東方見雲録

東方見雲録

2023.08.25
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カテゴリ: 文化
2006.08.25の日記 こちら


代々木八幡宮の由緒
代々木八幡宮は、建歴2年(1212)に源氏ゆかりの荒井宗裕が、源氏の守り神である鶴岡八幡宮の分霊をまつり創建したと伝えられます。

代々木八幡宮所蔵の文化財
絵馬「代々木八幡縁起絵」(渋谷区指定有形民俗文化財)
絵馬 伝「神功皇后之図」(渋谷区指定有形民俗文化財)
代々木囃子(渋谷区指定無形民俗文化財)
代々木もちつき唄(渋谷区指定無形民俗文化財)
代々木八幡遺跡と石器時代住居(渋谷区指定史跡)

代々木八幡遺跡と石器時代住居
この遺跡は今から四千五百年程前の、石器時代中期を中心に栄えたもので、標高32、33mの幡ヶ谷丘陵の南方に突き出した半島の端に位置している。当時、この前の低地は海の退きはじめた沼のようなところで丘のうしろは一面、カシやナラの森で、そこにはシカやイノシシなどの動物が多く当時の人達はそれを採ったり木の果を拾って、見はらしの良いこの丘の上で永く住みついていた。
昭和25年渋谷区史を作るため発掘研究が行われたが、そのときには、地下30cm位のところから沢山の遺物が発見された。
土器は縄文式時中期の加曾利E式の鉢や壷が一番多く、その他わづかではあるが、前期の黒浜式や諸磯式、後期の堀ノ内式、加曾利B式なども出たから、前期にはじまり、中期に栄え後期までつづいたことがわかる。
石器としては石斧、石槌、石棒、石鏃、凹石、皮剥などが発見されている。
この発掘のとき、地下80cm位の下のローム層の上に当時の住居(竪穴家屋)の跡が一個分発見されたので、その上に当時のままの家を組み立てて作ったのが、この復元住居である。この家は直径約6mの円形にローム層を約20cm堀りくぼめ、その内がわの周に高さ1m60cmの柱を10本程立て、その柱の頭に桁を横に結びつけ、その桁に椽を21本周から葺き寄せて、屋上で円錐形に結び合せ、この上に萱を葺いて作ってある。屋上の南北には煙出しを作り東側には入り口をその東側の貯蔵室の跡にはここだけ椽を葺き出し中央部には爐の跡がそのまま残してある。貯蔵室に堀り埋めてあった大型土器と爐の中に置いてあった底なしの二個の土器は別に保存してある。この家の内は冬は屋外より十度温かく、夏は十度程涼しいし、内でたき火をすれば数時間で床面は乾いて案外住み心地が悪くない。使った木材は当時の附近の森相から考えてカシ、クリ等枯葉樹にした。(渋谷区教育委員会掲示より)

引用サイト: こちら










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Last updated  2023.08.25 00:00:12
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