全9件 (9件中 1-9件目)
1
![]()
時々、ブログにコメントをくれる15年前の入院仲間のお姉さんの家へこの機会に遊びに行った。主人が今なら6月いっぱいまで休みなのだ。あ、何故かを書いたっけ?6月から新しい職場で、今の職場は有給をくれてるの。で、おかげで引越し後の片付けもスムーズに終わり、助かっている。6月からはきっとまた主人は忙しくて気持ちも不安定な日々が続くだろうから、その前に、「お姉さんのところに会いに行きたい。」と思った。お姉さんのブログhttp://plaza.rakuten.co.jp/puukichi/javascript:void(0);[グッド] ぷーちんのロケットhttp://homepage2.nifty.com/pu-chin/お姉さんに会うのは、うーん、かれこれ15年ぶりくらいでしょ??会うきっかけになったのは、年賀状にブログをやってると書いてコメントするようになって、機会があったら会いたいと思うようになって、で、念願かなって会えた!!静岡じゃ、隣の県だし、遠くない。お土産は何を買おうかなぁ・・なんて考えるだけでワクワクしてた。でも、最近は天気が悪くて嫌だね。せっかくの久しぶりのお出かけの日も、雨だった。晴れてくれたっていいじゃない。行きの東名は厚木インター付近で事故渋滞とのことで少しだけ混んでいた。でも、順調に到着し、まずはお昼をインターの近くのラーメン屋で食べる。このラーメン屋が、神奈川では知られていないけど、ラーメンでなくて、とにかくボリュームがすごくておかずがめちゃくちゃ美味しかった。一番亭そして、住所だけで、家の電話しかメモしてなかったのか?・・私・・携帯も持ったばかりで、いまいち使い方もなれない・・でも、ストーカー??夫婦だから、家のすぐ傍まで行かれた。久しぶりで、電話して、あれ?声もこんな風だっけ?なんて思いながら、家の場所を訊いて辿りついた。雨が降ってたので、すぐに家へ案内されて、二人で緊張しながら・・・でも、すぐに、いつもの調子で??馴染んで話してしまった・・・主人は緊張気味で固まってたけど・・これもいつものことで、この人は初対面の人にめっぽう弱い。でも、慣れてくると面白い人だよなぁ・・お姉さんのご主人に私は入院時代に何度か会ったことがある。多分、数えるくらいだ。その時に、きっともう、結婚することが決まってたんだろうなぁ・・当時、高校生だった私は当時20歳ちょっとのそんなお姉さんを羨ましく見ていた。で、その当時、お姉さんに会いに来る彼の名前に「磨」と言う字が使われてるのを知って、「これは何とか「麿(マロ)」みたい。な感じですね。」と言ったのがキッカケで、それ以来、「マロ」と呼んでいる。・・・(勝手に)無礼も変わらずか?上の子はお兄ちゃんだからちょっとだけしか話してないけどすごくかわいかった。下の子はとにかくすごくかわいかった。でも、下の子はちょっと障害があるから、きっと、気持ちはすごく大変だと思う。「あなたのお母さんの気持ちが分かるよ。」と、何度もお姉さんは言ってた。・・・うちの母??結構、私のことこき使うよな。。でも、いつも、一番に心配してるよなぁ・・お姉さんが、「あなたが入院してた時、あなたのお母さんが言ってたことがその時は分からなかったけど、今はこういうことだったのかなぁとか思えることがあるんだよ。」「宜しく言っておいてね。」「はい、伝えておきます。」まぁ、そんなこととか、いつも私達が結構、喋るのが多いけど、もう、喋る間がないね。・・・マロが面白くってさ!!もう、何を話したとかは忘れちゃったけど、とにかくすごく仲の良い夫婦だった。趣味はアウトドア??!!とにかくお金をかけないで楽しむとか言ってて(間違ってたらごめんなさい。)虫の居ないキャンプ場に年に何度も行くらしい。私達もアウトドア、嫌いじゃないし、どっちかというと好きだけど私も主人もいつも主立ってやる人じゃない・・誰か居ないと出来ないからなぁ・・主人は家に帰ってきてから、「いいなぁ、あぁいう考え方!」なんてすごく言ってた。マロはあと「こいつが俺らに付き合ってくれるのも5年じゃん!!」と言ってた。「若い時は早く年取って隠居してぇ・・と思ってたけど、今、40になったら、ずっと働きたいと思うね。」だって。とにかくずっと笑って楽しいひと時を過ごした。これは長男が作ってくれたケーキ。すごく美味しかった上に、お土産に残りを頂いた。6時ごろ、別れた。来る時、2時間ほどだったので、帰りもそれくらいだと思ってた。甘かった・・東名高速で事故主人がチラッと「5キロ1時間」と案内がでているのを見たらしい・・私はボーっとしてたから、そんなことにはもちろん気付かず、間もなく、車は停まってしまう・・トンネルの先で事故。御殿場大井松田を抜けるのに3時間ほどかかった。疲れた・・主人が大井松田で降りてしまい、ココスで夕飯。本当は早く帰りたかったな。でも、1国であとはのんびり帰宅した。最後の渋滞でものすごく疲れちゃったよ・・でも、楽しい一日だった。
