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・・・になるのは、我が家のちびちゃん。年を取ってから生まれたからかわいいと言うわけではないのだけど、私の妹は、私がちびちゃんをかわいがり過ぎだと言う。私的には初めの子が産まれた時のほうが、めちゃくちゃかわいがっていたと思う。今でも、お兄ちゃんがかわいくて仕方ない。私によく似ているせいでもあるけど。(因みにちびちゃんは父親似。=お兄ちゃんより美形)彼はさすがにもうべたべたしてきてくれないが、私は彼が嫌がろうとハグしてキスしまくる。もちろんちびちゃんはまだママっ子だから、ハグもキスもおにいちゃんよりする(できる)回数が多い。そんなに甘やかせているわけでもないのに、彼はよく泣くし、我が儘だ。次男はきかん坊とよく言われるが、そう言うことだろうか。それに兄弟姉妹が上に3人もいるので、皆が家にいる時は、ちびちゃんは母にあまり相手にされない。ほおっておいても一人で遊ぶし、お兄ちゃん達ともよく遊ぶ。最近は1から10を日本語と英語で言えるし、ABCの歌も少し怪しいがZまで歌える。どれの形が「A」だか分かる。バーニー(子供番組のキャラクター)の歌も、最初と終わりだけはっきり歌える。お兄ちゃんはロックンロールが好きだが、ちびちゃんはラップに乗って踊りまくる。チキンよりも胡麻ドレッシングがかかっているブロッコリーやレタスの方が好きだ。ジュースやミルクより、「みゆ(水)」が好き。おににり(おにぎり)は出かけるときの必需品(食)。もしかしたらお兄ちゃんより、サッカーが上手いかもしれない。(ボールをキックしながらひたすら走る。)内弁慶だから、外に出たら猫かぶりだったりする。お兄ちゃんをこよなく愛している。(お兄ちゃんが頂戴と言うと、彼は何でもあげてしまう。お兄ちゃんが頭をぶつけたりすると、すぐさま近寄り「よしよし」と頭をさする。)そして何故だか腹筋練習をするのが好きだ。父親が腹筋しているのを見よう見まねではじまったが、わざわざ小さいマットをだし、そこに横になると、足を押さえていろと催促する。それでも最近は結構頭が上がるようになった。とは言え、まだ頭の後ろで手を組めるほど、腕は長くない。(頭が大きい)それにしても2歳でシックスパックがあることほど、恐ろしいものはない(ないけど)。(もしあったら、すごく気持ち悪いかも)腹筋するけど、指はやっとチョキ(ピース)ができるようになった。こうやって書き並べてみて、数年後に読み直すと楽しいんだろうね。
2003年10月25日
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何故だか今までログインできなかった。パスワードを入れても、この画面に入れなかった。日記記入率も20%に陥り、覘いてくれていた方、ありがとう。先週の週末あたりからかな、とても心に安らぎがある。夫の冷たい言葉にも、子供の生意気な口答えも、あまり傷付いたり頭にきたりしない。いやー、楽だわ、これ。先週はちびちゃんが、一週間ずっと風邪を引いていた。前半はクループ(急性喉頭気管気管支炎)になり、夜中に苦しそうな咳をする度に起きて泣き、3日間はまともに寝れなかった。我が家ではこれまで、おねーちゃんが誰よりも先に風邪をひいていた。一年中再々風邪をひいていると言った方がよいかも。これと反対におにーちゃんは強い。赤ん坊のころから、家中が風邪をひいていても、彼だけが元気だった。家族皆インフルエンザにかかって、高熱で唸っていたとき、小学一年生の彼は一人で朝起き、朝食を食べて学校へ行っていた。私は長い間、これは母乳で育った子供と、母乳を飲まず育った子供の違いだと思っていた。うちのちびちゃんは、生まれて半年まではほとんど母乳。だのによく風邪をひく。生まれて2ヶ月目で風邪をひいたほど。高齢出産したせいではないだろう。ま、小さい頃たくさん病気をしたほうが、大きくなって強いと聞きますから、今のうちに苦労しておきましょう。あぁぁ、眠くてこれ以上続けられないので、おやすみなさい。
2003年09月24日
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9月って私の誕生月。何だか分からないけどウキウキする。別にプレゼントをもらうわけでもないし、パーティをする予定もない。年を一つ取るだけだ。年を取って喜ぶ年齢でもないけど、誕生日の日は妙に嬉しいのは何故だろう。また長い間、日記を書けなかったなぁ。先週はちびちゃんが熱を出した事から始まり、次の日におにーちゃんが下痢と嘔吐で一晩苦しみ、そしてまた次の日には同じ症状のおねーちゃんは、とうとう救急病院にまで行ってしまった。風邪から起こったものだと思うが、彼女は脱水症状を起こし、病院で生まれて初めての点滴を受けた。夜8時に家を出て、家に帰ったら午前2時だった。兄弟一人が病気になると、みんなに回ってしまうから親は大変。でもいつも兄弟の中で一番ひどい状態になってしまう娘が、私よりも、もっと大変なのかも。それにしても、学校の新学期が始まり、早くも3週間が過ぎてしまった。通学途中のスクールバスの乗り換えが楽しいと言っていた娘は、同じバスで通う男の子にいじめられ、昨日の帰宅後に泣いていた。