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2023年7月30日(土)手術の1日の記録 その3です。退院と看護師のアドバイス看護師さんが私をクリニックの下まで送ってくれました。その際に、今日からしばらくは階段は使わず、エスカレーターやエレベーターを使用するようにアドバイスされました。また、電車でも手すりを掴んでバランスを取ることや、優先席を使うことも勧められました。特に点字ブロックのある場所などでは、注意深く歩くようにとのことでした。看護師さんの親切な対応に感謝です。途中の食事の選択と服薬帰宅途中でお腹が空いたので、食事をすることにしました。何店か見て回った結果沖縄料理の店に入ることにしました。消化に良さそうなメニューを考えながら、ゴーヤチャンプルー定食にしました。プラス100円でジューシー飯(沖縄の炊き込みご飯)に変更できたので、それにしました。ゴーヤチャンプルにはもやしがたくさん入っていて、美味しかったです。また、きゅうりの漬物やもずくが入ったお吸い物、そしてジューシー飯もまた、具材がたくさん入っており、美味しかったです。ゆっくりと食事を楽しみ、その後には持参していた薬を飲みました。帰宅への移動と買い物食事後は、支払いを済ませて駅に向かいました。電車の乗り継ぎを経て、最寄り駅に着きました。駅から10分ほど歩いて、まず近くの薬局に立ち寄りました。洗剤や歯ブラシ、プルーンなどの必要な物を買いました。帰宅と休息今日は非常に暑かったので、帰宅後はすぐにエアコンをつけて少し横になりました。ゆっくり過ごしながら、アイスやお菓子を食べました。それから、近くの公園で盆踊りが始まったのを見つけました。せっかくなので、近くの食堂で食事をしてから見に行きました。松月堂という、夫婦で営んでいる昔ながらのそばや定食が食べられる店です。ハンバーグともりそばのセットを食べました。食後に向かった盆踊りはとてもにぎやかでした。 盆踊りは翌日もも18:00〜20:00の2時間、 開催されるようです。
2023.07.30
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手術の1日の記録 その2です。目覚めと手術後の反応目が覚めたときには、手術はすでに終わっていました。ゆずの曲が聞こえていたことをうっすらと覚えています。眼鏡をかけていなかったので、時計の時間をはっきりと確認することはできませんでしたが、恐らく昼前だったと思います。痺れ感の変化とゆっくりとした回復「手が痺れていますか?」と看護師に尋ねられ、私は「少し痺れてます」と答えました。再び眠っても良いと言われ、そのまま横になりました。その間に痺れも大分とれていきました。手術後の対応と飴看護師が私に声をかけ、「痺れはどうですか?」と尋ねてきました。「だいぶ良くなりました」と答え、看護師が差し出してくれた水を飲みました。そして、「飴舐めますか?」と再び尋ねられ、「舐めます」と答えました。いくつかの種類の中からマスカットの味がした飴を選びました。立ち上がり、取り除かれた脂肪を見る少し時間が経った後、「起きられそうなら起きてみてください」と言われ、私は起き上がりました。取り除かれた脂肪の量を尋ねてみました。「見ますか?」と医師に尋ねられ、私は見ることにしました。それは赤っぽいオレンジ色でした。グラム数を聞くと左69g 右124gで右の方が倍位だったと言うことに少し驚きました。右の方が多く脂肪が残っていたということでしょう。移動と休憩室での休息その後、私の荷物を持ち、隣の部屋まで歩いて行くように指示されました。その際、立ち上がるときなどには血圧が下がる可能性があるため、注意するように言われました。次に、部屋の角にある椅子に座るように促され、テーブルの上にはお菓子、飴、ストローのささった2つのコップに入った水、そして呼び出しボタンが置かれていました。食事と休息「何か食べられそうなら食べてください」と言われ、塩っ気のある何かが食べたくなったので、そのお菓子を選びました。お菓子を食べた後、ゆっくりと休む時間を持ちました。しばらくして、呼び出しボタンを押して、水を紙コップ2つ分もらいました。トイレと帰宅の準備その後、13時頃にトイレに行きました。立ち上がるのは少し時間がかかりましたが、問題はありませんでした。その後、さらに2つのコップ分の水を飲み、帰宅の準備を始めました。バストバンドの使用お菓子を持って帰るかどうか尋ねられ、食べられそうなら持って帰るようにと言われました。