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我が家にはタバコを吸う人はいません。それなのに昨日の朝起きたらピアノの上にタバコが3本並んでおいてありました。しかも、きちんと吸ってあるのに、吸殻はどこにもない!!入り口は引き戸なのですが、鍵が開いていました。最後に閉めたのは主人で夜中の1時頃だったのですが、当然閉め忘れも考えられますが、主人は一度も夜閉める時は網戸(くるくる巻くタイプ)は絶対に一緒に閉めたりしないのに、網戸しまってました。そして部屋は全く荒らされた後も物色された後もありません。あと、この一ヶ月の間に朝一、二度部屋が変な匂いするなと感じたことがありました。一応近所の交番には届けたのですが、子供がやったんじゃないの~と、とりあってくれません。男の子がいるんじゃイタズラもするでしょ。って小学4年の息子がやると思いますかそんな事!!子供が学校から家に最初に帰ってくるのでとても不安です。一日中ドキドキして今日は一睡もしていません。どうしたらいいのだろう・・・・とにかく、家族に何も起こりませんように
2006/10/19
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まだ子育てはおろか結婚もしていなかった頃、仕事は結構忙しく(ほとんど毎日終電でした)もちろん土日などはなくちょっとした判断ミスで大きなお金と人が動いてしまう。時代はちょうどバブル真っ只中だったということもあり、力以上の仕事を任せられ正直たまに会う友人の悩み特に子育てや家事の大変さなどいくら聞いてもふ~んでも、そんな事私の大変さに比べれば何でも無いじゃん。と一段高いところから見下ろすような感じで話を聞いていました。ところがいざ、自分の番になってみて思ったのは、子育ての方が何倍も大変だと思いました。では、なんで大変なんだろう?仕事に復帰して(職種は変わりましたが)あらためてそのことについて考えてみました。そして私なりに結論を出してみました。仕事はどんなに楽しくても、辛くても大変でも、結局は自分。自分が満足できたり、評価されたり、自分、自分、自分・・・それまでの人生は、なにかやると必ず結果がでた。がんばれば、がんばっただけの評価も貰えた。ところが子育ては、常に相手(子供)のため、子供に合わせて待ったり、我慢したり、子供の遊びに付き合ったり、いつも、いつも、こども、こどもしかも出来て当たり前、失敗なんてありえない、だれも褒めてなんかくれない!!自分がどんなにがんばっても空回りなんて事はしょっちゅう思い通りなんて、まったくナシ子供の将来を考えて、考えて、どうしたら一番いい・・・・なんてやっていたのですごく子育てが辛かった!それに、仕事も習い事も本当に嫌なら辞めちゃえばよかった。だけど、子育は辞められないし、永遠に終わりが来ないそんなことばかり考えていた。長男が2歳くらいの頃の生活は、何か小さな点をじっと見つめて過ごしている気がしていた。もちろんそんな自分の心を誰にも悟られないようにしていた。本当に苦しかった。でも今思うと勝手に自分で自分を追い込んでいたようにも思います。それが2人目(三年目)を出産したあたりから劇的に変わったのです。2人目ということで肩の力が抜けたのか、ああなって欲しいとか、こうであって欲しい、ああしなきゃ、こうしなきゃ、が心からなくなったらただただかわいいだけの存在になりそれと同時に 子育ては相手(こども)のためでなく、自分の為に変わったのです。このことは、自分にとって物凄く衝撃的な出来事でした。おかげさまで、多少の悩みはありますが、今は本当に子育てが楽しい。仕事も無我夢中の1年目、自分の実力が見えてしまう2年目辞めようかなどと考えてしまう3年目を超えると仕事が楽しくなったりしませんか?子育てもそんな感じ・・・じゃないかなと最近思います。それに上の子が9歳になった頃から、小さな頃に色々とやったことって無駄じゃなかったんじゃないかなと思えるような出来事もでてきました。永遠に終わりが見えない子育てに怖さを感じていたけれど今は、子育ては形を変えながらずっと続いていてくれて嬉しいと心から思います。
2006/08/28
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いよいよ長男が帰って来る日です。3年前のキャンプでは燃え尽きたジョーのようになって家へ戻ってきたので、今回は年齢的には大きくなっているものの、期間が倍近くあるのでどんな様子で帰ってくるのかドキドキでした。今日は末っ子は保育園に預けて一人で迎えに行きました。予定時刻は12時だったので、前後何分かの誤差は覚悟していたのですが、正午ジャストにバスが入ってきたときは正直ちょっと笑ってしまいました。バスは大型バスだったのですが窓越しに息子の姿はすぐに見つけることができました。少し痩せた感じはしましたが、元気な感じだったので、ひとまず一安心。私を見つけた彼は少し照れてはいましたが、お姉ちゃんと同じように開口一番楽しかったよ~と報告してくれました。バスから降りてきた子供達はどの子も服や荷物はドロドロでしたがみんな目はキラキラと輝いていました。最後に簡単な解散式を軽くやるのですが、雰囲気は60年代フォーク全盛期の盛り上がりで、ギターの伴奏に合わせて力いっぱい声出して歌う、今の子でもこんな風になるんだなと少しカンドーしました。お兄ちゃんは普段は腹話術師のようにほとんど口を動かさないで喋るのですが少し離れたところにいる私にも分かるくらい大きな口を開けて歌っていました。帰りの電車の中で楽しかったキャンプの思い出を一通り語った最後に普段はさーわがままで生意気でムカつく○○(長女)だけど会えないとなるとすごく寂しくて、布団の中でちょっと泣いたりもしちゃったよーと話してくれました。やっぱり兄弟っていいな~そうして夕方旅行から帰って来た長女と再会したお兄ちゃんは自分から 久しぶっり と妹に抱きついた後で暫らくの間彼女をおんぶしていました。しかしそれもつかの間夜は保育園から帰った末っ子も交えとても楽しい夕食になるはずでしたが、橋田先生の脚本そのままのような壮絶ないつもの兄弟喧嘩をしていました。その様子を女性誌風に言うならばほんとにあった渡鬼家族っていうところでしょうか・・・なにはともあれ泣いても笑っても家族はみんな一緒がいいなと感じた夏でした。PS.さて親の本音として付け加えさせてもらいますと 夏休みだから家族と一緒もいいですが、 こども達には世間の風に当たり家族の良さを改めて感じてもらい 親(母)は大人だけの休日を楽しむ。 来年からもこのパターンは絶対に続けようと一人決心した夏でもありました。
2006/08/23
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昨日のつづき家に着いてからも、お土産をくれたり、写真を見せたりと、とても仲良く過ごしていました。私もすっかりTVに夢中になり子供達の会話は耳に入っていませんでした。ところが突然二人が号泣しながら喧嘩を始めました。喧嘩の内容は雑誌を貸すの貸さないのという、いつものたわいもないものなのですが今回は少し様子が違いました。普段から自分の主張は曲げない彼女達ですが・・・以下実況妹 本を見せてとの主張後(以後略) ○○(姉)が帰ってくるのずっと楽しみにしていたんだよ~ これじゃ寂しいよ~ ずっとずっと待ってたのに~(涙 涙 涙)姉 待っててくれたのは分かるけどさー(泣) (本は貸せないという主張が入る) 寂しかったかもしれないけどでも、 でも、私だって私だって グワアァァァ妹 先ほどの繰り返し姉 先ほどの繰り返し以下エンドレスで・・・こんな言い争いはよくあるのですがでも、いつもならせいぜい続いても10分しかしこの時は1時間二人で号泣しながらやっていました。そして両者の話し合い?は決着しないまま、ついに妹ダウン!ソファーで爆睡してしまいました。姉はそれから、1時間あまり私の膝の上でキャンプで本当は一人で泣いちゃったこと、兄の姿を一度も見つけられずにとても寂しかったこと来年も行きたいけど、今度はみんなの写真持って行きたい などなど涙涙で語ってくれました。そして全てを吐き出して楽になった彼女は、妹を起こし何事もなかったかのように二人で遊び始めました。おみごと!!さて、なんだかんだ言っても妹ふたりはやり方は違いますが人間関係非常にウマイです。いつの間にか自分の居場所を作って、今を楽しむ能力があります。その点長男は人間関係 特に同世代との付き合いが非常に下手です。どの担任の先生にも いじめの対象になりやすいお子さんです。気をつけていて下さい。といわれます。その長男が15日間のキャンプを終えて明日帰って来ます。とても楽しみなような、怖いような・・・そんな気持ちです。明日は私一人で迎えに行きます。きっとバスが見えたら全力走りして星飛馬(古っ)なみに泣いちゃうかもじゃまた
2006/08/22
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この夏の我が家の息子、娘達の最大のお楽しみは、それぞれが別々に行くキャンプです。長男 8月 9日~23日の15日間長女 8月13日~19日の 7日間+21日~23日のおばあちゃんと旅行次女 その間はじめての一人っ子体験普段一緒に遊んでいる時は、3分喧嘩しては1分休憩という、ボクシングの試合のような兄妹達です。そんな彼らが、バラバラに過ごした後どんな感想を持つのか、私自身は兄弟がいないので離れ離れがどんなものなのか全く想像もつかず、この夏子供を通して兄妹関係の疑似体験ができるかな?と少しワクワクしながら、みんなを送り出しました。まずは末っ子の反応ですが、一人っ子でいるのが楽しかったのは、初めの3日ぐらいで、すぐにね~いつ帰ってくるの?どっちでもいいから、早く帰って来ないかな~?とブツブツ比較的近くにあるおばあちゃんの原宿として有名なお寺さんにお参りに行った時にはお地蔵さんを洗いながら早く家族が一緒に暮らせますように!○○(兄)と○○(姉)とお父さんが(単身赴任で留守がち)家に戻ってきますように!!とボリュームMAXで真剣に手を合わせていたので、おじいちゃん、おばあちゃん達の視線を釘付けにしていました。ところでここで話は少し横道にそれますが、お兄ちゃんが1年生の頃やはり9日間のキャンプというのに一人で参加したことがありました。そのキャンプは、とある県が主催し、県庁前広場にテントを張り、自然体験に重点をおいた内容のキャンプでした。そしてキャンプ最終日には親が現地に迎えに行き1時間ぐらいかけて親が主催者側からキャンプ後の心のフォローのようなものの仕方の説明を受けました。(ちなみにこの時教わったケアの方法はスキンタッチでした。)説明を受けている時には、キャンプで楽しんできたのに何故心のケア?と思ったのですが、本当に必要でした。(この時の話は又別の機会に・・・)さて今回はどうなるのでしょう?実はもうすでに姉の方はキャンプからは帰ってきています。(只今おばあちゃんと旅行中ですが)お姉ちゃんのお迎えは私と妹と二人で行って来ました。国立競技場がお迎えの場所だったのですが、私達が着いた時には既に、100名位の親御さん達が集まっていました。ほとんどが皆さんお互いに面識のない方ばかりなので、集合場所はとても静かな感じでした。ところが予定時刻の10程前にバス姿が見えると、皆さん一斉に小走りになりバスを追いかけていました。不覚にも自分も思いっきり走っていました。もしかしたら末っ子以上に寂しかったのは私だったのかもしれません。バスから降りてきた娘は非常に満足した様子で、一段と黒くなり、少し顔がシャープになった感じで目がキラキラしていました。そして開口一番すごく楽しかったよ~と話してくれました。しかも寂しくて2年生でも泣いちゃったいっぱいいたけど私は平気だったと鼻高々でした。妹は妹で再会の時こそ抱き合って喜んでいましたが、すぐに映画に行ったとか買い物に行ったとかお互いの自慢合戦が始まり、家までの道のりひたすら喋り続ける彼女達に心のケアなどという言葉は私の脳裏からすっかり消えていました。しかしやはり事件は起こったのです。 つづく
2006/08/21
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パソコンを家族で(というか子供と私で)共有していたのですが誰が何をしたのかよく分からないままパソコンの調子が悪くなってしまいました。あの手この手を尽くすものの原因は分からずかといって今までインストールしたものの中には色々な事情のソフトもあり修理に出すのをためらっていました。しかしNETの接続もできなくなってしまったので修理に出そうと決心し最後に一度だけ試してみたら見事繋がりました。あ~また決心が鈍ってしまいました。それにしても、自分の生活にインターネットがこんなにも も入り込んでいたことを改めて思い知らされています。
