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2020.03.20
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このブログを止めてから、下に書いてあるように、『Nostalgic Light』というブログに約1年ほど、その後、『ぼく自身或いは困難な存在』というタイトルのブログに移り、次に・・・という風に、大抵、読者との軋轢を避けるために、ブログを転々としてきました。今回。この「a man with a past」以降、3つのブログに書かれた記事を『ぼく自身或いは困難な存在』にまとめました。何故今頃ここでそんなことを?と訝る方もおられるかもしれませんが、このブログを現在も読んでくださる方が少なからず(?)いらっしゃることを知ったのです。その方たちを、「今はここで書いています」そしてまた「今度はここで」と、(そこまで熱心にわたしの書いたものを読み続けてくれる人もいないでしょうが・・・)あっちこっちと振り回すようなことを避けるためと、それ以上に、自分が過去に書いたものをひとつのブログにまとめたいという単純な理由からです。このブログ以降の記事は、すべて「こちら」にまとめられていますので、関心のある方はお越しいただければ、書き手名利に尽きます。このブログをお読みくださっている方に、あらためてお礼を・・・Takeo (Poboh)
2020.01.15
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今年初めにも書きましたが、現在は、ここともうひとつのブログを掛け持ちしています。厳密にはこちらは10年間の歴史を持っているブログで、メインであるには違いないのですが、最近になって画面上の広告が鬱陶しく感じられるようになり、広告を一切表示しないBlogger (ブロガー)に移り、今では主にそちらに日記を書いています。Nostalgic Light です。これも繰り返しになりますが、わたしのブログはあくまでも自分の内面の記録のために綴っているもので、アクセス数などには関心はなく、右上のアクセスカウンターなど、できれば取り外したいのですが、こちらではそういう設定は出来ないようです。そもそも10年間もブログをやっていながら、アクセスとページ・ヴューの違いすらわかりません。昨年暮れに「ブログ村」と「ブログランキング」に登録したのも、「とはいえこんなウェブ日記を訪れて、記事を読んでくれている人はいるのだろうか?」という好奇心からでした。その後、(このブログも、Nostalgic Light も)常にランキングには入っていて、どうやらここを訪れてくれる人はいるようだということはわかりましたが、相変わらず何の反応もない。自分の価値観や考え方が、極端に人と違うことは承知していますが、やはり人のブログを読んで、コメントをもらっているのを見ると羨ましい気持ちになってしまいます。以前はこんな気持ちになったことはないのですが、やはり年々外に出ることが困難になり、心身ともに衰えを隠せない状態になっているせいかもしれません。わたしは、ブログ村でフォローしてるひとたち(心を病んでいる人、引きこもりの人、人が怖いという人)の書いているブログのように自分の気持ちをダイレクトに表現することが得意ではありません。また、同じように心を病んでいたり、引きこもりだったりする人たちの日記を毎日興味深く読みながらも、遂に自分と似た人間を見つけることはありませんでした。孤独ではありますが、わたしはわたしの書きたいことを書いていく以外にないと思っています。まとまりのない文章になってしまいましたが、愚痴だと思って聞き流してください。多分来週には削除するでしょう・・・
2018.01.29
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西部邁の自死を知った。数日前の新聞に載っていたようだが、わたしは今年から新聞を読まないことにしている。もともとTVを見る習慣もないし、インターネットのニュースにも関心がないので、世の中の出来事には全く疎い。西部邁が「右派の論客」と言われていたことくらいしか知らない。彼の所謂「右翼・保守思想」がどのようなものであったのかはわからない。現在の「左派」というものが、最近巷で「リベラル」と呼ばれているものと同義であるなら、わたしは右でも左(リベラル)でもない、強いて言うならラディカリストと呼ばれる思想の持ち主かもしれない。いずれにしても生前の思想がどうであっても、多摩川での入水自殺ということであれば、わたしが思う理想的な最期に近い。「近い」というのは、本当に理想的なのは魚の餌になることだから。数日前、彼の自殺を知った時に、反射的に「縊死だろうか?」と思ったけれど、なかなかどうして、流石にいい死に方を選んだものだと思う。壮年期、どんなに「反体制」「反権力」のようなことを言っていても、またそのような作品を創っても、最後の最後に文化勲章などもらっていたのでは、それこそ「百日の説法屁ひとつ」と言う感じの「情けないオチ」になってしまう。彼の名誉のために、生前の西部氏が勲章などと無縁であったことを願う。仮に何かの間違いで、受勲などしていても、この死はそれを補って余りある最期だと思う。まだこのような死を選ぶ人がいるのだと思うと、心なしか、すこし、うれしい気持ちになる。まだ人間らしい人間がいたのだと・・・
2018.01.25
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昨日、カウンセリング2回目。その予約をキャンセルしてしまった。カウンセリングに何を求めていたのだろう?今よりも「生き易く」なること?けれども、今のこの世界で生き易くなるというのはどういうことだろう?それは例えば、戦場にいて無感覚になることに似ているのではないだろうか?わたしは、わたしにとってほとんど堪え難いほど「醜い」世界に生きている。それは紛れもない事実だ。初回のカウンセリングの時にわたしは言った。カウンセリングの先に何か目標を求めるのではなく、この場で(人と)話しをすること。それ自体が目的です、と。カウンセリングは生き易くなるための手段ではなく、話し相手がいないわたしにとって、それ自体が完結された閉ざされた世界です・・・前にも書いたように、 捨て果てて身は無きものと思へども 雪の降る日は寒(さぶ)くこそあれ 花の咲く日は浮かれこそすれという引き裂かれた自己。厭世観、厭人感にどっぷりと浸かった主体(と、思われている意識)と、それとは全く無関係に、盲目的に生を求める現存在。わたしは、この「下の句」の部分を少しでも伸ばしていくことが出来れば・・・というような、どことなく曖昧な想いを伝えた。今日のニュースで、シベリアは氷点下65度だという。そんな場所ではマッチを擦ってもたちまち炎が氷りついてしまうだろうというようなことを思った。冷たい氷の内側に包まれた炎、それをいかにして取り出すことができるか。そんなことをカウンセリングにぼんやりと求めていたのかもしれない。けれども現実の問題として、無論厳冬・酷寒のロシアとは比較にならない日本の、それも東京の冬の寒であっても、やはり外気の冷たさと、1時間ちかく電車に乗ってクリニックまで行くことを思うと、どうしても気が重かった。また仮にシベリア鉄道に乗ることは出来ても、中央線はダメだという気持ちもあった。ス○ートフォン操作に魅入られた魑魅魍魎たちと同じ空間に座っていることに比べれば、渺渺とした氷点下の高原をひた走る列車に乗る方が幾らかマシに思えた。ひたすら吹きすさぶ氷りついた風の音を聞いているほうが、くどいくらいに繰り返される車内の無機質で不快なアナウンスを聞かされるよりも心地好いのではないかと思った。マイナス65度の気温の中でも生きられるようにすることも科学文明の力なら、「時間泥棒」の機械を作り出し、人々を瞬時に愚昧化させてしまうのもまた科学文明だ。どこまでが必要で、どこまでが過剰であるのか?人間はそこの線引きができるほどに 'Smart' でも 'Wise' でもない。ただ「スマート○○」と呼ばれるマテリアルに魅入られてしまうほどに愚かだということに他ならない。気温がマイナスにすらなっていない東京で、暖房の利きすぎた車内を見渡し、わたしの心は瞬時に氷りついてしまう。そのことを予感してのキャンセルだった。
2018.01.19
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わたしが使えるような横幅40センチほどあるパソコンが無くなって、スメートフォンかタブレット(?)のしかなくなればインターネットは止めるつもりです。ちょうど薄型の液晶のテレビしかなくなってTVを見ることを止めたように。世界にひとりくらい生涯携帯電話やアップルの製品を嫌い抜いた人間がいてもいいでしょう。コンテンツというものは、ハードウェアの薄さ、軽さに比例して、薄っぺらに、軽薄になるものだと考えています。昔あるところにひとりの馬鹿がおりました・・・
2018.01.02
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2007年にブログを初めて昨年2017年で10年目を迎えました。といっても、1年12カ月、すべての月に記事を投稿したのは昨年がはじめてです。もともと自分の内面の記録として書いているものなので、もとより「読み手」のことを考えたことはありませんが、ふと、「このようなブログを読んでいる人がひとりでもいるのだろうか?」という好奇心から。「ブログ村」と「ブログランキング」に登録しました。正直今でも読み手がいるのかよくわかりません。(苦笑)これからも「読者の目」というものを意識せず、ただただ愚直に自分の内面の記録・軌跡として書いていければと思っています。とは言え、わたしにわからずとも、ひょっとしてこのブログという名のウェブ日記を、もし継続的にせよ不定期にせよ、読んでくれている人がいたのなら、お礼を言いたい気持ちもあり、またどのような感想を持たれたのかを知りたい気持ちもあります。こちらはTumblrと併せて、わたしのメインのブログですが、画面に表示される広告が鬱陶しく感じられるようになり、以前からバックアップ用(?)に使っていたBloggerに移動し、引き続きよしなしごとを綴っています。わたしはいつでも明日ありと思う心のあだ桜 夜半にあらしの吹かぬものかは ー親鸞の気持ちですので、新年にあたっての感想などは持ち合わせていませんが、みなさまはどうかよい新年を、そしてよい一年をお迎えください。どうもありがとうございました。poboh (Takeo)
2018.01.01
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最近の事情はしらないけれど、ひとむかし前までは、アメリカではクリスマスの日に、家族そろって『素晴らし哉、人生』と『34丁目の奇跡』という2本のモノクロ映画を観る習慣があったと聞いたことがある。『素晴らしき哉、人生』は1946年に制作されたフランク・キャプラ監督の代表作のひとつで、人生に絶望し自殺を図った男が、「二級天使」に助けられ、「彼が生れていなかった世界」を垣間見ることによって、これまでの人生が無駄でなかったことを知り、再びわが家に戻る。そこには愛する妻や子供たちが彼の帰りを待っていて、クリスマスということで集まっていた友人や親類たちが彼をとりまく。その時、クリスマスツリーに飾られていた小さな鐘が鳴る。それは彼を助けた二級天使に翼が与えられたことを告げる鐘の音であった。彼はツリーに一枚のカードを見つける。そこにはこう書かれていた、「友を持つ者は敗残者ではない」贈り主は、今は翼を得て本物の天使となったクラレンスだった。若い頃、このシーンを観たわたしは涙を流した。映画に感動したからでも、二級天使に翼が与えられたことを喜んだからでもない。他ならないわたし自身が「友を持たない敗残者」だったからだ。すれっからしのわたしは、キャプラのこの映画を名作とは認めながらも、一方で、たとえそれが小さな田舎町であっても、ひとりの人間が他者に与える影響がどれほどのものかという冷めた目で見てしまう。サラ・ポーリー主演の『死ぬまでにしたい10のこと』(原題" My Life Without Me") では、妻であり、母であり、また娘であり友でもある彼女が死んだ後も、彼女をとりまいていた人たちが、まるで彼女が最初から存在していなかったかのように以前と変わらない生活をしているシーンがラストに次々に映し出される。それはまるで彼女とともに死んだものは何もなかったかのように。「わたしのいないわたしの人生」は、キャプラの夢物語よりも遥かにリアルだ。◇本を孤独な者の友と呼ぶことがある。そして本とは、作者と編集者によって生み出されるものだ。渡辺一考という編集者がいる。二階堂奥歯の『八本脚の蝶』に彼を紹介した箇所があるので引用する。★ 2001年7月12日(木)< 熱に浮かされて、ですぺらを宣伝するという使命をおろそかにしていた。6月25日のところでも書いている、赤坂のショットバーですぺらにみなさまぜひお運びあれ。シングルモルト専門店といっても、シングルモルトしかないわけではありません。シングルモルトが只事でなくあり、日本酒、ジン、ウォッカ、ビール、カクテル等その他のお酒もたくさんあります。特にワインが充実しています。御主人の渡辺一考さんはかつて南柯書局で粋を尽くした美麗な幻想文学の書物を作られた編集者・造本家です。お客さんも文人多数です。思わぬ噂話を聞くことが出来るかもしれません。私のような小娘が行けるくらいですから、一人でひっそり行っても居心地よし。グループで行かれる向きにはテーブル席もあります。先週伺った時には『モルトウイスキー大全』他の土屋守さんがいらしていました。お値段も幅広い上、チャージもありません。(池袋もけっこうチャージ取らないのですが、するとなぜ馬場のちょっと洒落たバーはチャージ取るのよ!?馬場のくせに生意気ではありませんか。学生の財布を考えてほしいものです。)場所は赤坂一ツ木通り沿い、赤坂見附駅側を背にして進むと左手に吉野家があります。そのビルの三階です。それでまた金魚の話。一考さんは金魚の養殖をされていたこともあります。(というか驚くほどたくさんのことをされています)。金魚は一言で言えばデカダンスなのだそうです。人工的に作り出され、人間の手を離れては存在できない美しくもグロテスクな生き物が金魚だそうです。願わくば私も金魚のようにありたいものだわ。>ですぺら掲示板に投稿された渡辺一考氏の文章から、自身について述べられていると思われる個所を抜粋する。○ 昔、澁澤(龍彦)さんから、体があまりに弱く入退院の繰り返し。従って尋常の仕事かなわず、売文に明け暮れるようになったと、幾度となく聴かされました。稼ぐ手立てが限られれば、自ずから専心するしかなく。例えば私のようにいささか器用な人間は、結局何者にもなり得ないのかもしれません。種村(季弘)さんから、一考は今のままでは駄目、君は人生に今なお未練を持っている、いざりにならなければものは著せないよとの忠告を受けました。この辺りの消息は(加藤郁乎著)「後方見聞録」の解説で触れましたので、お読み頂ければ幸いです。投稿者: 一考 日時: 2001年10月10日 〔( )はブログ筆者〕○・・・きざな言い方で恐縮ですが、酒、書物、オートバイ、暴走族用の車、金魚、レース用もしくはアンティークな自転車、料理、香辛料、アウトドアに関するグッズ、北海道、かつての色街、変態セックス、その辺りをテリトリーに蠢いております。かかる領域でのご質問なら何でもお答え致します。ちなみに、横浜ケンタウロスの一員として、現在なお、族を張っております。投稿者: 一考 日時: 2001年10月10日○ 自らを信じ、もしくは自ら肯うところのものを信じ、言葉を換えるなら、拠ってたつ規範を信じる人や必要とする人、さらに言えば、自らの存在に意味や意義があると思うような人を私は俗物として退けます。例えば読書の対象が俳句のみ、ミステリーのみというような人はまさか居ないでしょうが、もし居られるとしたらその方々も同じ意味合いにおいて私は忌み嫌います。これは自らを要約してみせるような人にも同様のことが言えるでしょう。(中略) ・・・人も同様で、失意と懐疑というふるいによってその人がいかに風通しのよいデタラメな人品の持ち主に成り果せるかが問われるのであって、職種や職歴が問われるのではありません。投稿者: 一考 日時: 2001年10月17日○・・・プライド、オリジナリティー、パーソナリティー、ポリシー、アイデンティティー等々。政治用語から社会学用語に至る虚言に、現代人はすがりつき、振り回されているようです。虚言と申しましたのは、それらの文言は中味すなわち実体をまったく伴っていないからです。虚言癖をかなぐり捨て、肉声を発しようではありませんか。