また、帰り道に水を飲むようにと500mlのペットボトルをもらいました。バストバンドの使用についても説明を受けました。基本的には、シャワーを浴びる時と寝る時以外は1週間着けるように指示されました。週末の予定と薬の服用についての注意、仕事この状況を考えると、週末の県外出張の予定を見送った方が良さそうだと感じています。早く手術を受けておけば良かったと少し後悔しています。薬の服用についても注意点がありました。ここで食事をしても良いし、家で食事をするなら、薬と薬の間隔は6時間以上あけるべきだと言われました。仕事については、明日の様子を見て判断しますが、多分問題なく大丈夫だろうと思っています。ただし、念のために気心が知れた先輩に事情を話しておこうと考えています。
2023.07.29
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音声入力をして、Chat GPTに校正と小見出しをお願いしました。手術の準備と確認病院に着いたのは9時25分ごろ。受付を済ませ、診察に向かいました。いくつか説明がありました。主に緊急の連絡先と薬についてでした。一通り説明があった後で同意書にサインと電話番号を書きました。特に他に医師から説明が必要そうなことはなかったので、こちらからも質問をいくつかしました。回復期間と生活上の質問 荷物の持ち運びは?「荷物を持つのはいつから大丈夫か?」と質問すると、回答は「1週間程度ですが、様子を見ながら」とのことでした。運動は?次に「運動はいつからできるのか?」と質問すると、「2週間程度からバンドが外れる頃から」との回答でした。飲酒とシャワーは?「飲酒は許可されているのか?」という質問に対しては、「本日は飲酒は禁止。お風呂も含めてシャワーもダメ。毎日というわけではなく、1週間ほどです」との指示がありました。手術前の心配事来週の職場のレイアウト変更の手伝いを快諾したことが心配になりました。理由をちゃんと伝えられないから、ぼかしてしまいましたが、週明けに先輩に相談してみるべきだと思い始めました。手術室への入室会計を済ませ、トイレに行った後、手術を行う部屋に入室しました。10時ごろだったでしょうか。個室のトイレのドアノブのそばのサインが目をひきました。「注意 恋心と扉は急に開きます」見事なキャッチです!まず、上半身を脱ぐように言われ、上着を脱ぎました。靴下はどちらでもいいと言われたので、脱ぎました。 次に、医師が来て胸にマーキングしました。 それ以外の準備は看護師さんが行ってくれました。マーキングが終わったらベッドに仰向けに横になり、右手で血圧を測り、右の指で酸素飽和度も測定しました。点滴は左腕から始め、リラックスする薬を入れると言われました。手術開始前の音楽選びそして、手術が始まるまでYouTubeで音楽をかけると聞かれました。「ヒゲダンの曲はちょっとなんか今の気持ちには合わないかも」と思ったので、爽やかな気持ちになれそうな「ゆず」を選択しました。その後、色々とゆずの曲が流れていました。「夏色」が流れたのは特に記憶に残っています。手術前半の記録はここまでです。手術の経過や後半の様子については次回のブログ投稿でご紹介します。
2023.07.29
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今日2回目の投稿です。手術のため東急東横線直通の副都心線急行で病院に向かっています。やっぱり、手術は非日常なので、思考が日常から非日常にシフトすると、いろいろと普段浮かばないエピソードも思い出しますね。カミングアウト歴をざっくりと振り返ってみます。◾️最初は大学1年19歳の時、秋口頃だったと思います。信頼のおけるサークルの大先輩でした。4月に入部したそのサークルの活動を通じて、いろいろな悩みも共有しました。その中で、それまで誰にも話したことがなかった悩みを話したいと思ったのです。2人でゆっくり話ができるタイミングを見つけ、何度も話すかどうか迷っては後ずさりを繰り返し、ドアノブに手をかけたことを思い出します。たしかあの時は原付バイクに乗っていたので、着いてすぐに部屋に行く勇気がなく、近くでエンジンを切って、原付を押していったような気がします。そして、どんな言葉で打ち明けたか、詳しく覚えていませんが、相手の目は見れなかったと思います。打ち明けた後、受け止めてくれた優しい言葉と笑顔は、今でもとてもよく覚えています。この最初の一歩があったから、この次の一歩も踏み出すことができました。