2005/11/20
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最近よくTVのニュースなどでとんでもないペットが逃げ出したりして話題になったりしますよね。私は金魚やカメくらいしか飼ったことがないので、動物を家族の一員という風に考えたことはありません。ところが先日ふと末っ子を見ていて思った事があります。(ここから先は危険ゾーンなので心臓の弱い方はご遠慮下さい・・ウソ)3才の娘がリスのぬいぐるみをお友達に見立ててリスのフリをして遊んでいました。その様子をなんとなくボーッと見ていたのですが、(ここからはその時の私の心の声です。こたえてちょーだい風にどうぞ)この子は私の産んだ子だと信じているけれども本当はリスなのかも。よく人に飼われているネコや犬は自分のことを人間だと思っているとか言うし、飼い主も本当の子供のように愛情を注いだりしているみたいだし・・・私ったらいつの間にかリスを我が子だと信じてしまったのかも!もしかしたら、今この子がここで急にバタンと倒れたらシュワシュワシュワとマンガのように人間の形から元のリスに戻ってしまうかも。ヤバイよどうするオレ!!まてよそれじゃこの子がリスならお兄ちゃんはなんなの?う~んアレ私ったら何考えていたんだろう?と、一人遊びをしてしまいました。でも末っ子だと夢(妄想)の世界を旅できるのに長男はひたすら自分にとって現実なんですよね~
2005/10/27
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先日近所のスーパーの本屋で子供にせがまれて絵本を一冊読んだ。子供が差し出したのは皆さんご存知の「したきりすずめ」の話である。最近の児童書は自分が子供の頃読んだ内容とは一部変えてなんともマイルドな結末にしている。こんな事が、いったい子供にとってどれくらいよい影響を与えるのだろう??単純に話がつまらなくなっている気がしてならない。と、まぁこれは、今日のお話とはまた別の議題なので一まず置いといて娘に読みながら初めておばあさんに同情してしまった。あのおばあさんの一体どこに情状酌量の余地があるのか?少し前の私なら絶対に同情しなかった。もちろんおばあさんのやっていること全てに同意できる訳ではない。ではどこに・・・最初のくだりとてもお肌のツヤツヤした一目で穏やかな人柄だとわかるおじいさん登場。すずめと仲良くなり、とどこおりなく物語は進んでゆく・・・そうしていよいよおばあさんの登場!!!いよっ!!肌は浅黒く、目の下にはクッキリとしたくま、そして乱れた髪の毛!!しかもちょっと太めウッグこれは・・・確かに子供にも分かるワルである。しかしどこかでみたような???その後おじいさんはすずめに「ちゅんこ」と名づけ楽しく飼いはじめる。そうしておばあさんが期待どうり鬼婆ぶりを発揮しておじいさんがいない間にちゅんこは舌を切られてしまった。ふ~んおじいさんの居ない間の面倒はおばあさんが見ていたんだ~アレこの感じ・・・やさしいおじいさんが、ちゅんこを見つけ出し接待の後お土産を貰う。「重くて大きなつづら、と小さくて軽いつづらどちらでもいいですよ」そう言われたらどちらを選んでもいいはず、まして物語の雰囲気からしてこの老夫婦の暮らしはさほど裕福には思えない。それなのに軽いものを選んだおじいさんは、いい人で大きなものを選んだおばあさんは、ダメ人間?そうかな~家庭という会社をより有利に運営する為に少しでもお得なほうを選ぶのはそんなにダメな事なのでしょうか?確かに謙遜とか遠慮とかは日本人の美しいところだと思います。でもでもでもなんだかおばあさん可哀そう・・・私と夫は一つ違い(夫が一つ下)で28の時に結婚しました。結婚した当初は二人とも童顔な方なので歳は20代前半にしか見られませんでした。ところがです、あれから10年状況は大きく変わりました。先日も娘のお友達のお母さんに「だんなさんすごく年下なの?いいわね~若くて!!」と言われました。ン?確かにここ何年もどうせ誰も見ないからと鏡を見る回数はかなりすかなかったのは確かです。しかしそれにしてもこの差は何???と何日も悩んでおりましたが、その謎をとく鍵はこのお話の中に在りました。たまの休日だからとウチでゴロゴロの夫!確かに普段は出張も多く飛行機に乗るのもしばしばのあなたはそうしたいでしょうわかります。私は綺麗なのを着ても汚れちゃうからとTシャツすらほとんど買わずにすごしていたのにこれは俺の戦闘服だからとン十万もするスーツとオーダーYシャツそっか仕事じゃしょうがないか。伸ばして結ぶだけの自分の髪型に比べ独身時代から変わらず毎月一回青山でのヘアカット頭の形が悪いからよく知っているところがいいふ~んそうなんだ。職業柄(割と大き目の設計事務所)各方面からの接待も多くまた職場の方々もオシャレさんが多いようで服や靴は・・・ハイハイあ~そうですかでも知ってますか?こども3人霞を食べて大きくなることはなく日々やりくり、やりくりかたや、子供の顔は寝顔だけのあなたは毎日のお仕事が忙しくて大変そうだからなにも言わないけど・・・でもそれって自分の大好きな大好きな建築のしごとでしょ子育てそりゃ面白いよでもそう思えるまでにものすごく時間かかったし苦しい時もあったよそうして10年も経つとそりゃもう大きな違いですよ。人相が変わるほどの10年ってもの凄く濃厚ですよね。確かにおばあさんはヒドイけどもしかしたら能天気なおじいさんに対し色々な苦労がおばあさんにもあったのかもなんて思ってしまいました。だからって鬼婆人生は辛すぎるよ、おばあさん。こうなったらアンチエイジングで対抗よ!!がんばるぞーオーなんだかものすごく愚痴ってしまってスミマセンでも誤解があると困るので言っておきますが夫の事は決して嫌いではないしかけがえのない10年間をありがとうと本気で思っています。これからも、ずっとよろしくね。
2005/10/17
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いま時マーフィーの法則というのもなんですが・・・ ★よく子供と話をする時に目線を合わせた方がいいから子供の目の高さに大人がしゃがんでお話するといい。とかなんとか育児書なんかに書いてあるので、実行すると、我が家の子供達は3人が3人共大人と一緒にしゃがんでいました。アレ?★お兄ちゃんは小さな頃、6歳位までいつでも女の子に間違えられていた。夏場の暑い時期の坊主頭の時でも・・・★それに対し真ん中の子はいつでも「ぼく」と声を掛けられる。6才を過ぎるまでただの一度もお嬢ちゃん?と聞かれることが無かった(これ事実です)以外と美人顔だとおもうんだけどな~4才の時にメゾピアノの3段フリフリスカートで「ぼく」とお店で言われた時は本当にショックでした。でも本人は全く気にしていませんでした。この辺が男らしくみえる原因なのかな?なんだか仮装家族ですよねこれじゃ★お兄ちゃんには「もうあんたの事は知らない!!」とついつい言ってしまうのに一番口を出してしまう!!本当に知らんプリ(善意の)してあげられたらもっとのびのびするんだろうな~あ~あ★お兄ちゃんもう一発お兄ちゃんは一番不器用と言いつつ習い事をするのは長男だけ下の2人には・・・ごめん★スーパーへ買い物へ行って赤札のついたモノを選んだ時に限ってお友達のお母さんに会ったりするポッ ★急いでいるときに限って「おしっこ~」しかも3人揃ってトホホ★ようやく寝たかなと思った瞬間絶妙のタイミングで夫が帰ってくるシ~偶然起こったのではなく人為的なものもありますが、マーフィーの法則って考えると少し楽しめます。それにしても何故今マーフィーなのか
2005/09/15
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子供も3歳のお誕生日を迎える頃になってくると赤ちゃん時代に終わりを告げだいぶ人間らしく?なってきます。「お子さま」によってはお喋りもかなり上手でへぇ~そんな言葉どこで覚えたの?なんていう事を突然言ったりして周囲を驚かせたりもします。しかしこれが曲者と言うか、ナント言うか人間界では、言葉が通じる=意味を理解している。と勝手に解釈をして「おとな」は事を運ぼうとします。おとな達がそう思い始めると同時にお子さまは達は「嫌~」をおとなたちは「言ったでしょ~」という呪文を唱えはじめるようになります。これは一度使い始めるとナカナカ辞める事が出来なくなる恐ろしい呪文です。まるでマツダ地獄!?(20年前くらいによく使った言葉ですが、今でも言いますか?)前ふりはこの辺にして今日は「我が家」で起こった本当にあった恐ろしい話をしようと思います。昔むかし今から5年くらい前のお話の始まりはじまり・・・その日お城の2階で3才になった王子が1才の姫と遊んでいました。王子はお世話係の「まま」にある事を言われていました。「階段が危ないから姫をよく見ていてね」王子は元気に「ハイ」と返事をしました。そしてお世話係が炊事場で洗い物をしていると、どん、どっさと大きな音が2回!そして次の瞬間、姫の泣き叫ぶ声がお城中に響きわたりました!!!驚いたお世話係が慌てて廊下へ出てみると、2階にいるはずのハイハイしか出来ない姫が1階の廊下で泣いています。どうやって・・・勿論これは魔法でもなんでもなく、二階から落ちてきたのです。幸い怪我らしいけがも無くすぐに落ち着きましたが、お世話係が事情を聞きに王子の所へ飛んで行くと王子はブロックで何事もなかったかの如く遊んでいました。「ねぇ見てなかったの?」鼻息の荒いお世話係の問いかけに「見てたよ、階段の上の所で遊んでたよ」辺りにはお世話係の「え゛~」という声がいつまでも、いつまでも聞こえていたとサ。おーしまい。そうです文字どうり王子は見ているという約束はきちんと果たしていたのです。王子の見るは LOOK(見る)お世話係の見るは LOOK After(~の世話をする)でも英語ならAferがついてるからまだましで、日本語は見ていてね(階段から落ちないように注意して)と(カッコ)書きになっていて、実際に言葉になる事はなく3歳の王子にとっては無理もない事だったのです。現に40過ぎても行間の読めない「おとな」を沢山知っています。よく外人が「ありがとうございます」と言っただけで「日本語上手ですね」と言ったりしますが生まれて間もない子供達が話す言葉なんて所詮「にほんご上手ですね」レベルなのです。それでもヒアリングはスピーキングより先に上手になるので、(カッコ)書きの部分も出来るだけ口に出して話してあげましょう。言えば分かることもあります。ほとんどは、まともに理解されないが・・・でもめげずに沢山話しかけて、沢山笑って、沢山一緒に歌いましょう♪そうすれば近いうちに「にほんご上手ですね」なんて言っては失礼なほど少なくとも、自分の英会話よりはず~っと上手に会話が出来るようになるはずです。まっそうなったらなったで、腹の立つ事も色々とあるのですが、これは又別のお話。
2005/09/13
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前回の感想文の続きなのですがもう一つ大事な質問をしていました。それは犬は苦しかったのに走り続けた結果死んでしまった。この時の犬の気持ちは?私は単純にゴール出来なくて残念だった。みたいな事を言って欲しかった。しかし息子は犬はゴール出来なくて怒られる!と思いながら死んでいった。んじゃないかな。と答えました。お祖母ちゃんやダンナは爆笑していたのでが、私は・・・これって息子がなんかやった時に同じように考えているってことですよね?失敗→怒られる久々に深く考えさせられました。そう言えば20年位前に友達から聞いた話なのですが、その子が6才位の頃、砂場で遊んでいたらカマイタチ(自然界にある真空の空間?)にあい足の甲がざっくり5センチ近く割れてしまったそうです。でも真空状態だから?(本人談)血は出なかった様ですが骨が見えたそうです。人間の骨って本当に白いんだよ!!と彼女は熱く語っていたのですが、最後にでも次の瞬間「お母さんに怒られる!」ととっさに思いなんとその傷に砂を詰めてしまったそうです。おかげでその後の治療はかなり大変だったと話してくれました。この話を聞いた時はひたすら笑い転げてしまったのですが、もっと彼女の気持ちとか、きちんと聞いておけばよかったなと後悔しています。
2005/09/11
