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marnon1104 @ Re:筋と通り(05/03) New! まさにへぇー!と驚くばかりです。 大阪の…
danmama313 @ Re:筋と通り(05/03) New! 昨日あたりから楽天ブログの繋がりが悪く…
moto,jc @ Re:「存在の耐えられない軽さ」とヨゼフ・コウデルカ(05/02) New! おはようございます いつの時代になって…
marnon1104 @ Re:「存在の耐えられない軽さ」とヨゼフ・コウデルカ(05/02) New! 私が学校で習った社会では、「チェコスロ…
danmama313 @ Re:「存在の耐えられない軽さ」とヨゼフ・コウデルカ(05/02) 小説「プラハの春」は当時、チェコスロバ…
Feb 9, 2026
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カテゴリ: カテゴリ未分類
1974年にアメリカン・カルテットで初来日以来、180回以上の公演を日本で行っていて世界で最も多く来日演奏を行ったジャズ・ピアニストがいます。
1978年にはジャズ・ピアニストとして異例な日本武道館単独公演までやりました。
「即興演奏の魔術師」と評され、不動の地位を確立しているアメリカ人の天才ピアニスト、それは"キース・ジャレット"ですね。


彼は日本を非常に愛し、ソロやトリオなど様々な形態で来日してます。
そんなキース・ジャレットは気難しいことでも有名で、2005年の東京公演では来客の高度なマナーを要求してコンサートを一時中断、聴衆に説教する場面がありました。
2014年の大阪公演でも演奏を一時中断してます。
キース・ジャレットは1970年に「モダン・ジャズの帝王」と呼ばれたジャズトランペットの"マイルス・デイヴィス"のバンドに参加します。
マイルスグループ在籍中の1971年、ヨーロッパ・ツアー中に当時ドイツ・ミュンヘンの新興レーベルだったECMのオーナー"マンフレート・アイヒャー"と出会うのですね。
ジャレットは、1972年ごろからプログラムの一切無い完全即興によるピアノ・ソロコンサートを行うようになるのですが、ECMも積極的にレコーディングし、1973年にはブレーメン・ローザンヌで実際に行われたコンサートをそのまま収録したLPレコード3枚組の大作「ソロ・コンサート」をリリースし音楽界に衝撃を与えました。

このスタイルの実況録音盤第2作で2枚組のアルバム「ザ・ケルン・コンサート」はジャズのレコード、CDとして最も高い売上を記録したヒット作のひとつになり、ジャレットの名を広く知らしめた代表作になったのですね。
このケルン・コンサートを企画したのは当時アルバイトでECMのプロモーターをしていた"ヴェラ・バランデス(Vera Brandes)"と云う18歳の学生でした。
開催日は1975年1月24日。
会場はケルンのオペラハウス。

バランデスはジャレットのリクエストに応えて「ベーゼンドルファー」の「モデル290インペリアル・コンサート・グランド・ピアノ」を用意する手はずを整えました。
ところが会場スタッフが持ってきたのは、ベーゼンドルファーの異なるモデルのベビーグランドピアノだったのです。
さらにそのピアノはオペラのリハーサルに使われたあとで調律さえされていなかったのですね。
それでもなんとか調律できたものの、耳障りな高音と響きの悪い低音が残り、ペダルもうまく動かないという状態だったのです。
こんな悲惨なピアノでジャレットは演奏してくれるか?
しかしチケットは完売で後戻りできない...
運の悪いことに、ジャレットは公演に先立っておこなわれたスイスのチューリッヒ公演地から約563km 、5時間のドライブを終えたばかりでした。
数日間不眠が続いたために背中の痛みに悩まされてもいました。
彼は背骨を支えるために腰にサポーターを着け、深夜23時半にステージに上がったのです。
そして...彼はこの劣悪な環境と体調不良を押して演奏を始めたのです。
それは、これまで行ってきたソロ・コンサートと同様、事前の準備なしの完全即興。
曲名らしい曲名もついてない。
音楽的には、クラシック音楽のカデンツァに、ジャズの音階とテクニックを持ち込んだ内容とも云えます。
この完全即興演奏によるソロコンサートは録音され、キースのソロ・コンサートシリーズ中、最も人気の高い作品となったのです。
その革新性と美しさは、世界中で高く評価されました。
日本でもジャズ喫茶で本作のリクエストが殺到したそうです。
そんな話を映画にした「1975年のケルン・コンサート」が今年4月に公開されますね。
主人公はジャレットではなく、当時18歳だったプロモーター"バランデス"です。
このコンサート開催までの舞台裏を実話に即して描いた作品なんですね。

バランデス役を演じるのはドイツのフランクフルト・アム・マイン出身の女優"マラ・エムデ(Mala Emde)"。
日本では知名度ありませんが、2015年に「My Daughter Anne Frank」で主役のアンネ・フランク役を演じ、ドイツの新世代俳優として注目を浴びてる存在で、ドイツのTVドラマや映画を中心に活躍する女優です。
キース・ジャレット役は2007年に公開されたジョディ・フォスター主演「ブレイブ ワン」で映画初出演した舞台俳優"ジョン・マガロ"。
彼はベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品された2020年公開のケリー・ライカート監督「ファースト・カウ」で初めて主役を務めました。
2023年にはアカデミー賞にノミネートされたセリーヌ・ソン監督の「パスト ライブス 再会」で主人公の恋人役を演じてます。
物語は事実に基づいて構成されてます。
ドイツ・ケルンに住む音楽好きの高校生バランデスは、厳格な父親への反抗心もあり、来独ミュージシャンのツアーをブッキングするアルバイトを始めます。
持ち前のバイタリティを発揮して仕事が軌道に乗り始めた頃、ベルリンのジャズ・フェスティバルに出向いた彼女は、アメリカの天才ピアニスト、キース・ジャレットの演奏に衝撃を受けるのですね。
キースのケルン公演を実現させようと決意した彼女は、幾多の困難を乗り越えてコンサート開催に漕ぎつけるのですが...
コンサート当日、キースの希望していたピアノと異なる種類のピアノが用意されると云うトラブルが発生してしまいます。
開演時間が迫る中、キースは演奏を拒否し、コンサート開催が危ぶまれるがと云うストーリーです。
開催中止寸前のトラブルに見舞われるも、弱冠18歳の女性プロモーターの機転と行動力で実現したと云うことに着目した作品なんですね。




主演を務めたマラ・エムデの演技についてエンタメ業界誌「ハリウッド・リポーター」は、「ジャズ史に決定的な足跡を残したヴェラ・ブランデスを演じ『スター誕生』と呼ぶにふさわしい存在感を放っている」と絶賛し、昨年のドイツ映画賞で主演女優賞にノミネートされました。

ジャレットは1996年、イタリアでのコンサート中に慢性疲労症候群と診断され一旦は回復したものの、2017年にニューヨークのカーネギー・ホールで行われたソロコンサートを最後に活動を休止して療養生活に入りました。
2018年に脳卒中を2回発症して麻痺状態となり、左半身が部分的に麻痺。
そのためピアノ演奏に復帰できる可能性が低いことを本人が明かしてます。

映画「1975年のケルン・コンサート」本予告





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Last updated  Feb 9, 2026 05:24:08 AM
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