陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 8




外は昼間の暑さが残っていた。帰り道、彩子と千鶴は一樹と毅と別れた後、カフェでお茶をした。

「ちづちゃん、どうだった?結構、我が儘っぽい感じだよね?なんか、エリートを鼻に掛けてるっていうか。断ってもいいんだからね。無理してつきあう必要ないんだから。」

彩子もこの日まで余り一樹のことをよく知らなかった。

でも、話している内に一樹の我が儘っぽい感じが気にかかっていた。そんな男を友達に紹介してしまったことを少し申し訳なく思っていた。

「うう~ん。私、つきあってもいいと思っているの。我が儘って言うか、かわいい感じじゃない?」

彩子は、千鶴の答えに少し驚いた。大学時代の千鶴の彼を思い出しても一樹と全く違うタイプのさっぱりした長身のスーツマンだったからだ。

「いいの?・・・。じゃあ、来週、そう言っておくね。うまくいくといいね。」

「うん。」

二人はたわいもない話をしながら表参道を歩いた。大学時代のように。二人は新宿まで一緒に行き、そこで別れた。違う私鉄に乗るのだ。

月曜の朝、彩子はいつも通りの時間に研究所に着いた。まだ一樹は来ていない。

どういうふうに言えばいいのか考えていたが、一樹から話してくるのを待つことにした。

けれども、いつまでたっても一樹から何も言ってこない。昼食の時、社食で一樹を見かけたので思い切って彩子は聞いてみた。

「田中さん。橋本さんどうでした?」

「どうもこうも。僕は、落ち着いた感じじゃなくて話しやすい子が好きなんだよね。静かにされるのは苦手なの。」

「じゃあ・・・。」

「食事代払ってよね。1人、6千5百円だから2人で1万3千円。」

「・・・・。」


ゴメンナサイちづちゃん

彩子は言葉が出てこなかった。

断るなんて。断られても断るなんて!

自分のことわかっているのかしらと、喉まで言葉が出てきたが、分かっている訳ないかと言葉を飲んだ。

呆れて物がいえないとはこのことかと、彩子は思った。

と、同時に千鶴になんと言ったらいいのかと心が重たくなった。

家に帰って千鶴が帰ってきた頃を見計らって電話を掛けた。

「あ、ちづちゃん?帰ってた?疲れてない?」

いつもの台詞をいってから、

「今日、田中さんと話したんだけど、呆れたよ。キャピキャピしたのがいいんだって。全く!そんなのがお望みなら私に頼まないで欲しいわよね!私の友達にそんな軽い女はいませんよって。自分のこと分かっているのかしら。・・・・。」

彩子はまくし立てた。

「・・・。いいのよ、彩ちゃん。ありがとう。」

「ごめんね。嫌な思いさせちゃって。私が相手の本性をちゃんと知らなかったから。」

「大丈夫。彩ちゃんのせいじゃないし。」

「今度また食事行こう。そうだ、ワインのおいしいお店知っているでしょ?どこかいいところ考えておいて。」

「そうだね。今月は無理かな。来月の初めなら時間あると思うよ。」

「わかった。楽しみにしている。」

「じゃあ、おやすみ。」

「おやすみ。」

彩子は千鶴の大人の対応に感謝していた。


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