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夏休みの宿題は昔と違い思ったよりもかなり少なく、メインは算数のプリントと自由研究、それと読書感想文です。ところで長男は今小学校3年生なのですが、我が家の中ではウンチク王です。例えばお寿司を家族で食べていると突然赤みの魚と白身魚の違いはどうしてできるか知ってる?と聞いてきたり、科学や人体の事などまるで新橋あたりで飲んでいるウンチク好きのオヤジのような語り口です。それらは図書館からせっせと借りてくる雑学本から入手しているようなのですが、ナカナカの理解力です。しかし物語となると話は違うようで、全く人の心の機微が分からないというか・・・笑えます。彼が読書感想文の題材に選んだのは「犬ぞりの少年」という本でした。内容はいたって単純で貧しい少年が身体の不自由なおじいさんや畑を守る為に一等の賞金を目指して猛練習をし、レースに挑み、ゴール直前までは先頭を走っていたのに最後の最後で犬が死んでしまう。でもただ怖いと思っていたライバルが後続の選手達を制止してくれて1等でゴールする。というものでした。ところが本はあっという間に読んでしまったものの感想文をどこから手をつけていいのか分からず脱力していました。少し導いてあげようと、いくつかの質問を投げかけてみました。その答えは、私の子育てを少し考え直したほうがいいのかと深く考えさせるものでした。1.身体の不自由なおじいさんがわざわざ窓際まできてレースを応援してくれた。この時のおじいさんの気持ちは?→このまま行けばワシの畑は守られる。絶対に負けるな!2.突然犬が死んでしまった時の少年の気持ちは?→後少しで死ぬなんてこれで税金に畑がとられてしまう。くやしいよ3.犬が心臓は破裂するまで走れたのはどんな想いがあったからかな?→おじいさんの年金はもう無い。ここで勝たなければ困るから死ぬ気で走った。これは冗談ではなく大真面目に息子が答えたものです。確かに普段から、もったいない、とかこれはお父さんが一生懸命働いたお金だとかよーく考えて~お金は大事だよ~♪というのも良く口ずさんだりしていますが、お金お金って、人間にはもっと大事なものがあるだろ~とクサイ事を絶叫してしまった。38才の夏でした。
2005/09/07
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今年の夏は末っ子にかかりっきりでしたが家の中では羽を伸ばしすぎた長男が大変な事になっていました普段必要以上に私に押さえつけられていた長男にとってこの夏休みは普段から「3人の中で何故だかR(長男)が一番かわいいよ」と公言しているおばあちゃんが主に面倒を見ていてくれたので一日中我ままほうだい、ケーブルテレビは見放題、インターネットも無制限と夢のような毎日を過ごしていたようです。おかげで夏休みの宿題は・・・最後の一週間は本当に地獄のようでしたよくダンナやおばあちゃん達から宿題も忘れ物もガミガミ言わずに忘れたら忘れたで恥ずかしい思いをすれば自分で考えると言われるのですが、ウチは忘れたら恥ずかしかったという域にまだ達していないようで「怒られたけど、とりあえず何とかやり過ごせて良かった」と思って反省などという文字は彼の辞書にはないようです。でもきっと、忘れたら恥ずかしいなんて思う子供だったら最初から忘れたりしないんですよね。なんだか最初に書こうと思っていた事とだいぶ話がズレてしまいましたので次回は衝撃の読書感想文についての事を書こうと思います。
2005/09/06
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今日術後はじめての検診へ行って来ました。その病院での外来は初めてだったので色々と驚く事がありました。実は診察券には患者(小さい子の場合には親と一緒)の写真が載せてあります。写真を写された時は単純に患者を間違えない為?とか思ったのですがその謎が今日説明を受けて判明しました。実はそこの病院は診察券を受付に出した後アナウンス等で患者の名前を呼ぶ事はプライバシーの保護の点から行わないそうです。それではどうするのかというと、係りの方が(事務の方だったり、看護婦さんだったり)各患者の所へ直接声を掛けに来てくれるのです。病院の呼び出しって聞き逃さないように結構緊張しますがこれなら安心ですよね。またその日の病院でのスケジュールを記入した用紙を持って検査や診察をするのですがその用紙は一日の予定が終わり会計の案内の時に診察券と一緒にコピーしたものを貰えます。もしかしたら世間ではそのような病院は増えているのかもしれませんが、私はそういう病院は初めてだったのでちょっと感動しました。どこの病院へいってもこういったサービスが普通に受けられる社会になったらいいなと感じた1日でした。
2005/08/24
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またまた入院関係です入院中娘の担当の先生は全部で3人でした。まるでドラマのように見た目と担当が合っていていました。外科の手術をする執刀医の先生は落ち着いた物腰でスマートな外見、お話しするといかにも外科の先生といった感じで、とてもさっぱりとした印象、決め手は指がとても綺麗(いかにも器用そうな指でした)そんな先生でした。外来を担当する先生はお話が分かりやすく、とても誠実な印象で頭いいんだろうな~という雰囲気の先生。小児病棟の先生は関西弁を話すおもろいおっちゃん風の(失礼!)先生。実際には医者としての能力と外見は関係ありませんが、今回何故かあまりにも皆さんはまり役だったので気になってしまった。人はその役をもらうとそれらしくなってゆくものなのですかね?そう言えば時よりニコニコした、感じのいい初老の先生が病室に現れたのですが、院長先生だそうです。う~んこれまたピッタリ!!それにしても、もしも本当にブラックジャックがいたら絶対にキープしておきたいですよね。勿論ウチではあんな高額なオペ代は払えないので、訳ありのビンボー家族という設定でタダでオペをしてもらうしかないですが・・・
2005/08/23
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手術が終わった直後のお話人は生まれてから死ぬまでの間に何回くらい写真に残しておけばよかったと思う瞬間があるのでしょうか今回心臓の手術と言う事で本来ならば写真なんてふざけた事をとお思いでしょうが幸い娘の症状は軽く親にも余裕があったせいか妹が沢山の管に繋がれて手術を乗り越えた姿を他の兄弟達にも見せてあげたくてある決意をしました。それは手術が終わった直後のICUでの面会時に写真を撮ってしまおうということです。勿論、その時点では娘はまだ意識が戻っていないしいきなり写すわけにはいかないので先生の許可をもらってからという事で夫と待合室で話をしました。そうこうしているうちに手術が終わり看護婦さんに名前を呼ばれ手術室へと呼ばれました。案内された先はいきなりICUへ入るのではなくその手前の小部屋でした。そこで執刀医の先生から今回の手術の結果について説明を受ました。無事終わった事を告げられ本当に嬉しかったです。しかしそれも束の間、恐る恐る先生に家で待っている子供達に妹の頑張っている姿を見せたいからICUでの姿を写真に撮りたいと切り出してみました。先生は意外なほどあっさりと快諾してくれました。そうしてICUでの対面思っていたよりも傷は小さく口に酸素をくわえていたのは痛々しかったですが思ったより身体も温かくホッとしました。そして横にた夫に目をやると沢山の看護婦さんや先生方に見つめられてすっかり緊張してしまった様子。夫は一礼をし、そのまま立ち去ろうとしました。それを見た執刀医の先生がお父さんどうぞお写真撮っていいですよと、わざわざ言ってくださったのにシャッターを一回押すのが精一杯の夫もういいのですか?の問いにはいと答えそのまま控え室の方へと去ってゆきました。控え室での夫はあ~成功してよかったと言いながら自分の撮った写真を見て一言なん~だ~もっといっぱいとればよかった~とポツリPS.娘の写真は一枚きりでしたが手術を待つ控え室でのお互いのだらしのない姿は(食べたり飲んだり、雑誌を読んだりets)大量に写してありました。はぁ~
2005/08/22
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以前も兄弟喧嘩について書いたことがあるのですが先日病院へお見舞いに来てくれた6才になった娘と8才の息子と一緒に食事をしたのですがその時話題が兄弟喧嘩の事になり2人にケンカの途中で大人が止めに入るのってどうかな?と聞いたところ、二人ほぼ同時に絶対に嫌だ!最後まで子供だけでやらせて欲しい!!そしていつもすぐにピーピー泣いて、私の所へ助けを求めに来る娘の口から殴り合っていても思いっきりやりたい!!!とも言われました。そうか自分の限界は自分できちんと見極めているんだな。一人っ子の私には兄弟喧嘩はいつまでたってもさじ加減が難しいですが自分が考える以上に本人達は楽しんでいる?のかもしれないそう思い兄弟って奥が深いなと思いました。そういえば一人っ子は寂しいでしょうと小さい頃からよく言われるのですが私は唯の一度もそう思った事はありませんこれは本当の事です。
2005/08/18
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今回の入院は娘の心臓の手術の為でしたが前回のカテの入院と比べ同じ小児病棟でもこんなに違うのか!というほど雰囲気の違うものでした。カテの時は大学の付属病院の小児病棟だった為に実に様々なお子さんがいました。中にはおそらくこの子は自分よりも確実に早く亡くなってしまうのではないかと思われる子や病気の原因は分かっているのに直す手立てのない子供、でもそんな状況でも健気な子供とそこに付き添うお母さん達の明るさに人のお家の事なのに涙が出るそんな感じでした。病室も昔ながらの少しグレーがかった印象でした。正直子供の病状もさることながら、あの雰囲気の中で又何日も過ごさなければならないのかとおもうとそれだけで気が重くなっていました。ところがです、今回実際に入院した病院はそんな私のイメージを根底から覆すものでした。手術を受けた病院は東京の調布にあるのですが、仕事の都合もあり診察は新宿の方で受けていたので入院当日まで調布の方の病院へは行った事が有りませんでした。到着しての第一印象はなんて綺麗な病院だろうというものでした。オープンしたのが一昨年の12月という事で出来てから1年半程という事もありますが中のスタッフの方々もとても丁寧かつ迅速でロビーもまるでホテルのような感じで驚きました。しかし本当の驚きは小児病棟へ着いてからでした。私の頭の中では はかない 感じの子供達がたくさんいるのでは。そう思っていたのに、中央にあるプレイルームでは子供達が汗をかきかき遊んでいました。確かに健康な子供が見ても楽しそうなクッション?でできたお部屋などもあり、術前の子なら当然大喜びで遊ぶでしょう。でもよく見ると中には心電図の機械を小脇に抱えて跳びはねたりしている子もいます。本当にみんな楽しそうでした。勿論そうではないお子さんもいましたが、基本的にここには心臓の手術に耐えうるだけの力をつけた子だけが外科の手術を受けに来ています。また直る事を前提に手術を受けている事もあり子供もお母さん方もみんな明るく元気で前向きです。例えば娘と一番仲良くしてくれた子はなんと7回も入院をしそのうち4回は手術だったそうです。でもお母さんもお嬢さんもとてもおおらかで元気ハツラツでした。外科っていいな~心からそう思いました。病室も一人一人の区画が広く、壁には青空と雲がプリントされた壁紙が貼ってあり明るく清潔な感じでした。また椅子兼簡易ベットもとてもしっかりとしていて良かったです。こうして約10日の間に自分の病院、医療に対する考え方を大きく変える事になりました。
2005/08/17
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予定よりも早く退院できました経過が良かったのもさることながらお盆休みの小児病棟は本当に混んでいて婦長さんに追い出すようでごめんなさいねと言われながらの退院でした入院生活はナカナカ快適で?病院に対する考え方がだいぶ変わりましたしばらくは自宅療養が必要なのでできるだけ日記に書き込みができるように頑張ります!!それにしても汚くても狭くてもうるさくても我が家はいいな~
2005/08/12
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遂にこの日になってしまいました明日から子供が入院です私も付き添いで行ってきますそれにしてもまだ支度が終わらないこんなんで大丈夫なのかな~
2005/07/31