私は彼女から泣いていた理由を聞き出すのに、とても手間取った。通学だけで往復4時間もかかるのに、その間が苦痛になると学校へ行きたくなくなるのではないかと心配し、私は解決策をいろいろ出したが、結局自分で何とかすると彼女は言った。確か数日前まで、いじめた彼は彼女にとって、楽しい仲間だったはずだ。それにしても、「お母さんには関係ないわ。」と振舞う娘を見て、私も彼女の年の頃、こんな態度を自分の母にもしていたのかと思うと、私と同じ寂しい思いをしていたんだろうなぁ。ま、娘も子供を持って始めて気付く事であろう。息子はと言えば、セキュリティーコントロールなるものになったりして、小学校の中をパトロールしているらしい。でもそのミーティングのせいで、テストが殆ど0点に近かったと言うのは頂けない。ところで息子がファミリープロジェクトと称し、家族と一緒にする宿題を持って帰った。それは、家系図を親と共に製作すること。紙に線を引いて名前を書くだけではなく、写真をはったり絵を描いたり、色を塗って個性的なものに仕上げなければならない。息子と二人で考えてると、私自身が楽しくなってきた。私の小学生の頃の得意科目は、体育と図工だけだった。子供達が寝静まった後に、一人で紙に簡単に家系図を書いてみた。書く前まではありふれた家系図を想像していたが、夫の家系図を書くとき意外な事に戸惑った。夫の家族の中には、父親母親がそれぞれ違う子供達が多い。夫と彼の兄弟も父親が違うし、夫の子供達、夫の兄弟の子供達も母親が同じではない。簡単に両親の名前の間に線を引いて、その下に兄弟姉妹の名前を書き連ねる事ができない。できあがった家系図は、何とも騒然としていた。それでも我が家はまだ簡単な方かもしれない。私の知っている子供達とその家族は、どうやってその複雑な家族構成をまとめるのだろう。何だかすごく悲しくなってきた。こんな世の中になってしまって・・・。ちびちゃんは相変わらず反抗期。だけど最近「泣かないっ!」と言うと、口を閉じて「うううっ・・・」と小声で泣くようになった。面白いほど皆の言うことも分かりだし、「うわ~、かしこいー!」と親ばかだけど感動することもしばしば。今日の驚いたことは、彼は胡麻ドレッシングかけのレタスが好きだった。大好きなのりたまごはんより、チキンのから揚げより、アンパンマンのお皿から、レタスが最初に全部無くなっていたのを見た母は、超感動したー!!!ちなみにその他の野菜は、いつも泣きながら食べているちびちゃんであった。
2003年09月05日
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9歳年下の妹が、渡米することになった。彼女の家族ごと永住予定だ。何だかとても複雑。もちろん妹と近くに住めるのは嬉しい。(と言っても飛行機で約6時間だけど)でも彼女のこれからの苦労を考えると、何だがやるせない気持ちなのだ。彼女は親が年を取ってから生まれたので、よくある話だが苦労知らず。彼女なりに苦労はしているだろうけど、話を聞く限り、まだまだ甘い。夫婦関係にしかり子育てにしかり、私も人のことは言えない立場だけど、彼女の世界は自分中心に回っている。なかなか自分の悪いところを認めない。すべて何かに依存している。そんな彼女は夫と子供と共に、アメリカ西海岸付近の砂漠で暮らさなければいけなくなった。もう父や友達の助けもない。でもこれで良かったのだろう。やっと夫にだけ頼って生活できる。もうブランド物も買えないし、余分な食料を買って無駄にできない。家族が近くにいるのは嬉しい。が、長電話をしないよう気をつけなければ。
2003年08月21日
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学校が始まって2週間目に入りましたねぇ。朝は5時40分に家を出て、娘と共にスクールバスを約10分ほど待ち、家へ帰って何かしているうちに6時半になり、息子を起こす。(うるさい目覚ましでも起きないので。)たまにちびちゃんも起きてくるが、起きてこないときは、7時45分に息子のバスが来たのを確認した後、どうせちびにすぐ起こされるのだが二度寝に入る。もうすぐ1歳10ヶ月になるちびは、今が一番かわゆい時と同時に反抗期。言葉数も増え、毎日何か覚えているらしい。誰が教えたか兄貴二人を指差して、「Bad boys!」と言う。お腹すいたら「ママ、食べよう!」私が家へ帰ってきたら足踏みをして喜び、「おかえり」ではなく何故か「おはよう」と抱きついてくる。TVから音楽が聞こえれば「見て、見て!」と言い、踊りまくる。バケツだろうが兄のパンツだろうが、「ぼうち(帽子)」にしてしまう。一番の良く出る言葉は「No!」。何に関してもNo, No, No。悪さをしていて私が叱ると、「No-」と言いながら物を投げたり、机の上の物を落として怒る。でもこんな態度をするのは母親の前だけ。小さくても誰が我が家でパワーがあるのかわかるらしい。父親の前では「No」どころか、「Yes, Daddy。」とおとなしい。彼の前では泣くのも我慢する。初めの息子の時もそうだったけど、ちっちゃくてもえらいもんだ。彼はお兄ちゃんと違って、我が強い。夫のような明治生まれの親父のようにはなってほしくないが、この自己中社会で生活していくには、ちびちゃんの方が生き残っていけそうだなぁ。
