヒトラーを始め、側近の閣僚、愛人のエヴァ・ブラウン(写真右の左端。エバはヒトラーと運命を共にした)、そして女性秘書のユンゲらがいる。 暗い地下で、ドイツ帝国崩壊のドラマは淡々と進んでいく。敗北を確信して逃げる者、裏切る者、ヒトラーが死んでもなおナチスに殉じる者…、側近たちの人間心理劇はとても興味深い(ちなみに、1945年の首都ベルリンのシーンは、ロシアのサンクトペテルブルグで撮影され、ドイツ兵士役のエキストラはロシア人がつとめたという。これも歴史の皮肉)。 現代では、ヒトラーは「変人」「狂人」「怪物」というイメージで語られることが多い。ユダヤ人を600万人も強制収容所へ送り、虐殺したのだから、当然と言えば当然かもしれない。しかし、そんなヒトラーを熱狂的に支持し、合法的な選挙で首相に選んだのは普通のドイツ国民だった。 彼が本当に「狂人」であったのなら、1933年から終戦まで、12年間も国のトップであり得たはずはないだろう。彼を支持した国民。そして、彼を「怪物」に仕立て上げていった側近たちの存在があってこそ、ヨーロッパを恐怖に陥れることができたのであろう(写真左=秘書を演じたのはアレクサンドラ・マリア・ララという女優さん。清楚な美しさに溢れていた)。 そういう意味では、我々もいつ同じような過ちを犯すかもしれない。「ヒトラーは過去の存在だ」「極めて例外的な人物だったのだ」と単純に考えるのは極めて危険なことだろう。ヒトラーの登場を熱烈に歓迎したのは、きっと善良な父や母であった人間だったのだから。 ユダヤ人の大量虐殺について秘書のユンゲは、「戦後のニュルンベルグ裁判まで知らなかった」と語る。イスラエルのメディアは、この映画が強制収容所のことにほとんど触れていない点を批判する。ただ、そうした部分が少なかったとしても、なぜヒトラーという怪物が存在し得たのかは、我々の理解を十分助けてくれる。 映画は、冒頭とエンディングに、晩年に録音されたユンゲの独白を入れて、終わる。「怪物の正体を知らなかった自分を今でも許せない」「若さは無知の言い訳にはならない」と。そうした構成にした点はおそらくは、監督やプロデューサーの良心であり、未来への誓いでもあろう。 ドイツ映画なんて観るのは本当に久しぶりのこと。だが、ハリウッド映画にも負けない(いや、ハリウッドを凌ぐ)完成度の高い映画である。ヒトラーを見事に演じきったブルーノ・ガンツには、ただただ称賛の言葉を贈るしかない。機会があれば、ぜひ一見をお勧めしたい。
2005/08/06
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酒やBAR、音楽の話題を一応ブログの「ウリ」にしていながら、ここ何回かそのテーマで書いていない。またまた違う話題で少々気がひけるけれど、もう一つだけ、どうしても書いておきたいことがある。 1人の喜劇俳優が7月26日、67歳の若さで世を去った。岡八朗(僕には、八郎の方が馴染みがあったが、03年に改名したという)。かつて吉本新喜劇の座長まで務めた、偉大な喜劇俳優。 岡八朗は天性の喜劇俳優だった。僕が初めて舞台で見た彼は、浅草四郎という人とコンビで漫才をしていた。しかし、まもなくコンビを解消して彼は新喜劇という舞台で、俳優として新たな生きがいを追求する。 そして、僕の青春時代、吉本の舞台(新喜劇)の中心にいたのは「八ちゃん」こと、岡八朗であり、平参平、花紀京、原哲男、船場太郎らだった。なかでも、僕は八ちゃんが好きだった(写真左=長女の市岡裕子さんと一緒の八ちゃん)。 彼の定番ギャグである「くっさー」「えげつなー」「スキがあったらかかってこんかい」は、学校でもクラスメイトがよく真似をした。「こう見えても、ワシなぁ、昔、空手やっとってんぞ…、通信教育やけどな」という全員ズッコケ・ギャグも人気だった。 