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明後日入院なのにまだ何も用意していない今朝大慌てでお兄ちゃんをサッカー教室の合宿に連れて行きそのままぐだぐだしていたらこん時間になってしまったしかも明日はおねえちゃんのお誕生日会もあるしこのままじゃいけないーという気持ちが強くなるほどさっきから関係のない用事ばかりしてついに普段忙しいを理由にサボってばかりのこの日記を書いたりしてダメ人間です
2005/07/30
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前回手術の代金について夫婦でビビッてしまったとかいたのですがその後病院からの入院の案内や保健所窓口の方また以前手術をした娘のお友達やこの日記のお返事の欄などから手術の費用は全額給付される事が分かりましたこの制度の概要は事前申請が原則満18歳未満肢体不自由、視覚障害、聴覚・平衡機能障害、音声・言語・咀嚼機能障害、心臓障害、腎臓障害、その他の先天性内臓障害、免疫の機能障害がある人で手術などにより確実な治療効果が期待できる人を対象に医療費を負担してくれるそうです本当にホッとしました実は何故こんなにあせってしまったかというとほんの少し前に知り合いのお子さんが腎臓障害でアメリカで手術を受ける事になり費用が2千万円かかる為にカンパをつのって先日ようやく出発出来たという事があり手術=高額というのが頭にこびりついていたのです話は少し違いますが2年くらい前にウチの近所で子供の誘拐事件がありました事件はすぐに無事解決したのですがその時数千万円の身代金が要求され(あまりはっきりと覚えていませんが)とりあえず親御さんが数百万円をすぐに用意し支払ったというような報道がありましたこの時夫ともしウチの子だったらと考えたのですがおそらく犯人の要求するお金の十分の一ぐらいの金額・・・いやもっと少ないかもをどうにか集めるがそのお金がピカピカの帯のついたピン札なんかじゃなくておじいちゃんの腹巻きから出てきた様なしわくちゃのお金や千円札を10枚束にしたお金やらで構成された最終的な合計金額がもの凄く中途半端な金額を犯人にこれが全財産ですなんていうメモ書きと一緒に渡す事になるよねと笑いながら話していたのですがあれからもう何年も経っているのにその状況は全く変わっておらずそろそろ笑えない状態になって来ました。はぁ~
2005/07/26
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子供の心臓の手術の為に2週間お休み下さいそれじゃ仕方ないですねハイ分かりましたあまりにもあっさりと了承されてしまいちょっとびっくりでも良かったですところで今回手術をするにあたり育成医療の申請というのをするのですが(手術に関わる費用を補ってくれる医療証です)その書類の内1枚を担当の先生に書いてもらい内容の一部に費用の欄があるのですが手術費は350万円!!とあり、夫婦で無口になってしまいましたこれって相場とかあるんですかそれとも明確に何が幾らとかあるものなのでしょうか気になる~
2005/07/14
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長男が小さい頃何か決める時「どっちがいい?」とよく質問しましたそれはお友達のお母さんが子供が将来自分の意見をはっきりと言える様になる為に必ず相談するんだ~と言ったのをそのまま真似っこしたものでしたところが私の場合自分と子供の考えが違ったりすると自分の意見同意させようと必死になって説得したりして・・・でも子供も「どっち」などと聞かれてしまったものだから意地でも意見を通そうとして・・いつも最悪の結果を迎えてしまいましたつまり必要以上の大人の力で子供の考えを押さえつけてしまうことですそうして子供はどっちでもいい が口癖の子になってしまいましたこれはさすがに自分自身ものすごく反省しましたそこで、何でもかんでも相談して決めるのではなく親がどうしてもそうしたいと思う事は何の相談もなく決める事にしました(こんな事に気が付かなかったわたしは本当におポンチだなぁ~)独裁政権それでよかったんです。ここは自分の城です。そして子供にとやかく言われた時は「我が家流」という言葉で押し切りますだってそれくらいはっきりと言い切れないと何かあった時に泥をかぶれません考えてみたら子供では全く判断つかない事ってまだまだ沢山ありますそもそもそんな事を選ばせるのは親としてある意味無責任だったなと思いますもちろんこれはいつまでも続けられる事ではなくもう少し子供が成長したら子供の考えが優先される事が増えてくると思いますとりあえず今は親の意見が第一でもたまにはガス抜きも必要ですよね そこで親にとって多少の意見はあるが子供自身に任せて決めさせる事もありますこれは自分自身で決めて失敗した事なので他人のせいに出来ず凄く学ぶ事も多いようですただどちらの判断も必ず守っているルールがありますそれは他人や他のお家とは絶対に比較しないあくまでも自分自身がどうしたいかを良く考えると言う事です最近長男がこんな事を言いましたあんなにめんどくさがって練習も嫌がっていたピアノなのに辞めるーなんて言っても無視してどんなに怒っても良かったから続けさせてくれれば良かったのにーそれを聞いていた妹もあの(壊れちゃった)おもちゃ泣いちゃっても絶対に触らせなければ良かったのにーはーそんなものですかチャンチャン
2005/07/11
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娘の手術が決まり24時間付き添いの為に仕事を休まなければならないのは確実なのに派遣の営業からは、派遣会社として話をしますと言われ続けてきたものの毎日顔を合わせ(しかも研究開発室などという部署の為少人数の部屋で過ごしているのに)そんな大事な話を第三者を通してするなんて正直嫌でした今日営業と話をして、自分自身の口から明日話す事にしました入ってすぐにいきなり3週間近く休ませて下さいというのはちょっとドキドキものですがなんだか少しホッとしました今の職場の環境はホントすごく落ち着いていてやりやすいので出来ればこのまま続けたいですがどうなることやら乞うご期待
2005/07/04
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娘の手術を八月のお盆の時を利用してやる事に決めました数日の間に色々のな事がありましたがやはりやれるチャンスがあったのにやらなかった後悔はしたくないので・・・仕事は・・はぁ~一応来週の月曜から行きます自分としては仕事を始める前だし、事情が事情なので先方に状況を説明して、それでもいいと言ってくれるのならば始めたかったのですが派遣の担当者からは、仕事は黙ってスタートさせて下さい話は派遣会社の方から7月中にしますと言われました半年は必ずいて欲しいというのが条件だったのでなんだか騙してるようで、嫌な感じです入院は、2週間の間なので、お盆休みを交えればそんなに沢山お休みをもらわなくても済むので、こちらとしては手の内を見せて就業したいですもし説明してそれは駄目です。と言われたら、それはそれで双方納得がいくと思うのですがもし途中で話を聞いてそれじゃ困るとなってもお互い嫌な気分で仕事をしなければならなくなってしまうのでなんだか辛いです派遣会社っていい点も沢山あるけれどでも営業の人っていつも最後に営業成績のかおりがしてしまう
2005/06/22
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ようやく検査入院も終わり結果も出て一安心?していたのですが事態は急展開してしまいました。実はずっ~と打診されていた仕事がいくつかあったのですが、そのうちの2つは今まで希望していても実績のなさからお声がかからなかったものでした。CADに少しでも詳しい方ならすぐに分かると思うのですが現在建築関係のCADの主流はAutocad(オートCAD)というものです。しかし私は長年DRACAD(ドラCAD)という機種を使って仕事をしてきました。その為どうしてもDRAを使う仕事ばかりがきてAutocadの仕事はまわしてもらえませんでした。ところが先日とある誰でも知っている大企業からAutoCADを使った仕事の依頼がきました。条件的にも願ってもないようなものだったのですが、唯一1年契約という点がネックになってしまいました。心臓の手術を1年待つという事はもう一度カテーテルの検査が必要になるという事です。当然その分子供に負担が掛かってしまう。もう一つの依頼はやはりオートを使うものですが、規模的にはすごく小さくかつ建築の図面ではないという仕事でした。正直建築一筋なので不安もあります。但し期間は半年。随分悩んだ結果半年の方に行く事にしました。とりあえず半年実績が作れればこれから仕事の幅がぐ~んと広がると考えたからです。そうして契約書をかわしました。多少残念に思う気持ちもありましたが採用のための面接には数名来たようで、その中から選んでもらえ私的にはそれなりに満足をし半年後の手術目指しがんばろーと思っていたました。ところが昨日セカンドオピニオンとして紹介された病院で診察してもらった結果なるべく早い手術を勧められてしまいました。手術をするべきかどうかもびみょーな状態といわれてその判断を仰ぎに診察に行ったのですがいきなりなるべく早いうちの手術(3ヶ月以内ぐらい)を勧められてしまい動揺してしまいました。この結果の違いは先生の見解の相違というのもあると思いますが最新鋭の機械を導入している(それを使いこなせる先生がいる)かどうかの違いによるものだと感じました。なぜなら今までの診察ではエコーでもナカナカ映りにくかったびみょーな部分が昨日の病院のエコーでは素人の私が説明されてもああなるほどと分かったからです。一概には言えませんが設備の良い病院というのは捨てがたいと思いました。前日契約書にサインをしたばかりなのに一、二ヶ月なら大丈夫ですがそれ以上はなんとも言えないと先生に宣言されてしまい・・・勿論一番は娘です!でもでももしかしたら半年間ほとんど変化なくいく可能性もたぶんに含んでいるそうです。でもでも万が一進行が早いと心臓の穴を塞ぐだけではなく最悪弁を取り替えるという厄介な手術になる可能性もある・・・月曜日まで良く考えてもう一度電話して下さいと言われました。毎月定期検査を受けて様子を見ながらこのまま仕事を始めるのはわがままなのかな~
2005/06/17
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カテの翌日 6:00 母起床 何故か足の紐が2回転してしまっている おそらく寝返りをしたと思われる 一旦紐を解いて結びなおす 6:30 娘起床 開口一番に、ほどいてと言う 先生が来たらほどけるよの一言に安心したのか以後あまり言わなくなる 7:00 TVを見たりして過ごす 8:00 食事 座って食べたい と主張するので先生の診察の後食事をする事にする 9:00 先生の回診 無事足の紐がほどける10:15 夫が病院へ到着 只今単身赴任中で土曜日であるこの日はじめて病院へ来る10:30 今回の結果の説明 本来は昨日のうちに説明があるらしいが今回は夫も同席している時にして欲しいというこちら側のリクエスト に応えて翌日になる 説明はパソコンのモニターを見ながらだったのでとても分かりやすかった パソコンの画面と言っても動画だったしエコーとかの数倍鮮明なのでちょっと感動ものでした 心臓ってこんななんだと今更ながら感心する この画像欲しいと思ってしまう11:10 別室にて先ほどの結果を踏まえた一歩踏み込んだ説明を受ける 退院後の注意点や診察日などの説明も同時に受ける12:00 昼食 夫の買ってきてくれたお弁当を食べる 菓子パンやおにぎりの生活だったので嬉しい13:00 看護婦さんの指示で退院と簡易ベットの清算へ行く 明日は日曜日なので今日中に済ませておかないとマズイらしい14:30 夫を残し一旦家へ帰る どうやらお祖母ちゃんが孫二人の面倒に少し疲れてしまったようだ15:00 家に到着 ホンの数日だが久しぶりに会う子供達は今までと少し違って見える 子供なりに頑張っていたらしい19:00 病院へ戻る 19:30 娘が今日は夫の方がいいと言い出し急きょ夫が泊まる事になる 何度もいいの?と確認をするが。うん大丈夫の返事。ちょっぴり寂しくもある20:00 二人を残し病院を後にする 直後にやっぱり私のほうがよかったと娘が落ち込んでいるとのメールが届く しかし既にバスに乗っていたので諦めてもらう 寝る時こうした方がいいよといった内容のメールの交換を何度かする21:30 どうにか寝たとのメールを受け取る 結局私の付き添いはここで終わってしまった。今回の事を振り返ると、うちの場合はカテはやって良かったと思う。傷口は2箇所あるが、どちらもとても綺麗ですごく小さくむしろ遊びで出来た膝小僧の擦り傷の方がよっっぽど目立っている。子供はあまり何も言わなかったが、処置室の前を通る時ここが怖かったと言っていた。またお家でやるお医者さんごっこもみょーにリアルである。例えばタオルを腕に巻いて血圧を測ったり・・・少しだけ補足ですが5日目は朝食事の後先生の回診の時になんともなければ午前中に退院ですと言われ10:30ごろには病院を出たらしいさて久々に再会した兄弟は、はじめの2時間ぐらいはとても仲良く遊んでいたが、それ以降は普段と全く変わりのない激しいお付き合いをしていました。ちなみに翌日から保育園へ言ってもいいができれば2~3日お休みしてゆっくり過ごして下さいと言われました。またジャンプやかけっこも少しの間控えて下さいと言われました。※3日目までは比較的しっかりとノートをつけていたのですが4日目からは少しいい加減で記憶をたどりながら書いている所もあります。
