陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 52




3日後、病院の乳腺外科へ彩子は隆に連れられて行った。

そこでは、胸に刺激を与えるとよくないので、マンモグラフィ(X線検査)ではなく、超音波で調べることにした。

左胸の17時の場所。

超音波検査のあと、MRI検査も行われた。

その画像を見た後、医師は二人は、部屋へ呼んだ。

「超音波画像で見た限り、しこりの大きさは、約1cmになっています。また、胸骨の脇のリンパ節にも転移している可能性があります。胸骨傍リンパにもしこりが認められるのです。」

「転移って、それは、どういうことでしょうか?」

隆が口を開いた。

隆もその質問をするだけでやっとだった。

彩子は、もう真っ青になり、手が震えていた。

「直ちに、摘出手術をして、化学療法を行います。そして、胎児の成長度を見て、帝王切開で出産し、詳しい検査をして、全身治療するか、先ず、出産されて、検査、化学療法、手術を行うかです。」

「ちょっと待ってください。赤ちゃんはどうなるんですか?」

「今、説明したとおり、出産は、できます。ただ、普通分娩は、無理です。赤ちゃんが正常に発育していけるようになったらすぐに、取り出さなければなりません。」

もう、彩子は、そこまで聞いているのがやっとだった。

「妻は、今、このような話を聞ける状態ではないと思います。一旦、自宅へ戻って、私が、聞きに来るというのでよろしいですか?」

隆は、彩子の様子を見て、これ以上、ここに彩子を座らせて置けなかった。

「いいえ、大丈夫。聞かなくちゃ。私、聞かなくちゃ。」

「彩子。今の君には無理だ。」

「先生、私、死ぬんですか?」

「現在、そのようなことを申し上げられる段階ではありません。まず、手術をして治療を始めることが重要なのです。一刻を争うのです。治療法も日進月歩で、治療している間にも新しい、治療法や薬が開発されています。ですから、早く、治療を開始しなければならないのです。」

「今の、治療法では、どのくらいの生存確率なんですか?」

「彩子、やめるんだ。そんなこと聞くのはやめろ。」

「私と赤ちゃんの命に係わることなのよ。聞かなくちゃ。」

「赤ちゃんは、大丈夫だって。今は、彩子の体のことだ。」

「私、治るの?どのくらいで治るの?どうなるの?」

隆は、一旦、彩子をアパートに連れて帰った。

彩子は、一点を見つめたまま、助手席で身動き一つしなかった。

部屋に着くと、彩子は、ベッドルームへ駆け込んだ。

そして、ベッドに横になって天井を見上げた。

目からは、涙が流れていた。

黎は、母親のただならぬ様子に不安そうだった。

「ママ。」

「黎、ママはちょっと疲れているんだ。いい子だから1人で遊んでいられるね。パパ、ちょっとママと話をしてくるから。」


襲ってくる恐怖


隆は部屋へ入っていった。

「彩子。大丈夫だよ。赤ちゃんも君も。先生も言っていただろう。赤ちゃんを産んで、君は治療を受ける。家族で頑張っていこう。新しい家族も増えるんだぞ。黎だって、君が頼りなんだ。これから生まれてくる子供だって、君を頼りに生まれてくるんだ。君が、自分の病気に立ち向かっていってよくならなくちゃ。僕ら、家族はどうなるんだ。そうだろう。」

「隆。私、怖い。どうして、どうしてなの?どうして、こんな病気になってしまったの?私、何か悪いことした?」

「そんなことないさ。君は、僕らをこんなに幸せにしてくれているじゃないか。」

「じゃあ、どうして?」

「彩子。一緒に頑張ろう。」

「隆。」

彩子は、隆の胸の中で嗚咽を上げ泣いた。

隆の卒業の5月までまだ4ヶ月ある。

出産後の治療も考え、彩子は、すぐに帰国することにした。

彩子の両親も、隆の電話に驚き、狼狽したが、彩子と新しく生まれてくる子供への支えとなることを心の中で決意していた。

隆は、彩子と黎を連れて、帰国した。

彩子も、隆の支えにより気持ちをどうにか前向きに持って行こうと決めた。

何よりも、生まれてくる子供と黎と隆のため。

家族のために。


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