肉声とはおのが迷いであり、逡巡であり、懐疑なのです。それは心の中にふるえを、畏れを、おののきを齎します。でも、それでよろしいではありませんか。精神に賓辞などあろう筈もなく、人に安住の地などあろう筈もないのですから。投稿者: 一考 日時: 2001年10月28日○ 二階堂奥歯さんへ、先日の哲学問答に感謝。(中略)私がポリシーとかアイデンティティーなどという言葉を忌み嫌うのも、自信など持ってよろしいのですか、もしくはひとつの立場に安住していてよろしいのですかとの疑問を自らに突きつけるのを常態としたいからです。投稿者: 一考 日時: 2001年10月30日 ○ 10月30日の東京新聞夕刊の大波小波にも書評が掲載されました。書き手は「風紋」とのみ著されていますが、内容から押して先々代の学芸部長風間寿夫さんではないかと思われます。解説より引用し「今どき、こんな純な言葉をはき出す出版人がいるだろうか」続けて「こんな本を文庫に入れた出版社の見識は見上げたもの」との賛辞。増田さん共々、喜んでいます。投稿者: 一考 日時: 2001年10月31日○ ちょっと切り口を換えてみます。「いかように託けようとも、人に存在理由はありません」と著しました。確かに人としての個体には生きる理由も生き延びる理由もなにもないのです。でも、それら余りにも茫漠とした風景に人の心は堪えかねます。そこで編み出されたのが、世のしがらみです。しがらみとは柵(さく)であり、渡しであり、堰なのです。要は流動する心を塞き止めるためのノーハウということになります。謀と言って拙(まず)ければ方策で結構です。その方策の中に人は胡座をかき、かかわりの中に存在理由を見つけ出そうとするのです。即ち人から必要とされる存在であるとの誤謬を自らに刷り込むために。また、存在理由により確とした信憑性を持たせるために、しがらみは時と共に複雑化され、更に錯綜したものになって行きます。しがらみの最たるものが家族であり、仕事であり、友であり、金品なのでしょう。 さて、しがらみの対極に個があります。個が個であることの証明はひとつ、それは才能と権威の拒否です。才能とは実績に他なりません。さればこそ、実績を積めば権威が生じます。いわゆるその道のプロというやつです。プロに成り果せるのは容易ですが、それを拒むのは然るべき意志力が必要です。何故なら、飯の種を自ら投げ出すことになるからです。山本六三さんは人生の後半、全力を傾注してやまなかった一群のタブローを一枚として売却しませんでした。氏の本意が孰れにあろうとも、六三さんが個に拘泥し続けたのは事実です。志をもたない山本六三さんに同志やともがらは必要なく、人を愛する能力が欠落した氏に連れ添いや伴侶は本来不似合いだったのです。また、特定の趣味を持たない氏に常に親しく交わる仲間の要もなく、定めのない氏の生き方に従者や道づれなど生じよう危惧すらない筈だったのです。そこのところを何時の日か綴らねばなりますまい。友の死に思う 投稿者: 一考 日時: 2001年11月11日◇渡辺一考氏は、あたかも「わたし」「自分」「我」という観念が幻想であるかのように語っているように見える。二階堂奥歯は2001年10月31日の投稿で次のように書いている「自己にすら帰属しないこと。一考さんがアイデンティティーという言葉を忌み嫌うのは当然です。アイデンティティーを保つとは自己に帰属することに他ならないのですから。「二階堂奥歯なる私」など社会的な約束事に過ぎず、「思考者」(いや、「者」が邪魔ならいっそ「思考」でも「思惟」でも)は無名です。名前、自己同一性、そんな重いものを引きずっていたらどこにも行けません。言葉を軌跡としてただ飛べばよいのです。」「自己にすら帰属しない」けれどもそもそもそのようなことが可能だろうか?人には「思考」以外にも「生理的な好悪」がある。自己の持つ「好き・嫌い」から果たして人は自由に成り得るだろうか?果てしなく自己を相対化していっても、そこにはどうしてもこれ以上は譲れないというギリギリの「瀬戸際」というものがあるのではないだろうか。一考氏は二階堂奥歯との議論の中で「自分に対して「例外はない」「等し並」であると言い聞かせる、自分自身へのイエロー・カードの随時発行であり確認なのです。同列、同様、一様との文字を私が好んで用いるのも他者と自己を差別したくない、もしくは差別など出来る筈がないとの立言に則ってのことなのです。」と、繰り返し、「自分は何者でもないし何者にもなりたくない」というようなことを述べている。しかし傍から見れば渡辺一考は他でもない「功なり名遂げた」・・・という表現が適当でなければ、斯界にその名を知られた名物編集者であり著述家である。この掲示板ひとつみてもわかるように、彼の周囲には常に人が集まり、名士たちの輪が花開いている。「人間の一生で何が稀といっても「師友」にめぐまれるということほど稀なことはない」と、野呂邦暢は書いているが、渡辺一考という存在は、当人がどう韜晦しようと、またどのような理念を持っていようとも、疑いようもなく' Somebody ' であって、' Nobody ' でも' Anybody ' でもない。そして、彼の許に集う多くの「師友」もまた「一廉」の人物たちである。「渡辺一考」は如何に望んでも群衆の中のアノニマス、或いはエトセトラになることはできない。「歴史とは勝者によって書かれたものである」という言葉がある。それに倣って言えば、「書物とは勝者=(才能の持ち主)によって著されたものである」何故なら「書物」とは、その一面に於いては明らかに「商品」であって、「売れそうもない」ものを商品化する者はいない。渡辺一考氏がいかに「才能・実績」を否定しようとも、出版界とはもとより才能のある者が生き残る世界であり、不本意であっても彼は紛れもなく「勝者」あるいは「生き残り」の側の人間なのだ。「出版業界」「文壇」・・・「あちらの世界」・・・本をめぐる世界は横のつながりが強く、身内意識が高く、渡辺氏の言葉とは裏腹に「選良意識」を持った人たちが案外多くいて、一冊の本はそんな臭気の漂う中から産み出されてくるのかもしれないと思うと、本を選ぶ指先も鈍る・・・◇一方で、わたしが好む「ブログ」の筆者たちは、わたし自身を含め、先に述べた意味での「敗残者」であり、何者にもなり得ぬNobody である。ある者はひきこもり、またある者は精神を病み、またある者は「死なないためにだけ生きる虚しさ」と語る。40代のワーキングプアが「やっぱり自分は「社会」に適応できないなと思った・・・」と書くとき、その言葉の重さは渡辺一考御一統さまとは比重がまるで違うのである。ブログを読むとは、敗残者の、悲哀を滲ませた動物としての単独者の生の言葉を聴くことである。Somebodyならぬ名もなき者のつぶやきに耳を傾けることである。それは決して、本からは聞こえてこない声たちである・・・
2017.12.26
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空腹を充たす食べ物に事欠き、清潔な着替え履き替えの一枚もなく、安心して休める寝倉もない人たちがいる政は恥である。そして現実に存在しているそのような人たちを、あたかもいないかのように目の前から排除し、一般の生活者の目から隠蔽するまつりごとは酷薄非情である。けれども同時に、これは人生の苦い皮肉と言うべきか、彼らのような存在が、わたしの心をいくらかでも和らげてくれているという事実をどう考えたらいいのだろう。人生に悪戦し苦闘しているひとたち、冷たい地面を這いずる人たち、世の中から苦しむ人、傷の痛みに耐えるひと、物思ひ悲しむ人が居なかったら、この世界はどれほど荒涼茫漠とした世界になることだろう。不思議なことだ。すべての人がハッピーであるような世界を想像すると、そこはとても居心地の悪い世界のように思えてくるのだ。そのような世界で、自分がみなと同じような幸せな気持ちで生きてゆくことが出来るとはどうしても思えない。わたしは不幸な人たち、痛みに耐えている人たちの存在によって救われている。人は何故自分より不幸せな人の存在が必要に思えるのだろう、それは彼らの不在によって己がどん底の存在になることを怖れるためではない。不幸せな人たち、悲しめる人達の存在は、それ自体、なにか神聖なもののようにも思える。人間の現存在の深み、重み、厚み、そして哀しみというものを身を以て体現している人たちのように感じるのだ。一粒の涙もない世界、悲嘆に暮れる眼差しも、わななく唇も存在しない世界にどうして生きられるだろう?オスカー・ワイルドの「しかし、悲しみを作られた神は、われわれよりも賢明なのではないでしょうか?」という言葉に、いまいちど思いを致してみたい・・・嗚呼しかしこのやり切れぬ悲しみは明日もつづくのか・・・
2017.12.25
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「のちの時代のひとびとに」そうなのだ、ぼくの生きている時代は暗い。無邪気なことばは間が抜ける。皺をよせぬひたいは感受性欠乏のしるし。笑える者はおそろしい事態をまだ聞いていない者だけだ。なんという時代――この時代にあっては、庭がどうの、など言ってるのは、ほとんど犯罪に類する。なぜなら、それは無数の非行について沈黙している!平穏に道を歩みゆく者は苦境にある友人たちとすでに無縁の存在ではなかろうか?たしかに、どうやらまだぼくは喰えている。でも、嘘じゃない、それはただの偶然だ。ぼくのしごとはどれひとつ、ぼくに飽食をゆるすようなものじゃない。なんとかなってるなら偶然だ。(運がなくなればおしまいだ。)ひとはいう、飲んで喰え、喰えりゃあ結構だ、と。だがどうして飲み喰いできるか、もしぼくの喰うものは、飢えてるひとから掠めたもので飲む水は、かわいたひとの手の届かぬものだとしたら?そのくせぼくは喰い、ぼくは飲む。賢明でありたい、と思わぬこともない。むかしの本には書いてある、賢明な生きかたが。たとえば、世俗の争いをはなれて短い生を平穏に送ること権力と縁を結ばぬこと悪には善でむくいること欲望はみたそうと思わず忘れることが、賢明なのだとか。どれひとつ、ぼくにはできぬ。そうなのだ、ぼくの生きている時代は暗い。二ぼくが都市へ来たのは混乱の時代飢餓の季節。ぼくがひとびとに加わったのは暴動の時代、ぼくは叛逆した、かれらとともに。こうしてぼくの時がながれたぼくにあたえられた時、地上の時。戦闘のあいまに食事しひとごろしにまじって眠った。愛を育てもしたが、それに専念する余裕もなく、自然を見ればいらだった。こうしてぼくの時がながれた。ぼくにあたえられた時、地上の時。ぼくの時代、行くてはいずこも沼だった。ことばのためにぼくは屠殺屋どもにつけ狙われた。無力なぼくだった。しかし支配者どもにはぼくがいるのが少しは目ざわりだったろう。こうしてぼくの時がながれた。ぼくにあたえられた時、地上の時。ぼくらのちからは乏しかった。目的地はまだまだ遠かった。でもはっきり見えていた、たとえぼく自身は行き着けそうもないとしても。こうしてぼくの時がながれたぼくに与えられた時、地上の時。三きみたち、ぼくらが沈没し去る潮流からいつかうかびあがってくるきみたち、思えぼくらの弱さを言うときにこの時代の暗さをも、きみらの逃れえた暗さをも。事実ぼくらは、靴よりもしばしば土地をはきかえて絶望的に、階級間の戦いをくぐっていったのだ、不正のみ行われ、反抗が影を没していたときに。とはいえ、無論ぼくらは知っている。憎悪は、下劣に対する憎悪すら顔をゆがめることを、憤怒は、不正に対する憤怒すら声をきたなくすることを。ああ、ぼくたちは友愛の地を準備しようとしたぼくたち自身は友愛にのみ生きることは不可能だった。だかきみたち、いつの日かついにひととひととがみな手をさしのべあうときに思え、ぼくたちをひろいこころで。1938「ブレヒト詩集」野村修・訳
2017.12.25
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Sometimes it grieves me that I have never loved anyone. I don’t think I’ve ever been loved either. It really distresses me. — Ingmar Bergman Scenes From A Marriage (1973)「時にわたしはこれまで誰をも愛したことがないという思いに悲しみ、またかつてわたしは誰からも愛されたことがないという思いに苦しむのだ・・・」『ある結婚の風景』イングマル・ベルイマン監督 (1973年)
2017.12.25
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かつて或る人は「自らの孤絶を知るに巷の群衆は必要欠くべからざる晝割なり。」と言った。けれどもこんにちの東京は「群衆の中の孤独」という一幕劇の晝き割にも値しない・・・(そしてその「或る人」(渡辺一考)も今では「弧絶」と縁を切った・・・)若き日「犬猫も鳥も樹も好き人間はうかと好きとは言えず過ぎきて」と書き、後に勲章を二つも受勲した女流歌人のように・・・改めて思う、「誰もが夭折の幸運に恵まれているわけではない」ー エミール・シオランと・・・
2017.12.24
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ヴァレリー・ラルボーに『罰せられざる悪徳・読書』というタイトルのエッセイ集がある。読書が「悪徳」であることは間違いない。読書の歓びは背徳の歓びである。けれども、それが「罰せられざるもの」であるかどうかは疑わしい。辺見庸氏が、母校早稲田大学に非常勤講師として招かれ、久しぶりにキャンバスへ足を踏み入れた時、真っ先に目に飛びこんできたのは、「校内での反社会的活動を禁ずる」という大きな看板だった。「これには驚いた。そもそも大学というところは反社会的な場であるはずなのに」と述懐している。レイ・ブラッドベリの『華氏451度』では、読書を禁じられた近未来が描かれている。本を読む者は思想犯・政治犯であり、隠し持っていた本は焚書隊によって直ちに焼却処分される。人々はだたおとなしくテレビを見るかスマホに現を抜かしていればいいのである。権力の側、すなわち「処罰する側」としては、人々にいろいろと考える習慣を持たれると厄介なのである。「知らしむべからず、由(或いは「依」)らしむべし」。何事も考えず、疑わず、ただ投げ与えられた価値観に無批判に飛びつくように飼いならさなければならない。本を読むという事は、考える癖を身に付けることである。ある事柄が現れた時に、ほぼ反射的に、批判的、また懐疑的な眼差しを向けてしまうことである。それを肯定するにしても、何故それを否定しないのかを自他に説明できることである。◇寺田寅彦はある時ソビエトの映画を観ていて、中央アジアの大平原に羊たちの群れが移動しているシーンで、これだけ広大な平地を移動するときにも羊はほとんど身動きが取れないほど密集して歩いているのが奇妙に思え、それがあたかも白く泡立つ激流のようでもあり、或いは多くの人間もまた、この羊たちのような性質を持っているのかもしれないと書いている。本を読むことに親しんでくると、どうしても密集して歩くことが困難になってくる。白く泡立つ激流から身を遠ざけて、それを醒めた目で眺めるようになってしまう。ちょうどアンドレ・ケルテスが写したはぐれ雲のように。1937年のケルテスの写真のタイトルは"Lost Cloud " 、「迷子になった雲」とでも訳されるのだろうか。身に覚えがあるが、なまじ本など読んだおかげで皆から離れて迷子になり道を失うことになるかもしれない。けれども少なくともそれは群衆の中で窒息しかけている状態よりもはるかに好ましく思えるのだ。群れから離れること、路から外れることもまた読書の醍醐味だろう。ひとつの大きな塊から抜け出すことで人は「個」になりまた「孤」になる。それが思惟の拠って立つただ一つの足場である。読書が、罰せられざる悪徳でいられるのも、あとわずかかも知れない。
2017.12.24
