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何事もなかなか思うように行かなくて、ドキドキしたりシュンとしたり。言わなきゃよかったって思う言葉を吐いても、もう後の祭で、なかなかイイように事が運ばない。怒らせたり、困らせたりするつもりはなかったのに。考えなしな自分の発言に反省と後悔。次に生かすにも、次があるのだろぅか…。ダメな時は、何をやってもダメなんだな…
2006年06月05日
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朝、店のopen準備をしていたら、 さっきはわいて集めたゴミの中に、 白いホワホワしたものがありました。 なんだろうと思って拾い上げたら、 白いホワホワしたものは種子を付けたタンポポの綿毛の様でした。 人間は、子孫繁栄の為でない事で種子を飛ばす事があります。 結局いらないと捨てる事があります。 タンポポの綿毛は、多くの子孫を残す為に、子孫を飛ばします。 それなのに、こんな固い、フローリングの床に落ちてしまうなんて、 ただ枯れ果てるだけなんて、 なんだか不憫でなりませんでした。 ゴミの中ならそのホワホワした綿毛をとっりあげて、 裏庭の芝生にそっとおいてあげました。
2006年05月26日
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よく行くBARにて、よく会う中学の美術教師の方との話。 彼はSaturdaynightにまた会おう~♪と歌って帰る、素敵にニヒルなオジ様で、私の呑み仲間の1人。 『スローベリーの好きな学科は何だった?』という話題になった。 私は何より国語が好きで、他の授業には発揮しない、集中力を国語にだけ向けていた。 話の流れで、俵まちさんの詩の話になった。 《地ビールの・バブルの如し・秋の夜に・百年経ったら・だあれもいない》 この詩を、お前なりに解釈してみてくれと言われ、私は私なりに解釈をしてみた。 美術教師のオジ様とは全く異なる解釈を。 私はその人の解釈に、その人の人生の重みと、俵さんの偉大さにただひれ伏すだけだった。 《地ビールの・バブルの如し・秋の夜に・百年経ったら・だあれもいない》 あなたなりの解釈を、よかったら私に教えて下さい。
2006年05月24日
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兄が就職し、家を離れて約2ヶ月。 2日に1回は呑みに行っていたBARも、兄がいないと何故か楽しめない。 見かねたマスターが慰めるけど、 《お兄ちゃんはいつかいなくなるんだよ。》の言葉が頭から離れない。 兄だって私だって、時期が来たらお互いに伴侶を定め、それぞれの家庭を築くんだと分かっていても… お兄ちゃんはいつまでも私だけのお兄ちゃんでいてほしい。 ワガママな妹なのでした
2006年05月21日
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職場と会社が準備した駐車場は、歩いて5分くらい離れた距離にある。 そんな道すがらに、梅の木を植えた民家がある。 3月くらいには、なんとも言い難い香りをはなって、白い素敵な花を咲かせ、私の目と鼻を楽しませてくれていた。 雨もシトシト降っていたのに、そんな事はお構いなしに、凛と空に向かって花を咲かせていた梅の木に、艶っぽい女性像を連想させられ、 “女に産まれたからには、こんな梅みたいに艶っぽい女になりたいものだ”と劣等感に似た感情まで抱いてしまったw 今日通勤がてらその木を見ると、丸々と大きな青い実を付けて、今にも落ちそうに、枝が下がって来ていた。 ただで花を散らさない。 散ったからには実を結ぶ。 艶っぽく、でも逞しい。 梅のような女になりたいものだと、やっぱり今日も梅に劣等感を抱いてしまいましたとさ。w
2006年05月18日
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私が勤めてる職場は、最近よくある郊外のショッピングモールのようなもので、いろんな分野のお店が軒を連ねている。そんな訳で、職員の休憩所はおのずと共同になっていたりする。うちの職場のお隣さんは、美容室で、たくさんのおしゃれさんがその休憩所で仕事の合間にプカプカ煙草を吸っている。そんなお店の店長さんは、若くてちょっとポッチャリ系。(個人的には癒し系w)大概の職員さんとは“おはようございます”“お疲れ様です”以外の言葉を交わさないのだけど、その店長さんだけは、私を見つけると「あっ!」と優しげに微笑んで、何かと話題を出して来て、話し込む事が多い。他社の人なら、無愛想でも“隣なだけだし”と思って流しても何もないと思うけれど、気にかけていろいろ愛想よく話してくれるととってもイイ人だなっと好印象を持つ。それって、どんな職種の人にも共通して大切な事だと思う。職場は違えど、学ぶ事って沢山☆せっかくのお隣さんなんだし、学べる事は沢山学ぼう♪
2006年05月17日
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湯船につかるのが基本ですね!!久しくシャワーだけの生活をしてましたが…やっぱり湯船に浸かると疲れもほぐれますねお風呂最高っ
2006年05月15日
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私が産まれる以前、兄が産まれる以前から、うちは共働き。幼い頃は、帰りの遅い父母の為、兄妹で家事を分担して手伝っていたのに、中学・高校と帰りが遅くなっていくに従って、回数は減っていき、今ではノータッチを決め込んでいる。毎日のように疲れて帰ってき、食事の準備をする母に、幼心に感謝の念を抱いていたのに。その感情は歳を追う度に消えていっている模様。近頃は更年期障害に指しかかった母は、毎日のように、身体の不調を訴えている。そんな母に、仕事のグチしか言わない私。帰りが遅くなる事を理由に食事を一緒にとる事も無く、平日休みが基本のせいか、なかなか顔を合わせる機会がない。というのは、言い訳に過ぎず、どうにかすれば、もっともっと時間を共有できるはず。「母の日なのに、兄からは電話の1本もなく、娘の帰りは毎日遅い…。」疲れた顔で呟く母の言葉が胸に痛かった。。。これからは、少しでも一緒にいて、色々と手伝ってあげよう。明日は久々の休日。1日遅れになるけれど、父母に得意料理でもプレゼントしてあげよう。毎日の、感謝を込めて。