街や電車の中で八ちゃんを何度か見かけたことがある。実物の八ちゃんは、舞台とは違って物静かで、とても真面目そうな人だったが、サインには気さくに応じてくれた(写真右=舞台での八ちゃん。右手前へっぴり腰で「スキがあったら…」のギャグを披露中)。 1989年には、吉本の新喜劇若返り方針によって、座長引退を迫られる。それを機に、八ちゃんは吉本を離れ、テレビや映画、他の舞台などで活躍の場を広げていく。NHKの大阪放送局製作のドラマなどでは、貴重な脇役としてよく顔を見せていた。 家庭的には、あまり幸せな人生ではなかった。妻の自殺、長男の病死。アルコール依存症との闘い、そして胃がん手術で胃を全摘…。長年の過度の飲酒で肝臓もボロボロだったという。晩年には自宅で転倒して脳挫傷になって、その後遺症でセリフが覚えにくくなるという悲劇にも見舞われる。 吉本からは遠ざかっても、時々、吉本の記念特番には出てきて定番のギャグを連発してくれた。そんな八ちゃんが大好きだった。さすがにここ数年は痩せこけて、弱々しくなって、気の毒なほどだったが…。 稀代の喜劇俳優・岡八朗。僕は、素晴らしい笑いをふりまいてくれた八ちゃんのことをいつまでも忘れない。八ちゃん、ホントに有難う。
2005/07/31
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遅ればせながら、ようやく、レイ・チャールズを描いた映画「Ray」をレンタルDVDで借りて、観た。na_geanna_mさんや、きんちゃん1690さんがこの映画のレビューを日記に書いていたのに、触発されたことが大きい。2時間半という長い映画だったが、テンポが良くて長さは感じなかった。 映画は、音楽家レイの単なるサクセス・ストーリーではなく、薬漬けだった前半生など、彼の人生の恥ずべき部分もきちんと描いている(生前のレイも、映画でありのまま描くことを了解していたという)。見終わって、レイ・チャールズの生涯について、あまりにも無知だった自分が恥ずかしくなるような映画だった。 レイ・チャールズは僕が子どもの頃すでに、日本にもその名が轟く米国の一流ミュージシャンだった。「ホワッド・アイ・セイ」「愛さずにはいられない」「我が心のジョージア」などのヒット曲で、確固たる地位を築いていた。だから、彼の幼少の頃や青年時代の苦労などは、残念ながら知る機会はなかった(写真右=映画「Ray」のポスター&サウンドトラック盤の表紙)。 黒人に対する偏見と差別がまかり通っていた1940年代。南部フロリダの貧しい小作農の家庭で育ったレイにとって、生きるということは、差別とのたたかいでもあった。7歳で失明し、15歳で母を亡くしたレイが、音楽で身を立てようと17歳で単身、フロリダから西海岸のシアトルまで、長距離バスで旅立つシーンが印象的だ。 「目の見えない乗客の世話などできない」と乗車拒否をしようとする運転手に、「ノルマンディー(上陸作戦)で視力を失ったんだ」という機転を効かせるレイ。とたんに運転手は尊敬の態度に変わる。そこまで芝居もしないと、弱い立場の黒人は生きられない時代だった。 取り巻きの黒人プロモーターでさえ彼のギャラをごまかすという、安心できない環境の中、レイは持ち前の「生きる智恵」を生かしながら、ゴスペルとブルースを合体させた、独自のR&B、ソウル・ミュージックを創りあげていく(写真左=「Ray」の1シーン。ジェイミー・フォックスはレイそのもの)。 やがて音楽的にも成功し、素敵な妻と子どもに恵まれる。だが、幸せな結婚生活を送れたはずのレイは、人生の古傷を癒すためにドラッグ(ヘロイン)と縁が切れず、体はどんどんむしばまれていく。結婚生活も、愛人との浮気などで崩壊寸前。音楽的な成功はつかんでも、人生は波乱の連続だった。 レイを演じるジェイミー・フォックスが文句の付けようのないくらい、素晴らしい。