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半生を振り返って、取りとめもなく書き込みしているうち、
その時期から、時折思い返し、何が残つて、何が変わってきたのか現代と比較検証してみようかと思う。とSeptember 10, 2006に書いたが
H氏の世代は、 最終の戦中派
として戦後の最初の一から見聞きして来た訳で・・
ないない尽くしの当時の世相は、敗戦と言う事実の前に 社会の蓄積は0から始まっただけに、物質的な現在の贅沢さは勿論、想像もしなかった事・・・。
しかし、矢折れ、刀尽き、一億総懺悔のしおれた一時期を過ぎると、反って精神的には自由に溢れ、元々の平和を好む民族に戻り、子供なりに意外に明るかった印象があるのは、決して過去を美化し過ぎだけとは思えない。
庶民は苦労を苦と思わぬ忍耐と、持ち前の創意工夫の知恵を発揮し始め、一歩一歩前進し、そこには「 努力すれば報われる」という希望と、少なくとも「何とか 安寧な暮しに戻りたい」という意思が、国民全てに明日を目指す明るさをもたらしたのかも知れない・・・
「 ぬちどぅたから
」・(いのちこそ宝)・ 生きてさえあれば・・沖縄に伝わるこの言葉に込められた、元来人間が生来持つ明るさ・・外見は悲惨でも、お互いの共生と心に希望の灯さえあれば、日本民族は立ち直れた訳で・・。
(写真はアフガニスタン難民キャンプ” 平和を知らない子供達”より)
その例として、貧困に喘ぐかにみえる、発展途上国の子供の、瞳の明るさに不思議な安堵感を覚えるし、
たとえは悪いが、先の新潟中越地震や、阪神淡路大震災の折の、近隣住民の行動を見ると、それに似た、見るに忍びぬ惨状に善意で向かう人間本来の助け合う気持ち、が通じあう喜びとなって、心に明るさを見出したのだろうか・・。
その意味では、都会は、当時も今も、富や欲望のまま、「 生き馬の目を抜く
」所業は多々見かけたが、その他大勢の庶民、分けても、田舎に暮らす人々は、最近まで鍵をかけずに出かけるのが当然の雰囲気であったと思うが、・・今や、或る意味、 最近の田舎ほど、残虐且つ猟奇的な事件が多発しているのは・・一体どうした訳だろう・・
あきらかに、 日本人の底流意識が変化
し、他人を意識し、尊重し、共生し、信頼する美徳が失われつつあり、「 我欲」「物欲」「金欲」と「よそ者への人間不信」
にまみれ、宗教で言う所の「 末世思想
」に近い、民族の末路が見え隠れし、鳥肌が立つほどの疎外感に襲われる・・。
ここで一挙に結論を言えば、一体、我々世代は、先の大戦迄の、政治向きの過ちや、その悲惨な結果は数え切れないほど学んだ割りに、「御国の為に」という美名の下に、個々人として、我が身を犠牲にして戦時に明け暮れた 先の世代から何を学び、その何かを伝えきれないでいるのか
、自戒すべき世代ではなかろうか・・・
後世の評価を恐れるなら、草木や牛馬でもあるまいに、我々世代は、「単にDNA媒体として、日本民族を絶やさず伝えただけの、役割しか果たさなかった」とでも、云われる世代だったのか?
・ ・反省と、自戒と共に、或いは 否とよ
、とのプライドも込めて、 最終の戦中派
から現代の世代へ
「 思う処
」を ポツリポツリでも述べてみたい・・、法定老人に近い 世代の繰言
といわれればそれまでだが、なるべく退屈にならぬ様に気をつけて書き込む積もりなので・・お立ち寄りの方、出来るなら、今後とも付合いの程を・・・
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