2006.05.27
コメント(2)

主人が次は「母さんを呼ぼう。」と言うので、今日は義母が来る。母が来たいと言って急いで片付けをして以来休みがない・・また、慌ただしくなんとなく片付けをする。主人が横須賀へ迎えに行く。25日だからか、道がとても混んでいたとのこと。壁紙を変えたことを義母にはなにも言ってなかったので、「すごくきれいだね。・・・」との問いに主人が声を詰まらせて最初は適当に答えていたのを、結局、「天井以外、ほとんど変えたんだよ。」と答えていた。「母さんの知り合いのTさんじゃ一人でやるから、おぼつかないじゃん!」「それにガスも廻旋してなかったですから・・」私も援護した。「結構しただろ。」この人は、いつもいつでも、金のことしか言わない。お金のことで心配なら放っておいてくれよ。私はあんたに振り回されて、大損したんだ・・あ、でも、人には、結果的には「家が手に入ったんだよ。」「良かったね。」と言われるけど・・結果です・・苦労しての・・・結果です・・ 苦労しての・・生き返って・・ 苦労しての・・ 主人の横暴に耐えての・・ 結果です・・それで、昼食を近くの華屋与平衛で食べた。美味しくてお勧め。帰りももちろん送っていこうと思ってた。それなのに、「電車で帰りたい」と言い出した。駅までは元気な成人の足で18分ほど・・義母の足じゃ・・でも、歩くと言うので、駅まで3人で歩いて、ついでに少し商店街を見た。「見たい」と言ったのに、何も買わずに電車に乗って帰っていった。主人はまた、以前アパートに二人で居た時と同じように「やっぱり心配だなぁ・・でも、同居はうまくいかないもんなぁ・・」とか言う。はぁ??私だけに責任があるんですか?あなたね!何度も言うけど、あなたが義母に対してものすごく冷たいんですよ。それで、義母が腹を立てて?私にあたるんですよ!!私は誰に対しても結構冷たいですから。で、誰に対しても割りと優しいと思ってるけど・・私はもう一生一緒に暮らさないなんて言ってないよ。暮らさなきゃならない時は暮らす覚悟はあるってことだよ。でなきゃ、二人で3DKには住みません。
2006.05.25
コメント(0)
久しぶりに髪を切る暑くなってきたしバッサリ言っちゃおうかなぁとちょっと前から思っていた。ウザッタイ気分も全て晴れやかに・・・失恋したわけじゃぁない・・・片付いたなぁという気分一緒に行かなくても良かったけど、主人が美容室の場所を教えてあげると一緒に駅のほうへ来てくれた。こんなに優しい人だった??いつも私以外の女性の名前を呟いていなかったっけ?・・・しかも、また、1年ぶりに髪を染めた。まぁ、白髪も出てきちゃう年頃だし・・気分、気分、真っ黒よりちょっとだけ軽くしただけ。解放されたいんだよ。で、美容室へ行って、「15センチぐらい切りたい」と言ったら、「いいんですか?」と、ちょっと驚かれた。私を担当してくれた女性はちょっと小太りだけど、私は若い人だと思っていた。嘘をつけない性格ですから・・ホントに!!なんか若い感じがして、私より若いんだろうなぁと思ってた。私の髪を切ってく間に「いいよ!似合うよ。クセっ毛がいい感じだよ。」と、何度も誉められてなんだか嬉しいやら恥ずかしいやら・・「ホントにパーマをかけてないのに、かけたみたい。」とか言われた。染める時に、若い男の子も手伝ってくれて、ナンカの拍子に「引っ越してきて、落ち着いたから髪を切りに来た。」と話して、以前は横須賀に居たと話した。で、喋りだすと話しちゃう人だから・・なんか、私、二人に若く思われてるなぁ・・と思ってたから、自分の歳を言うのを躊躇してたけど、「何故、横須賀?なぜ、ここへ越してきたの?」なんて訊かれると・・「えっと・・実は結婚してて、実家が平塚で中間のここを選んだんです。」と終わらせちゃった。「横須賀は主人の実家で、二人に若く見られてるなぁと思ったから言うのを躊躇してたんです。」と、言ったら、「え?結婚してたの??でも、20代でしょ?」と訊かれ・・・・・・「今年、30になっちゃいました。・・・」そうしたら、その男の子も「若いですよ!」と言ってくれた。ありがとうその男の子は大磯から通ってるとのことで、私の実家が平塚というのを聞いてすごく話し始めた。で、お世辞じゃなく、担当の女性に「でも、あなたも若いですよね。私より若いと思って、だから、余計に躊躇してたんです。」「え?!!7だよ。」「37。私が美容院に言ったら、こんな若者向けの雑誌は出てこないよ!」だって・・・「もう、このカット代、無料にしてあげたいけど、それはできないからなぁ・・」だって・・気持ちだけで、すごく嬉しいです。しかも、商店街以外で安い店を教えてもらった。私ってそんな奴。。。地域のことは地域の人に聞かなくちゃ!