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The Drawbridge, 1761, Etching, (54.5 x 40.7 cm) Giovanni Battista Piranesi. Italian (1720 - 1778) ピラネージの[Imaginary Prisons]「空想の刑務所」を見た時の驚きと胸のたかなりは、おそらくはこの、「地底」に作られたように見える刑務所の圧倒的な空間の広がりによるものだった。じつのところ、ピラネージの作品は、海外のアート・サイトでしか見たことがないので、このイマジナリー・プリズン・シリーズについても知識がない。けれどもこれを初めて見た時に、わたしは「巨大な建造物」(ピラネージは建築家でもある)というよりも、「地下に作られた迷宮」であると感じた。一方で、この絵の大きな特徴は、光と影のコントラストでもある。これが「地底」であるなら、明りは専らかがり火や松明のような部分的な光りに留まるはずだが、いったいこの光と影はどこから生まれてくるのだろう。同じシリーズの他の作品の中にも外光を採り入れる窓のようなものは見つけられない。またこれが巨大な井戸のような構造を持ち、天空が大きく開けているというようにも思えない。これだけの規模の設備が入る建物というものが想像しにくいのだ。◇この「イマジナリー・プリズンス」はピラネージの夢であり空想の世界である以上、観る者もまた、それを自分の夢として受け取ればよい。それにしてもこれらの絵は「刑務所」という「閉ざされた場」を描きながらも、閉塞感をまるで感じさせない。一木一草も生えていないけれども、そこには静けさを湛えた陰翳があり、夢のようにどこまでもつづく迷路のような奥行きがある。強制労働の場に相応しくない深い静謐を感じるのは、人影のまばらさによる「古び」と「寂れ」(「錆びれ」)の印象がもたらすものだろう。わたしがこの場所を地底であると感じるのは、「世界の中の世界」という表象に惹かれるからかもしれない。天に向かって聳えるブリューゲルの巨大な「バベルの塔」は確かに魅惑的な絵だ。しかしわたしは「巨大な内側」を、「世界内世界」を描くこのピラネージにより強く魅せられる。「引きこもり」というある種の「幽閉」状態にあって、それを肯定的に捉えるには、内側にある影の世界が、陽光あふれる外の世界に拮抗するほどに豊穣であることを知ることだ。内部に深く沈潜することによって地中の世界に遊ぶ・・・仮に引きこもりのシンボルを求めるとすれば、それは己の内側へ内側へと身を滑り込ませてゆくウロボロスの姿ではないだろうか。早速図書館で『空想の建築ーピラネージから野又穫へ 展』の図録をリクエストした。
2017.12.22
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時々夢の中で「これは夢だ」と気付くことがある。もし夢の中で、「この世界に留まる」と決めることができるなら。わたしはどの夢にとどまりそこをわたしの世界にするだろう・・・Bande à part / Band of Outsiders 『はなればなれに』J.L.ゴダール (1964)
2017.12.20
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風蕭蕭兮易水寒 壯士一去兮不復還風蕭蕭として易水寒し 壮士ひとたび去ってまた還らず 荆軻 「愛国」の情。その裏面には常に「憂国」の情が在るはず。現代は日本の近・現代史の中で、かつてなく「愛国心」のみがもてはやされ、「憂国」の情あまりにも衰微している時代かもしれない。憂国の伴わない愛国は、真の愛国ではなく、所詮浮薄な自画自賛のナショナリズムに過ぎない・・・◇『沖縄と国家』という本の中で、目取真俊と対談をした辺見庸は、目取真の「希望」という作品について語っている「・・・たとえば19世紀のロシア文学の中に、テロリストの話とか、ああいいうものがあったりする。今、目取真さんはこういう人間を出したくないから書いたんだとおっしゃったけれども、僕の中では、非常に不規則な表現になるけれども、自分の中にああいう人間を抱えていると思うわけです。暗黙の共感ですかね。と同時に、どこかで、実際に期待しているところもある。ですから「希望」という作品を、僕はやはり突き抜けた珠玉の作品だと思っているわけです (中略)政治家のいうベストでなければベターな選択という議論ではなく、「ワーストの選択こそが有効なのだ」という暗喩を本当に咀嚼できる奴がどれだけいるかということです・・・」という辺見庸の言葉に共鳴する。そしておそらくワーストの選択こそが、反転してベストの選択に成り得るのだろう・・・◇われは知る テロリストのかなしき心を言葉とおこなひとを分かちがたきただひとつの心を奪はれたる言葉のかはりにおこなひをもて語らむとするこころをわれとわがからだを敵に擲げつくる心をしかして そは真面目にして熱心なる人の常に有つかなしみなりはてしなき議論の後の冷めたるココアのひと匙を啜りてそのうす苦き舌触りにわれは知る テロリストのかなしき かなしき心を・・・石川啄木「ココアのひと匙」明治44年(1911年)『啄木全集』第二巻 筑摩書房 (1987年)キリスト教の「殉教者」に惹かれる者がいる何故かわたしはテロリストの暗い目に惹かれる・・・
2017.12.20
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最近は午前0時過ぎ、日付が変わってからブログを更新することが当たり前のようになってしまった。今は2017年12月16日ー土曜日の深夜だが、ブログ投稿の日付は2017年12月17日、日曜日になる。2007年12月17日。ちょうど10年前、わたしはこのブログをはじめた。管理画面によると、開始から現在まで3653日。ところが現在までの投稿数は656件。日記の記入率はわずか11.5%。このようなブログであるけれども、10年という節目を迎えて、これまでを振り返ってなにか書こうと思っていた。けれども、最近になっていくつかのブログを新たに読みはじめて、今、わたしのブログにまつわるあれこれを書くことに躊躇いを覚えている。彼・彼女たちが日々綴っている事柄が、日毎にわたしの胸の中で大きな部分を占めるようになってきた。今日、ブログ10年目を迎えて、何を書こうかと考えた時に、わたしの中にひとつの命題が浮かび上がってきた。・・・こんなことを書くと、少なからぬ人の失笑を買うかもしれない。けれどもそれは胸の上にズシリとのしかかっている岩のようにわたしの心を圧迫している。それは「不幸な人たちが存在するにもかかわらず、人は笑うことができるか?」という問いである。わたしが住んでいるこの同じ世界に、同じ国に、不幸せな人がいて、それでもわたしは笑い、また、微笑むことができるか?トルストイは言っている、「幸せはどれも同じような貌をしているが、不幸はそれぞれに違った貌を持つ」不幸とはなんであるか?それを明確に定義することは不可能に近い。「失恋」も不幸であろうし、「貧困」「病い」「別離」も当然不幸であり、「孤独」も時として不幸に数えられる。「人は人を救えるか?」という問いに対して、わたしは、神ならぬ人が人を救うことは極めて難しいという答えを持っている。一方で、ひとが救うことの出来る不幸もある。それは俗に言う「ゼニ・カネ」で解決することのできる事柄である。「不幸」の源が、何らかの物質的な欠乏であるのなら、それは救えるし、救わなければならない。わたしが読んでいるのは主に社会の「底辺」と言われるところで、心身を摩滅させながら生きている人たちの日記だが、生きるために身も心もボロボロになりながら、劣悪な条件下で働いている人たちの姿に胸を打たれる。けれどもそれを以て、「生活保護を受給しながら、パチンコをするなんて!」と、憤りの矛先をそちらに向けるとしたら、それは全くの見当違いだろう。もしそうであるなら、ワーキング・プアと呼ばれる人たちに容易に感情移入したり、共感することは寧ろ危うさを孕むことになりかねない・・・「働けど働けど我が暮らし楽にならざり・・・」そのような政治の貧困・怠慢、無為無策・・・極論すれば「棄民政策」によって引き起こされた人為的な「不幸」と、人間存在に不可避的に付随する存在の苦しみを、さしあたり同列に扱えば・・・つまり「フィジカル」な領域も「メタ・フィジカル」なレベルでも、「不幸」ということを目の前にして、なおひとは笑うことができるか?という命題は、未だ消えずに目の前に立ちはだかっている。◇田口犬男という詩人に、 ジェームズ・ナクトウェイ『戦場のフォトグラファー』に という詩がある。こちらのブログから引用するそこに戦争があるからあなたは戦場に出かける生きている人間にもずいぶん出会ったが知り合った死者たちにくらべたら何ほどでもない時々わからなくなる撮り終えたあと 生者の国に戻ったらいいのか死者の国に戻ったらいいのかどちらがどちらの出口と入口なのかあなたは詩人のように囀ったりしないあなたは小説家のように呻いたりしないあなたはめったに喋らない別に信条などではないのだがここに墓があるからきっとここで誰かが生きたんだろうでも墓なんてないあそこにもたぶん誰かがいきていたのかもしれない死者の斃れていない土地などないそれが何十世紀もかけてわたしたちのやり遂げたこと二台のカメラがあなたの戦友お互い寡黙だったがきっとこれからもそうだろう夜が踵を返すころあなたはまた出かけていく言葉はなす術もなく崖の上から静かにあなたを見守っている◇ロバート・キャパの笑顔も、デヴィッド・’チム’・シーモアのスマイルも知っている。セバスチャン・サルガドの凍り付いたような、無理矢理作ったような笑顔も。「戦場」を駆け巡るフォトグラファーは、戦場から戻り、また瓦礫の街へ赴くまでの日々、その緊張にこわばった頬を、氷が解けるように弛緩させ、ほころばせることができるのか?どうして?「生きている人間にもずいぶん出会ったが知り合った死者たちにくらべたら何ほどでもない」厳密には、出会ってきたのは「死者」たちではなく、「傷ついてもがき苦しみながら死んでいった者たち」だ。フィルムとともにそれらの姿を眼裏に焼き付けてしまった者たちは・・・戦場のフォトグラファーは、微笑むことができるのか?なぜ?キャパがそうであったように、チムがそうであったように、いつ銃弾に斃れるか、いつ地雷を踏むか、いつ爆弾に破砕されるかといういのちのやり取りの引き換えに・・・?「ひとは不幸な人が存在するにもかかわらず笑うことができるか?」という問いに、いま仮の答えを求めるとすれば、それはその微笑みや笑顔が、なべて「束の間のもの」であるから・・・だろうか?The Three Ages Of Woman And Death, Hans Baldung Grien. German Northern Renaissance Painter, Printmaker, (1484 - 1545)
2017.12.17
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前に稲垣足穂の随筆で読んだもので、詳しくは憶えていないが、昔中国で、ある男が皇帝に高位で召し抱えると言われ、やれ汚らわしいことを聞いたと、川の水で耳を洗ったという。ちょうどそこに馬に水を飲ませようとやってきた男が、彼に何をしているのかと尋ね、これこれだと答えると、「そんな汚れた水を飲ませるわけにはいかない!」と馬を引いて帰って行ったという。うろ覚えだが、わたしはこの話が殊の外好きだ。なんというか、「侠気」というものを感じる。侠(おとこ)の中の侠・・・(女でもいいのだが)という感じがするのだ。同じような話が蕪村の句集の中にもあって、秋風(しゅうふう)の呉人(ごひと)はしらじとふくと汁解説によると、「秋風の呉人」とは中国、晋の時代の人、張翰を指す。張翰は斉王に高位で召し抱えられたが、秋風に故郷の鱸魚(すずき)の膾(なます)と蓴菜(じゅんさい)の羹(あつもの)を思い出し、矢も楯もたまらず、官を辞して帰郷してしまった。そんな呉の人も、日本の冬の河豚汁の美味しさは知るまい。とある。「秋風の起るを見るに因り、すなわち呉中の菰菜、蓴羹、鱸魚膾を思ひて曰く、人生は志に適うを得るを貴ぶ。何ぞ能く千里に羈宦して、以て名爵を求めんやと。遂に駕を命じて帰」(『蒙求』張翰適意)好物の食べ物のため高位・高官を捨てて故郷に帰る。これこそ正に「粋」というものではないだろうか。徒に名利を求める、はたまた名爵を尊ぶ、ありがたがる、げに浅間しき在り様にぞ見ゆる。一茶も、蕪村も、放哉も、山頭火も、言ってみればみな「乞食」であった。しかしその姿にこそ、高貴なものが宿っているように思えてならない。乞食が人に蔑まれながらも施しを受ける光景が、寧ろ寿がれながら国から勲章を授けられるよりも、人として、一個の実存の在り方として、遥かに尊い姿形に見えてならない。物 を 乞 は れ て 居 る わ れ は 乞 食 放哉
2017.12.15
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Sarah McLachlan - RiverRiverを選んだのはケルムスコット・マナーが川辺の家だから・・・
2017.12.13
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「ここではないどこか」・・・そこにたどり着くには、二つの方法があるように思う。この世界の内側に、入れ子のように、もう一つの「自分のための世界」を作る方法。そして、この世界の外側へ出てゆくこと。" If I were asked to say what is at once the most important production of Art and the thing most to be longed for, I should answer: A beautiful House."- William Morris「もしもわたしが最も重要な芸術作品であると同時に、もっとも乞い求めるものは何かと訊かれたら、わたしは「美しい家だ」と答えるだろう」ーウィリアム・モリスわたしが時々眺めている英国のエディター兼アーティストのブログに、ウィリアム・モリスとジェーン・モリス夫婦、そしてダンテ・ガブリエル・ロセッティーが住んでいた家、ケルムスコット・マナー(Kelmscott Manor )の美しい写真と記事が掲載されていた。それはとてもうつくしい世界で、家、そしてインテリアがアートそのもののようであった。ロセッティーの描いたジェーンの肖像画や、モリス自身のデザインの壁紙などに彩られた家は、その庭も含めて、豊穣な美に満ちた小宇宙であって、それ自体が、「この世界より広く大きな世界」のように感じられた。近藤耕人さんの紀行文を引用してみる。「詩人、作家、デザイナー、社会主義活動家、古建築保存運動家、骨董的な書物の製作者で、身の周りのものをすべて自分の手作りの思想と芸術で造形したウィリアム・モリスが1871年に見つけて、画家のダンテ・ガブリエル・ロセッティと共同で賃借したケルムスコット・マナーの土地はイングランド南西のコッツウォルズの観光スポットになっている。(中略)ここでモリスと共同生活をしたロセッティが描いたモリスの妻ジェーンの、ギリシャ風だが妖艶な臙脂と緑青の絵はもちろんのこと、肘掛椅子、絨毯、壁紙、カーテン、ベッドカバー、四柱式ベッドの飾りカーテンと、調度、装飾がすべて自分のデザインで製作された部屋の中にいると、自分のアイデアと美意識が実現された小世界に暮らしながら、なお際限もなく自由に想像活動を続ける芸術家の幸福を感じもするが、その美の中でこちらが自由を奪われて窮屈になってくるのは、それが芸術家・詩人自身が住んでいた家だからだろうか。(中略)モリスの家のインテリアはそれ自体が彼のデザインの作品であり、ベッドであり、日々の品であり、道具である、といえるもので、作品がその環境から生み出されるというよりも、作品がそこに嵌め込まれ、張り巡らされている。自分の体の分泌物で殻を作る貝のようだ。そこに美しい真珠がひとつ入っていることもある。その貝の身体の懐に抱えられたひとつの実というよりも詩の心であるものだが・・・」◇自分の息づくことの出来る世界をこの世界の内側に入れ子細工のように作りだす。そしてその内側で、小さな真珠のように、その身を護られて生きる。もちろん、モリスのように、何から何まで自分の手で作る、デザインすることなど、誰にでも可能なことではないが、少なくとも、自分の好きなものたちだけに四方を囲まれて真珠のように暮らすことは可能ではないだろうか?それが必ずしも「芸術作品」である必要はないのだ。先日言及した宋の詩人、宋炳のように、四壁に懐かしい山水画を描き、寝転んでそれを眺め、その世界の中に遊ぶ自分を「想像」するという「臥遊(がゆう)」の境地もまた、モリスとは異なった形の世界の中の「入れ子の世界」ではあるだろう。◇「ここではないどこか」='Anywhere But Here'というのは、ボードレールの言葉(詩)だと思っていたら、ボードレールの詩は「この世界の他ならどこへでも」= 'Anywhere Out Of The World'であった。(この詩は珍しくボードレールが英語のタイトルを付けている)◇この人生は一の病院であり、そこでは各々の病人が、ただ絶えず寝台を代えたいと願っている。ある者はせめて暖炉の前へ行きたいと思い、ある者は窓の傍へ行けば病気が治ると信じている。私には、今私が居ない場所に於いて、私が常に幸福であるように思われる。従って移住の問題は、絶えず私が私の魂と討議している、問題の一つである。「私の魂よ、答えてくれ、憐れな冷たい私の魂よ、リスボンヌに行って住めばどうであろう?あそこはきっと暖かだから、お前も蜥蜴のように元気を恢復するだろう。