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ついに1年最後の日がやってきた。今年は波乱の幕開けだった。修論がうまく書けず、修士の学位を取れなくなる危機に陥った。しかし、H准教授のおかげでなんとか学位をとることができ、修論は2ヶ月遅れで提出した。4月からは博士課程に入り、新しい研究を始める準備を始めた。前期は学芸員資格を取るための講義に出たり、某H大学の非常勤講師のアシスタントをしたりで忙しかった。そんな中、7月末から8月始めにかけての中国調査と9月の学会の準備を進めた。初めての中国調査は色々と印象的だった。調査自体は準備不足もあり、うまくいかなかった部分があったが…海外調査は時間との勝負だ。博物館などで調査をする場合には時間が限られる。たいてい9時から5時くらいまでで昼休みがあるので、1日6・7時間しか調査が出来ない上に土日は休みだったりする。9月の学会は、余裕を持って準備が出来たので割とうまくいった。楽しい学会だった。10月からは後期に入り、本格的に論文投稿の準備を始めた。年内に投稿したかったが、その目標は達成できず。あと1ヶ月以内にはケリを付けたいところだ。来年は今年より忙しくなりそうだ。海外調査に何度か行くことになりそうだし、研究成果は論文としてどんどん発表していくつもりだ。その一方でブログをもっと頻繁に更新したいと思っている。自然科学ブログとしての性格を強めたいと思っている。研究のことと絡めて生物学を中心に何かおもしろいことを書けないだろうか、といつも思っている。今年は多くの方々に訪問していただき、コメントをいただきました。来年もよろしくお願いします。
2007.12.31
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12月29日は帰省ラッシュのピークだったらしい。しかし、終電は空いていた。京都から東京までの新幹線はともかく、東京から先(東北新幹線)も空いていた。どうやら昼間がピークだったようだ。当初の予定では部屋の片づけと年賀状を夜中に済ませて午前中に帰るつもりだった。しかし、予定通りには行かず夕方までかかってしまった。年賀状の裏を印刷しようとしたらプリンタのインクが無くなり、買いに行ったり印刷がうまくいかなかったりで時間がかかった。研究室の机の整理もしたかったのだが、終電が迫っていたため諦めた。来年戻ってから整理整頓をしなければならない。駅に着くと早速みどりの窓口に向かった。おみやげを買っている暇もなかった。窓口ではだいぶ待たされた。発見が完了したのが最終の新幹線が来る5分前。急いでホームに向かうと、ちょうど新幹線が入ってきた。ギリギリで実家に帰ることが出来た。
2007.12.30
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今日、客員教授K氏夫妻が京都を去った。僕は車を持っているので、M助教からK氏夫妻が京都に来たとき同様荷物運びを手伝うように頼まれた。約束通りの時間に宿舎に着くと、すでに荷物が玄関にまとめてあった。部屋の備品のチェック等の事務的手続きを済ませ、荷物とK氏夫妻を乗せて大学に戻った。車中ではK氏と少し話をした。もちろん英語で。ロシア語はまだまだ実用に耐えない。大学に着くと、客員教授部屋の片づけが残っていた。だいぶ片づいていたようなのでそんなに時間はかからなかったようだ。しばらくして昼ご飯を一緒に食べに行った。3ヶ月間の滞在中、一緒に食事をした回数は数えるほどだった。一緒に食べに行こうと思ってもタイミングが合わなかったし、僕が昼過ぎから研究室に行くことが多かったためでもあると思う。食事に一緒に行くのは、会話をする貴重なチャンスなのにもったいない。最後の食事での会話の一部はだいたいこんな感じ。M助教「ロシアの本で欲しい本があるんだけど、まだ売ってる?」K氏「売ってます。でもロシア語ですよ。」M助教「大丈夫。彼(ぷとりうす)が訳してくれるから。彼はロシア語を勉強しているので。それにロシア語ができるFさんもいるし。」K氏「そうですね。」M助教「今度、みんなでロシアに行きますから。」