2006.05.24
コメント(0)

確か・・多分この日は保健センターへ行った。私は特定疾患の受給者証を保持している。その住所変更を区の保健センターにしに行った。ま、保健センターだろうと思って・・行ったら、「特定疾患の住所変更なんですけど・・」と言ってるのに、「お子様のですか?」と訊かれた・・・どうせ、私は誰がどう見ても元気ですよ。で、「私のなんです。」と答えた。慣れてるから・・変な顔してた。2回、死にかけたけど、何事もなかったかのように車の運転も出来ますから・・ツイテルンデス!で、住変の時、保険士さんから、「お話を伺わせてもらいます。」と言うので、簡単に・・・あ、これからというか、暇な時に書こうと思ってるけど、子供の時に泣くと動けなくなってしまったこと、ずっと親に言わなかったこと、高1のときに倒れてしまったこと。右脳と左脳、バイパス手術をしていること。その後、運動をしても全然倒れなくなったこと、で、車の免許も取ったこと。でも、2002年にバイトをしてたら、倒れてしまったこと。2週間も記憶がなかったこと。ざっと話して、各所で驚いていた。え!手術してるの? え?親に言ってなかったの?え?2週間も記憶がなかったの?私が言うのは「えぇ、ツイテルンデス。」「うん、ツイテルネ。親の前で倒れたから良かったよ。そうでなかったら分からなかったよ。」「はい、それは皆に言われます。」「それに、すごく明るいよ。こんなに明るい人はいないよ。(多分病気持っててだと思う)だからいいんだよ。」「ありがとうございます。」で、帰った。帰りのいたち川沿いはなんとなく心地よかった。あ、栄区役所の人はすごく感じが良かったよ。
2006.05.22
コメント(0)

もう、一週間以上もたってるけど・・そんな訳で、18日は大船駅へ、母を迎えに行き、駅ビルのルミネで、母がお昼をおごってくれた。なんかよく食べているハンバーグで私たちにご馳走してあげたいとのこと。つばめグリルすごく美味しいハンバーグだった。でも、主人とずっと前に食べたことがあるよねと話した。いつのことかも覚えてないくらい前だ。18日は雨がひどかったので、3人で歩いてすぐのカラオケへ行った。翌日、また、雨だった。今月は本当に雨ばかり・・今日は、私たちが暮らし始めたところの周りにはスーパー銭湯が数多くあるので、それらのどこかに行こうと思っている。一番近いのは スーパー銭湯・田谷歩いても15分くらいじゃないかな?次は。。。車で15分?? 湯乃市私は温泉成分が濃くて一番お勧め!? 極楽湯ものすごく混んでてちょっと懲りたけど、もう一度行って見たいお風呂の王様で、今日は3人で湯乃市へ行くことにした。とりあえず片付いたので二人でのんびりできる日も出来た。人に振り回される生活も終わった。何も考えずに風呂にのんびりと入った。夕飯は私たちのお勧めの??スシローゴメンネ・・こんなのしか奢ってあげられなくて。お風呂と夕飯を奢ってもやっすいねぇー・・帰ってきて皆が寝た頃に私はパソコンの設定をコソコソやってました・・
2006.05.20
コメント(0)
全然更新できなくてごめんなさい。18日にだいぶ片付いたので母が遊びに来ました。カラオケに行って、近所を散歩。それにしても雨続きで楽しめなかった・・でも、いい家だねとすごく言ってくれた。
2006.05.19
コメント(0)
やっと新居でのパソコン、繋がりました。で、なんとなーくは片付きました。出費ばかりかさむけど、まだまだ欲しいものはある・・でも、食器棚は買いました。転職大好き主人は、6月から新しい職場で働くんですよ!!今のところは有給を消化させてくれて、(珍しい)引越し後からずっと家に居る・・引越しは8日でした。おかげで私は助かっています。こんなに家の事をやってくれる主人を見るのははっきり言って初めてです。片づけやらごみ出しやら・・ものすごく助かってます・・一つだけ不安なのは6月から新しい職場が決まってるけど、そこにきちんと通ってくれるかどうかです。・・・神に祈るばかり・・そうそう・・これはあくまでも偶然なんです。