あの街は水の滸りにあって、人のいうには、それはすっかり大理石で造られていて、そこの住人たちは、樹木をすっかり抜き棄ててしまうほど、植物を憎んでいるということだ。だからその、光線と鉱物と、それらを映す水とばかりで出来ている風景こそ、お前の趣味にも合うだろう!」私の魂は答えない「お前は運動するものを眺めながら休息するのが、それほど好きな性分だから、和蘭へ行ってあの至福の土地に住みたくはないか?美術館でその絵を見てさえ、屡々お前の感嘆したあの国では、恐らくお前の気分も紛れることだろう。林立するマストや家並の下に繋がれた船の好きなお前は、ロッテルダムをどう思う?」私の魂は黙っている「バタビアの方がお前の気に入るだろうか?あそこでは、熱帯地方の美と融合した、欧羅巴の精神が見られるだろうが。」一言も答えない。ーー私の魂は死んだのだろうか?「それではお前は、もはや苦悩の中でしか、楽しみを覚えないほどに鈍麻してしまったのか?もしそうなら、いっそそれでは、死の相似の国に向かって逃げ出そう・・・。憐れな魂よ!私がすべてを準備しよう。トルネオに旅立つべく、我らは行李を纏めよう。そしてなお遠くへ、バルチックの尖端へ赴こう、更になお遠くへ、出来るなら、人生から遠ざかって、我らは極地へ赴こう。そこでは太陽が、斜めにのみ地上を掠め、緩慢な昼と夜との交替が、変化を減じて、虚無の半身なる単調を増している。そこで我らは、暗黒の永い浴みに涵ることができるだろう。そしてその時、我らを慰める北極光が、地獄の煙火の反映のような、その薔薇色の花束を、時々我らに贈るだろう!」終いに私の魂が声を放ち、いみじくも私にむかってこう叫んだ、「どこでもいい、どこでもいい・・・、ただ、この世界の外でさえあるならば!」(『巴里の憂鬱』 ボードレール 三好達治訳 新潮文庫)◇この醜い世界から逃げ出す方法はただふたつ。世界から撤退して自ら創り上げた殻の中に「真珠のように引きこもる」か、或いは「その外側へ・・・」けれども、この世界とは、ひょっとしたら「わたし自身」であるかもしれない。であるとすれば、ケルムスコットへ行こうと、極地へ逃げようと、わたしは「この世界」から、「ここではないどこか」へ逃れることはできない。それを可能にするのはただ「死」のみ。ロセッティーの妹、クリスティーナ・ロセッティーの詩の一節を思い出すI lock my door upon myself, And bar them out; but who shall wall Self from myself, most loathed of all?私は私自身に扉を閉ざすそして閂をかける、けれどもだれが私を守ってくれるだろう、一番嫌いな私自身から○ ○ ○ ○ ○ ○最後にケルムスコット・マナーの写真をいくつか・・・ケルムスコット・マナー 青と白のボーン・チャイナのコレクション。後ろの壁紙はモリスデザインの「サンフラワー」ロセッティーの書斎「タペストリー・ルーム」壁紙はモリスデザインの'Vine'モリスのベッドルームモリスの娘、メイの子供時代の寝室Kelmscott Manor: Feeding Doves in Kitchen Yard, 1904, Marie Spartali Stillman. (1844 - 1927)- Watercolor and gouache on paper -
2017.12.13
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1976年3月3日、ピエール・モリニエはひとつのことを決意した。飼い猫に最後の餌をやり、愛用のピストルのコレクションの中から慎重に一挺を選び出した。ドアの外には、次のように書いた紙片を貼る。「わたくし、自殺します。鍵は管理人さんのところにあります。」屋根裏の居間を兼ねたアトリエの暗がりの中で、七十五歳のピエール・モリニエは、ピストルを自分の脳に向けて発射した。◆ピエール・モリニエ。画家。人形作家。写真家。ナルシスト。フェティシスト。女装狂。近相姦と死 姦の愛好者。拳銃マニア。自殺者。みずからの精 液で絵を描いた男。みずからの絵の中で女となり、みずからと交合しようとした男。みずからのつくった人形に、みずから化身しようとした男。そのさまを写真に記録し続けた男。密室のなかで自己完結しようとした男。不可解な男。明るい男。単独者。両性具有者。天使。涜神者。今世紀のもっとも猥雑な、しかも純粋なスキャンダリスト。巌谷國士「ピエール・モリニエの画集の為に」『ピエール・モリニエ』トレヴィル (1994年)◆モリニエはいわば禍々しく、おぞましい存在であっただろう。けれどもその存在はわたしにとって、礼装をし、勲章で胸を飾り脂下がっている者たちのグロテスクにくらべ、遥かにまっとうであり、真摯であり、誇り高く映る。・・・彼は堕落しなかった。多くのデラシネたちと同様に。多くの敗北者同様に。多くの孤独な病める魂同様に。多くの罪人たちと同様に。多くの狂(たぶ)れ人たちと同様に。日本版画集[MOLINIER]のバイオグラフィーのおしまいの行にはこう書かれている。「1976年3月3日、おそらく自分自身に失望したせいでもあろう。ボルドー。フォセ通りのアトリエで自殺。」なんと人間的であることか・・・「自分が、現にある通りのものであるがゆえに自殺するのはよい。 だが、全人類が顔に唾を吐きかけてきたからといって、自殺すべきではない。」ー エミール・シオラン「自分自身を表現すること、それがすべてだ。善き他者であるよりも、悪しき自分自身であること。」 -ピエール・モリニエ ◆◆○ モリニエは禁欲主義的に自己の性癖をより先鋭的に芸術表現へと昇華した。それらは観る者、共感者を過分に限定するが、それこそが本来の芸術表現というべきものであろう。 最も傷つきやすいものこそ最も強靭であり、最も異質で孤立したものこそが、最も大きく開かれたダイナミズムを持ち得る。 (中略)モリニエは明らかに異端者である。異端者とは社会から阻害されたものたちであり、極悪な野蛮と同意である。しかし、そのような人間からこそ真の芸術性をもった仕事は創造されるのであり、モリニエは通俗的な公共性をもった、資本主義的なブランドと結びついたエセ芸術を認知する感性とは真反対の極北のシュルレアリストであり、真の意味で政治的でアナーキストである。○Gallery Lucifer
2017.12.11
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自 分 を な く し て し ま っ て 探 し て 居 る 放哉
2017.12.11
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『柿の種』の序文の最後には「この書の読者への著者の願いは、なるべく心の忙(せわ)しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたいという事である。」と書かれている。『柿の種』は、『青空文庫』にも収められているので、インターネットでも読めるが、やはりこういう文章は横書きでは「味」がでない。また仮に縦書きであったとしても、それが紙に印刷され、一枚一枚自分の指先で頁を繰るものでなければならない。「電子書籍」とは、そもそも「身も心も忙(せわ)」しい人の読み物なのだから・・・
2017.12.10
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寺田寅彦の随筆『柿の種』に、以下のような一文がある。「大学の構内を歩いていた。病院のほうから、子供をおぶった男が出て来た。近づいたとき見ると、男の顔には、なんという皮膚病だか、葡萄ぐらいの大きさの疣(いぼ)が 一面に簇生(そうせい)していて、見るもおぞましく、身の毛がよだつようなここちがした。背中の子供は、やっと三つか四つのかわいい女の子であったが、世にもうららかな顔をして、この恐ろしい男の背にすがっていた。そうして、「おとうちゃん」と呼びかけては、何かしら片言で話している。そのなつかしそうな声を聞いたときに、私は、急に何物かが胸の中で溶けて流れるような心持ちがした。」(大正十二年三月『渋柿』)寺田寅彦全集 第十三巻 岩波書店先述のハインラインの言う、「若く美しい娘」は、このような外見の男と一緒に歩くことをしない。いや、できないだろう。幼女と老女のみが、おそらく「網膜的な美」から自由なのだ。
2017.12.10
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ロバート・ハインラインが『異星の客』の中で述べている、このロダンの彫刻についての意見に、わたしは必ずしも同調しない。「誰にだって美しい女は見える。芸術家は美しい女を見て、彼女がなっていく老婆を見ることができるのだ。もっと優れた芸術家は、老婆を見て、彼女の昔の美女を見ることができる。大芸術家は、老婆を見て、そのままの姿をうつして・・・しかもみる者に彼女の昔の美しい姿を無理に見せてしまえるのだ。それだけではない。大芸術家は、アルマジロ程度の感受性しか持たない人間にも、このうつくしい娘がまだ生きていて、朽ちかけた肉体の中に捕らえられていることを見せることができるんだ。容赦ない時間がどんなことをしても、心は十八歳より年を取らない娘なんてこの世に生まれなかったという、静かな無限の悲劇を、観る者に感じさせることができるんだ・・・」『異星の客』ロバート・A・ハインライン 創元推理文庫 井上一夫訳 (1969年)以下原文"Anybody can look at a pretty girl and see a pretty girl. An artist can look at a pretty girl and see the old woman she will become. A better artist can look at an old woman and see the pretty girl that she used to be. But a great artist-a master-and that is what Auguste Rodin was-can look at an old woman, protray her exactly as she is...and force the viewer to see the pretty girl she used to be...and more than that, he can make anyone with the sensitivity of an armadillo, or even you, see that this lovely young girl is still alive, not old and ugly at all, but simply prisoned inside her ruined body. He can make you feel the quiet, endless tragedy that there was never a girl born who ever grew older than eighteen in her heart...no matter what the merciless hours have done to her. Look at her, Ben. Growing old doesn't matter to you and me; we were never meant to be admired-but it does to them."◇「大芸術家は、老婆を見て、そのままの姿をうつして・・・しかも見る者に彼女の昔の美しい姿を無理に見せてしまえるのだ。それだけではない。大芸術家は、アルマジロ程度の感受性しか持たない人間にも、このうつくしい娘がまだ生きていて、朽ちかけた肉体の中に捕らえられていることを見せることができるんだ。」「大芸術家」、この場合、ロダンの事を言っているのだが、「観る者に、老女の中にうつくしい娘を〔無理にも〕観させてしまう」必要があるのか、と思う。何故老女を、老いた姿のまま観、その中に「うつくしさ」をみようとしないのか。そこにハインラインの「マチズモ」を感じてしまう。lovely young girl is still alive, 「愛らしい娘がまだ息づいている」not old and ugly at all, 「老いて、醜い」老女ではなく・・・ハインラインは、このロダンの彫刻に、老女の美、老いの中の美を見ようとはしていない。わたしはどうしてもその感受性に苦笑してしまう。男って、やっぱり「若い娘」がいいのか、と。また「心は十八歳より年を取らない娘なんてこの世に生まれなかったという、静かな無限の悲劇」と言うに至っては、驚きを通り越して呆れてしまう。齢を取らない女性がそんなにいいのだろうか?齢を取る、ということは、或いはこころが成長するということは、「利口になる」=「賢しらになる」ことではない。それは、自他の悲しみを、痛みを、苦悩を、そして光のすぐ隣にポッカリと口を開けた闇を知ることである。そしてそれらに対して、人間は誰しも無力であると知ることである。そのような、内なる涙の蓄積が、齢を取るということなのだ。そして老女の姿は、享楽の果てではなく、寧ろ自己犠牲の果てのうつくしさなのだ。また仮にわたしが、ハインラインの表現を借りていうなら、「心が八歳以上に齢を取らない娘が存在しないという悲しみ」と言い換えるだろう。稚気愛すべし。いうならば、少女でも老女でもない「若く美しい女性」などあらずもがなの存在でしかないのだ。「老い」には老いの美がある。所謂「網膜的な美」ではない、もっと聖性を帯びた美というものがある。もちろん若さイコールうつくしさではないように、老いイコールうつくしさではない。けれどもわたしのこの病んだ身とこころは、「若さ」や「未来」と言ったきらびやかであり、それゆえに鬱陶しい観念よりも、「老い」や「滅び」「過去」といったものにより安らぎを覚えるのだ。老いの美、それは、繰り返すが、網膜的・即物的な美しさではなく、より多く観念的な、そしておそらくは、病み、衰弱した美意識に因っている。1961年に発表された『異星の客』は、1907年生まれのハインライン54歳の時の作品。現在のわたしと同じ年齢である。ハインラインの「若さ」と「健康」を感じる。最晩年のロダン
2017.12.09
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ある日歯医者へ行って、奥歯を一本抜いてもらった。舌の先でさわってみると、そこにできた空虚な空間が、自分の口腔全体に対して異常に大きく、不合理にだだっ広いもののように思われた。ふと舌先がその空隙に引きずり込まれたかと思うと、あっという間にわたし自身もその巨大な穴の中に落ちて行った・・・
2017.12.07
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居 眠 り て 我 に か く れ ん 冬 ご も り 蕪村これは安永四年(1775年)蕪村六十歳の時に詠まれた句で『日本の文学 古典編 蕪村集 一茶集』の解説によると「我にかくれん」という表現が面白いが、その意味は「汚れたる憂き世の我を忘れて、暫く清浄の境に遊ばんという心なるべし。我を客観に見るがゆえに我にかくれんと言ふ」(正岡子規『蕪村句集講集』)ということであろう。眠りの中に現実を遮断した隠逸境を見出そうとする老荘的な文人趣味の句である。蕪村が私淑したと思われる漢詩人服部南郭に「寐隠弁」(びいんべん)という一文がある。世俗の中で生活せねばならない者にとって、寐(眠り)こそ大いなる隠逸境であり、「思いもなく慮りもなく」夢の中では鳥とも魚ともなって自由に飛翔・遊泳することができるのではないか、と南郭は「寐隠弁」中で主張している。・・・云々とあるが、「眠ることで、自分の内部に隠れ込む(逃げ込む)」という、頽廃的・ロマン派的な奇想に惹かれる。この句では、眠ることによっていったん彼の魂はその身を離れ、虚ろになり、そこに横たわっている己のからだを、あたかも「隠れ家」のように見做して、離脱した魂は再びその内側へ潜り込んでゆく。ちょうど寒い外から帰って来た猫が炬燵に潜り込むように。 上記の解説と呼応するものとして、啄木の「混み合える電車の中にうずくまる ゆうべゆうべの われのいとしさ」という歌が思い出される。◇また蕪村には同じ安永四年作の冬 ご も り 壁 を こ こ ろ の 山 に 倚(よる)という句があって、同書の解説には服部南郭に、「斎中の四壁に自ら山水を描き、戯れに臥遊の歌を作る」と題する長篇詩がある。南郭はその詩において、書斎の周囲の壁に水墨の山水画を描き、書斎を自らを容れる大自然と仮構し、その中で臥し且つ眠って、ひとり別世界に遊ぶ空想に耽ると詠んでいる。南郭の詩は、もともと、老病のため故郷に帰り壁に山水を描いて臥遊したという、南朝宋の宋炳(そうへい)の故事(『宋書』宋炳伝)によっているが、蕪村のこの句は、宋炳から南郭へと受け継がれたこの「臥遊」の俳諧化に他ならなかったのである。(解説 揖斐高)句そのものとしては、「居眠りて我に隠れん」の方がおもしろいと思うけれど、この作のモチーフとなった宋炳の故事が非常に興味深い。「居 眠 り て 我 に 隠 れ ん 冬 ご も り」では、逃げ込むのは(姿としては)自分の内部、あるいは(状態としては)夢の中であり「冬 ご も り 壁 を 心 の 山 に 倚 」は、四方にうつくしい山水を描いた「書斎」=「部屋(自室)」である。醜悪な外界を遮断して、部屋の中に隠れ棲み臥遊する・・・わたしもまた二十一世紀日本の宋炳である。現在のテクノロジーであれば、部屋の壁をスクリーンに見立てて、いかなる「映像」をもそこに現出させることも可能だろうし、ゴーグルを付ければ、より容易に「別世界」を「体感」できるだろう。けれども、宋炳ー南郭ー蕪村らは、夢の中に遊び、または自らの想像力によって、壁に描かれた不動の山水にいのちを吹き込んだ。「臥遊」、これは寧ろヴァーチャル・リアリティーの対極にある心身の「構え」であり、存在の境地であろう。そしてわたしは、このようなひきこもり方を「典雅」だと思うのだ。