ぷ「それまでにもっとロシア語を勉強しておきます。」K氏「ロシアは英語が話せる人が多いから、ロシア語出来なくても大丈夫ですよ。」ぷ「(本当に?)」ぷ「でも、重要なロシア語の論文があるので勉強してます。」本当に英語を話せるロシア人が多いかどうかは別として、コミュニケーションを相手の母国語で出来た方が楽しいだろうなと僕は思う。その方が相手も楽しいだろうし(何言ってるか分からないから、英語で話したほうがましと言われることもあるかもしれないが)。食事のあと大学に戻り、客員教授部屋で一緒に写真を撮った。最後にK氏と握手を交わし、彼らはタクシーに乗り込み京都駅に向かった。正月は息子さんが住んでいる静岡県M市で過ごすということだ。
2007.12.28
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M助教に出した論文の原稿を返してもらった。色々とコメントをもらったが、一番問題なのはイントロが短すぎること!ディスカッションはそこそこ長く書いたため、イントロとディスカッションがアンバランスで十分にかみ合っていない。だから、イントロとディスカッションの大幅加筆修正が必要だ。加筆修正をするためにもっと文献を拾ってこなければいけない。僕が投稿しようとしている雑誌では、イントロの最後にはっきりと目的を書いて、ディスカッションではそれに対する答えをはっきりと書くべきらしい。イントロの最後は、例えば‘The aim of this study is …’とか‘The goal of this study is …’のように書くわけだ。論文はこうあるべきだと思う人もいるだろうが、世の中にはディスカッションのよく分からない(あるいは分かりにくい)論文もある。そういう論文を読んでいると、たとえ重要な内容であっても読む気力を削がれてしまう。つまりは、仮説検証型らしく書くべきということ。自然史(Natural History)の研究は必ずしも仮説検証というスタイルをとらない。だから、良いか悪いかは別として後付で仮説検証らしくする必要があると理解している。仮説検証らしく書くためには、先行研究を色々と調べる。そして、今までどんなことが分かっていて何が分かっていないのかを示して問題提起をする。ところが、分かっていないことが多すぎて考察に必要な材料が足りなかったりする。仕方ないので、考察に必要な材料に近いものをどこかから探してちょっと強引に考察する必要があるかもしれない。論文のコメントをもらった後、助教と今後のことについても話した。そろそろ1年が経とうとしているので、研究計画をもう一度見直すことを勧められた。今年はあまり研究が進んでいない。しかし、それほど予定が遅れているわけではない(と思う)。今年中に論文を投稿できなかったが…来年は海外の博物館で調査の予定。アメリカの博物館で標本のデータを大量に取ってくれば、研究がかなり進む。海外には何度も行けないため、一発勝負なのがプレッシャーだ。M助教は僕の研究について良く理解している。指導教官だから当たり前だと思う人もいるだろう。学生の数は決して多くないが、自分の研究をしながらそこまで出来るのはすごい。やっぱり「師匠」なんだなと思った。一方で自分の実力不足を痛感した。博士になったら、「師匠」のような研究者になれるのだろうか?僕が今の「師匠」と年になったときに果たして彼を越えられるのだろうかと時々思う。
2007.12.27
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先週のフットサルで、ゲーム中にボールを奪おうとして激突した。その時に右胸を痛めた。肋骨か肋軟骨かその周辺の筋肉を痛めたようだが、未だに治らない。むしろ悪化しているかもしれない。水曜日にサッカーの練習をしたせいだと思う。練習前はほとんど何ともなかったのに、だんだん痛みがぶり返してきた。安静にしていないといけないようだ。今朝は胸の痛みのせいで起きるのが辛かった。姿勢を変える時に痛むから、横になるのも一苦労。色々すべきことがあるのに、今日はあまり進まなかった。どうすれば早く治るのか?