2005/06/12
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このページをはじめて1年経ちました年を重ねるほどに1年が早く感じられるようになりますそんな話を90になるお祖母ちゃんと話していたらお祖母ちゃん曰く65過ぎたら早いだそうですなるほど
2005/06/09
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昨日の続き12:20 戻ってきた時の先生の説明 水物は飲ませてもOK 食べ物は3時のおやつの時に先生が見に来るのでその時にOKを出しますとの事でした 足は動かしてはいけないので紐でベットの柵につないでおく 膝もあまり曲げてはいけない 腰は曲げてはいけない。つまり座ってはいけない 但しベットを15度くらい傾けるのはOK これは本人は勿論だが見ているのも辛かったです 15:00までの間は15分おき位に検温、血圧、オシッコをしたかどうかのチェックに看護婦さんが来る12:25 ブリックタイプのジュースを一気に1本半飲み干す この時ほど曲がるストローのすばらしさを実感したことはありません さすが病人用に開発された製品ですよね だいぶ意識がハッキリとしてくるにつれ、座りたい~、抱っこして欲しい~と泣き叫ぶ。 さらに追い討ちをかけるように空腹にも気づき、なんか食べる~も加わる。 そうなってくるともう収集がつきません。 しかし我が子ながらエライ!!と思ったのは、どんなに叫んでいても腰から下は動かさなかった事です。 上半身はあんなに動かしているのに(涙)14:50 先生が来たらクッキー食べていいですか?ってきくね と健気に言っていたのにこの言葉を最後に18:30まで寝てしまう15:00 主治医による回診 一度看護婦さんの腕にしがみつきながら寝言で クッキー食べたい~ と言っていました 18:00 食事がくる19:00 先生が様子を見に来る しかし動けない、空腹、点滴が気に入らない!!でもの凄く不機嫌 先生の粋?な計らいで点滴をはずしてもらえる事になる 正直この入院で一番嬉しかった事です ところが連絡が上手くいかなかった様で(先生が頼んだのが別の患者さんの担当の看護婦さんだったので) 結局はずしてもらうまでに30分近くかかる これは~ちょっと~ (はじめに点滴を見に来てくれたのは先生の発言から10分後、私がナースコールで看護婦さんに確認したのが それから15分後、確認をとって来ますと言って実際にはずすまでに5分~10分) はずしてもらってから食べるねとじっと我慢している娘がかわいそうでした やっと点滴がとれたのに、今度はお腹は空いているが座って食べられないのが辛いようでナカナカ食べようとしない ようやく諦めて食べると言うが今度は 自分で食べるーと、大騒ぎ 結局自分自身でスプーンを使って食べる これはネタでもなんでもないのですが、この日のメニューはよりによって、納豆とヨーグルトでした。 他にもあったのですが本人はこれしか選びませんでした この状況は今なら笑えますがあの時は本当に・・・21:00 消灯 ここから先は前向きな彼女の性格に本当に救われました 少しづつ足の形を変えては これは大丈夫?と質問 そのつど看護婦さんに確認 するとそれなりに大丈夫な姿勢があるようで精神的にも少し楽になった様です もしもこんな状況になった時には積極的にしつこくしつこく看護婦さんに質問してゆく事をお勧めします。 こうして夜はふけてゆきました。 夜中疲れてしまったようで思ったより起きませんでした。(私が起きなかっただけ???) ちなみ午後からの予定だったKちゃんはのどの渇きにより泣き続け、微熱も下がらず、結局カテは翌週に持ち越しになってしまいました。 中止が決まりジュースを飲んだらすぐにすやすやと寝てしまいました。 食事制限の時間が3:00AMと同じだったのできつかったようです。 うちがもし後半だったらやはり同じように駄目だったかもしれません。 やるなら午前中をお勧めします。
2005/06/08
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いよいよカテーテルの本番当日2日前に説明を受けた時の当日のスケジュール 3:00 飲食禁止 8:00 看護婦さんにより準備を開始する 8:30 部屋を出発 9:10 カテーテル開始10:30~11:00 病室に戻ってくる15・00 麻酔が切れる一晩足を伸ばしていなでればならない土曜日には普通の生活というものでした。その日は朝から看護婦さんも「いよいよね」と声掛けを頻繁にして下さる 6:30 起床 7:25 浣腸へ行く トイレで看護婦さんに手伝ってもらう 上手くできるか不安でしたが たまたま手の衛生を促すポスターでウンチに顔のついた数種類のウンチ君?のイラストが描かれていたのでそれ を見ながら 「○○はどんなウンチ君か調べるんだって。どんな子かな?」 の問いに 「たぶんね~青だと思うよ!」 とノリノリで楽しんで?いました。 子供用の小さな水洗トイレだったのも彼女の満足度を上げる結果に なっていたと思います。 7:40 渡された手術着?のデザインは新生児の時に着る短肌着のような感じでした しかしサイズが合わずもの凄く着るのをごねる 「あかちゃんじゃないからイヤー」 と言っていたが、多分いつもと違う周囲の雰囲気にすごく嫌~な予感がしたのだと思う 子供ってこんな時は本当に勘がいいですよね 8:00 持参して行ったビデオカメラでどうにか機嫌が直る 病棟の先生がご挨拶に来る 8:25 「処置室へ行くので抱っこで一緒に来て下さい」と言われる 処置室は病棟の入り口付近にあり麻酔と点滴をされる 部屋の入り口で先生に子供を渡す 看護婦さんや大勢の白衣を着た先生方に連れられて凄く不安そう 8:30 処置が終わり出てくる 子供なりに状況を把握し(今回は心臓の検査の為の入院であるという事は彼女自身よく分かっている) 泣かないで頑張ったようだ お子さんによっては抵抗したりして30分近く掛かる場合もありますよと後から聞きました ここからはもの凄く頑張った子供と、もの凄く気の抜けた駄目親のお話 8:30 子供用のストレッチャーに乗せられた娘が処置室から出てくる 何だかとても痛々しい 先生に「本当によく頑張りました。何か声を掛けてあげて下さい。」と真顔で言われる。 前日あまりよく眠れなかったので、頭がボッ~としていてかける言葉が見つからない やっとの思いで「がんばったね」と一言 5~6人ぐらい(正確には数えていません)の先生と看護婦さんと一緒に出発 EVを使って地下の放射線治療室へ行くのだがストレッチャーを取り囲む先生方の後からついて行くと 「お母さん、近くへ行って上げて下さい」 「何か声を掛けてあげてください」 と再び言われ、表情のあまりハッキリしないその顔を見ながら またまた言葉が見つからず 「がんばってね」と一言 8:35 放射線治療室の前に到着 「ここからは我々が頑張ってきます、病室で待っていて下さい」みたいな事を言われるが 「最後に何か一言かけてあげて下さい」 の一言に頭が真っ白になる えっ!また~しかもこんなに大勢の病院関係者に囲まれて!! でも子供を見るとうっすら涙目になっている。この大事な場面で突然8年前のことを思い出す!!(これは最後に書きますね) この場に一番ふさわしくない おかしさ がこみ上げてきてしまうヤバイですよね そして再び「がんばって」と声を掛けたものの、それだけでは能がない気がして、でも何も思いつかなくて 「なんか買ってあげる」のような事を言った様な言わないような。定かでない・・・シャッキとしたいですハァ~ァ 8:37 病室で待っているように言われ、部屋へ戻る 9:00 一息してテレビをつけ、朝ご飯でも食べようかなと、おにぎりをがぶり 丁度その時に「Tさん」とカーテンを開けられる 本日カテをやって下さる先生が立っていて 「これから行って来ます」とごあいさつにいらしたのだ。 海苔だらけの口で「おねがいします」とこちらもごあいさつ。10:50 戻ってくる準備の為に看護婦さんがベットを整えたりしてくれる なんとなく落ち着かない時間を過ごす。持ってきた本も読む気にならない11:30?少し疲れたのでテレビをつけベットに寄りかかりアンパンマンのついたジュースを飲んでいるとカテをして下さったK先生が 「無事終了しました。詳しい結果は後ほどですが、思っていたよりもいい状況です」と報告してくれる。 ゆるんだパンツのような状態の母親の姿に我ながら情けなくなる。12:20 ここに居て下さいと言われてから1時間近く経っても戻らないので ついつい自分のお昼用に買っておいたアンドーナツを子供の絵本を見ながらがぶり 絶妙のタイミングでカーテンが開き助手をしていた先生が「もう戻って来ますよ」と一言 私は大慌てで先生の目の前で手にしたアンパンを直接本に挟み、 ぎゅっと押しつぶして本を台の上に置き(何でこんなことしたんだろう) お砂糖たっぷりの口で「ありがとうございました」と言う先生方は皆さん真剣に取り組んで下さっているのに(表情も一様に深刻)なのに何故母親だけこんなにも緩んでいるのか!!いい訳ですが昨日までの娘があまりにも元気+説明を受けると大変な検査だと思うのだが、検査とういう言葉に手術とは違い軽いという感覚が心のどこかにあるからなのだと思う。12:25 遂に娘が戻って来た長くなってしまったので続きは次回にします。
2005/06/06
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2日目はハッキリ言って何もない。明日の為にゆっくりする。これだけだそうで今日の目玉は教授回診! 6:30 起床 テレビを見ながらベットの上で遊ぶ 8:00 朝食 牛乳とオレンジを少し 8:45 往診 聴診器をあて問診特になし 先生が去った後もの凄くご機嫌ナナメ 帰る~と大騒ぎ 9:30 看護婦さんにより 検温 血圧 問診 この時今日は先生が診に来るからベットで待つように言われる10:45 いよいよ教授の回診 本当にドラマの様に大勢で来る しかしウチは 「○○ちゃん(娘の名前)頑張って」と言われただけ 時間にして10秒くらいだった 天皇皇后が被災地にお見舞いに来てくれた そんな印象でした そしてやっとプレイルームへ 昨日お友達となったKちゃんと楽しく遊べました プレイルームは思ったよりも広く児童館と同じような感じでした12:00 昼食 さすがにお腹が空いたのかご飯とシャケとお味噌汁をきれいに食べる14:00 入浴 子供の入浴予定は看護婦さんの方から指示がある 時間は一人30分15:00 おやつ 16:00 夕方の往診 夜中3:00からの飲食はしないように言われる16:45 お昼寝18:00 夕食 寝ていたので実際には20:30頃食べる19:00 家に電話 普段はケンカばかりなのに仲良くやっている様でほっとする20:00 明日ウチの後に検査を受ける予定のKちゃんが急に嘔吐20:30 夜の回診 明日のスケジュールを確認21:00 消灯その夜は病室はとても慌ただしく夜間の急患のお子さんが2人程入院してくるそれぞれ色々な病気を抱えているようだ。 ガンバッテお友達のKちゃんは何度か吐いてしまい、微熱もあるようだここまできて中止は辛い・・・あと少しだファイトKちゃん
2005/06/03