2017.12.07
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" Progress is made by lazy men looking for easier ways to do things. "― Robert A. Heinlein「進歩とは、より安易なやり方を求める怠け者たちによって為される」ーロバート・A・ハインライン
2017.12.06
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今日も今日とて家の近所に出没する田夫野人たちは、秋の風情を吹き飛ばすことに余念がない。先日母がデンプたちの親玉に、「落ち葉を集めるのに、せめて竹ぼうきを使えないんですか。」と問うたところ、デンプは、「竹ぼうきなんかで集めてちゃ効率が悪いんですよ。わかりますか?コーリツ!」その母が10年ほど前に、京都に祖母の墓参に行ったときに、八坂神社の中にある宿泊施設を利用した。そこで母が見、聴いたものは、やはり晩秋の枯れ葉を、あの暴走族まがいの爆音でもって吹き寄せている田夫野人たちの姿であったという。母は、「ここは京都か?ほんとうに八坂神社の境内か?」と思ったという。古(いにしえ)の都、京都なら、まして名のある神社の境内であるなら、何よりも「情緒」「風情」を重んずるべきではないのか?何故あんなやかましいもので落ち葉を吹き集めるのか?何故竹ぼうきや熊手を使おうとはしないのか?そして母が感じたことは「ここは西の東京だ・・・」◇鶴見俊介、高畠通敏、長田弘の対談集『日本人の世界地図』という本の中でも、「Ⅴ 沈黙の文化を忘れた日本人」という一章がある。鶴見:沈黙に聴き入る能力を、日本人はこの百二、三十年の間に急速に失った。一つの文化の底には必ず沈黙があると思うんだけど、そこに聴き入る能力が無ければ国際化することは不可能だ。日本人も昔は少なくとも自分たちの民族の文化の中の底にある沈黙には、聴き入る能力を持っていた。ところがだんだんそれが失われてきている。ドナルド・キーンが七十四年に雑誌『諸君』に書いていた伊勢神宮遷宮の記事に出ているんだが、敗戦直後の遷宮の儀式を見た時には静かだったというんですね。今度は同じ遷宮の儀式に行って坐っていたならば、ザワザワ人がひっきりなしに話しているというんだ。そして終わったらすぐにパッと立って出て行こうとする。二十年に一回しかないこの儀式よりも大切などんな用事を持っているんだろうか、どんな用事のためにザワザワしゃべっているんだろうか、と彼は言うんだけれども、伊勢神宮の遷宮の儀式を見ていても、戦後三十年経った今の日本人は、その間黙っていられないんだ。自分たちの文化の底にある沈黙にさえ聴き入ることができない人間に何ができるか、という大変むつかしい問題だね。長田:『快適に生きるために』のなかの、龍安寺の石庭を借り切って酒を飲んで、ドンチャン騒ぎをしたいというのが印象的だった。龍安寺の石庭というのは、沈黙に聴き入るための場所だったのだ。今は全く違う。目で見るところの名所ですよね。いつもザワザワしている。それだったら、沈黙に聴き入るためには、それこそドンチャン騒ぎをしたほうがいい。逆説めいているけど正説だと思う。今日、石庭に「沈黙」なんてないでしょう。むしろパチンコ屋の中にこそ沈黙がある。◇この対談は1977年、今から40年前のものだが、昨日神田の精神科に行くために電車に乗ったが、車内に聞こえるのは、無機的な人工音声のアナウンスのみ。乗客の間にはほとんど話し声、ざわめきなど無かった。くしゃみやしわぶきひとつも憚られるような、ある種の不気味な沈黙が車中を支配していた。誰も彼もが黙々とスマートフォンに見入っている=魅入られているからだった。□追記□先日、映画『男はつらいよ』の舞台である葛飾柴又が、国の「重要文化的景観」に選定されたという新聞記事があった。< 重要文化的景観が東京都内で選定されるのは初めて。柴又帝釈天(題経寺)と門前町、渡し船が行き交う江戸川など、下町情緒豊かな景観を保存しようと、葛飾区が選定を申請していた。 重要文化的景観は国の文化財の一つ。開発が制限される一方、景観保護の取り組みに国の財政支援が受けられる。>記事の見出しは< 寅さん、故郷の粋は守るよ 柴又など重要文化的景観選定へ >ところで、映画の中では、柴又帝釈天(=帝釈さま)には、寺男の「源ちゃん」がいて、いつも竹ぼうきを持って境内の落ち葉を掃き集めていたけれど、現実の「国の重要文化的景観」では、どのようにして落ち葉が集められているのだろうか。仮に竹ぼうきが用いられているとしても、それは日本の「古い」=「現在のものではない」文化の型(かた)であって、いわば「にせもの」である。 「橙の風景」 東山魁夷 木版
2017.12.06
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うき我をさびしがらせよ閑古鳥 芭蕉これが「うき我をさびしがらせる」では平凡な句になってしまう。「憂き我を寂しがらせる・・・」の場合、愁いはあちらから勝手に押しかけてくるもので、主体である「我」はまったく受動的な態度である。「憂き我を寂しがらせよ・・・」これは純粋に主体的・能動的な態度である。自ら寂寥を求める心の在り様である。悲しみを更に深めたい、更に純化したい・・・或いは悲しみと同化し、一体化することで逆に悲しみを感じるこころを消し去りたいという衝動が、わたしの裡にもある。傷ついた獣が、より深い森の闇の奥に逃げ込むような心情が・・・ Spirit of Autumn, 1875, Albert Pinkham Ryder. (1873 - 1874)
2017.12.04
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(昔)焚くほどは 風が持てくる 落ち葉かな 一茶(今時)病葉(わくらば)を 田夫(でんぷ)が風で 吹き飛ばし ○(昔)おぼろげに思へることを確めし たのしさもちて夜床に就かん 窪田空穂(今時)おぼろげに覚えることをケンサクし スマホを持ちて夜床に就かん ◇◇「・・・さっき突然にスメグマの言葉にいきあたったとき、いくにんかの愛すべき読者たちは、おそらくちゃんとした紙の辞書ではなく、パソコンかスマートフォンかなにかでグーグルやウィキペディアでsmegumaをしらべているその光景。オウ、イエス。チン百景とはこれである。 (中略) わたしにとって、スメグマというゆかしい物質が(パンダのようにあたうかぎりうつむいておのれの下腹部をめくってみるのではなく)グーグルでサクサク(と、アホどもは言う)、ケンサクされている状況は、この時代固有のファシズムである。いわばそれはスメグマ的ファシズムである・・・」ー辺見庸 『国家、人間あるいは狂気についてのノート』2013年
2017.12.04
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遅蒔きながら彼女のことは2017年3月に新聞のコラムで紹介されていたことをきっかけに知った。50代の中年男性にとって、25歳で死を選ばざるを得なかった彼女の遺した言葉について語ることは、いささか大きすぎ、重すぎるのかもしれない。正直に言うと、わたしにとって二階堂奥歯とは、「若くして自死した人」という定義が第一番に挙げられる。言い換えれば、彼女がまだ生きながらえていたとしたら、わたしはこの本を手に取ることはなかっただろう。「一般に長生きの芸術家や革命家ほど我々を痛く失望させるものはない」という辺見庸の言葉に共感する。そして彼は続けて言う「とはいえ、エミール・シオランの言うように、『誰もが夭折の幸運に恵まれているわけではない』のだ・・・」若き日「犬猫も鳥も樹も好き人間はうかと好きとは言えず過ぎきて」と書き、後に勲章を二つも受勲した女流歌人がいる。「生きたもの勝ち」なのか「死んだもの勝ち」なのか?それを言い切ることは難しいが、少なくとも生き延びて「立派」になることは、その若き日の言葉を知る者としては苦々しく鼻白む思いだろう。『八本脚の蝶』の中に次のような記述がある。「…私が黒百合姉妹を知ったのは16歳の頃だ。その頃私は生きているのがおそろしかった。そして決心した。私は決して子供を産まない。私が耐えかねている「生」を他の誰かに与えることなど決してしない。私は高校生で未成年で被保護者だから今はしないけれど、大人になって自分で生計を立てるようになったら、卵管圧挫結紮手術を受けよう。避妊だとか、ましてや掻爬といった場当たり的な手段では足りない。私が生を与える可能性を完全に消し去ろう。私は、産む機能を持たない身体を得ようと思った。このおそろしさは、私で終わりにする。卵管圧挫結紮手術を受け、妊娠が不可能な身体になった後、私が考えを変えて子供をほしがることがあるかもしれない。今の気持ちは変わらないなどと思い上がりはしない。私は自分がどれほど変わりやすく、忘れやすい人間かを知っている。だからこそだ。私は取り返しのつかない改変を自分の身体に加えようと思った。子供をほしがる未来の私を私は決して許さない。未来の私が今の私を裏切ろうとするのならば、思い知るがいい、私は決してあなたを許さない。子供をほしがる未来の私よ、あなたは忘れたのか。この世界がどれほどおそろしかったのかを忘れたのか。このおそろしさをあなたの子に味わせようというのか。あなたは悔やむだろう。今の私を恨むだろう。これほど大きな不可逆的な決定が既に下されていることに苦しむだろう。苦しめばいい。この恐怖を味わう可能性を産み出そうとする私など苦しみ嘆けばいい。子供を産もうとする私よ、あなたはあらかじめ罰されている。」●2002年11月2日(土)わたしはこの発言に100%共感する。けれどもわたしは彼女に根強い希死念慮があったとも、もともと彼女の心が病んでいたとも思わない。(無論自殺間際の時期に関しては別だが)彼女の読書量に関して驚く声が多いようだが、チャールズ・ブコウスキーの言葉だったか、「本がなければこの世界は地獄だ」と思う人間も存在している。逆にいえば「本があるから生きてゆくことができる」のだ。◇この本に触れて一番衝撃的だったのは彼女の創造力の豊かさだ。彼女の描いた「短篇」(ショートストーリー)に強く惹かれる。では早世は惜しいではないか、と言われるかもしれないが、そうは思わない。高野悦子や芥川、太宰、ゴッホなどをその「自死」と切り離して語ることが不可能なように、二階堂奥歯もまた、そのような存在のひとりなのだろう。彼女の世界認識の仕方は非常に興味深く、世界は「眼差されること」によって、「注視」されることによってはじめて存在すると考えているように見受けられる。「6歳の頃私が考えていたこと。あるいは責任について。「人間性」とは感情移入される能力のことであり、感情移入「する」能力ではない。ほとんどすべてのヒト(ホモサピエンス)が人間であるのは多くの人々に感情移入されているからである。ヒトでであるだけでまずヒトは感情移入され、人間となる。しかし、人間はヒトに限られるわけではない。感情移入されれば人間になるのだから、ぬいぐるみだって人間でありうるのである。そう、ピエロちゃんは人間だった。私が人間にしたのである。「した」と言う言い方は傲慢だ。言い換えると、ピエロちゃんは私にとって人間として存在していた。上に書いたようなことを私は小学校1年生ながら理解していて、すさまじい責任を感じていた。なぜなら、ピエロちゃんに感情移入しているのは世界でおそらく私一人だったからだ。ピエロちゃんが人間であるかどうかは私一人にかかっていた。これは大きな責任である。ピエロちゃんに対する責任に比べると、この意味での責任を例えば生まれたばかりの弟に感じることはなかった。私一人弟に感情移入しなくたって世界中のおそらくすべての人間は彼を人間として扱うだろうから。私がピエロちゃんが人間であることを忘れてしまったら、ピエロちゃんはきたない布切れで構成されたくたびれたピエロのぬいぐるみに過ぎなくなってしまう。それは人殺しだと私は思っていた。私がピエロちゃんをどこかに置き去りにしてしまったらピエロちゃんを見た人間は誰一人ピエロちゃんを人間だと思わないだろう。忘れもののぬいぐるみだと思って捨ててしまうかもしれない。そして実際私はピエロちゃんを忘れ、ピエロちゃんはどこかにいってしまった。ピエロちゃんはいつのまにか捨てられた。殺された。違う。私が、ピエロちゃんを、殺した。(私が子供を産まずペットを飼わないと決めている理由の一つは、私がピエロちゃんを殺した人間だからである)。」●2002年12月5日(木)その1ひとは、誰かの眼差しによって、誰かに眼差されることによってはじめて生命を持つ。その「まなざし」を「愛」と呼んでもいいかもしれない。昔の歌にもある" You're Nobody till Somebody Loves You" 直訳すれば、「誰かに愛されないうちは、きみは何者でもない」更にいうなら、「誰かに愛されているあいだ、きみは何者かでいられるのだ」セジュル・ブールギニョン監督の『シベールの日曜日』(1962)で、ピエールが射殺された時、警官に名前を尋ねられたシベールは言った「もうわたしには名前なんかない!」ピエールの眼差しが途絶えた瞬間、シベールの魂もまた消えたのだ。素敵な本を遺してくれてありがとう。二階堂さん。< 二階堂奥歯 (1977 - 2003)「八本脚の蝶」ポプラ社 2006.01 >
2017.12.02
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死ぬことを 持薬を飲むが如くにも 我は思へり 心痛めば -石川啄木
2017.11.30
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このビデオ(ドキュメンタリー)は、ある種の「美談」でもあって、観る側としてはただ讃嘆しているだけでは仕方がないとも思います。わたしの友人Sさんは「スーパーのビニール袋は要りません」と言っている。そんなちいさなことでも大袈裟にいえば「美への貢献」でもあるのです。どんなにいい作品を、コルビジェの作った美術館で「鑑賞」したって、わたしにとって東京は汚い街です。(本来は「汚なさ」と「醜さ」を、もっと厳密に定義すべきでしょうけれど)排気ガスや駅構内や電車、バスの車内のうるさいノイズと、スマホ・ゾンビたちをかき分けかき分けしてやっと「美術作品」にたどり着くことができる。国立西洋美術館で展覧会を観て、その人の多さにぐったりして、ちょっと上野公園や不忍池の方に行ってみる。そこで秋の色づいた銀杏や黄昏の空を眺めてほっと息をつく・・・その日にみたほんとうの「うつくしさ」「美」はどちらでしょうか?とも言えるわけです。本音を言うと、パラグアイのスラムと東京と、天と地ほどの「美観」「景観美」の相違があるとは思えないのです。実際、多くの「美術愛好家」たちは、今日自分たちが作り出し、生み出している環境をどう捉えているのでしょう?「美」を愛するという人でも、芸術愛好家という人たちでも、案外自分たちの足元、自分たちの住む街の「環境」には鈍感なんじゃないか?わたしは昔から、ヴァージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』という絵本が大好きなのですが、あの本を読むと、本当の「美」ってなにか、感じるところがあるかもしれません。「世界はわたしたちにゴミを投げつけてくるけれど、わたしたちは音楽を手渡す」ゴッホを観ながらゴミに囲まれているわたしたちは、どの程度「美」と共にいきているのでしょう?彼らと同じくらい?