私たちのこの引越しも新居探しも全て成り行きで住むところさえどこでも良かった。と、いうのは、もし長く読んで下さっている方が居ればわかりますよね・・ただ、以前から何度も私の日記に登場している、主人と出会ったとき、私は「お兄さん」が好きだった。と書いている。その人が、そういえば、この私たちが成り行きで住むことになった、ここに割と近いんじゃないの?なんて思いながら、片付けてる時にパラパラと年賀状をめくったら、「え!??同じ町内??!!かよ!」と、自分ですごくビックリした。ホントに偶然だ。主人に言ったら、なぜか怒られた。・・・で、「仕方ない、引っ越すか・・」なんて言ってた。本当に偶然なんです・・ だって藤沢あたりを探してたじゃん。小田急線沿線を探してたじゃん!なくて、なぜか紹介されたのがここだったんじゃん。母に言っても、驚いて、ビックリしてた。しかも、「怪しい」といわれた・・怪しくないのを一番知ってるくせに!今は、私はもっと変人が好きだもんなぁ・・女っぽいとかダメ人間とか・・でも、とにかくいい人・・この前、冷蔵庫を仕方なく買ったんだけど、その配達の男の子が礼儀がしっかりしてて、ものすごく良かった。そんな訳で、??大船での生活が始まりました。
2006.05.18
コメント(0)
昨日の昼、友達がリサイクルの店へ行くと云うので一緒に行くことにした。ついでに食器棚を見て参考にする。今はいいのがあるよなぁ。友達はDVDなどを売ってた。私はそのDVDコーナーで黄泉がえりを見つけて「あ、じゃあ、ホテルビーナスもあるかなと眺めてたらあった!買う気はなかったのに友達が「あ!もうあるんだ」と言い一緒に見ようと買ってくれた。なんとなくラッキーその後久しぶりにリビンで買い物をして、友達の家でお好み焼きをした。赤ちゃんも居るし、長居するつもりはなかったのに友達が「話を聞くよ。」とこの大変で辛い毎日のことを聴いてくれた。とにかく誰にも干渉されない生活を送りたい。ただ、この一連の出来事で一つだけ良かったことがある♪私が倒れてしまったのも含めてだけど、私達夫婦はすごく仲良くなった。とにかく絆がすごく深まった。あんなに何もかも反対し、私ばかりを扱き使ってたのと同じ人と思えない。で、そんな色々を話している内に主人がまた転職をすること、今の施設の社長が施設の看護婦と不倫していて職員みんな、気持ちがバラバラなことなど話した。何だかんだでも更けて、帰るのイヤだなぁ…と思ってたら泊まっていきなよ。と言ってくれた。義母に連絡するには遅すぎる。もう、とっくに寝ている。もういいや‥。勝手に泊まっちゃお。ここまで来たら怖いものは無いよなぁ。で赤ちゃんの顔を見ながら眠った帰宅したら義母も別に怒らず、いつ帰って来るかわからないからとお昼を作ってくれてた。ま、主人の為だけど。でも、普通に接していればご飯とかを作ってくれていい人だった。まぁ口は悪いけど。私が人に何かをして貰うと心よく思えず余計な事してさと思うから上手くいかないのか?何にしても、義母には主人しか見えていない。そんな訳でホントに横須賀生活を終える。明日は引っ越しです。
2006.05.07
コメント(0)
昨日から横須賀で暮らし始めた。ずっと、呼んでくれている人はご存知でしょうが、私達は2ヵ月前にここを追い出されたのだ。 でも、荷物はそのままでいいと云うので、逃げるように私の実家で暮らしていた。 引っ越し先も正式に決まり、横須賀で最後の梱包をする。 義母に今朝は起きるのが遅いと言われ、腹が立つ。昨日は主人が夜勤で3時頃出て行ったあと、一人で片付けていたのに…主人の昼に間に合うように買い物も行った。 一番ムカついたのは、私の母に電話して「若い二人がお世話になりました。」と挨拶していたこと?はあ…! だいたい、あんたのせいなんですけど! でも、後で何はともあれ、ちゃんとお礼の挨拶をしていると云うことは素晴らしいことだと考え直した。義母にとってもやりきれない2ヶ月だったに違いないのだから。
2006.05.03
コメント(0)
全9件 (9件中 1-9件目)
1