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検査入院5日間と言っても毎日何かある訳ではなく前後2日間は予備入院で中日にカテーテル検査をするのです。なので実際にはフツーに元気な状態の子供が病棟内で何日も過ごさなければならないので病気で入院されている他のお子さん達には申し訳ない!という気分にさせられます。しかしながら入院と言うのは恐ろしいもので何日もその場にいてパジャマで過ごしていると病人らしくなってくるから不思議です。さて娘の第一日目ですが・・・5月25日 晴れ朝長女の方を保育園へ預けてから10:00 家を出る10:30 バスで病院へ11:00 外来の受付11:30 処置室にて身長体重の測定11:40 問診12:00 採尿12:40 採血 なかなか上手くいかず助手の(?)看護婦さんと2人掛で腕を絞りこむように採血をする これはちょっと大変でした12:55 医療福祉相談室にて小児慢性疾患の医療証について説明を受ける13:20 入院受付完了13:30 看護婦さんが迎えに来てくれて、いよいよ入院 病室は元8人部屋を6人用にしたもの カーテンレールがその名残り 廊下側ではあるが端っこだったので少しホッとする13:40 担当の医師の方がご挨拶に来る 3人一組だそうで名前???を一瞬で忘れる メモメモ14:50 看護婦さんに病棟を案内してもらう 色々なお子さんがいて親子でしんみりしてしまう15:00 心電図をとる 左室肥大 可能性として左右共の記述 こう書くと深刻ですが本当にもの凄く元気16:00 3人のお医者さんにより今回の検査の内容と病状についての説明を受ける 今回は動脈と静脈両方から検査をやるそうだ 質問したいと思っていた事があったのに吹っ飛んでしまい半分も聞けないダメ人間でした17:00 心エコー 何度見てもへーと思ってしまう18:00 夕食 不味くはないと思いましたが子供はほとんど食べませんでした 消灯までは上機嫌でまるで旅行気分で柵をあげたりして赤ちゃんみたい、と楽しそうでした20:00 夜の回診 昼の採血が上手くいかなかったらしく 「血液型が判定できないので明日やり直し」と言われる その時無意識のうちにものすご~く嫌な顔をしてしまう ヤバイと思った時に先生が 「そうならなくていいように、検査前の点滴を前倒しにして採血してみます」といってくれた 嫌な顔もしてみるもんだな~ 21:00 消灯 抱っこ~ 一緒に寝る~ ウチに帰る~ と大泣き結局寝たのは11時過ぎ 持ってきたライトで本でも読もうかと思っていたのですが親の方が疲れてしまいそのまま子供と一緒に寝てしまいま した。これが一日目です。ウチの子はたまたま同じ日に、ほとんど同じ誕生日の男の子がやはり同じカテーテルの検査入院をしてきていたので(やはり見た目は同じくらい元気なかわいい男の子)丁度いい遊び相手になってもらいとてもラッキーでした。
2005/06/02
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もしこれから同じ様な入院をされる方の少しでも参考になればと思い今回私が持って行ったモノを書き出してみます。今回の概要カテーテル検査日程 4泊5日条件 24時間付き添い食事 子供の分のみ 親は自分で用意する 売店 病院の食堂は子供を一人に出来ないのでこれは無理でした でもありがたい事にベットサイドでの食事はOKでした 子供も基本的には食事制限なし プリン ぜりー ジュースは子供に与えても問題なし病棟 病棟の出入りはインターホンによるものなので気軽では有りませんでした。遊び プレイルーム有り TVにはDVDの機能も付いていました イヤホンは無くても見れました持ち物 病院の書類 診察券、保険証、医療証 もう少しで忘れるところでした 大判タオル これは凄く役に立ちました ベットの目隠しにしたり、お布団の代わりやお風呂の時にも 敷物 以前ミスドでもらったキルティングのもの ベットの上で遊ばせる時や食事の時に敷きました 洗濯バサミ タオルをベットの柵に掛ける時や子供のおもちゃに 洗濯バサミのおもちゃは保育園の先生に教わりました 3歳限定かもしれませんが大助かりでした 洗面用具 フツーにフェイスタオルや石鹸 N大はお風呂にも入れたので助かりました 箱ティッシュ 腕時計 案外時間の管理が必要です 検査や回診等 置時計 夜中に文字盤が読めるタイプ 秒針の音は出ない方がいいかも カップ お茶を飲んだり歯磨きの時にも お箸 スプーン フォーク あまり出番は有りませんでした 曲がるストロー 寝たきりの時にジュースを飲ませるのに本当に役に立ちました サンダル 子供用と自分用 化粧道具 皆さんフツーに綺麗にしていました お化粧をしているくらいの方が気が滅入らないかもしれません お尻拭き 万能ですよね ふきん 食事のあとの机を拭いたり テレカ 病院内ではケータイが使えないので ペットボトルのお茶 病院内でも買えますが冷蔵庫が使えるので持込の方がお得です 子供の着替え パジャマ 普段着 プレイルームの時はTシャツにスパッツぐらいの方が病人らしくなくて良かったです ジャージ 夜は簡易ベットで寝るのですが案外人の出入りも多くパジャマでは落ち着かないかも 自分の着替え少し 子供のエプロン 食事の時に使いました ミニライト 消灯が9時なのでその後使いました ハンガー おもちゃ 折り紙 ぬりえ 絵本 子供に選ばせました 筆記用具 出番多し 特に油性のなまえペンは必需品でした 印鑑 時々使いました ビデオカメラ デジカメ 子供との暇つぶしに 本 中途半端な時間がいっぱい 日持ちのするような食べ物 スーパーの袋 ゴミを捨てたり何かと便利でしたあと何かあったかな~また思い出したら書き足しますね。これ全部用意すると結構な大荷物でした。ちなみに少し小さめのスーツケースに入れて行きました。置き場所はベットの下です。ベットの下には簡易ベットも置いておきます。
2005/05/31
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四泊五日の検査入院終わりました。結果は思ったより穴が小さく逆流の量も少なかった。よかった~しかし穴の位置が当初の予測より大動脈弁に近く、将来的には弁の変形の恐れがあるそうです。手術するのかしないのか、ちゃんとした今後の方針はまだ未定なのでちょっとの間落ち着かない日々が続きそうです。入院の付き添いをしたした一番の感想は疲れた~&健康っていいな~というものでした。たとえ○○でも、健康が一番そう実感しました。がんばれ!入院中の子供達♪そして付き添いのお母さんおとうさん♪♪また今回入院したN大付属病院の印象は私自身が入院というものを今までした事が無かったので他との比較は出来ませんが担当して下さった先生や看護婦さん一人一人は皆さんとてもいい方ばかりだったのですが看護婦さんと先生のコミニュケーションがあまり上手くいっていないような気がしました。これって良くある事なんでしょうか?私は期限の決まった入院だったので「しょうがないな~」で済みますが、長期の入院だとしたらちょっと気になるかもそれでは今日はおやすみなさい
2005/05/29
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いよいよ明日から検査入院です。全身麻酔もするので、ちょっとドキドキしてます。入院準備は、あれこれとそろえるものが結構あってナカナカの大荷物です。しかし正直あまり実感が無く、だって本当に元気なんですよ。運動もクラスの中では敵なしでこれ以上元気になるなんてあるのだろうか?と思うほどでもダンナが先日に娘に向かって「絶対に川があっても渡ちゃいけないよ 綺麗なお花が咲いていてもだよ」と言っているので、注意しようかと思ったら横で聞いていた長男が「でも水遊びが好きだから入ちゃうかもよ」と一言。あ~もう・・・座布団一枚!
2005/05/24
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来週3才の末娘が検査入院をします。病名は心室中隔欠損症といって心臓病の中では一番多いものです。簡単に言ってしまうと、心臓には4つの部屋があるのですが、隣り合う壁に穴が開いていて、その穴から血液が血管を経由しないで隣の部屋へ直接流れ込んでしまう病気です。この病気は自然に穴が塞がって治る事も良くあるようで、それは心音の変化などからも経過が分かるそうです。病気が分かったのは子供が生まれて2ヶ月目の事でした。4月生まれで割りと暖かな気候だったのに、やたらと風邪ばかりひくので、近所の小児科へ連れて行きました。すると出来るだけ早いうちにきちんとした検査を受けなさいと大学病院を紹介されました。すぐに心室中隔欠損症と診断されました。穴の位置や大きさによって症状は様々です。幸いにも娘は直ぐに手術という程悪い状態ではありませんでした。ところが4ヶ月頃少し困った事が起こりました。実は母乳で育てていたのですが、水分を多く摂る事は彼女の心臓にとってあまり良くない事で、徐々に心臓が肥大してしまっていたのです。レントゲンで見た時に心臓が肋骨の幅(胸の幅)の50%を超えると心不全を起こす可能性があるらしいのですがその時娘は49%にまでなっていました。出来るだけ早く離乳食にして下さい。という指導を受け、どうにかその危機は脱する事が出来ました。その後は症状もとても落ち着いていて、検診も毎月から3ヵ月に一回、そして半年に一回と変わってゆきました。先日その半年に一回の検診へ行き、いつもの様に身長体重の計測、レントゲン、心電図それと先生の問診、その結果全ての経過がいいのでエコーはしなくてもいいでしょうと先生がおっしゃったので、娘も丁度眠くなってぐずり始めていたこともあり、分かりましたと帰る支度を始めました。ところがその時たまたま研修医の人が先生に用があったらしくメモを届けに来ました。すると先生が君、心室中隔欠損見た事あるか?良かったら見せていただかないか?と声を掛けました。よろしくお願いします。と言われたものの内心私はちぇと舌打ちしていました。ところがこれが不幸中の幸いでした。すっかり疲れて寝ってしまった彼女は今までになくじっくりと診察ができたのです。そして先生はレントゲンでは分かり得なかったある事に気が付いたのです。娘は弁の近くに穴があるのですがその弁が、穴の方へ吸い寄せられてきて変形し始めていたのです。これはどういう事かというと、心臓の穴は塞いでしまえば直るが、弁が一旦変形してしまうとそれは手術では直せないそうです。更に今後の経過は良くて現状維持、普通に考えると最終的に弁が吸い寄せられて穴を塞ぎ、一見直ったように思われるそうですが、しまりの悪くなった弁から血液の逆流という恐ろしい事が起こるそうです。この説明の後で検査入院の予約どうしますか?と聞かれれば、お願いします。としかいいようがないですよね・・・以前はエコーが無かったので心音が正常になり自然治癒したと思っていたのに体調が悪くよくよく調べたら(手術したら)弁が穴を塞いでいた。なんて事もあったそうです。そんな事があるなら先生毎回エコーしてよーと心の中で叫びつつ、研修医くんありがとうと心で絶叫してしまいました。そんなわけで、只今インターネットを使い情報を(入院の)収集中です。本当にインターネットってべんりですよね~
2005/05/20
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我が家には車がありません。しかし旅行の時だけはレンタカーを借りて乗るようにしています。普段車に乗る機会が少ないので、子供達にとってはそれだけで凄く嬉しいようです。しかし渋滞などに巻き込まれたり、毎日乗り回していると、初心はどこへやらすぐに、あとどれくらい?なんか食べたい?つまらない?と始まります。そこで車中で楽しめる我が家の方法BEST1は自己紹介です。これが一番盛り上がります。いつもは大声でうるさい子供達が蚊の鳴くような声でモジモジしながら自分の事を話しはじめます。このポイントは、お母さんが司会になって勝手に今日のお当番を決めてしまいながら指名をしてゆく事です。例えば最近腕時計を買ってもらったお兄ちゃんには、「今日、タイムキーパーをやってくれる○○君です。今日はお昼の時間や帰る時間などが予定通りゆくように指示してもらいます。それでは自己紹介お願いします。それから後で質問コーナーがありますので、一人2つずつ質問を考えておいて下さい。」これを家族全員分やります。係は、車内でのカラオケ係、家族のまとめ役係、お菓子配り係等もの凄くテキトーです。先日の旅行では3才の娘が「今日はニコニコします。」と自ら宣言し、実践に勤めていました。これは毎日やります。前日の反省や注意事項も楽しく伝えられるので我が家では定番となっています。あと<しりとり>を良くやるのですが、3才の娘が入るとなかなか上手くいきません。そこで我が家のオリジナルルールです。ルールはいたって簡単で、みんなは普通にやるのですが、末娘の時だけは、前者のお尻の文字には関係なく好きな単語を言わせるのです。もちろん本人は一生懸命(基準は分かりませんが?)考えて何か言ってきます。結構楽しいですよ。但し特別ルールの子供の前後はなるべく大人になるようにしないと、年の近い子供達からは大ブーイングが起こりかえってうるさくなります。ちなみに私は運転が出来ないので、帰りは子供達と一緒に寝ています。ごめんなさい