2003年08月20日
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日記記入率が、37%まで落ちてしまった。いやー、最近日中ほとんど家にいない。子供達とビーチのある湖へ行ったり、プール付きの友達の家へ行ったり、残りのバケーションをこれでもかと忙しくしている。子供達にとっては良いことだけど、私にとっては疲れが溜まり、夏休みが終わる日を楽しみにしている毎日。息子の進級テストや、娘の転校手続きなどで、小学校と中学校に何度か行った。小学校は車で5分とかからないが、中学校は娘をスコアの高い学校へ転校させたため、片道の渋滞無し(殆ど高速道路)で50分。(因みに学校が始まり渋滞になると、片道2時間弱はかかるかもしれない。)往復しただけで結構疲れる。娘は次の月曜日から、早朝5時50分に迎えに来るバスに乗る。家の真ん前には停まらないので、私は毎朝、彼女と一緒にバス停で待つ予定。6時前なんて、まだ外は真っ暗だからね。とにかく彼女にとっては、チャレンジの年。私が協力できるのは宿題くらいだな。でも、バスの中で済ませてしまっているかも。今までの学校の環境とは違うけど、自分をしっかり持って頑張ろうね。去年ホームスクールをしていた息子が、今年から学校に戻る。父親が息子を飛び級させたかったが、誕生日が学年区切りの月末(日本で言う早生まれ)だし、性格的にもおとなしいので、校長やその他の先生達にも飛び級しない方が良いだろうと言われた。その事に夫は反発し、息子を学校から出してしまった。おかげで私はプレッシャーとストレスの1年間。算数の好きな息子は、あまり私が教えなくても自分で先に進んでしまうが、私が殆ど日本語しかしゃべらないせいか、非常に英語が弱い。(私も弱い。)息子をホームスクールをしているアメリカ人の友達の所へ連れて行き、彼女の息子と一緒に英語の勉強をさせたりしたが、十分な勉強にはなっていなかった。先週、彼は小学校へ行ってテストを受けた。学校に行っていた頃には何も問題なかったのに、私が上手く教えれなかったこの1年で、なんと英語の成績が2学年も落ちてしまった。でも、おかげで夫に何も言われず、学校へ戻すことができた。災い転じて福となす・・・なんて楽天的。校長先生もその他の先生も、何も心配はいらないと言っていた。算数が英語とは対照的に、成績が3学年も上がっていたので良しとしよう。とにかく私は(ちびがいることを除いて)フリー!子供達が学校から帰ってくるまで、家事にいそしむ事にしよう。(嘘)
2003年08月08日
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夏休みも残り少し。焦っている訳ではないけど、毎日子供達と忙しく出かけまくっている。だから子供の寝静まった後の自分の時間が、眠すぎてネットを読むだけになっていた。明朝、息子を連れて学校へ連れて行かなければいけないのに、私は日記を書いていていいのだろうか・・・。本当は本を読みたいのに。シャワーを浴びたいのに。眠すぎて、頭に浮かんだことしか打てない。あああ。それにしても、私と娘の関係は悪化しているように思う。先日義理の弟家族の所から帰ってきた時、「あーあ、帰ってきたくなかった。」と言われ、私はかなーりショックだった。とりあえず、自分が彼女の年の頃を思い出し、とにかく何にでも反発したいんだろうと、勝手に解釈し気持ちを落ち着けた。長女は夫の連れ子である。私とはもう9年近く一緒に住んでいる。最初のうちは自分も日本人になりたいと、日本にとても興味を持ち、学校の発表でも日本のことをよく取り上げていた。私のことも学校の友達に自分の母だと、自慢するように紹介してくれていた。いつの頃からか、私のことをステップ・マザーと友達に言うようになり、近頃は友達に私が催促するまで紹介しない。まったく他人の振りさえする。去年13歳になったころから、彼女の不満や反発が非常に目立ち始めた。今は箸も使いたくないほどのアンチ・ジャパニーズ。以前は平気で食べていた日本食を、まったく手につけないことも多くなった。彼女が自分の心地良い場所へ帰りたがっているのは分かっている。その方が今より制限されることが少なく、彼女にとっては楽しい事が多い。私の目から見ると、ここにいる方が安全で間違った道に進みにくいのではないかと思う。油で汚染した海に入った鳥を、一生懸命洗っても、元の白さを取り戻さない。油の海の中にわざわざ自分の娘を投げ入ることはできないと、この前友達が言っていた。私も同じ気持ちだ。今の世は常識すら以前の常識とは違っている。間違ったことを正しいと言っても、それを指摘する人も少なくなった。でもだからといって、私が彼女を守れるなんて、浅はかな考えなのかもしれない。もしかしたら心地良い方へ帰ったほうが、彼女にとってはいいのだろうか。安全ではないように見えるが、それは私の考えすぎなのかもと、無責任なことを思ったりするようになった。だんだん疲れてきちゃったのかな・・・。子供に親がギブアップするなんて情けないぞ!と渇を入れてみたり。生意気なことを言う彼女に、やさしくなれない私は大人気なーい。いつになったら娘に愛の大告白ができるのだろうか。・・・何だか目が冴えてしまったなぁ。