2007.12.24
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クリスマスイブイブはサークルのクリスマスコンパがあった。鶏の丸焼きを食べた。写真は鶏を焼いている光景。完成までには4時間くらいかかった(僕は何も手伝ってないけど)。表面を焦がさずに中まで火を通すには、直に火が当てないようにする必要があるので時間がかかる。写真のように時々火が強くなってしまったために、一部焦げていたが…鶏の中にはバターライスが入っていておいしかった。ごちそうさま。だいたい食べ終わった後はプレゼント交換。あみだくじで誰にプレゼントを渡すかを決めた。某マスコットの携帯ストラップをもらった。大きすぎて、付けられない。過去には恥ずかしくて着られないようなTシャツをもらったことがある。それよりはましだが、使うことはないだろう。
2007.12.23
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論文の第1稿ができた。予定では12日に完成させるつもりだったが、10日遅れになってしまった。自分で決めた締め切りだったから、誰かに咎められることはない。しかし、決めた(決められた、ではなく)時間以内に目標を達成できなかったのは残念だ。博士号を取得し自立した研究者になるには、このくらいのことは出来ないといけない。やっと出来たので、助教のところに持って行こうとしたらすでに帰宅していた!!惜しかった。もう少し早ければ!助教に原稿を出すのは早くて明日、遅くても火曜日になりそうだ。
2007.12.22
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研究室の忘年会があった。今回は店でやった。この店は3回生まで所属していたサークルの例会でよく行った店で、研究室でもたまに行くが1年ぶりくらいだった。ロシアから来ている客員教授K氏の送別会を兼ねた忘年会でもあった。と言っても、K氏と話しているのはほとんどT助教だけだった。他の人たちはいつも通りの会話をしていた。もうすぐK氏がロシアに帰ってしまう。もっと色々話せば良かったなとちょっと後悔。ロシア語ももっと勉強しないとまだまだ実用レベルじゃない。飲み会の後は、数人でカラオケに行った。アニメソングを主に歌っている先輩たちの横で僕はいつも通りスピッツとかその他のJポップを歌っていた。1時間延長を繰り返し、結局4時間半のカラオケだった。
2007.12.17
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サッカーサークルの忘年会があった。昼間はフットサルで、夜は飲み会だった。昼のフットサルには名前を知らない1回生がたくさん来ていた(今年はあまり練習に行ってなかったため)が、同期は誰も来ていなかった。7年目ともなると、大学に残っている人は少なくなる。それに残っているメンバーもみんな忙しい。ちょっと寂しかった。僕も暇ではないけど、気分転換にフットサルはよい。だいたい20人が参加したので、4チームに分けて(フットサルは1チーム5人)、交代しながら4時間ずっとゲームだった。今年2月以来のフットサルだったが、減量の甲斐あってか以前より動けた。毎週サッカーの練習をしている若い連中ほどは動けなかったが…コートが狭いために細かい動きが必要とされるフットサルには、サッカーとは違う質の楽しさがある。ボールが小さくコントロールが難しい分、いい練習になった。夜の飲み会には同期が自分以外にもう1人K君が来ていた。てっきり、彼は来年から就職するものと思っていたが、博士課程に進学すると言っていた。K君も忙しくはなるだろうけど、これからもたまには練習に来るだろう。僕も出来るだけ頻繁に練習に行きたい。他にも久しぶりにある後輩がいた。みんな忙しそうだ。
2007.12.15
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論文を投稿する雑誌を変えた。最初はドイツの雑誌に投稿するつもりだったが、内容的にはもうちょっと良い雑誌に投稿しても通るだろうと思い、アメリカの雑誌に投稿することにした。こちらの方がインパクトファクターが高いのだ。インパクトファクターにこだわりすぎるのは問題があるが、自分の研究が世界的に評価されるためには必要なことだ。もちろん、学振などに採用されるためでもある。部屋に籠もって一日、雑誌の投稿規定を読んでいた。集中して読めば一日もかからないはずなのだが、昼過ぎに寝てしまったりして時間がかかった。最近生活リズムが乱れている。この日は朝4時くらいに起きて昼過ぎに寝て夕方再び起きた。早く起きても早い時間に眠くなるから、あまり早起きした意味がない。12日までに論文を書き上げるつもりだったが、予定通りになっていない。来週中には何とかしたいが、意外と時間がかかるものだ。もっと集中できれば早く書けそうなのだが…