大先輩のF先生には本当に感謝しています。たった1人でも、近くに理解してくれている人がいるだけで気持ちが楽になり、心が強くなりました。◾️次のカミングアウトは数ヶ月後です。2006年、僕が大学1年生の12月末です。父が亡くなった後、母に打ち明けました。母に打ち明けられたのは1人目の先輩に話した経験で得られた勇気と、亡き父がくれたきっかけでした。「〇〇(僕の名前)は、男になりたいと思ってるんじゃないのか?」父が亡くなる前、母にこう話していたそうです。その父の言葉をきっかけに、母とじっくり話す場が待て、僕は言葉を絞り出すように、途中もう泣きながら打ち明けたのが思い出されます。2006年12月→2023年7月、16年半の月日が流れて、今、僕は男として就職し、戸籍上の名前、性別を変え、元気に生きています。続きは手術を無事に終えてからまた書きます。
2023.07.29
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この楽天ブログでの日記「日々前進」がスタートしたのは2006年3月21日、僕が大学生になることが決まった頃のことです。誕生日の数日前だったので、当時18歳ですね。https://plaza.rakuten.co.jp/potential/diary/200603210000/当時も今も公開で日記を書いていますが、この日記は、あるカテゴリーの内容に進捗があった時だけの更新になっています。こんな間が空いた更新スパンでも、無料で更新でき、無料で過去のブログが残って見れる楽天ブログに感謝です!◾️今日、10年前の手術の修正手術を受けます。振り返ると本当にちょうど10年前、2013年の7月19日が手術でした。https://plaza.rakuten.co.jp/potential/diary/201307200000/どんな手術でも、手術が手技的にうまく行くかの成功と、その後の生活を経てみての手術をやって良かった成功があると思います。10年前の当時は26歳、あれから10年、 手術をして、生活のクオリティ、メンタル面、 ものすごく改善されたので手術は成功でした。◾️もう何の手術か書きますね。10年前、僕は乳腺摘出手術を受けました。乳首の下をUの字に切開して、そこから乳腺を取り出す手術です。血液の流れなどの関係で、少し脂肪を残す必要がありました。その残した脂肪は、半年後以降に後から吸引することができるとのことでしたが、したいしたいと思いながらなかなかできないまま、10年が経ちました。◾️最初の手術の当時(昨年まで)住んでいたのは富山県で、手術を行う病院は東京の自由が丘。平日に休みを取ってこのために東京に来ることがなかなかできませんでした。昨年の夏から転職で東京に引っ越すことになり、修正手術ができそうと認識に乗りました。2022年2月17日、今の職場の採用面接の後、病院の予約を入れていましたが、立ち寄ることができずまたもや延期。。。2023年4月3日、仕事を16時で終わる時間に変更し、ようやく病院に行きました。予約を入れるのも、1カ月近くは待ちがあったと思います。◾️受診をして、その日に手術の予約を入れました。手術は最短で7月10日前後の火曜か土曜。仕事の締め切りと、決まっていた7月14〜16日の富士登山の予定を外し、手術日を決めました。7月29日、つまり今日が手術日です。10年前の乳腺摘出手術も、5年前の手術も、図らずとも、同じく7月でした。2013年7月19日(金)自由が丘で乳腺摘出手術2018年7月25日(水)石川県金沢市で金沢で子宮全摘出手術+卵巣摘手術、2023年7月29日(土)自由が丘で胸の脂肪吸引手術ちょうど5年おきになっていることに驚きます。こう見ると、結果として、これが、僕のペースだったのでしょう。◾️今回のオペは、周囲の誰にも話しませんでした。でも、無事に終わったら話そうと思います。その時のために、このブログに、ログを残しておきます。ここまで書いたの所感として、今、思います。このオペにかかる、私の悩みがなければ、今の仕事にも就いていないし、富山にも引っ越さなかったし、東京にも来ていないです。今の私の結果は過去のすべての種まきの結果ですね。あらためて支えてくれるすべてに感謝します。ありがとう!◾️今、朝の7時15分です。朝9時半に病院に行きますので、8時頃に家を出ます。今日も元気に行ってきます!!
2023.07.29
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