2003年07月30日
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上の子供達三人は、二日前の木曜日から、義理の弟夫婦の家へ泊りにいった。もちろん末のちびは私と一緒だが、子供がワサワサいない分、母は母だけのために、毎日行動している。大きな羽が生えてしまったようだ。木曜日は友達の所にいりびたったし、金曜日は野外コンサートへ行った。今日も昼前から友達とテニスとおしゃべり。夕方からは、ちょっとした集会に行った。もし上の子供達が一緒なら、退屈な毎日で爆発していたかもしれない。特に長女は、私の友達との長話をひどく嫌っている。でもだんだん寂しくなってきたんだな。そりゃ子供3人も集まれば、毎日何かと問題は起こる。ただこの家の中の静まり返っていること。TVの音も遊んでいる声もない。早く帰ってこないかなー。それでも私にとってはちょっとした休息と、子供一人一人のことを考える良い機会だった。帰ってきたら一人ずつ、話をしてみようかななんて思う。私の読んだ本の中に、母親が子供一人ずつとの個人的な時間を持ち、各々子供に自分がどれだけその子を愛しているかを伝えた。子供達はそれぞれ、母親は自分のことを一番好きなんだと思い込んでいたらしい。私は子供達に、これといって愛の告白をしたことがない。母の愛を厳しいけどいつかは分かってくれるんじゃないかと、勝手に予想は立ててはいる。でも思いっきり自分の気持ちを表現するのもいいかもと、今日は思った母である。
2003年07月26日
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日本にも里帰りしてきたし、子供を連れて夫の里にも里帰りしなくては、と重い腰を動かした。夫抜き、車で2時間半の距離を一人で運転。ちなみにどうして夫抜きかと言うと、私の乗っている車は小さく、4人乗りの2ドアで子供4人と私でいっぱい。それに夫が行くと、ゆっくり友達と会えないからである。もちろん、怒鳴り声もなく平和に旅行を楽しめる。前日にハイキングをしたせいか、朝からやけに疲れていた。いきなりハイウェイで渋滞になり、遠回りをして予定より1時間半遅れた。義理の弟の家へ着き、義理の妹が90パウンド(40キロ)痩せていたのに驚く。もう50パウンド(22.5キロ)ほど痩せる予定らしい。(注:彼女は現在約80キロ。身長は170センチくらいある。)10年くらいの付き合いだが、いったい彼女に何がそうさせたのか・・・。私も見習わなければ!(痩せたいっ!)義理母へ電話をして迎えに行こうかと聞いたら、家から出る気分ではないと返事が返ってきた。母の住んでいる地域はあまり安全ではないので、できれば子供を連れて行きたくなかった。義理の妹が、ランチはバーベキューにするから一緒に食べようと言うので、彼女が買い物をして料理ができるまでの間、義理の母の所へ子供達と行ってきた。母のアパートの下へ車を止め、周りの様子を確かめて車を降り、子供達とできるだけ早足で母の部屋の前へ行く。家へ入る前に、最近再婚した母の夫に会う。挨拶もほとんど交わしたことがないから、最初は誰だかわからなかった。よく知らないのに悪いが、あまり親しくなりたくない雰囲気の人。母は少し痩せていた。相変わらず子供達の彼女に対する態度が不自然。子供達が祖母を好きではないのを、母は何となく気付いているだろう。母は精神安定剤を飲み、国の福祉(医療と生活費)によって生活をしている。彼女の子供達がいくら言っても、自分の生活環境を変えようとしない。私が初めて母に会ったとき、彼女の態度は素っ気無かったけど、美人ではないがきれいな人だと思った。その頃彼女には働き者で家持の恋人がいたので、彼女はいつもきれいな服を着、髪も爪も手入れが行き届いていた。彼とは結構長く一緒に住んでいたのに、原因はわからないが母はその家を出た。その半年後に、その恋人は癌で亡くなってしまった。久しぶりに見た母は、安全でない地域の汚いアパートに住み、髪もぼさぼさで以前より太っていて、差し歯も取れ、目も充血していた。私達夫婦はとてもショックだった。子供たちも驚いただろう。それから子供たちの祖母に対する態度が変わってしまった。母は息子達が一緒に住もうと言っているのに、自分は子供ではないのだから誰にも何も言わせないと、心配している家族を悲しませている。でも私にはたった一人残された母。いつも私に、いい嫁がいて嬉しいと言ってくれる。夫との関係で傷ついたとき、母の言葉で慰められたことも幾度かあった。嫌がる子供たちに、このような祖母の大切さを教えるのは困難だが、できるだけ皆と会いに行きたいと思う。義理の母の家を出た後、叔父夫婦(母の弟)の家を訪ねた。叔母は背は低いが、立っていてもお尻に子供が一人座れるくらい太っている。彼女は数年前に亡くなった、18人の子持ちだった母親の長女で、今はその大家族を一人で仕切っている。そして長女の特権で、お金持ちだった彼女の叔父夫婦(子供がいなかった)の遺産の大きな家に住んでいる。