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大阪城を初めて見たのは、田舎の高校生だったH氏が修学旅行に連れられて訪問した昭和35年の春時だから、もう46年も前になる!!。
夜行列車で朝早く、古い5階建の旧大阪駅に降り立ち、

京都観光のバスで、人通りも少ない街を通り抜け、眠気も抜けそうな、寒い朝だったと記憶しているが
手元にあるその折のモノクロ写真の大阪城の写真を見ても、余り綺麗だと思わなかった印象しか、残っていない。


(当時撮ったピンボケ写真・・1960/3/13撮 と 最近の新装なった大阪城との対比)
春休み中だったのか、朝から、小学生位の子供達が、堀に釣り糸を垂れていたので、何が釣れるか聞いてみた記憶があるが、大阪弁が余り良く聞き取れなかった。
お城の周辺はまだ整備もされず、旧造兵局跡の鉄骨が、東からの朝日で逆光に照らされ赤さびて残り、旧連隊本部建屋や要塞の面影が残る、まだまだ侘しい風景だった。
なんでも、当時「アパッチ」という”カネ偏”目当てのこそ泥が、その鉄くず目当てに、横行していたのが新聞種になっていた頃だ。
次にお城に登ったのは、東京での学生時分、叔父の会社の社員旅行で四国を巡った帰りに、途中下車し、連れていってもらった。
番場町の角のNHK大阪放送局を横目に、教育の塔のいわれを聞き、豊国神社から城内に入り、午砲を鳴らしていた大筒前で記念写真を撮った。
昭和40年、学校を卒業後、大阪支社に配属となり、それ以来の大阪暮らしだが、その間、何度かは物珍しく登城しただろう。
東側城壁の跡地では、大阪府警の拳銃射撃練習場もあり、パンパンと、はじける音がしていた頃の事。
それより、大阪環状線から見る大阪城の造兵局跡の東側周辺は長い間整備もされず、
やっと鉄骨が撤去された跡地広場には、輸出前の、防錆加工で鈍く塗装されたマツダの乗用車が長期間、何百台と放置されていたのが印象に残る。
日本の高度成長期もやっと端緒についたばかりの1965年当時の、大阪城周辺の景色だった。
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