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礼拝の後、クリスマス祝会がもたれました。(工事中)
2007年12月23日
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2年生の長男くんが、学校の図工の時間に作った作品を持ち帰ってきました。題して「へんな公園」です。なかなか、凝ったつくり。子どもたちの、自由奔放で、豊かな想像力と感性には新鮮な驚きを感じさせられます。もうすぐ2学期もおしまい。
2007年12月18日
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教会で、午後の時間、キッズ・クリスマスが開かれました。教会の子どもたち、そして近隣の子どもたちとクリスマスをお祝いする楽しいひと時を過ごしました。教会学校高学年のお友だちが、ミュージックベルで、きよしこの夜を演奏しました。竹井先生の腹話術。 ごうちゃんとのかけ合いに一同、大笑い。
2007年12月16日
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昨日・今日と、福島第一聖書バプテスト教会の佐藤彰先生をお迎えしての伝道集会と教会研修会が開かれました。先生ご自身が牧会なさる中で、いろんな人が、いろいろな方法で教会に導かれたり、教会員の方々が、いろんな神さまのお取り扱いを受ける様子を、生き生きと語ってくださいました。佐藤先生ご自身が、そのみわざの目撃者として、神さまの恵みと栄光に驚かされている、そんな雰囲気さえ感じられました。昨日の集会の後、5分ほど、佐藤先生と会話する時間がありました。先生はこんなことを語ってくださいました。クリスチャンは、ややもすると、まじめにしているクリスチャンだけが恵みを受けられると勘違いしてしまうことがある、でも、神さまは、よい人にも、そうでない人にも等しく日の光の恵みを注いで下さる、神さまの恵みは、~したから与えられるものではない、ということでした。(もちろん、だから、あえて何もしなくてもいい、というのではなくて、恵みを獲得する手段として、~する必要がない、という意味で)確かに、佐藤先生のお話には、とてもまじめな教会生活を送っていたとは言えないのに、家族の癒しを通して、神さまの恵みと、生きている神さまの真実に触れ、根本が変えられた、というような人が多く出てきたことと、そして、その変化が、その人をして「私ではないんです」と告白させる、そんな話とつながってきました。恵みの世界に踏み出したばかりですが、それでも無意識的にですが、知らず知らずに、ちゃんと教会に行ったり、聖書を読んだり、みことばを守ることで、「恵みを獲得しよう」と思っていたことを、神さまは、佐藤先生との短い交わりの中で知らせてくださいました。生ける神さまに感謝します。
2007年12月09日
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ちょうど今日から、一日一章聖書日課が詩篇に入ります。 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。 悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。 まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。前回、読み進めた時から3年あまり。前回は、作者が、喜怒哀楽というナチュラルな感情の起伏を、自分でコントロールすることなく、神さまに申し上げていること、その過程を経ることで、つくり出したものや仮想ではない確信や平安にたどり着く、その様子をそのまま記録した書のように感じました。 落ち込みの中で、フラッシュのように全く違う世界が広がった瞬間だ、と思える箇所に、聖書に書き込んだV字の矢印がずいぶん増えました。数か月前から、CGN TVや、キリスト教放送局FEBCの小林和夫先生の詩篇のメッセージをネットで聞いています。小林先生のメッセージを聞きながら、詩篇を通して、ますます霊、もしくは霊的な背景に目を向けさせられています。これから4か月、また、どんな神さまからの祝福をいただけるのか、とても楽しみです。
2007年12月01日
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