私達家族は直接彼女の家族ではないが、いつもファミリーリユニオン(家族親睦会)に呼ばれる。おばあちゃんが生きていた頃は、叔母の兄弟中心のリユニオンだったが、今は彼女や兄弟の子供たち中心だ。叔母には現在独身の息子2人、娘1人がいる。とは言え、長男に1人、次男に3人、娘に3人子供がいる。息子達が次々彼女や妻を替える度、その彼女や妻は叔母のファミリーになり、毎年どんどん親睦会の人数が増え続ける。リユニオンでは、元妻同士が集まり元夫の話をしたり、現在の彼女が元彼女に嫉妬したりで、いつも何らかの問題が起きている。私がいつも悲しく思っていたことは、帰る度に家族の中の若い女の子が身ごもっていることだ。一昨年、私が妊娠していたとき、同じように妊娠している15歳の少女が叔母の家に住んでいた。その女の子の母親が、彼女を家から追い出したそうだ。その母親とは、叔母の息子の元彼女。どうしてこんなことが日常化してしまうのか、誰も何かがおかしいことに目を伏せているのか、はたまたそれ事態わかっていないのか。今年は、誰も身ごもってはいなかった。現在叔母の最年長の孫は14歳の女の子2人。その下に3人の13歳の女の子達が続く。どうかその子達が困難な道を選ばないよう、私には祈ることしかできない。3時ごろにバーベキューが出来上がるだろうと、義理の弟の妻にはその頃帰る約束していたのに、弟の家に着いたのは4時だった。しかし私達とほとんど同時に、彼女は買い物から帰ってきていた。私は、自分の友達の家へ6時に行くと約束をしていた。6時10分前になってもまだ何もできあがっていなかったので、彼らにはまた次の日来るからとそこを出た。お昼ごはんをまだ食べていなかった子供たちは、バーベキューを食べれると待ちに待っていたせいで、友達の家に行く途中、皆機嫌が悪かった。友達(日本人)の家へ着くと、運良く彼女はバーベキューチキンを作っていて、私が持って行ったそうめんと一緒に食べた。半日のうちに、数件の家族の家を回ったのでその日はとても疲れて、すぐ寝てしまった。もっと友達と話をしたかったのになぁ・・・。
2003年07月19日
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今朝は我が家の息子二人と、近所の友達の女の子二人、そしてもう一人男の子を車に乗せ、教会のサマーバイブルスタディに連れて行った。うるさい二人がいない間に、長女と赤ん坊を連れて、日本の食料品の買出し。友達の旦那が息子達を、我が家へ連れ帰ってくる直前に帰宅。息子達が帰ると昼食を作り、食べ終わった後、お勉強タイム。赤ん坊をお昼寝させた後に、勉強を少し見てやる。珍しいことに勉強タイムが終わったと同時に、旦那が子供部屋に入ってきた。なんと「今からボーリングへ行こう。」と言っている。おぉぉぉぉ~。やっとその気になってくれたかー。でも車に乗るまでは緊張が続く。(ギリギリまでドタキャンの可能性あり。)ボーリング場へ行くと、お徳用パックを発見。2時間靴代飲み物ポップコーン4人までが31ドル。それに一人分加えて早速プレイ。2時間という時間制限があるため、緊張感のあるプレイが続く。(できるだけ多くのゲーム数をこなそうと、旦那が軍隊形式で休む暇なくみんなにボールを投げさせる。もたもたすると、怒鳴り声がとんでくる。)2時間5人で、なんと3ゲーム半できた。私的には、あまり楽しめなかったけど、子供は父親と出かけるのは久しぶりなので、とても楽しんでいたようだった。夕方6時過ぎに家に帰り、急いで夕飯の準備。子供達を食卓へつかせた後、また急いでテニスの仕度。7時半から家の近くのテニスコートへ、テニスのレッスンに行った。(ものすごく久しぶりで、超しあわせ!)9時15分頃帰宅し、自分の食事を済ませ、赤ん坊をお風呂にいれ、子供達を寝かせた。後はお風呂に入って寝るだけ・・・だけど、こうやってインターネットで遊んでいる。いやー、今日は充実してたー。毎日こんなだったら嬉しいんだけど。明日も早いから、早いとこお風呂に入らなきゃ。おやすみなさい。
2003年07月17日
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独身の頃からそうだった。自分の予定表に何も書いていない日があったら、何かで埋めてやろうと友達に電話をしまくったりした。結婚して子供が1歳2ヶ月になった頃から働き始め、それから数年間、仕事と家事に明け暮れた。次の子供を妊娠した頃、その会社がつぶれ、妊娠中ということで再就職することを断念。早速、英会話教室やいろいろな集まりに参加した。子供と二人であちこち行った。今回、日本から帰ってきた後、日本とアメリカでの生活のギャップというか、何故かすごい虚しさに襲われ、ウツというわけではないけれど、何もする気がしなかった。時差ぼけも手伝って毎日寝てばかり。こんなことでいいのかと思いながら、何かに反発をし苛々していた。今週から何となく動き始めた私。いきなり今週の予定表埋めてしまった。あー、久々の満足感がジワジワと湧いてくる。何も問題が解決したわけじゃないが、ただ行動に起こさないと何も始まらない。友達が私の予定を少し埋めたくれた事がきっかけで、重い腰が上がった。感謝、感謝。夏休みも残り1ヶ月。来週も予定を埋めまくるぞー!