2017.11.30
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数日前の新聞に、このような記事を見つけた。< 本当に死にたい自殺志願者いない >小見出しは< 座間事件 東尋坊で考える >この記事の中で、「自殺の名所」と言われる福井県東尋坊で、自殺志願者を保護するNPOをやっている人のインタビューが載っている。<NPO・茂さん 絶壁を見回り「死ぬな」>の小見出しに続き、「・・・問題さえ解決すれば自殺から救うことができる。多くの自殺を決意した人と話をしてきたが、本当に死にたがっている人はいなかった。未成年ばかりでなく、大人も含めた全員がそうだった」「自殺を止めるには、いじめ、借金といった根本的な問題を解決しなければならない。・・・云々」この記事を読んだ時に、確か以前にも同じような「違和感」を感じたこと、それをQ&Aサイトで問うてみたことを思いだした。その時には下記の「質問」に60近い「回答」が寄せられた。それらのやりとりを全て引用することは困難なので、今回その質問と、「回答者」の反応への、わたしの意見(抜粋)を転載した。(一部加筆・修正しています)このような「編集」を経ることで、結果的に、これはわたしの「アフォリズム風自殺論」になったようだ。 ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ " Angel Of Nanjing " (南京天使)という映画の予告編トレーラーを見て、わたしが真っ先に感じたのは「違和感」でした。世界でも指折りの自殺者を出す南京長江大橋で、過去11年間(この映画の公開は、2015年)この橋をパトロールし、これまでに300人以上の自殺者未遂者を助けてきた男性、Chen Si 陈思(陳思)チェン・スーさん。彼は助けた人たちに寄り添い、衣食住を提供します。けれども「果たして人は人を救えるか?」という疑問に立ち戻った時に、彼はいったいどのような「天使」なのでしょう?以前、関西で、若者のホームレス支援をやっているベテランのNPOの主催者が、「自分たちに出来るのは、結局最低限の生活環境を整えてあげるだけ。でも人はそれだけじゃ生きられないんだよね。」と言っていたのを思い出しました。人は「死ね」という言葉に傷つきます。この言葉は「凶器としての言葉」の中でも殺傷能力の極めて高いもののひとつです。ですから少なくとも「弱者に対して」は決して向けてはならない刃です。一方で「生きろ」と命じること、またそれをサポートすることは無批判に「善」とされているようです。けれどもそれは無条件に「天使の行い」と呼べるだろうかという強い疑問・懐疑があります。たまたま目の前で人が飛び込むのを「反射的に助けてしまった」ということはあるにせよ、この世の扉を押し開けて出て行こうとしている人を押しとどめるということは、果たして「いいこと」なのか?嘗てシモーヌ・ヴェイユは「不幸な人にしてあげられる最大のことは、彼らに関心を向けてあげることです」と言いました。けれども「関心」とはなんでしょう?それは「愛」ではない。人はどのような条件下で人を救えるのか?死を決意した人間の内面の在り様と、それを敢えて救助しようとしているひとのこころになにが隠れているのか。考えてみたいと思います。 ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ わたしは、チェン・スーさんを批判するつもりはありません。ただ、このトレーラーを観た時に感じた当惑はなんだろうと考えています。大阪堺でホームレス救済のNPOを主催している男性は、自殺の多く発生する場所を歩いて、死のうとしている人たちを押しとどめようとしているのではなく、マクドナルドやマンガ喫茶などを回り、ホームレス一歩手前の人たちに、とりあえずのお金と連絡先を手渡します。「困ったらいつでも電話して」もちろん実際に路上に寝ている人にも、一緒に来ないかと声をかけ、躊躇っているようなら、やはり、当座の金と連絡先を渡します。急を要する場合には一緒に彼の家へ行きます。そこがさしあたっての彼らの宿です。けれども、ホームレスに手を差し伸べることと、自殺者を押しとどめることを同列に論じることはできないでしょう。人が死を選ぶのは必ずしも「ゼニ・カネ」の問題だけではない。そして人が出来ることは精々が「ゼニ・カネ」で片が付くことくらいです。「クウネルところにスムところ」があれば事足れりか?もしひとが「パン」のみでは生きることができないとしたら、「それ以上」はどうするのか?この世から消えることを決意した、或いは死を選ぶことを余儀なくされた人たち・・・つまり「無」を選択した人に、彼らは「何」を与えることができるのか?人が人を救うことが出来るのだろうか?「何を以て人を救ったといえるのか?」同時に何を以て「救われた」と言えるのか?と考えています。〇わたしは、例えば溺れている人を助けるとか、目の見えない方が道に飛び出したときに手を貸す、ということはすると思いますが(それは反射的にでしょうけれど)橋から身を投げようとしている人を見た時に、躊躇することなくそれを救おうとするか?答えに窮します。助けを必要としている人には可能な限り(たとえ僅かの寄付であっても)出来ることをする。一方で、この世から出ていこうとしている人を押しとどめるほど、この世がいいところだとは自分自身思えない。自分がいいと思わない場所に無理に人をつなぎ留めておく理由が見当たりません・・・改めて、人を「救う」ー「救われる(た)」という事柄の難しさを感じています。「特定の条件下に於いて」「救いうる」ということは認めるにせよ・・・〇わたしは決して人助け(というのも安易な表現ですが)を「偽善」であると批判しているのではありません。けれども、少なくともホームレスを助けるのとは違って、自ら死を選んだ人たちを救うということに対して、一抹の葛藤も、逡巡も、そのこころに影を落とさないとしたら、それは随分といい気なものだという思いも捨て切れないのです。自分自身しょっちゅう自殺を考えている身として、「助けられる」とはどういうことか?という答えが見つからないからです。つまり、我がこととして、「見殺しにされたいか?」「助けられたいか?」という二択に対して答えることが出来ません。わたしにとっては、存在することと同時に、存在が充たされていること、存在の充足も問題となります。所謂QOL " Quality of Life " (生の質)と、「ただ生きて在ること」との間でうろうろしているといった有様です。〇確固たる「自我」が常に自己を制御・コントロールし得るし、苦痛から逃れるために自死するということを、「一種の殺人」であり「信義にもとる」という見地から、人はそれを断念・回避したり延期したり、または迂回したりしなければならない、これは現実原則から一歩もはみ出していません。しかし生身の人間は「現実原則」から外れます。苦しみや痛み、悲しみ、孤独というものが必ず超克できるものであると言えない以上、人間は壊れます。現実原則に支配される前に、生身の人間は壊れ物である、なぜなら彼は生身の人間であるからだ。という認識があってしかるべきだと思います。A:ひとは親しき人との信義を重んじ、それゆえ他人(ひと)をも己れをも 亡き者とすることはない。という生活の基礎が培われて行きます。これも同様に現実原則に基づいた立場です。一方で、優れた映像作品や文学は現実原則を破ります。ゆえにそこに感興が生まれます。人間はイレギュラーな言動をするものです。それを「理」に基づいて、「あり得ない!」と言ってしまえば芸術は不要です。芸術的感興は疑似的な現実原則からの解放です。〇これが彼なりの「愛」であるのならば、それはそれでいいでしょう。でも愛はもっと衝動的なものじゃないかと思います。「愛」というよりも、寧ろ彼は、「哲学」或いは「信念」に基づいて行動しているように見えます。上のトレーラーの中でも彼は言っています。「中国には、「国の繁栄と平和は国民の責任に於いて維持される」という言葉がある。誰がこの「責任」から逃れられるでしょう?」歌のタイトルにもあるでしょう『愛さずにいられない』 "I can't stop loving you" とか" I can't help falling in love with you" っていいますよね。CAN'Tです。自分の意思でどうこうできるものじゃない。それは愛です。でも熟慮の上の愛ってあるのかな?だとすれば全方位型の愛も可能じゃないかな?だってそれは衝動的な愛の発露ではなくて、熟慮の上の行為・行動なのだから。陳思さんや、同じようなことをしている人に訊きたい。「死のうとしている人を押しとどめることに後ろめたさを感じませんか?」と。わたしがもし陳思さんに「救われた」当人だと想像するとき、わたしはうれしくはないでしょう。彼にしてみればそれもある種のミッションです。別に「わたしだから」「彼女だから」助けたわけじゃない。〇「不幸な人にしてあげられる最大のことは、彼らに関心を向けてあげることです」・・・シモーヌ・ヴェイユの言いたいのは、おそらく、物質だけでひとのこころは癒せない、ということだろうと思います。つまり「関心を持ってくれる人がいる」ということが人間が生きる上で一番大事なことだということです。人間の愛は神の愛よりも得難い、だからこそ、神の愛以上に生きる力に成り得るのだと思います。いかなる神も特定の個人の肩を抱(いだ)くことはありません。マルクス曰く「神は個人には関心がない」のだから・・・〇人の不幸は単一の理由から生じているのではなく、幾重にも折り重なっているものですが、それを「説明」することは難しい。ですから即物的に目の前で死のうとしていることに対して、その背景の複雑さに相応しない矮小化された動機・理由付けによって「助け」ようとする。傍から見えているのは正に氷山の頂き =「死のうとしている人」のみで、その行為の背後に隠されている大部分の「わけ」を見過ごしている。われわれが『ベルリン・天使の詩』に出てくる「天使」のように、人の心がわかる能力を有しない人間である以上、選別して助けるわけにはいかない。けれども、助けた後で自分の手には余ると感じた時には既に「乗り掛かった舟」です。「じゃあ飛び込みなさい、だけどわたしの姿が見えなくなってからね」といえるでしょうか?もし「言える」とすれば、その時点でそれは単に、「降りかかった災難のようなもの」でしかなく、端から「助ける」という気持ちではなかったということになります。勿論、「そういう行きがかり上の行動を採らせるのは その自殺志願者のほうである!」ということも言えるでしょう。世の中には不幸な偶然もあれば幸福な偶然もころがっています。AさんとBさんがどういう形でめぐり逢ったかは人智の及ばぬところで、それを自殺しようとしている人の責にはできないのではないでしょうか。また自殺を考える人はそのようなことを避けるために富士の青木ヶ原まで出向くのではないでしょうか。〇「関心を向けること」・・・人は、彼、彼女に関心を持ってくれる人、注意を払ってくれる人がいない世界では生きられない、という思いを言ったのだと思います。それは「同情」や「憐れみ」といったものではなく、「等しい人間としての関心」、救うものが救われるものへ向けるまなざしではなく、双方向の関係性を持つということではないでしょうか。〇人は他人がどうすれば幸せを感じることができるかを見通す力を持ってはいない。ですからせいぜいできることは、彼らに「足場」を与えることくらいです。「わたし」と「彼・彼女」では幸・不幸の基準が違うのだという前提を持たないと、単なる善意の押し付けに終わってしまうように思えます。〇「生きていればまたいいことがあるかもしれない」確かに。けれども誰一人それを受けあうことはできません。結局は苦しみを引き延ばすだけかもしれない可能性も、同じだけあるのです。すくなくともわたしはそのような「賭けをしてみろ」ということは出来そうにありません。また自分が幸せにしてあげる力もない。「情けない」・・・でも人間てほんとうに無力です。「生きていればいいことがあるかもしれない」それは基本的に間違っていないにしても、「助けを必要としている」という確信が持てない以上、手を差し伸べることは躊躇われます。それは上記のように、負けるかもしれない賭けに、彼、彼女を引きずり込むことになるからです。現実的に考えれば、「死にたいと思っている人」の何割かは、何らかの手立てを講ずることによって救われるかもしれない。それには知識と、資金と、人材と、ノウハウと、助けた人が共倒れにならないような「システム」が必要です。お金で助かる命があるのならお金を惜しむべきではないし、何よりもそちらにお金を回すべきです。ドイツではレストランなどで、食べ残すと「罰金」を取られるそうです。そしてその罰金は慈善団体に寄付されるという記事を新聞で読みました。フランスではデパート、スーパーなどの食料品の残りは全て寄付されることが法制化されています。無駄を省く工夫・努力をすればどれだけの人が助かることか・・・それは弱い存在であるわたしたち、病み、老い、衰えることを避け得ず、いつ目の前が暗転するかもしれない世界に棲む存在としての我々が持ち寄った金=税金をどこへ使うのかという国民の人権意識が築き上げるものだろうと思います。〇以前、「人を救えない哲学は言葉遊びではないか?」というような言葉を目にしました。これはわたしにとっては、「言葉は人を救えるか?」という問題と同義です。そして救うのは魂か?肉体か?という疑問も同時に浮かび上がってきます。言葉で肉体は救えない。何故なら言葉は「パン」ではないからです。けれども受け手が言葉に自分の内面にある魂に相応しい重量を持った言葉に出会った時に、魂はおそらく、息をつくことができるでしょう。〇警察や法は人を救っているわけではなく、「秩序を保つ」仕事をしているだけです。〇自死を美しいとは思いません。けれどもそれが忌むべきものであるとも思いません。生きることの同じ線上に「死ぬこと」もあると思います。それが自然死であるか、自死であるかの違いはさほど大きなものではありません。死の在り方は生の選択に繋がっていると思うからです。つまり、「死の選択」も広い意味での「生の選択」に含まれるということです。〇" Nothing can cure the soul but the senses, just as nothing can cure the senses but the soul. "— Oscar Wilde "「感覚」のみが「魂」を癒すことができる。「魂」のみが「感覚」を癒すのと同じように "オスカー・ワイルド〇勿論、お腹がすいて行き倒れている人や、いろんな事情で困っている人、言葉は悪いかもしれませんが、「ゼニ・カネ」で救える人を救うことは文句なしにいいことだし、そのことを躊躇うことはないと思います。けれども人の魂は「ゼニ・カネ」では救えない。青臭い言葉でいえば、「愛」=生身の人間の愛情・関心が心の中に注がれてはじめて人は再び生きることが出来るのだと思います。わたしは日本の歌はほとんど知らないのですが、英語のラブソングはよく聴きました。『デスペラード』(日本題「ならず者」)という歌の歌詞の最後に、You better let somebody loves you, before it's too late...というフレーズがあって、好き、というか憧れです。ラ・マンチャの男じゃないけど、「見果てぬ夢」(Unreachable stars ) です。若いころから、この" Before it's too late..." というフレーズを聴いていた。そして最早 "It's too late... " なんだな、と思い始めています。(もう50代だからね)◇「本当に死にたい自殺志願者いない・・・」もちろんこの新聞記事のこの人の助けた人の中にはそういう人がたまたまいなかったのだろう。しかしこのことを敷衍して「自殺者志望者は、誰もほんとうに死にたがってはいない」と言い切ってしまうことはできない。結局わたしには、「死のうとしている人を救う」という行為が理解できない。つまり生命を救うことが魂を救うことになるのか?という疑問が未だ消えずに残るからだ。魂を救えぬ救済は真の救済ではない。では、人がいかにして人の魂を救えるのか?ということなのだ。最後に芥川龍之介の『侏儒の言葉』より。「ストリントベリイは「伝説」の中に死は苦痛か否かという実験をしたことを語っている。しかしこういう実験は遊戯的にできるものではない。彼もまた「死にたいと思いながら、しかも死ねなかった」ひとりである」
2017.11.29