2005/05/17
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皆さん将来子供が出来たら一緒にあんな事やこんな事をしたいと色々と考えると思いますが、我が夫には、結婚前の付き合っている頃から語る夢が一つありました。それは、娘が(娘限定)2才になった時2人きりで海外旅行をする。というものでした。きっかけは、彼が卒業旅行でヨーロッパを巡ったときに出会った、やはり父と娘の二人旅の姿があまりにも良かったらしく、そしていつしか僕も・・と心に決めるようになったようです。但し現実はそう簡単ではありませんでした。だって私も行きたーいし、長男もいるし(彼だって黙っちゃいません)それに金銭的にも・・・ところが女神は男の強い想いに微笑んだのでした。なぜなら、その時私は妊娠8ヶ月で長旅には耐えられそうになく、また長男は前回の海外ですっかり外人嫌い(この話はまたいつか)そしてその年の9月あの911があったので、年末年始の航空運賃は空前の安値!!泣く泣くピアノを買う事を交換条件に首を縦に振りました。事もあろうか行き先は、私がずーっと行きたがっていたポルトガル!!それもパックツアーとかではなく、行き当たりばったりのバックパッカーで!しかもリュックの中身の半分は子供用の紙パンツ。期間は約2週間。普段の2人の関わり?そうですねー土日にホンの少しかかわる程度・・・だったかな一見ドキドキの設定ですが、今これを書いていても、くー羨ましい~と思ってしまいます。もちろん旅行は2人にとってものすごくハードなものだったようですが、でも、いまだに2人の関係は特別なもので、いいなと思います。夫は旅行前と旅行後では父親としてものすごく多くの事を学んで帰ってきました。子供を面倒見る本当の大変さや、子供の可愛さ、そして親としての責任。もし親としての自覚の足りない夫をお持ちの奥様方、是非子供を連れて(言葉のあまり通じない頃の)海外へドーンと出してみてはいかがでしょうか?ビックリするほどの効果があるかもしれませんよHAHAHAちなみに交換条件で買ったピアノを一番活用しているのは夫です。トホホまさにモノより思い出ですね。
2005/05/11
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子供と旅行。親がそこそこ満足できて子供が喜びそうなところを必死になって探しこの8年間様々な所へ行って来ました。しかし子供の感想にはいつも驚かされてばかり。特に自分自身の価値観を変えるほど驚いた子供のコメントBEST1はとある有名な温泉街、子供向けの施設等も充実し、毎日あちらこちら車で遊び回りどうだ息子よ楽しかったでしょうと自信満々で息子のに語り掛けた帰路の車内での息子の一言あ~あのホテルの前の公園一番楽しかったな~またあそこで遊びたいよ絶対にまた来ようねホテルの前の公園?言われた私は???そんなのあったけ?行ったけ?まさか・・・心当たりは唯一つホテルの車寄せの前の小さな花壇と石畳確かにホンの少し子供と遊んだけど順番待ちも無ければさわちゃだめ~や静かに!も無かったけどでもでも、なんでそこなのーと心で絶叫してしまいました。
2005/05/09
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久々に電車に乗り会社で仕事をするようになりいくつか、気が着いた事があります。働きはじめた当初は浦島太郎の気分で、ものすごくブランクを感じました。特にコンピューターのソフトはあらゆる面で8年前とは比べようもないほど進歩していて少し自信をなくしました。やはり仕事をするのには、子育て期間は大きな欠点なのか!!珍しく落ち込みました・・・ところが日が経つにつれて、子育は仕事にプラスだった。と思うようになりました。あれ、以前の私より仕事ができる。という事を一ヶ月間マニュアルを片手に死ぬほどパソコンと向かい合い業務に支障のないほどPCの機能をマスターした頃から感じるようになりました。そう思える一番の理由は、段取りがものすごく上手くなった。という事です。仕事をもらってから終わらせるまでの段取り、これってどんな仕事でもすごく重要ですよね。考えてみたら、育児って常に頭の中で段取りを考えている気がします。例えば大人なら簡単にこなせる銀行へ行ってお金を下ろし、次に郵便局へ行って入金、それから歯医者さんへ行って、夕食の買い物。こんな簡単な事が子供が一緒にいるというだけで考えただけでもうんざりするくらい面倒な事に大変身!!自分が一番楽できる方法を考えながら、持ち物を用意したら、制限時間内にゴールできるように、いざスタート。もちろん途中に泣いたり、言う事を聞かなかったり、突然トイレと言われたり、少しこわいおばさんに睨まれたりと思いもかけない地雷が沢山用意されています。そして評価は、もちろん出来て当たり前、出来ないとどうしてこんな簡単な事ができないの?と一方的に烙印を押されてしまいます。その為とにかくこの8年間朝起きてから、寝るまで毎日毎日常に段取りを考えながら過ごしてきました。おかげで段取りがすごく上手くなっていました。また失敗しないための保険の掛け方(仕事上の)もとても上手くなったと思いす。それから子供を育てる以前は他人に対し少しでも気に入らないと、どうしてこの人はこうなんだろう。と考える事が多かったのですが、人にはそれぞれ育ってきた環境、過ごしてきた人生がある。と思え、他人に対しだいぶおおらかになれるようになったと思います。もしも子育てによる社会での遅れを気にするお母さんがいたら、今目の前にある子育ても決して無駄ではない。と自信を持って下さい。また知識で補える事は子育て中の隙間の時間を利用してやれば、ものすごく引き離される事はないと思います。もちろんその間、真剣にお仕事に励んでいらした方に敬意は払います。だってみんな同じ年代とは思えないほど若く美しい!!これは追いつくのはちょっと難しそうです・・・・ちなみに私の仕事は建築関係です。とにかく自分の人生120%楽しみましょう~
2005/04/27
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ウチの子供はそろいも揃って虫が大嫌い!私も大好きではありませんが、ウン十年前の記憶の中にはちゃんと虫で遊んだ記憶があります。遊んだというより色々と酷い事をしてしまったという方が正しいかな・・・それでもその中から学べる事も多かったと思います。ところが我が家の子供達は触るどころか近くにいるだけでも大騒ぎです。何しろ虫さんが食べても大丈夫なおいしい野菜と、きれいだけどお薬がいっぱいの野菜どっちがいい?の質問に「お薬がいっぱいの野菜ー」と即答するぐらいですから。でも兄ちゃんはムシキングが大好きなので(といってもほとんどやった事はないのですが)これはチャンスとかぶとむしを飼ってみました。が、あ~この子達は本当に虫が嫌いなのだなという事が分かっただけで終わってしまいました。ところがある日おじいちゃんが作っている畑の収穫へ一緒に連れて行ってもらった時の事です。土の中から幼虫が出てこようが、葉っぱに虫が付いていようがお構いなしで夢中になって、心から収穫の喜びを味わっていました。虫の事なんて完全にムシです。今時難しいとは思いますが、フツーに生活の中に虫がいる、魚がいる、鳥がいるやはりそれが一番理想ですよね。しかしながらいつでもそういう機会があるわけでもなく、虫嫌い克服は当分我が家の課題になりそうです・・・ちなみにお兄ちゃんはハトも大嫌い。一度お豆の袋をもって公園へ遊びに行った時に20羽ぐらいのハトの集団に襲われてそのまま袋ごと持ち去られた事がトラウマになっているようです。あっそう言えば犬も大嫌いでもこれは、大好きなドラえもんの、のび太のまねをしているだけだと母は知っているでもこんなおもちゃは大好き!う~ん気持ちが分からん!!!ムシキングアクションフィギュア第2弾023ネプチューンオオカブト
2005/04/07
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今は昔と違って本当に色々な習い事やお教室がありますよね。お兄ちゃんの時には、やる気満々気合十分(もちろん親が)、時間も有り余るほど有り、そしてお金にもそこそこ余裕がありました。そこで色々な一日体験教室へ行ってみたり実際に習わせたり短い間に色々やりました。一番早かったのは、生後9ヶ月の頃の赤ちゃんスイミング。三歳の頃には絶対音感を身につける事を目的としたピアノ教室。陶芸もやりました。もちろんモノになったものは、何一つありません。こんな事なら○○買えば良かった。などとついつい思ってしまいます。何かを期待しなかったかと言ったら嘘になりますが、今にして思えばいったい何をこの子に期待していたのだろう・・・笑っちゃいます。どうも一人目は何かを始めるタイミングがいつも少しズレているように思います。やらせていい事はやらせないで、まだ少し早いかなという事をやらせ、ホント長男には苦労をかけます。いつも済まないね~しかしそんな長男長女にも朗報があります。ある人に聞いた話ですが、長男長女は兄弟の中で何事もいつも一番最初に体験します。その為色々な失敗を経験します。しかしながらその貴重な経験はしっかりと妹や弟に生かされます。例えば小学校や保育園、幼稚園も自分が入るずっと前からお兄ちゃん、お姉ちゃんと一緒に何度も通いその様子を見て学習しているのです。だから弟や妹達は何事もそつなくこなしてゆきます。ホント妹や弟ってそれだけでラッキーですよね。ところが人生の中でこれが逆転する大事なときが一度来るそうです。それは就職です。さすがに職場は兄弟が一緒について行く訳にはいきませんからね。繰り返し初めてを体験して来た長男長女はここで今までの苦労が一気に花咲くそうです。やったねお兄ちゃん。ところで話が随分横道にそれてしまいましたが、小さな子供がやって一番身に着くのは、やはり家族が一生懸命かつ楽しくやっている事だと思います。わざわざ高い月謝を払い一週間にホンの少ししかやらない事よりも家族がやっている事の方が子供にとってはよっぽど重要な事なのだと思います。ちなみにウチでは囲碁を家族でやるのですが一番下の子は2才になりたての頃から(ルールはまだ理解していませんが)格好だけは一人前にまるで上段者のように上手に打ちます。まさに門前の小僧習わぬ経読むです。それにしても月謝もう少し安くならないものですかね~
2005/03/18
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褒めて育ててあげたい!そう思いつつ、現実はなかなか難しい!ついつい悪いところばかりを指摘してしまう悪い親である。そもそもよく考えてみたら自分自身あまり褒められた経験がないせいかどう褒めていいのか分からない、というのも事実。子供が小さかった頃は何でもかんでも、すごいね~えらいね~(かわいいね~)ですんでいたものが年長さんあたりになってくるとそうはいかなくなってくる。かといって褒めて欲しくてたまらない、そんなそぶりも見せる子供って本当に厄介である。子供の気持ちになって考えてみても所詮想像の世界になってしまうので、(20才の頃の初々しい気持ちに戻るのですら不可能なのにそれ以前の気持ちを再現するなんてアンビリーバボー)だから自分なら人からどんな風に褒められたら嬉しいのかを考えてみました。そこで私なりの結論やった事出来た事そのものを褒めるのはもちろん大切。でも一番は、やれた事出来た事を通じてその子自身を認めてあげる事。もちろん口に出して伝えましょう。誰かが自分を認めてくれたという想いはものすごい自信にもつながります。それからこれは応用編として、夫、おじいちゃん、おばあちゃん老若男女全ての人に使えます。時には素直に相手を認めてあげたくない時もあります。でもそこでぐっと自分の心と折り合いをつけられるようになったら、自分自身も成長できる時だと思います。そういう褒め方をすると100回に1回しか褒められなくてもしっかりとその部分だけは覚えていて兄弟同士で自慢合戦をしたりしてすごく微笑まししいです。何だかうまく自分の言いたい事が書きこめなくて文章力のなさにがっかりですが、とにかく自分自身に自信が持てるそういう子に育ててゆきたいです。
2005/03/17
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年が明けたかと思ったらもう3月!早いですね~昨年の12月は人生の中でも忘れられないくらい嫌な人間とかかわった一ヶ月でした。1月はその事が原因でなんだか憂鬱な一ヶ月でした。そして2月は派遣社員として10年ぶりにまともに外で働いたのですが、仕事の関係上残業が多く終電休日出勤当たり前!の本当に忙しい毎日で子どもや特におばあちゃんには色々と迷惑を掛けてしまいました。みんな本当に有難うそれにしても、仕事をしながらの育児の大変さを改めて思い知らされた一ヶ月でした。