2003年07月15日
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夏休みといえども、我が家では何も楽しい計画はない。母親の怠慢からきているというのもあるのだが、4人の子供達と外へ出るだけで、普段から寂しいフトコロも、もっと悲惨な状態になってくる。「お母さんのお気に入り言葉は『トゥー、マッチ』ね。」と娘は言う。子供達がほしいと思うものは、私にとっては何でも値段が高すぎるものばかり。(ナイキ物や、ゲームなど。)ガソリンスタンドに行くのも、1セントでも安いところにわざわざ行ったりする。(もちろん我が家の近くだけど)だから夏休みのキャンプなど、とんでもない。(アメリカの子供のための夏休みキャンプとは、いろいろな施設や団体などが主催していて、小学生は親の送り迎えが毎日必要な学校のようなもの。一人5日間で300ドルは安いほう。中高生になると長期宿泊キャンプもあるが、それらは一週間だと千ドル以上するものもある。)もちろん先立つものがあれば入れてやりたい。とりあえず、ただの教会のバイブルスタディキャンプで、子供達には我慢してもらったりする。どこかお金のかからない所へでも連れて行ってやりたい、とは考えてはいるのだが、2歳にも満たない子供がいると、なかなか面倒になってしまう。昨日の夜、夫が珍しく、「明日は子供達のために、何かをしよう。」と言い出した。私にしろと言ってるのかと聞くと、「僕達が。」と強く言っていた。何するつもり?と聞くと、「何したらいいかわからない。」と言うから、ボーリングしたいって前から言っていたよと言うと、早速決まった。ちょっと嫌な予感がしたので、長女にしかこの話はしなかった。夜の7時過ぎまで密かに動きを待っていたが、やはりいつものドタキャンだった。私は一日中黙々と待っていたので、(しつこく聞くと、夫は行かないと言い出す性格)溜まっていたものが爆発。子供達をつれて、もちろん夫抜きでレストランへ行った。「チープ」な私にはお決まりの、ゴールデン・コレルのバフェ(バイキング)。ステーキからアイスクリームまで、何でも食べ放題。ダイエット期間中のはずなのに、怒りと共に食べまくってしまった。そしてなんと「チープ」な私が、いつもより随分多目のチップを置いてしまった。稼ぎ頭の我が夫に対するリベンジのつもりだったが、(いつもお金を何に使ったかうるさい夫)自分の首を絞めただけだったような気がする。ああ、来週は何か楽しい計画でも立ててやらないと、嫌々させてる勉強にもセイがはいらないだろうなぁ。夏休みはまだ一ヶ月もあるし。家へ帰った私は、夫に食事をしたのか聞かなかった。洗濯をたたみながら寝てしまった私。夜中におきあがって台所へ行き、そしてふとゴミ箱を見ると、コーンドッグ(アメリカンドッグ)のビニールが捨てられていた。夫よ、いぢわるしてごめんね。
2003年07月12日
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この前日本に帰ったとき、今まで考えたこともなかったことだけど、恐ろしく不快に思ったことがあった。日本の実家では、いつもTVを見ながら夕飯を食べていた。ある日のことだ。いきなりセミヌードの女性のCMが出てきた。彼女は体に何も着けていなく、確かその女性の体をぐるっとカメラが捕らえ、どこもぎりぎり見えないようにはなっているが、オールヌードに近いものだ。8歳の息子がジッと見ている。すごく嫌な気持ちになった。ある時は、子供も見るようなお笑い番組で、笑いを取るためだが、男女が半裸でベッドにいる場面がでた。私はいきなりチャンネルをかえた。CMの内容にも幼い子供に見せるのには、考えさせられるものがあった。不倫問題を面白おかしくCMに使っていた。息子にどんな内容のCMか聞かれたとき、説明するのが苦しかった。もちろん、アメリカのTV番組はもっと露骨なものがある。だけど、子供達にはそのチャンネルを見ることは禁止されている。子供が見れるのはパブリックTV(NHKのようなチャンネル)、ディズニーや、アニメばかりのチャンネルだ。TVは子供にはちょっとまずいと思ってから、毎朝新聞の番組欄を見まくったが、(実家にはケーブルTVがない。)本当に子供が安心して見れる番組が少ししかなかった。アニメだと思ったら、気持ち悪いほどの殺し合い(戦い)をしているもので、息子も嫌悪を感じたらしく、すぐにチャンネルをかえた。私が子供の頃、どんなTV番組を見ていたっけ。アニメがほとんどだったような気もするが。こんなに子供に見せたくないものだらけだった?もちろん子供と大笑いしながら見れる番組もあった。それとも私はそれを普通と思い、何も感じなかったのかもしれない。アメリカのPG-13の映画でも、13歳の娘には見せたくないものがある。「友達が皆見てるのにー。」と言われても、私はどうしても見せることができない。子供を守るには限界がある。日本のように簡単に自殺をしたり、アメリカのように簡単に銃が手に入ったり、子供自身が何が本当は正しいのか、周りに流され惑わされないように、自分でしっかり見極めることができるまで、おかあさん、しっかり見守るね。