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時々わたしは「全き孤独」「この世にまったく寄る辺のない人間」を描いた映画を観たくなります。そういう作品と文芸作品との違いは、既に我知らず死を目指して歩いている者、或いは袋小路の生を生きていて、そこから抜け出すにはこの世界から出て行く以外にないという人間たちの内面は語られず、ただ彼らの話す言葉、表情、動きをカメラが捉えていくだけ。映像は何も説明しません。内面のつぶさな報告、解説をしません。余計な叙述がない分、わたしたちは 'Invisible person' となって、彼や彼女の隣に座り、その孤独、その痛み、その倦怠、その惑乱、その寄る辺のなさを見つめます。彼や彼女のとなりで、見えない人として彼らの息遣いに接しているとき、不思議にわたしは悲しくもなく、また、何とかして彼らが助かる道はないだろうか?と気を揉むこともありません。わたしはただ、うつくしい一枚の絵を見ているときのように、心癒される曲を聴いているように、彼らの手と心の震えを見つめています。一枚の絵、ひとつのソナタ、一篇の詩のように、一切の「説明と報告」を欠いた人間存在の美を見つめています。言い換えれば、「知」と「分析」そして「(知的)理解」のレベルにそれを引き上げること、落とし込むことを好まないのです。
2017.11.28
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「誰がわたしに言えるだろう、わたしのいのちがどこまで届くのかを」ーR.M.リルケきっと 手紙は なによりも それを 遠く 深くまで 運んでゆくことができるだろう・・・
2017.11.27
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以前から、手紙の対極にあるのが、「メール」だと思っていた。「インターネットのコミュニケーション」というものが、そもそも撞着語法だとも思っている。液晶画面に映し出された文字からは、貌も見えず、声も聞こえず、表情も見えず、目の色も窺えない。若い人にとってはこういうコミュニケーションも成立するのかもしれないが、わたしが求めているのは「テクスチャー」或いは「マチエール」の伴った、手触りや、匂い、温もりのあるやりとりだ。五感を捨象したコミュニケーションは、わたしには不可能のようだ。◇「クリスマスでも、ヴァレンタインでも、ニューイヤーズ・イヴでもない、ただの普通の日だけど、あなたにひとこと「愛してる」と伝えたくて電話したんだ」と歌う、スティーヴィー・ワンダーの「心の愛」" I just call to say I love you " という歌がある。1980年代の歌で、『ハイ・フィデリティー』という、音楽マニア(オタク)たちの集まるレコード・ショップを舞台にしたニック・ホーンビーの小説の中では、その道の「通」を以て任ずる若い店員から、スティーヴィー・ワンダーの数あるヒット作の中でも「駄作」とこき下ろされている。けれどもわたしは、こういう「ソリッド」でも「エッジィ」でも、また60~70年代のモータウン風な意味で「ソウルフル」でもない、ノーマン・ロックウェル風のテイストが嫌いじゃない。「電話」の話になってしまったが、昔の・・・と言ってもわたしが中学か高校生の頃に流行った歌に、「ダイヤルしようかな、ポケットにラッキーコイン」という歌詞があった。今では「ダイヤル」も「コイン」も必要のない「電話」になってしまっている。星新一は、その晩年、自作が古びないようにと、例えば「電話のダイヤルを回した」といった表現を、「ボタンをプッシュした」という風に「現代風」「当世風」に改稿することに月日を費やした。けれども彼の「魔法使い」という作品には、或る夜、男がバーから出てくると、店の前で花売り娘が花を売っていたり、若者が似顔絵を描いている描写がある。おそらく50年代か60年代前半に書かれた作品だろうが、わたしは、バーから出てきた男が、何故「魔法使い」と呼ばれるのか、というストーリー以上に、「魔法使いの男」の相手が「花売り娘」である点に寧ろ惹かれてしまうのだ。わたしにとってこのお話しは、「魔法使い」の物語りとしてよりも、花売り娘や、苦学生であろうか、若き似顔絵描きが、夜の盛り場で僅かなお金を稼いでいた時代の風景として印象に残っている。小説でも映画でも、時とともに古びてゆくのは、時代の価値観に沿った「話の筋立て」の方で、ディテールの描写、「ダイヤル式の電話機」「裸電球」「下宿」「銭湯」などは、現代のわたしたちが、小津安二郎作品に接して、「娘の結婚話」云々よりも、画面に映し出される往時の生活様式に「美」を見出すように、決して古びることのない魅力を持っているように思えるのだ。◇「手紙」に戻ろう。わたしがもらって一番うれしいのは自筆の手紙やカードだ。「見かけよりも声、声よりも筆跡に、より人柄が表れる」と書いたのは誰だったか。考えてみれば、本格的な手紙のやりとりとなると、便箋も封筒も厳選されたもの=送り手が手ずから選んだ品物であり、更にペンを使えばインクを選び、ペン(先)を選ぶことになり、もっとフォーマルで古式ゆかしい方法になると、封蝋を火であぶってその上にシーリングスタンプを捺す。受け取った方はペーパーナイフで開封するという、もうその手間暇だけでも手紙というものの持つ価値の重みが感じられる。四つ折りにされた便箋を繊細な指先で静かに開いて、最初の一行に目を落とすのにくらべたら、誰が出るかわからない。ひょっとして親が出るかもしれない電話のダイヤルを、ドキドキしながら回すことに比べたら、薄いプラスチックの板に向かって話したり、そこに次々に現れる文字を目で追いかけるということが、随分と浮薄で無粋な営みに思えてならない。果たして人間は本当に進歩したと言えるのだろうか?時を惜しみ、情緒と趣を排し、緩やかな時間の流れ中にのみ発酵する「美」を度外視した結果、わたしたちの時代は、少なくとも審美的な点に於いては、先行する時代よりも寧ろ「退化」し「蛮化」し続けているのではないか・・・「新しさ」イコール「進歩・向上」という以上は、人間は常に先んずる時代の人たちよりも「より賢くなっている」こと、「より賢明であること」が前提とされる。けれども・・・立ち止まらなければ見えないものがある。「速度」が上がれば、車窓の外の世界はほとんど何も目に映らなくなる。「目から消えるものは、心からも消える」という。加速してゆく世界の中で、目に映るものが少なくなればなるほど、人々はそれらへ眼差しを注ぐことを忘れ、やがてそれらの存在さえも忘れてしまう。その場に立ち止まることなく、「美」と、「存在」と、向き合うことはできない。立ち止まり、息を潜めることなく、儚いもののかたち、幽かな気配、仄かな匂い、小さな姿、静かな動きに気付くことはできない。競走をするウサギと亀。ウサギの目に映った世界と、亀の目の前に立ち現れる世界と、果たしてどちらがより多彩で豊穣だろうか?どちらがより多くの美を取りこぼしているだろうか・・・◇わたしも今風にSNSというものをやっているけれど、そこでの日本や海外の友達の幾人かとは、実際に手紙やカードの交換をしている。手紙やポストカードをもらうのは殊の外うれしい。以前は・・・外出が困難になる前には、銀座の文房具店に行ってカードを買っていたものだけれど・・・無論カードは銀座でなくても手に入る。けれども何故かわたしは「あの当時のやり方」にこだわってしまう。手紙やカードのやり取りのない人間関係は希薄だと思う。それが親子でも、夫婦でも、友達同士や恋人であっても。書くことを欠いたコミュニケーションは、どこか皮相なものに留まってしまうだろう。こころの、薄暗がりの中から、己が指で手繰り寄せた言葉のみが人の心に伝え得る機微がある。英国、エリザベス朝の詩人、ジョン・ダンは言う" More than kisses, letters mingle souls. "「手紙はキスよりも人の魂を結びつける」・・・クリスマスやニューイヤーのような特別な日にはせめて、手紙でも書こう・・・ イル・ポスティーノ 1959
2017.11.27
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確かシューマンだったと思いますが、ベートーベンについて、「彼は外と内の顔を使い分けることができなかった、だからいつも孤独だった」と言っています。ふとシルヴァスタインの絵本のお話を思い出しました。世の中がすべて、赤い貌をした人ばっかりで、そのなかで、たったふたりだけ、青い貌をした男の子と、女の子がいました。二人はそれぞれに「仲間」を探しに出かけるのですが、自分だけが青い貌をしているのを恥ずかしがって、赤い貌のお面をつけて街をさ迷います。そしてある地点で、二人はすれ違うのです。けれども、ふたりとも、自分の青い貌を隠した赤いお面をつけているので、相手が唯一の仲間であることに気付かずにふたり、すれ違っていきます。わたしはいつも「青い貌」をしているせいかどうかわかりませんけれど、好かれません(苦笑)この女の子と男の子は、外用の「赤い貌」のお面をいつも被っていたために、お互いが本当は「青い貌」をしている者同士であることを知ることなくすれ違ってしまいました。世の中むずかしいですね。
2017.11.26
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〇「神」や「天使」は等しく愛します。別に「あなただから」愛するわけではない。「わたしだから」愛されるわけではない。それではしかし、愛されたことにはなりません。愛とは峻別することです。「彼よりもあなたが好き」というのが愛です。少なくともわたしにとってはそうです。言い換えれば、わたしがわたしであるが故に、愛されるのでなく、人間であるから愛されるのでは意味がないのです。
2017.11.25
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以前Q&Aサイトに、『嫌われる勇気』・・・わたしはその本を読んだことはなかったけれど、この(大胆な)タイトルについて質問をした際に、複数の回答を読んで感じたのは、「すべての人から好かれる(=嫌われないでいる)なんてそもそも無理なこと」という言葉の裏に、「同じように、すべての人から、まんべんなく嫌われることもない」という「自信」が潜んでいるのではないかという感じを受けた。そしてその自信はいったい何処から来るのか知りたいと思った。エミール・シオランにこんな言葉がある「 自分が、現にある通りのものであるがゆえに自殺するのはよい。 だが、全人類が顔に唾を吐きかけてきたからといって、自殺すべきではない。」「嫌われる」ということが、何らかのアクションの結果という因果律抜きに、正に、「自分が自分であるが故」の理由で嫌われること。あなたが「○○だから」きらい、ではなく「あなたがあなたであるから」きらい、であるということ・・・シオランの言葉を置き換えれば、「 自分が、現にある通りのものであるがゆえに全人類が顔に唾を吐きかけてきた。」・・・これは抽象的な議論ではなく、わたしが若いころからの切実な疑問であり、問いかけなのだ。
2017.11.25
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『侏儒の言葉』に曰く『恋愛とは性欲の詩的表現を帯びたものに他ならない。少なくとも詩的表現を帯びない性欲を恋愛と呼ぶに価しない』ならば、「エロスとは詩的表現を帯びた性欲に他ならない。少なくとも詩的表現を帯びない性欲をエロスとは呼べない」とわたしは言おう。
2017.11.24
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久しぶりに二階堂奥歯の『八本脚の蝶』を読んでいる。この本にはエロスについての言及が多いが、特に印象に残っているのは、『わたしたちにとって大切なことは頭脳を[Bokki]させることであって、性行の回数なんかではありません。真の快楽とは過剰の快楽であり、性器を目標とはせず、せいぜい快楽の手段にすることです。わたしたちは精神全体を発情帯にかえる仕事に打ち込んでいます。』(ベルナール・ノエル『聖餐城』生田耕作 白水社 1988.11) (『八本脚の蝶』2002年5月19日 ) 「頭脳を[Bokki]させること」まさにそうだ。 エディー・マーフィーの1988年の映画、『星の王子 ニューヨークへ行く』"Coming to America"にも、「下半身だけじゃなく、上の方も刺激してくれる女性がいい」というセリフがあったっけ。『私はフェミニストでありかつマゾヒストである。フェアネスを求める私が、残酷さを愛するということ、この事態は許容されうるのか、私はそれをどう受け止めればいいのか、これは私にとって重要な問題である。女性を抑圧し支配し利用する言説と制度に反対しながら、責め苛まれ所有され支配され犯され嬲られ殺される女性の状態を愛することは、許されるのだろうか。 (中略)マゾヒズムとフェミニズム。どちらも私にとって真正の性向である。しかし、常にどこかでそれらが拮抗しているのを感じるのだ。』(『八本脚の蝶』2002年11月6日)◇以前「おしえてgoo」の哲学のカテゴリーに出入りしていたときに「エロス」について話したことがあった。 ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ 『拷問執行人のひそかな快楽は、必ずしも相手の肉体的苦痛を眺めることだけではないのである。肉体の苦痛とともに、相手の精神がよろめき、耐えられるぎりぎりの限界を超え、ついには肉体の共犯者となって屈服してしまうという、その精神の裏切りの過程を眺めるのが愉しみなのである・・・』これは澁澤龍彦の『エロス的人間』の一節ですが、わたしにとって、これ以上的確に、究極的エロスの様相を表現し得たものを知りません。エロスとは、「落差」によって生じるものではないか?気高く誇りに満ちた精神が、肉体(の快楽)に裏切られること、悦びは堰を切って決壊し、精神が肉体の共犯者に堕してしまうこと、その瞬間こそが至上のエロスではないか?この場合、エロスが成立するために、時間的な流れが必要となります。言い換えれば「文脈」です。凛とした精神が「肉の共犯者」に堕するために要する時間的経過と変化の過程こそがエロスなのではないでしょうか?一方で、目の前にある赤裸々な、あからさまな裸体というものには「落差」が存在しないが故に、そこにエロスは発現しない。エロスーエロティシズムとは、この人間の「変化」(または昆虫に見られるような「変態」)にそのエッセンスがあるように思うのです。 ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ 〇「エロティシズム」と「ポルノグラフィ」とは、いわば「生(性)の紋切型」への反逆であり「性の編集術」です。〇 エロスや変態性に関していえば、それは「生(き)のまま」の性に対するある種のレトリックです。文飾です。ですからそれは必然的に「反自然的」なものです。それは「理性との対立」、生殖という「生産」への対立、それへのアンチテーゼです。エロスは性のアナキズムであり、それは「タブー」を犯した地点から発現します。〇 エロスを求めることは、アートを、文学を、哲学を求める精神と通底しています。それは「即物的」な生に対する文飾であり、遊び心です。言い換えれば、「凝る」ことです。〇 私はエロスを否定していません。エロスに凝っている人も否定しません。でも、エロスに個っている人は自らの人生で何らかの満たされぬものを抱えています。その満たされぬものを抱えていることが可愛そうと思うのです。なるほど。たしかにわたしがそのような人間であることは否定しません。けれども、およそ世の芸術作品、音楽や文芸作品、その他の「楽しみ」或いは「慰藉」と呼ばれるものは、人間存在のそのものから取り去ることのできない「不安」や「悲しみ」「悩み」「苦悩」「孤独」「恐怖」「不安」といった、「欠如」「欠乏感」から、生きるための知恵、生存の方策として生み出されたものであると考えます。エロスもまた例外ではないのだと思います。言い換えれば全ての「欠乏」から免れている「幸福なる人種」が、どこに存在するのか?という疑問が残るのです。〇 ヴォルテールの、「もし神が存在しないというなら、それを発明しなければならない」という言葉を借りれば、「もしエロスが存在しないのなら、それを創造しなければならない」つまり、もしキミにとって一義的な性しか存在しないのなら、キミのための性(エロス)を発明しなければならない。言い換えれば、「一義的な性」は非・人称的な、みなのためのもの、或いはヒトという種の性の姿であって、わたしの、あなたの、「性」ではない。◇◇わたしも相当な変態だな(苦笑)『私のパソコンのデスクトップは今のところベルニーニの「聖テレジアの法悦」です。聖女とはつまり恋する乙女にしてマゾヒストの謂いなのです。』(『八本脚の蝶』2002年1月20日)この質問にわたしは『聖テレジアの法悦』を使った。ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ ( Gian Lorenzo Bernini )『聖テレジアの法悦』( Ecstasy of Saint Teresa )1652
2017.11.23
