陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 3



女性が出た。

「はい、今担当のものに代わりますのでそのままお待ち下さい。」

「担当の川野と申します。」

「森川彩子と申します。新聞の求人広告を見てお電話しました。」

「そうですか。一度、面接に来て頂きたいのですが。来週、火曜日の・・・そうですね、10時半に人事部の方へ履歴書をお持ちになって来てくださいませんか。」

「はい。わかりました。来週火曜日の10時半に伺わせて頂きます。ありがとうございました。」

電話を切って彩子は独り言を言った。

「ふぅ、また履歴書を書かなくちゃ。」

面接の日、彩子はバーバリーのブラウススーツに紺のジャケットを羽織って黒のバック、黒のパンプスを履いて出掛けた。

地下鉄の階段を駆け上がると気持ちよく晴れた春の日差しの中へ出た。大通りを行く車、信号を待つ人たち。

緩やかな風に揺れる柳の葉。

「気持ちいい。」

大学四年生の時の就職活動と違って全く肩に力が入っていない。

どんなところなのか楽しみ。

物見うさんに出掛けるみたい。

研究所が入っている庁舎の前まできた。

「さてと、どこから入ればいいんだろう。」

人の流れに乗って、官舎の中へと入って行った。

民間会社のビルとは感じが随分違う。

何がと言われても表現が難しい。

中にはいるとひんやりした感じがした。

歩いているのはほとんど男性ばかり。

ロビーの部署案内を見ると、人事部は2階。

休養十分なので身のこなしも軽く、エレベーター脇の階段を上がっていった。


面  接


2階の廊下を行くと右手の2つめのドアの上に人事部と書いてある。

ドアは開けっ放しになっている。

中を覗くと、ドア近くの机に女性が座っている。

「失礼します。森川彩子と申しますが、面接に伺いました。川野さんはいらっしゃいますか。」

「はい、呼んで参りますので、こちらで少々お待ち下さい。」

その女性は奥へ入っていった。

奥を見渡すと一面窓になっていて木々の緑が美しい。

部屋の中には人気はまばらで時間がゆったりと流れている感じがした。

女性は、川野と思われる男性に話し掛けた。

川野は顔を上げ、彩子の方を見た。

彩子より2、3歳年上というところだろうか。

長身で、穏やかなそうな表情をしていた。

書類を手に持ちながら席を立ち、彩子の方に歩いてきた。

「森川彩子です。」

「川野です。こちらへどうぞ。」

川野の後について彩子は、部屋の奥にある応接セットへと通された。

「どうぞ。」

「はい。失礼します。」

「えーっと、早速ですが、履歴書を拝見できますか。」

「はい。」

彩子は、久しぶりに書いた履歴書を差し出した。

川野は、一通り目を通すと、「会社を辞められた理由を伺ってもいいですか。」と聞いてきた。

「体調を崩しまして、退職しました。」

「もう体調の方は大丈夫ですか?」

「はい。今はもう大丈夫です。」

「ここでの仕事は、補助的な仕事で、四年制大学を出た方には物足りないかもしれませんが、よろしいですか?」

『今はそれくらいがいいの。』心の中でつぶやいた。

「はい。」

「あと、臨時職員ということで、2年間が最長の勤務期間となります。その後はよろしければ他の関連機関をご紹介できます。後日、出勤していただく期日についてお電話させていただくことになると思います。あ、それとお給料は時給で、民間に比べて低いですよ。」

「はい。よろしくお願いいたします。」

庁舎の外に出ると太陽の光がまぶしく感じられた。

採用ってことなのかな・・? 銀座にでも寄ってランチして帰ろう。


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