2003年07月11日
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今日は久々に、夫が爆発した。お兄ちゃんが叱られた。末の赤ん坊まで、その声が怖くて半泣きになっていた。以前の私だったらその後、お兄ちゃんを呼んで抱きしめて慰めた。でもそれは間違いだったことを最近知り、父親の叱ったことに賛同し、父親が彼をいかに愛しているかを伝えた。彼の心に父親を憎む心が生まれないように。我が家の夫は、とても愛情表現が下手。口では愛していると言うけど(1年に1回くらい)、行動がまったく伴わない。自分で経験がないから、仕方がないのかもしれない。私自身、父親が嫌いだった。母は私達姉妹が小さい頃から、私達に毎日父の悪口を並べ立てた。確かに父は子供の目から見ても、自慢できるような父ではなかった。父は幼い時に母を失い、戦争で両目の視力を失った父親を、9歳の頃から一人で養った人だった。そして母と見合結婚をし、自分の会社を立ち上げ頑張ってきた。そんな尊敬すべきところもある父なのに、私達姉妹は父の態度と母親の言葉で、父親を憎み続けてきた。今考えてみると、父は家族に対する考え方で、欠けているものがあったように思う。夫と私の父には、少し似ているところがある。(父親のような人とは結婚しまいと思っていたが。)母の父に対する悪口を嫌っていた私達姉妹は、絶対自分の子供達には同じ事をしないようにしている。ただ夫には(父にも)きつく叱り過ぎるところがある。どうしてもそれには賛成できない。でも最近、夫がしたことを否定するように、子供を慰めるべきではないと考え出した。子供の父親に対する恐怖や嫌悪を母親が消し、それは愛のある行動だったと、愛情表現の苦手な父親をカバーすべきではないだろうか。もし父親がそこまで子供のことを思っていなかったにしても、子供の心に生涯憎しみが残るよりは、偽りであっても、父親の愛を信じるほうが、子供にとっては幸せなのではないかと思う。現在私は、「お父さん、だ~い好き!」である。自分で子供を産んで、初めて親がどのように私を愛してくれたかを知った。母が癌だとわかり亡くなるまで、父は人が変わったようにやさしくなった。40年間頑張ってきた自分の会社も失い、もっともっとやさしい人になった。話しやすい人になった。私の父親を嫌っていた心の傷が、やっと埋まろうとしている。子供達には私のような傷をつけないよう、た~くさん夫を愛さなきゃだわ!
2003年07月10日
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毎日毎日、喧嘩する我が家の坊主達。11歳、8歳と年は近く、遊び方もほとんど同じなので、よく一緒に遊ぶ。最初のうちは放っておくが、弟が私に「ママー。」と泣きつくところから仲裁に入る。先に手または足がでるのはお兄ちゃん。弟の方は小さいころから「叩かれても叩き返さない」という私のしつこいほどの言葉をしっかり守っているので、彼から手がでることはない。でも手が出ない分口がたつので、姉や兄の怒りを倍増させる。彼には「スマートマウス、ビッグマウス」とうあだ名があるくらい。まず我が家の(母親から子供への)ルールは、必ず公平であること。暴力は断じて禁止。(小さいことでも)相手の失敗を笑わない。相手の欠点を指摘しない。ネガティヴな言葉(自分が他人から聞いて嫌な言葉)は、人に向けては絶対言わない。いつも愛をもって相手に接する。(簡単にいうと行動が相手にとってナイスかどうか)私にとっても実際実行するには難しい事だ。兄弟は喧嘩するのが当たり前と、少し前までは思っていた。でも最近読んだ本に、この世の中に憎みあっている家族がいかに多いか、家族が愛し合うことがいかに大切かということが書いてあった。血のつながりがいかに大切か、今小さいときにしっかり教えたい。自分の家族を作ったときに、それを心から大切にしてほしい。ただ喧嘩をせず我慢するというのではない。我慢はいつか爆発する。争いが起きた時、子供達と一緒にどうしてそんなことになったか、例えばどんな行動が相手を嫌な気持ちにさせたか、どうしたらお互いわかりあえるかを話し合う。憎しみは争いを起こし、嫉妬やねたみは戦争まで引き起こす。今この小さな家庭の中で、子供達が相手をいかに愛せるかしっかり練習して、この混沌とした世の中に愛をばら撒ける人になってほしい。でもまず私が行動を起こさなければね。夫よ、冷たくしてごめん。
2003年07月09日