2007.12.14
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M1の6月から今日までの2年半、大阪府某市の塾でバイトを続けてきた。最後の生徒の進路が決まったので、今日で仕事が終わった。始めた頃は、中学生に理科、高校生に数学を教えていた。それが次第に生徒の数も減っていき、今年は講師は僕1人に生徒1人だけが残った。最後に残ったのはたった1人の高校生S君。2年半、数学を教えてきたけど最後までどうやって教えて良いのか悩んだ。S君はおとなしいので、最初はどうコミュニケーションをとって良いか分からなかったし、全くやる気が無いように見えたので困った。でも、夏休み中や冬休み中にバイトで色々経験したことや、将来の目標が見えてきたことで途中から変わってきた。それでも、成績は相変わらずだったようだが…S君の進路は先月決まった。彼は来年から4年間、自動車整備の大学校に行くことになった。進路決定後も定期テストが残っているのでしばらく続けることにしたが、中間試験の前までで終わりにしたいという彼からの希望があったので今日で最後にした。明日は数学の試験があるらしい。最後は試験のために微分・積分を教えたが、彼には難しすぎる。それでも、普通科のカリキュラムとしてはやらなければいけない(?)。最後までどうやって教えて良いか困った。さて、2年半僕が教えたことはS君にとって何かプラスになっただろうか?何か1つでもあればよいが…僕にとっては良い経験になったと思う、多分。人に教えるというのは難しい。終わってから塾長と話した。塾長は良く喋る人で、20分くらい最後の給料のこととか、亡くなった旦那さんが動物写真家だったこととか色々と話していた。僕は良く喋る人は嫌いじゃない。時間も無いわけではなかったので、むしろ話をするのは楽しかった。塾長と会う機会はもう無いかもしれない。S君と会う機会ももう無いかもしれない。どこかでばったり会うかもしれない。いずれにしろ、しばらく会うことは無いだろう。塾のバイトが終わったことで、研究に使える時間が増えた。その代わり収入が減ってしまったが…
2007.12.10
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ついに12月がやってきた。あと1ヶ月で1年が終わってしまう。1月から今まで、今年こそ頑張ろうと思って11ヶ月を過ごしてきた。ずっとそう思って多少は頑張ってきたつもりなので、去年よりはだいぶましな一年になりそうだ。でも、まだまだ努力が足りないと感じる。博士課程に進学したのに、指導教官やその他の人たちから自分の実力を認められないのは悔しいし、それだけの実力が無いのが情けない。せめて、1ヶ月以内に論文を投稿できるだろうか?出来なければ、今でさえ見通しの明るくない将来がさらに暗いものになってしまう。去年ほどではないにしても、今年も多くの人に迷惑をかけてしまった…特に修論の時には。あの時のことを考えると博士課程に進学するのを1年先延ばしにした方が良かったと思う。今の状況を勘案してもそう思う。この前のゼミは最悪だったし、自主的にやってる輪読も毎回ちゃんとまとめられない。後輩のS君のゼミ発表や輪読の発表を見ていると、自分が情けなくなってくる。最近自分に本質的に足りないものが何かを考えることが多いのだが、それが何か分からない。知識が足りないことは常に自覚している。しかし、知識よりも必要な何かが足りないと感じる。いくつか考えられるものとしては、論理的な思考力、忍耐力。修論の時には目的とディスカッションがかみ合ってないと言われた。つまり、論理的整合性が論文全体として欠けていたわけだ。忍耐力が足りないと感じるのは、ゼミの準備などをギリギリまで粘らず妥協してしまうから。もっと深く考えて、出来る限り完璧なものを仕上げるように努めないと、周りからちゃんと評価されない。それに、助成金などを当てるのも難しい。他にも何か足りない気がする。才能だろうか?だとしたら諦めるしかないかもしれないが、あまり関係ないと思っている。
2007.12.01
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