ピアノを弾くときの体の傾け具合といい、細かい仕草まで徹底的に研究し、ピアノや歌も厳しいトレーニングを積んだというが、モノマネの域を超えて、まるで本物のレイが乗り移ったかのような演技。アカデミー主演男優賞をもらったのは、当然すぎるほど当然かもしれない。 映画は、矯正施設での薬物治療に耐え抜き、かつてコンサートをキャンセルしたレイを永久追放したジョージア州が1979年、「我が心のジョージア」を州歌に制定する際、レイを招いて公式に謝罪するシーンで終わる(写真右下=レイ・チャールズ本人。誰にでも愛されたレイ…、素晴らしい音楽を有難う、レイ!)。 その後もレイは25年、73歳まで生きた(クスリをあれだけやったのに長命だったのは神のご加護か?)。映画では、80年代以降の、彼の反アパルトヘイト運動や、「We Are The World」などの難民支援、ジャズやロックの大物ミュージシャンとのデュエットなど、後半生の幅広い活動にも少し触れてほしかった気もするが、その部分を省いても2時間半だから無理は言えまい。 レイが世を去って(昨年6月10日)、はや1年余。昨今のレイ・チャールズ再評価の動きを、天国の彼はどう思っているだろうか。「僕は、好きな歌を歌ってきただけだよ。これからもそうするさ」って言うのかな。サザンの「いとしのエリー」の英語バージョンでしかレイを知らない若い世代に、僕はこれから機会あるごとに「Ray」を観てごらんと勧めていこう。
2005/07/19
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少し前に観た、「パッチギ!」という日本映画の話をしよう。ミステリー・サスペンス系以外、最近あまり邦画を観ない僕だが、この映画はミステリーでもない。一言で言えば、井筒和幸監督の青春映画である(「パッチギ」とは、朝鮮語で「頭突き」の意味)。 それを、なぜ観に行ったかと言えば、社のある同僚が「**さん、きっと気に入るよ、この映画」と強く勧めてくれたから…。勧める理由を、彼は具体的には言わなかった。新聞や雑誌の映画評でもとても評判がいいことも知っていた。彼がそこまで言うならと思い、シネコンへ足を運んだ。 「パッチギ!」は60年代後半の京都が舞台。主人公の康介は高校2年生、康介が一目惚れするキョンジャは朝鮮学校の生徒(写真上は、映画の1シーン (c)井筒和幸 )。キャンジャの兄、アンソンは朝鮮学校の番長グループのリーダーだ。康介はキョンジャに一目惚れするが、兄や周囲の在日の大人たちは、日本人である康介自体を認めない。 夜、鴨川の岸辺でフルートの練習をしていたキャンジャを、対岸から見付けた康介が、川を泳いで渡り切り、ずぶぬれになりながら愛を告白するシーンが、とてもいい。 浅瀬に上がった康介に対し、「もしも結婚することになったら、朝鮮人になれる?」と問いかけるキャンジャ。この映画で、僕にとって一番印象的な、大好きなシーンだ(キャンジャ役の沢尻エリカが、とても可愛い!)。 この「川」は、現実に横たわるいろんな「壁」や「差別」をも意味する(タイトルの「パッチギ」も、さまざまな「壁」に対する頭突きを意図して付けられたのか?)その「川」を必死で泳いで渡った康介。言葉であれこれ説明しなくても、このシーンはグッとくる。 日本人高校生と朝鮮高校の若者たちの喧嘩や恋愛や友情を縦糸にし、在日朝鮮・韓国人たちが抱える様々な現実を横糸にして、織り上げた青春ストーリー。だからと言って、決して政治的な映画ではない。愛あり、涙あり、笑いあり。喧嘩のシーンがやや多すぎて(写真下は、映画冒頭の喧嘩のシーン (c)井筒和幸 )、くどいという感じもしたが、全体としては、見終わって爽やかな感じすら残った。 個人的には、60年代後半の街の雰囲気がとてもよく描けていて、懐かしさで胸が熱くなった。