2006年05月14日
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近頃仕事が失敗続きで、やってる最中に先輩にパスしてばかり。失敗してお客様に迷惑かけるよりはマシなのかもしれないけれど、そのまま成長せずにいたら、私はいらなくなってしまう。“言い訳とは、溺れそうな人間にとっては浮き輪。掴まっている時は溺れずに済むけれど、そのまま離さずにいたら、そいつは泳げないままだ”って、ギャルサーで言ってた。ちょっとバカにして見ていた番組だったのに、胸にグサっと来る物があった。責任を放棄して、誰かに押し付けて、失敗の責任を問われる事はないし、間違いを正される苦痛は感じずに済むけれど、このままで社会人ですって胸は張れない。失敗を犯す事は、できれば避けたいし、無くしていかなければならない事だけど、それを恐れて放棄してしまう事は、しちゃいけない事。ちょっとずつでも、成長しないとな…。
2006年05月13日
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日付も変わろうとする今頃になって、空は我慢できず、ぐずり出してしまった。。。鬱陶しいと言われてばかりの雨も、私が存在さえ認めたがらない彼らにとっては、恵みの雨・生命の雨になっているよう。犬猿の仲とか、天敵とか言われるように、生き物には合い入れない存在と言うのがある。それは人それぞれで、昆虫だったり、上司だったり、他人にとっては愛玩動物と呼ばれるものだったりする。気持ちの持ち様で、それらは克服できるのかもしれない。でも、DNAから拒否するものは、どうしようもない。。。これから夏が終わるまで、私と彼ら、カエルとの戦いは終われない。今年も長い戦いの火蓋が切って落されたようだ…。
2006年05月12日
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仕事でも、それ以外の人間関係でも、億劫さを隠しきれないでいる。しなきゃいけない事、やろうと思っている事は明白に見えているはずなのに、それを指摘されるとイライラして何も言われたくないと思ってしまう。私、何がしたいんだろう…。
2006年05月11日
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『我が家には子供が3人いる。』これは、兄が母によくボヤく台詞私と兄と、それから父。いつまでも子供心のなくならない父に、いつからか呆れ顔の兄妹は、母を慰める時よくこの言葉を掛ける。これと言って尊敬に値する事を日頃から行わない父の、尊敬できる事は、誰に対しても‘ありがとう’を伝える事。ありがとうの内容は大した事ではなく、物を取ってくれてありがとうとか、お風呂洗ってくれてありがとうとか、そんな些細な事 友人についさっき。お前にはいろいろと思いもつかない相談をされるおかげで、いろいろと気に掛けない事について考えさせられる。助けてるつもりで、ほんとはいつも助けられているのかも。ありがとうと言えるのはその位だけどといわれた。彼はとても日本語が下手で、意図を読み取るのは難しい。それでも、お前のおかげで違う視点で物事をみれるようになれる。という言葉は気恥ずかしいながらも嬉しい。かく言う私も、日本語が下手だ。父の様にさりげなく、友人のように気さくに。大切な人々にありがとうを伝えたい
2006年05月07日
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昨日は幼なじみのお兄ちゃんの結婚式? 優しいだけが取り柄のお兄ちゃんと、しっかり者でひょうきんなお嫁さん 6年半の交際の末、2人はみでたく結ばれました。 ヤンキーばかりの披露宴は、ちょっと異質だったけど、みんながすごく2人を愛していると感じられる披露宴でした? 酔っ払いの泣き上戸と化したおじさんの挨拶は、みょうちきりんで、野次も沢山出たけれど、つられてみんなが泣き笑いするくらい、愛が沢山溢れてた? そんな2人からブーケを戴いてしまった身としては、いつか彼らのように、全てが笑いに変わってしまうような結婚生活を送れる人を見つけようと思う?
2006年05月07日
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昨日は県外就職した高校の友人も含め、2年ぶりの再会を果たした楽しくて、楽しくて、理性もふっとんで、学生のノリで騒いでしまったそれぞれが、肩の力を抜いて、ただ保護されながら育った時間を共有し合っていると言う事は、すごくすごく価値のある存在なんだと実感…。でもやっぱり2年という時間は確実に過ぎていて、変わっていないと思っても、みんな少しずつ変わって行く。それぞれが、それぞれの友人との確執を持っていたり、変わってほしくない・変わりたくないと思う気持ちの板ばさみにあっていたり。無常であり続ける事は不可能で、それが分かっていても、理解できなくて、楽しくて、心の奥がちょっと痛む友人達との再会でした。それぞれの仕事のグチ。それぞれの恋愛模様。それぞれの結婚観。これからもずっとずっと、生きていく限り変わらないけれど、この友情が無常でありますように。そお願わずにはいられない、私の大事な友人達。どうか、みんなが幸せになりますように
2006年05月06日
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