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「愁殺」という言葉を知ったのは、武田泰淳の小説『秋雨秋風人ヲ愁殺ス』からだった。広辞苑によると、【愁殺】しゅう-さい -(〔殺〕は強調の助辞。シュウサツとも)甚だしく悲しませること。とある。ここでの「殺」は「殺す」、ではなく、強調の意味であるということ。けれどもこの頃、日の暮れが早く、窓からすっかり暗くなり、冷たい風が吹いている外を眺めていると、たまらなく寂しくなる。文字通り「身が竦(すく)む」ような気持ちになる。『秋雨秋風人ヲ愁殺ス』・・・これはおそらくは、秋の雨や風がひどく悲しい気持ちにさせる・・・というような意味の題なのだろうが、晩秋 - 初冬の気配は、確かにその激しい愁いによって、ひとりの心弱き者を絶命させるに足る寂しさを含んでいるように感じられてしまう。
2017.11.20
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最近、どういう風の吹き回しか、またぞろ図書館から『刑事コロンボ』シリーズのビデオやDVDを借りてきては観ている。120分=2時間以上の作品を途中で眠ってしまわずに観つづけることがなんとなく難しいような、気力・体力のなさ、衰えを感じている。その点「コロンボ」シリーズは一話約7~80分だし、当然ながら日本語吹き替え版で観ているし、気楽に、たのしんで観ることができる。コロンボシリーズの中に、ちょっと気になっていたエピソードがあって、それはひょっとしたら90年代に作られた、吹き替えも小池朝雄ではない、「新シリーズ」のものだったかと思っていたが、昨夜偶然観た作品に、そのエピソードを発見した。作品は1977年制作の『死者のメッセージ』。功成り名遂げた老女流ミステリー作家、アビゲール・ミッチェル女史の殺人だが、ある時コロンボは偶然彼女の講演会でのスピーチを求められる。聴衆の拍手に迎えられ、照れながらも満更でもなさそうなコロンボ。アビゲールに促されて、壇上へ。「・・・どうも。まさかこんな羽目になるとはね。わたしはただ、アビゲール・ミッチェルさんのお話を聴きに来ただけで・・・ 科学捜査とか仰ってましたが、それはミッチェルさんの買い被りで・・・あたしゃなんにも知らないんです。それにわたしの仕事が「恐るべき暗黒」という点でも、正直自信がないんです。わたしは自分の仕事が大好きでしてね。憂鬱になることなんてありません。また、世界中に犯罪や殺人犯が満ち溢れてるとも思いません。・・・わたしは人間が大好きです。今まで出会った殺人犯の何人かさえ、好きになったほどで・・・時には好意を持ち、尊敬さえしました。やったことにじゃありません。殺しは悪いに決まっています。しかし、犯人の知性の豊かさや、ユーモアや、人柄にです。誰にでもいいところはあるんです。ホンのちょっとでもね。これは刑事が言うんだから間違いありません。」(満場拍手)例え殺人犯であっても、彼はその知性や、ユーモアや教養に惹かれ、好意を持ち、尊敬することもあると告白している。アメリカ映画を観ていていつも感じるのは、アメリカのドラマや映画を通じて、アメリカ人の文化を垣間見て、その度に感じることは、彼らがいかに「ユーモアのセンス」というものを重んじているかということだ。男でも女でも、好きな異性のタイプはと訊かれると、必ず「ユーモアのセンスのある人」という答えが返ってくる。これは日本でいう「おもしろい人」というのとはちょっと違う気がする。野暮を承知で、なんとか「ユーモア」の定義を試みようとすると、それはもちろん、相手を笑わせることも含まれるけれど、それだけではない。言ってみれば、精神の在り方(構え)のような気がする。わたしはどちらかというと、生真面目で深刻なニュアンスを持つヨーロッパ映画の方が好きなのだが、ヨーロッパ映画を観ていて、アメリカの映画や文学に見られるような「ユーモア」を感じたことがない。以前『地球最後の男・オメガマン』というチャールトン・ヘストン主演の映画を観た。彼は文字通り、細菌兵器を使用した戦争で、すべての人間が死に絶えた後に生き残った地球最後の男。人影の消えた街へ、パーシー・フェイスの『夏の日の恋』のテープを掛けながら、鼻歌混じりにオープンカーで食料を求めに行く。帰ってくると、人形と向き合ってチェスをする。その時、彼は終始人形相手にジョークを飛ばしている。笑いが必要なのは彼自身なのだ。ユーモアとは言ってみれば、「自己を笑い飛ばすこと」であり「板についた強がり」「慣れた口調の空元気」なのではないだろうか?それは精神の弾力であり強靭さでもあるだろう。日本には「笑い」はあっても、ユーモアの精神はないように思う。言葉の技巧、書くことも含めた「話芸」ではない。もっと異質な精神の美質だろうか。わたしも自分自身、ユーモアの精神に決定的に欠けていることを残念に思うことがある。しかしこれはもう国民性のようなもので、そのような文化のない国に生きている以上仕方のないことなのかもしれない。あとは独自に、アメリカ映画を観たり、やアメリカ文学・詩を読んで身に付ける以外にないのだろう。◇さて、この『死者のメッセージ』では、他にも、彼我の文化の差を感じさせるエピソードがある。ひとつはアビゲールが殺した甥(姪の夫)の寝室を見て、コロンボが言ったこと。「アビゲールさんは、お二人の夫婦仲はよかったと仰ってたけど、そうじゃありませんね。夫婦仲は悪かったと思いますよ。だって、彼の部屋には亡くなった奥さんの写真が一枚もありません。ただの一枚もね。」スティーブ・マーチンとジョン・キャンディーの名作コメディー『大災難 P・T・A』では、ジョン・キャンディーはいつも亡くなった愛妻の写真を巨大なトランクに入れてどこへ行くにも持ち歩いていた。そしてモーテルに着くと必ず「彼女」の写真を、ベッドわきのテーブルに置く。旅行に行くにも家族や愛する者の写真を持って行くシーンは枚挙に暇がない。それからもうひとつ。コロンボ警部の「カミサン」がアビゲール・ミッチェルの大ファンであることを当人に告げるシーンで、「ウチのカミサンあなたの大ファンでしてね。あなたの新刊が出るたびに真っ先に図書館に行って、いの一番に借りてきます!」もちろん作家からは、「あら、新作が出るたびにいの一番に行かれるのは書店じゃありませんの?」などという野暮なセリフは無かった。
2017.11.20
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これは1998年にロンドンで行われた、サザビーズの「19・20世紀彫刻」のオークションのカタログ。この少女の彫刻が誰の作品か?大きさは?胸像なのか、全身像なのか?、瞳の色は?髪の毛の色は?・・・まったくわからないが、何故かこの表情に惹かれた。この沈黙の表情から読み取れるのは・・・優しさと、冷たさ・・・思慮深さと、イノセンス・・・微笑みと悲しみ・・・希望と諦念・・・湧き水のようなか細さと、泉のような豊かさ・・・姉であり、妹であり・・・そしてなにかを見ているようで、盲目であるかのようになにも見てはいない瞳・・・この一枚の横顔から多くの相反する想いが伝わってくる。フッと魂を吹き込めば動き出すように見える反面、永遠に静止していることを望んでいるような深く静かに澄んだ眼差し。オークションで、この少女像を求めた人物は、いったいどのような思いで彼女を自分の部屋に連れて行ったのだろう?ひょっとしたら少女に魂を吹き込むことではなく、彼女に魂を吹き込まれることを願って・・・?
2017.11.18
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Mariana, ca 1850-1851, John Everett Millais. (1829 - 1896) ジョン・エヴァレット・ミレー 「マリアナ」1850-1851年 黒々とした苔で花園はどれもこれも分厚くおおわれて、錆びた釘は抜け落ちていた、 梨の木を妻壁にとめた結び目から。こわれた小屋はもの悲しく、人気なく。 カタカタ鳴る掛け金ははずされた気配もなく、古びた茅葺きは雑草が生え、荒れ果てて、濠をめぐらすこの屋敷はさびしいばかりだった。 乙女はただ「私の人生は侘しい。 あの人が来ないから」と言った。乙女は言った、「寂しくて、寂しくてしようがない。 もういっそ死んでしまいたい!」夕べ、乙女の涙は草の露とともに落ち、その涙のかわかぬうちにも乙女の涙はまた落ちて、やさしい大空も仰げなかった。 朝がたにも日暮れどきにも。こうもりの群れが飛び交ったあと、 漆黒の闇が大空をつつむとき、 乙女は窓辺のカーテンを引き寄せ、暮れゆく平原を見やるのだった。乙女はただ「今宵は寂しい。 あの人が来ないから」と言った。 乙女は言った、「寂しくて、寂しくてしようがない。 もういっそ死んでしまいたい!」夜の只中に、 乙女は目覚めて夜鳥の鳴く声を聞き、雄鶏は夜明けの一刻前に鳴き、 暗い沼地からは牡牛たちの声が乙女のところに聞こえてきた。好転の望みも失せて、 夢の中でさえ乙女は侘しく歩むように思えた。 やがて冷たい風が灰色の眼の暁を目覚まし、濠をめぐらした寂しい屋敷にも朝がやってきた。 乙女はただ「今日は侘しい。 あの人が来ないから」と言った。 乙女は言った、「寂しくて、寂しくてしようがない。 もういっそ死んでしまいたい!」庭の塀から石を投げて届くあたりに、 黒々とした水のよどむ水門が眠り、その上にはたくさんの、まるくて小さな、 群れなす沼苔が這っていた。すぐ近くではポプラの木が絶えず揺れ、 その樹皮はこぶだらけで、葉の色は銀緑。 見渡すかぎり ほかに木とてなく、坦々と広がる荒野に薄暮が迫っていた。 乙女はただ「わたしの人生は侘しい。 あの人が来ないから」と言った。 乙女は言った、「寂しくて、寂しくてしようがない。 もういっそ死んでしまいたい!」そして月が空低く懸かり、 ヒューヒュー鳴る風が吹くときはいつも、白いカーテンのあちこちに、 乙女は物影が激しくゆらめくのを見た。しかし月がいよいよ低く傾き、 吹き荒れる風の、己が住処にこもるとき、 ポプラの影が乙女の顔を横切ってベッドの上に差し込むのだった。 乙女はただ「今宵は侘しい。 あの人が来ないから」と言った。 乙女は言った、「寂しくて、寂しくてしようがない。 もういっそ死んでしまいたい!」ひもすがら夢見るような館の中では、 扉の蝶つがいはキーキーきしみ、蒼蠅は窓ガラスでぶんぶんうなり、ねずみは 崩れかかった羽目板のうしろでチューチュー鳴き、裂け目からチロチロ顔をのぞかせた。 昔馴染みの顔がドアを通してぼんやり光り、 昔馴染みの足取りが二階を歩み、昔馴染みの声が外から乙女を呼んだ。 乙女はただ「わたしの人生は侘しい。 あの人が来ないから」と言った。 乙女は言った、「寂しくて、寂しくてしようがない。 もういっそ死んでしまいたい!」屋根の上では雀の囀り、 遅れた時計の刻む音、そして言い寄る風を遠ざけるように、 ポプラが応える音、これらすべてが乙女の気持を動転させた。だが、乙女の一番忌み嫌ったそのときは、 たくさんのほこりを浮き立たせる日の光が部屋に差し込むとき、そして一日の太陽が西の端に沈もうとするときだった。 そのとき乙女は言った、「わたしはとても侘しい。 あの人はもう来ないでしょうから」 乙女は泣いた、「わたしは寂しい、寂しい。 ああ神様、いっそ死んでしまいたい!」◇濠をめぐらした屋敷のマリアナ (『尺には尺を』)アルフレッド・テニスン 岩波文庫 「対訳 テニスン詩集」西前美巳編 2003年刊◆「スティル・ライフ」(Still Life) - 静かなる生命、動きのないいのち。同じ場所にとどまり萎れてゆく花のように・・・古びた燭台の上で燃え尽きる蝋燭のように・・・身動きの取れない生の中で、けれども、時に心は激しく波打っている・・・生を求め、愛を求め、そして時に死を求めて・・・わたしの人生もまた・・・ショパン ノクターン 嬰ハ短調 第20番
2017.11.17
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金持ちになりたいと思ったことはない。けれども時々サザビーズやクリスティーズのアンティーク・オークションのカタログをのぞくと、こういうものが買えるだけのお金があれば・・・などと考えてしまう。うつくしいランプや花瓶、置時計、小物などを身近に置いていると、自分が「過去」のうつくしい時代の中に生きているような気になってくる。誰かがデザインについてこんなことを書いていたっけ、「・・・われわれは記憶するアルス・コンビナトリア(=結合術)の上で勝負をする者なのだ。そうだとしたら、『これ、ちょっと新しい技術でつくったんだけど』とか、『このデザイン新しいだろ』と自慢げに言うような奴がいたら、そのときは、『ねえ、きみの技術もデザインも、ちっとも新しくなんかないよ。もっと懐かしいものを作りなよ』と言ってやりなさい。」と。けれども「懐かしいもの」を新たに「創る」ことはできない。「懐かしいもの」は過ぎ去った時の中にのみたゆたっているものだから。「ふるい記憶」を「新たな技術」と結合させて、「懐かしいもの」を創ったところで、それは所詮「擬(もどき)或いは(まがい)」に過ぎない・・・オスカー・ワイルドは言う"I like men who have a future and women who have a past."『わたしは未来を持った男と、過去を持つ女を好む』「未来」に興味はない。わたしは過去を持つ男と、女と、そして「過去を持つものたち」を愛する。そして自分自身が「未来を持たぬ男」として、「過去」に取り巻かれていたいと願うのだ。 それにしても、いつも思うことだが、このようなカタログに映し出された絵や調度品は何故か「そのもの」よりもうつくしく・・・というよりは洒落て見えるのは何故だろう。カタログに使われているのは、絵画なりランプや花瓶のディテール+タイポグラフィーだ。おそらくこのデザイン性に惹かれるのだろう。
2017.11.17
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漱石は「とかくこの世は住みにくい」と書き、「住みにくさが昂じると住みやすいところへ越したくなる」「何処へ越しても住みにくいと悟った時に詩が生れ、画が出来る」と書いている。更に「越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降(くだ)る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。 住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。あるは音楽と彫刻である。」と。山上憶良の「世の中を 憂しとやさしとおもえども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば」という歌は、哀しく美しい。人が生きてゆく上で、「生きにくさ」はつきものである。生きにくさがあるからこそ「美」が生れる。フロイトの元を訪れたマーラーに対して、フロイトが治療を躊躇ったという話は有名である。「あなたの苦悩が、あの美しい旋律を生み出しているのだから」と。そうであるならば、所謂通俗カウンセリングのうたい文句である「生き易さ」をわたしは必ずしも求めてはいない。わたしは「生きにくさがあるからこそ美が生れる」という哲学に共感し、哀しみにこそ美が宿るという美学を信奉しているから。苦悩や哀しみが無ければ美は生まれないし、美を感受することもできない。聖書に曰く「心貧しき者は幸いなり」日々の暮らしの中に小さな幸福を見出すことの出来る人はすばらしい。しかし同時にわたしは、ジョン・スチュワート・ミルの言葉「満足した豚になるよりは、不満足なソクラテスでありたい」という言葉にも共鳴する。道端に咲く清楚な野菊に美しさを見出すことと、不満足なソクラテスであることとは必ずしも背馳しない。何故なら人の世の堕落を厭うこころが、それに対置する美を見出すのだから。
2017.11.11
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カウンセリングに向いていない人というのがいるとすれば、それはどういう人だろう?カウンセリングに向いていない相談というのがあるとすれば、それはどのような悩みだろう?わたしは自分はひょっとしたら、カウンセリングには向いていないのではないかと感じる。「捨てはてて 身は無きものと思へども 雪の降る日は寒(さぶ)くこそあれ 花の咲く日は浮かれこそすれ」という西行の歌がある。つまり主観的にはこの世に何の未練もないようだが、雪が降れば寒いと感じてしまうし、花が咲く季節になれば、こころが浮き立ってくる。「実存は本質に先立つ」というけれど、実存のレベルでは、世を厭い、しかし本質の部分では、生命は生命として存続しようとする。映画『ライムライト』のカルベロの言葉を持ち出すまでもなく、「バラの花はバラとして咲こうとする。」それが単純で盲目的な生命の発露だ。誰もそれを堰き止めることはできない。ひとつの存在、ひとりの人間の中で、相反する衝動が分裂し、葛藤している。世を厭う自分、生きようとする内なる生命・・・カウンセリングは、「身も世も捨て果てている自分」と「花の咲くころにこころが浮き立って喜んでしまう自分」との間に、どのような折り合いを付けさせるものなのだろう・・・
2017.11.10
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