映画のなかの音楽も、良かった。「イムジン河」「悲しくてやりきれない」など、当時流行ったフォーク・クルセダーズの名曲がちりばめられている。 音楽監修も、そのフォークルのメンバーだった加藤和彦が担当(加藤自身、龍谷大学の学生として当時、京都で青春を送っていた)。ギター・バンドをしていた頃は、僕らも「イムジン河」などをレパートリーの一つとして、よく歌った。 僕が生まれ、育った京都や大阪は、「在日」の人たちの割合がとても多い。朝鮮・韓国だけでなく、中国・台湾が出自の人もたくさん暮らしている。僕らの子どもの頃、親の世代にはまだなんとなく、彼らに対する根強い差別意識が残っていた。 だが、中学や高校の同級生に「在日」の友だちが数多くいた僕らの世代は、そんな偏見もほとんどなく、ごく自然に、普通に付き合ってきた。卒業後も、同窓会などで変わらぬ付き合いを続けている。ただ一人の人間として、好きか嫌いかで付き合ってきた。それは日本人に対してだって、同じ。これからも、その気持ちは変わらない。 「パッチギ!」は、「在日」という重いテーマを実に爽やかに、感動的に描いた秀作だと思う。10点満点で点数を付ければ、9点は贈れるだろう(1点の減点は、さっきも書いたが喧嘩のシーンがやや多すぎるところ)。もう映画館ででは上映していないだろうが、ぜひレンタル・ビデオででもご覧ください。
2005/04/01
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お酒ともBARとも音楽とも違う話題を久々に…。 NHKの大河ドラマ「新選組」が12日で終わった。ここ10年近く、大河ドラマはほとんど見なかった。だが、京都の壬生近くで生まれ、新選組屯所などの史跡が思い出深い私は、当代一の売れっ子脚本家、三谷幸喜氏の書き下ろしということもあって、初回から欠かさず見てしまった。 前評判はとても良かったが、始まってみると、「龍馬と近藤勇が一緒に黒船を見に行くなんてあり得ない」「近藤役の香取慎吾が下手すぎる」「出演の俳優が若すぎて、存在感がない」とか、いろんなブーイングも起こってきた。 香取は、顔はなんとなく写真の近藤に似ていたが、最後までセリフが棒読みだった(会津公役の筒井道隆も、あんなに下手とは思わなかった)。香取があまりにも下手だったので、逆に、土方歳三役の山本耕史や、斎藤一役のオダギリ・ジョー、山南敬助役の堺雅史の上手さ、存在感が光っていた。 でも、まぁ、いろいろ毀誉褒貶はあったが(最終的な平均視聴率はまだ知らないが)、最終的には「90点」はあげられるんじゃないかと、僕は思う。 三谷脚本はさすがに、毎回盛り上げるべきところは盛り上げて飽きさせなかった。あの幕末に、一途(いちづ)に生きた若者を生き生きと描いていたと思う。「俳優陣が若すぎる」というのは的を得た批判ではない。現実の近藤や土方ら隊士たちは、当時まだ20~30代の若さだったのだから…。 ただ一つだけ、どうしても(これは三谷氏の責任ではないが)、すっきりとした気持ちになれないのは、このドラマの影響もあって、新選組があまりにも持ち上げられすぎたことだ。 「誠」を貫き、義に殉じた新選組隊士らは、確かに幕末のヒーローに違いない。しかし、池田屋事件などで彼らが数多くの志士の命を奪ったために、「明治維新は少なくとも2年は遅れた」という歴史学者もいる。時代の変わり目に気づかず、滅びつつあった旧体制(幕府)を守るテロ集団にすぎなかった、という見方もある。 私自身の心の内に、近藤や土方らに共感する部分はあることは否定しない。だが、それはあくまで彼らの「純粋さ」へのシンパシーであって、その主義主張に対してではない。
2004/12/14
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