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友達の家にプールがあるので行ってきた。あまり天気は良くなかったし、私には二歳前の子供がいるので、プールサイドで水遊びだけをするつもりで、水着は持っていかなかった。上の二人の坊主は早速水に飛び込んだ。我が家の長女より一、二才年上の友達の娘達も参加。うちの娘は何が問題なのか、水着に着替えて泳ぐことを渋っていた。ここ半年ほど反抗期の波が増してきているので、その一端だったのかもしれない。私の友達は、自分の思った事を実行するのが好きな人。最初から泳がないと言っていた私に、自分のTシャツと短パンを持ってきて着させた。思ったより水が冷たかったのですごく嫌だったけど、強引な方法だったにもかかわらず、結局浮き輪にのさばり水に浮かんでリラックスした私。彼女は私の娘をもプールに入れてしまった。かなり強引なところもあるけど、ずっと赤ん坊の世話もしてくれて、いい友達なんだよね。「プールの周りを走ったら危ない。」とか「人の上に飛び込んだら危ない。」などと、息子達に何度も注意をしていたら娘が、「あ~あ、何でもかんでも危ない、危ない。」と、独り言のように言ったのが聞こえてついカッとなった。友達に、この年齢の子は人前で叱らないほうがいいと言われ、後で娘に謝ろうと思ったけどできなかった。ごめんね、情けない母です。私も十三歳の頃は、彼女よりも生意気だったかもしれない。もっともっと愛を感じる言葉をかけなければいけないのに、自分の勝手な思いが強くてできない。本当は自分を強く見せたいだけかもしれない。中途半端な母親だよね。いつの日か心から本当の母親になれるよう、この彼女の大切な時期を見守らなければね。泳いだ後、友達にテニスをしようと誘われた。結構疲れていたけど子供達を彼女の家において、近くの公園まで二人で歩いていった。たった30分だけだったけど、年のせいかすごくハードだった。二人で荒い息の残るまま、歩いて帰った。帰ると彼女の夫が帰ってきて、私と話し始めた。彼女は夫がしゃべり過ぎるのを嫌っていて、私と彼の会話の途中でも日本語で話し掛けてくる。夫が今何て言ったのと聞いても無視して話す。二人との別々の会話を同時にするのはとても大変だった。彼は弾丸のようにしゃべるけど、相手を尊重するとてもやさしい人だ。もしこんな人が私の夫だったらといつも考える。でもこの奥さんだからこの旦那さんなんだな、と結論はいつも同じ。私だから私の夫なんだ。・・・と思ってはみるものの・・・。よぼよぼになっても手を離さないぞ!とまた強がってみる。
2003年07月07日
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いやー、良い映画だった。大好きなディンゼル様がディレクターだったし。これは実話らしいけど、いつも真実はTVで見るより悲惨だと、我が家の長男(夫)はよく言う。思わず彼(夫)の過去を想像し直してしまった。私には、理解したくてもできないのが寂しい。私もいつかは、最後にアントワンを呼んでいたおばあちゃんのように慣れれば素敵だなーとしみじみ思った。
2003年07月06日
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今日も一日中家にいた。里帰り後の時差ぼけも癒えずに、毎日頭痛が続いている。早くこの寝てばかりの生活を何とかしなくては。頭の中だけでは、あれもこれもしようと考えているけど、怠慢ママの私はなかなか行動にうつせない。いきなり3年ぶりの夫の友達家族がやってきた。3年間仕事の関係で日本に行っていた。すごく楽しかったよと言っていたけど、「半分日本人になった感じする?」と聞いたら、夫婦そろって「いやー、そんなことはないな。」と言っていた。ちょっと反応に暗い部分があったが、今度何があったのか詳しく聞いてみよう。我が家のちびちゃんは、1歳8ヶ月の男の子。昨日生まれて初めて散髪したら、なんだかやけに大人っぽく?見える。でもお父さんに最近おしゃぶりを捨てられて、夜中に寝言で「ビッキ-・・・。(夫はおしゃぶりをビンキーと言う。)」と言うのを聞くと、まだまだ赤ん坊なんだなぁ。年を取ってから産んだ子はやっぱりかわいいっ!
2003年07月05日
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家族(長男=夫抜き)で、花火を見に行ってきた。去年より小規模だったけど、やっぱり不景気だから仕方ないね。帰りが渋滞になるので、少し離れたところに駐車しようとしたら、銀行やお店のある一帯の駐車場の入口を封鎖し、駐車料金を徴収していた。土地の持ち主がやっているのだろうか。超田舎なのに、ダウンタウンの駐車料金と同じ金額。一生金欠でケチ主婦の私としては、渋滞に巻き込まれることを選択。でも途中で徒歩帰宅の人達見物で、子供達は楽しんでいたし(どんな子供達や。)、思ったより早く家に帰れたので良しとしよう。
2003年07月04日
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