2005/03/02
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子供の頃学校の先生に「今読んでいる本を大人になってから読み返すと全く違う見方が出来てとても面白い」というお話を度々聞かされました。残念ながら今の私には当時の本を読み返す余裕はありませんが、有線放送により色々な懐かしいアニメを子供と一緒に見れる様になりました。そうするとあの頃夢中になって見ていた頃とは少し違った見方をしている自分に気が付きます。例えば〈赤毛のアン〉このお話は大好きだったのですが泣いた!という記憶はあまりありませんでした。でも先日見たマシューが亡くなる前後のお話はアンがこんなにいい子に育ってそれを誇りに思いながら死んでゆけたマシューはなんて幸せだったのだろう、とかマリラがポツリポツリと話す言葉に共感したり、その複雑な胸の内を考えるとついつい涙が出てきてしまい止まりませんでした。〈フランダースの犬〉では、ネロが死んでしまうシーンもさることながら、おじいさんの亡くなるシーンです。あんなに素直ないい子を残し不安だらけのまま死んでゆくおじいさんの無念を考えるとホント辛くて号泣でした。〈アルプスの少女ハイジ〉では昔はおばさんは意地悪だから嫌い!!と単純に思っていましたが、姉の子供をよくぞあんなにのびのびとおおらかに面倒見てくれた!でかした!!なんて心の中で拍手喝采したりしています。ど根性ガエル(もちろん古い方)も子供の頃大好きな番組でした。昔はゲラゲラ笑っていたような場面でも、ひろしのアホさ加減に母ちゃんの気持ちで一緒になって「馬鹿だね~」とつぶやいたりしてしまいます。私はテレビっ子だったので今子供達とあの頃のアニメを見るのは本当に楽しいです。ロボットものに詳しい主人は息子に尊敬の目で見られたりもしています。私自身は今のアニメはほとんど見ないのですが、将来子供達が大きくなった時に自分の子供と一緒に見て違う角度から見れるようなそんな作品が一つでも多く作られたらいいな~と思います。ちなみに今マイブームなのが〈ハクション大魔王〉のテーマソングです。特に二番いいですよ~なんか今の私のテーマソングになっています。このアニメ凄く見てみたいのですがテレビでやってくれないかなーミトン
2005/01/21
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前回の続きです。〈キレる〉という言葉がありますが、あの日の自分はまさにその状態でした。その日私は仕事の締め切りが迫っていて、とても焦っていました。また連夜の寝不足から疲労もピークに達していたと思います。しかしそんなこととはお構いなしに子供は何かとまとわりついてきます。でももしかしたら本当は大人しく遊んでいたいたのかもしれませんがその直前のことはあまり覚えておりません。そしてイライラが頂点に達した時遂にキレてしまい鬼のような形相で「待ってって言っているでしょうー」と大声で怒鳴りつけていました。一瞬の後、我に返った私が目にしたのは部屋の片隅に頭を埋めて小刻みに震えているまだ二歳の息子の姿でした。このまま仕事を続けていては親子共々だめになってしまう。そう思い仕事を辞める決心をしました。その後すぐに仕事は辞めたのですが、今までの分もこの子を可愛がってあげようという思いと、私はいつまで自分を犠牲にしてこの子の面倒を見ればいいのだろうとか、この子のせいでせっかく積み重ねてきた仕事を辞めたんだという思いがいつも心の中でぶつかり合っていました。それならば子供を保育園へ預けて働けばいいじゃない。と今なら思うのですが、その当時は周囲から小さなこどもを預けてまで働いてどうするの?と言われた言葉や自分の中の小さな頃から集団で規律どうりに生活させるなんてこの子が可哀相という思いが引っかかって保育園という選択肢は選べませんでした。そしてますますアリ地獄へと落ちてゆきました。でもきっとこの頃子供がキチンと言葉を話せたのならきっとこう言っていたと思います。「自分を犠牲にしてあなたの面倒を見ているのよ。といつもため息ばかりのお母さんに世話してもらうよりも、優しい先生と少しケンカもするけれどお友達の沢山いる保育園の方が楽しい。そしてお迎えに来たお母さんが優しく抱きしめてくれていつもニコニコしていてくれる方がいいや~」ところでよく子供は3歳までにその可愛いらしさで親孝行をすると言いますが、私はそれは少し違うと思います。確かに3歳頃までの子供はまるで小動物のように可愛いです。このまま大きくならないで~とついつい口に出してしまうくらい、でも本当に自分がやってきた(子育て)成果が出てくるのは3歳を過ぎた頃だと思うのです。子育てを仕事と考えると最初の3年はこれから始まる巨大プロジェクトのほんの入り口のところで真っ白な紙を前にわくわくしている頃だと思います。3年経った頃ようやくその子らしさがはっきりと出てきます。もちろん子供には持って生まれたものや、発育の善し悪しなど色々な事があります。でもその子の個性は必ずその家の特徴や環境に一番影響されていると思います。例えば子供の言葉遣いを聞いて初めて自分の口癖に気づかされたりする時などは、子は親を映す鏡だなと実感します。結局仕事も子育ても石の上にも三年ですまた3年経つと自分自身にも少し変化が現れてくると思います。以前(子供が生まれる前)よりも少しだけ我慢強くなったとか少こし・・・かなり太ったとか・・・子供が自分の心の支えになってきたと、まー色々です。そして落ち着きを取り戻した時もう一度仕事の事を考えてみましょう。あのまま働き続けていてはきっと得ることが出来なっかた沢山のことをもって、必ずバージョンアップしている自分(と言い聞かせ)で再び社会に挑戦だー!!!なんだか支離滅裂な文章になってしまいましたが、人生をあれもこれも全部楽しんでやるー★それを言いたくて書いてみました。そう言えば本読まなくなりました。働く女 / 群 ようこ【カセット版】
2005/01/19
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子育てとキャリアどちらも捨てがたい。しかし日本ではその両立は本当に難しいと思います。長男を身ごもった時正直仕事にかなり未練があり心から子供が出来たことを喜べない自分がいました。それは生まれてきてからも変わることなく、早く社会復帰したいなと言う思いは日に日に強くなってゆきました。そもそも子育てってちゃんと出来て当たり前!出来ない時は集中砲火を浴びる様なところがあると思いませんか?あと無責任な軽いその場限りのアドバイスも山のようにありなんかいつも自分が認めてもらえていないそんな気がしていました。そんな時知人の会社から在宅でいいから仕事やりませんか、と声がかかり、なんのためらいもなく飛びのりました。仕事の内容は、建築の図面をかくというものです。当然それなりの責任もある仕事で大変でしたが、それ以上に子育てをしながら仕事もこなす自分に少し酔っていたようにも思います。 そしてなんといっても周囲の「子育てやりながら凄いね」この一言があの頃の自分にとってどんなにか励みになったかしれません。慣れない子育てと評価してもらえる仕事、どちらをより優先させるようになったかというともちろん仕事の方です。いつしか子供には早く寝て欲しいそればかりを考えるようになってゆきました。早く寝かせるために外へ連れて行く→ママ同士のお付き合いにへとへとになる→食事をさせて寝かせる→あまりにも部屋が汚れるので(当時はそう思っていました。たぶん今じゃへっちゃらですね)掃除をする→やっと仕事が出来る→あっという間に時間が経ち子供が起きる→もう!と思ってしまう→子供を見ながら仕事をするもうまくいかない→イライラする→早く寝てくれ~と思う→結局仕事を夜中にやる→いつも常に寝不足になる→早く・・・そしてある日ついに自分が耐えきれなくなって爆発する日が来てしまいました。時間がないので続きはまたにします。子供の頃はお茶でリラックスってよく分からなかったけどいまは毎日実感しています。
2005/01/17
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子育てをしていて大変な事はたくさんあると思いますが、子供の数と大変さの関係についてのごくごく個人的な意見を述べさせていただきます。昨今色々な考え方が認められる世の中になってきて本当にうらやましいと母親にはよく言われるのですが、実際に私の周りにも結婚しない人から6人の子持ちのお母さん、シングルマザーと様々です。なので一概にこれくらいがベストなどとはいえないのですが、あえて私の感想を言うとしたら、子供が一人の時は本当に精神的にきつかった肉体的にはあまり覚えてはいません、とにかく気持ちがどうにかなってしまいそうそんな毎日でした。こんな母親と一緒にいた息子もさぞ大変だったんだろうな~ごめん子供が二人になった時だいぶ忙しくはなったけど、気持ちは天国と地獄くらい違っていました。もちろん天国ですよ。一人と二人の大きな違いは、子供が子供同士で遊んでくれるところだと思う。当然ケンカもしてホント嫌になっちゃうことも沢山あるのですが、なによりも大人が一人で居られる時間を作れるのはとても有難いことだと思います。三人目は自己紹介でも書きましたが、生んですぐに四人目が欲しくなりました。それくらいかわいい!!忙しさは二人よりは少し大変だけど、お兄ちゃんがその分大きくなって楽にるので、あまり違いは感じませんでした。それにそんなこととは比べようもないくらい精神的に充実しています。人には色々な事情があるのはよく分かりますが、もし三人目どうしようかと迷っている人がいましたら、是非ぜひ生んで下さい。ちなみに私自身は一人っ子です。子供の頃寂しいと感じたことは特にありませんでした。けれど社会に出るのには兄妹がいた方が絶対にいいと思います。つまり子供の立場からすると一人っ子もありだけど、親として子供のことを考えた時には断然兄妹はいた方がいいと思います。それに苦労して得た自分自身の子育て術を初心者なまま終わらせてはもったいないと思いませんか?新しい事を始めるのはなんでも大変です!でも緊張もとれ上手な手の抜き方も分かってきたらきっとそこがとても居心地のいい場所になるとおもいませんか?とはいうもののもし育てるとしたら四人が限界かな・・それにしても最近みんなちょっと食べ過ぎじゃな~ぃ
2005/01/15
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我が家は全員保育園なので本当は幼稚園のことについてはあまりいえないのですが、お友達から見聞きしたことを交えて自分の感想を書きたいと思います。保育園へ行くにしても幼稚園に行くにしても園の方針は大きく分けて2つになると思います。一つは先生(大人が)が中心になって色々な事をやってくれるところ園によっては水泳や英語だったり鼓笛やサッカーなど様々です。行儀作法なんていうのもあります。もう一つは園児(子供)が中心になって大人はなるべく何もしないこの二つに大きく分けられると思います。しかし私が暮らしている地域では何もしてくれない保育園を探すのがこんなに大変なのかというくらい見つけるのが大変でした。一方様々な特色を比べてどこがいいだろうと調べてみると、これがまた一長一短で、これだ!!というのがなかなか無く結局一番近い通いやすい所に決めているお友達が多かったです。どこへ行っても子供は案外その環境に上手くなじんでゆくもので、よほどでない限り園選びは、子供のことよりは、親が満足できるような所を選んであげるのが一番だと思います。ちなみに家は出来るだけ何もしない自由遊びが中心の保育園ですが、子供は小学校へ入ってから特別遅れを感じることもなく普通に生活しています。要は園の与える影響よりもこの頃の子でども達には家庭の影響の方がはるかに大きいということです。どんなに先生が大好きでもやはりお父さんやお母さんそれにおじいちゃんおばあちゃんには絶対にかなわないからです。余談ですが、保育園の子と幼稚園の子の違いの一つとして知人の小学校の先生が言っておられたのが、保育園の子供はすぐに裸足になりたがるだそうです。これって子供の将来に何か影を落とすことがあるでしょうか?結局これくらいの差しかないのですから、子供も大人も楽しく過ごせるそんなところを選べばいいのではないでしょうか靴下っていつの間にか片方だけになっていますよね
2005/01/14
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