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Feb 27, 2005
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 リモージュの小さな映画館でベルリン映画祭にて金熊賞を受賞した

作品を上映するということ。これは、見に行くべきか、などと、悩

みながら参りました。インティミィテというタイトルで、パトリス

・シェロー監督。実は、そういったことなど、確認不充分で参った

次第です。

 しかし、行ってみてびっくり。無料だし、カメラいるし、監督い

るし。

 私にとってその映画はほんのすこし、不可思議でした。一人の男

が一人の女性に決まって水曜日、会い、二人は肉体関係を持つ。お

そらく、彼らにはない日常の一面をそこで築く。けれど、やがて、

そこには愛が混ざり、、そこから苦悩が生まれる、というようなス

トーリー。フランス人がロンドンで撮った映画。はじめは久し振り

にカメラワークに凝った映画を見たもので少し、興奮。カメラワー

クの面白さって視点の面白さにもつながるでし。だから、何と言う

か。それに、カメラワークの面白さは多くのハリウッドの映画には

かけているしね。

 この映画のセックスについて。確かに興味深かった。でも、シー

ンが多すぎて、だんだん、飽きてきて・・セックスシーンを見なが

らあくびを少し。でも、身体は語る、、という個人的興味に戻れば

そこで、何かを考える価値はありそうだけれど。

 私の好きな映画。本当はもっと、たくさん、リモージュでやってい

ればいいのに、と、少しぐれる。

 おそらく、この頃私が元気なのは少し、行動しているからだ、

と、思う。孤独に陥ったときは好きな監督の作品や、好きな作家の

文章を読む。彼らが私に近いように感じるとき、何だか、癒される

のです。彼らと直接、話をすることはまずないのだけれど、作品を

通じて話をすることができる。精神宇宙がそこから、始まる感じと

もいえる。

 さて、セックスについて。このテーマは少し、躊躇するのです。

軽く扱いすぎるのも好きではない。現代において、扱われることが

頻繁になったテーマだけに、そこへの躊躇も半端ではない。なの

で、やはり、回をわけて、書くことになりそうです。本当はここ

で、リタイヤしてしまいたいかも。

 例えば、自分の経歴とかをばらすのは、簡単なのですが、そこか

ら何をつむぎだすのか。

 例えば、言葉。セックスを通じて。セックスというものは、べつ

に行動としてなされるだけではなく、私たちが存在する、ただ、そ

の中に、切っても切れずにある。

 私は精神だけになろうと、よく、セックスから自分を切り離して

考えようとあえぐのです。時に、身体を持っているということが、

マイナスに感じられて。それは、私の身体を通しての視線、もしく

は誰かの身体に入り込む私の視線があることが、受け入れがたい。

 もしも、精神の愛ならば、もし、それだけならば、愛はそれほ

ど、男女はそれほど、生々しくはないであろう。そうして、私は

いつも、私でいることができるような気がするのです。ある異性の

前では私の自我などというものは私のセックスの中に私を縛りつ

け、私自身を失わせている感覚があるのです。

 相手の存在が、もしくは、セックスにおいて、相手の温かさ、そ

れが、二人の人間の接合という意味を果たすのであれば、逆にそれ

はプラスに働く。接合によって、目をそむけた現実を体を通して

認めることも可能になるであろう。

 人は考える動物です。しかし、セックスにおいて、人は考えるこ

とを忘れ、もしかしたら、人であることから解放されるのかもしれ

ません。というようなことを、俳優さんのお尻を斜めに眺めながら

考えていました。他の動物にも似ているな、とか、思いながら。そ

こで、動作が止まり、孤独に陥ったり、愛し合ったはずの二人の間

に沈黙が走るのであれば、ああ、やはり、人間だと、苦笑もするの

ですが。そういった、人間と人間以外の生命そのものを感じさせる

荒々しさが交じり合う地点では、説明のつけようのない、身体の中

の血液のざわめきのようなものが感じられるのです。目を閉じる

か、それとも、見つめるか。その地点にいる、と、その事自体がと

ても、シリアルなのです。

 映画、、、個人的にはデレク・ジャーマン、ベルトリッチ、タル

コフスキが好きです。タブーを扱ったものが好きです。

 また、私の突発的な考え事に戻りますが、・・・「人に迷惑をか

けてはいけない。」と、いう言葉があるでしょう。少し、私は首を

かしげるのですよね。何だか、人間っぽいような考え方のような気

がして。少し、臭さを感じるというか。

 皮肉屋な私のことですから、ひねくれている私のことですから、

よく「人間なんて・・・・。」って、思うのです。

 今日に全人類を愛せるような寛大な気分になったり、全員、嫌い

になったりするのです。もう、みんな、消えちゃえ、とか、思うの

です。全てが嫌になって、それは、世界の悲惨な事件だったり、殺

しだったり、あらゆる不条理のせいでもあるけれど、みんないなく

なったら、さぞ、すっきり、するだろうな、とか、考えてしまうの

です。みんな、いなくなったら、だって・・・何もなくなるし、争

いはなくなるし、飢えはなくなるし。

 私がセックスをことさらに嫌ったり、私自身を嫌ったり、世界の

人全員を嫌ったり、一秒一秒を嫌ったり・・・

 もし、世界がなくなったら。

 カオスという言葉があります。カオスは混沌という意味ですが、

私の中では何もなくなる、に、連結しているような。カオスが爆発

したら、無になるのではないかしら、、と。

 私はひねくれものです。私はよく、人を不機嫌にします。誰かを

わざと怒らせることもします。私は悲しくないと、私を曲げてしま

おうと、します。

 私は犯罪者を憎むことができません。それが、猟奇的殺人の場合

でも、憎めず。逆に悲惨であればあるほど、憎むことができないの

です。

 私はひねくれものです。

 映画を見ながら、もっと、この映画が激しかったらいいのに、

と、思いました。

 突然、私は怒ることがあります。

 私は私に縛り付けられています。どこかで、時間が止まっている

ような感覚がします。

 書くことを愛しているともいえますが、書かなくては、という気

持もあるのです。

 私には人に迷惑を・・・という言葉が正直のところ、わからない

のです。不条理がこの世に存在して、当たり前となっている空間で

は、そんなこと言ってられないのではないか、と。

 テロリストも悪いと、いえないのです。彼らは目の前で不条理な

るものを見てしまったのではないだろうか。彼らの村が焼き払われ

、彼らの子供が無残に殺され、彼らの妻がおかされ。

 例えば、アトム・エゴイヤンの映画、「アララトの聖母」は、そ

の様を偽ることなく、直接的に描いています。彼らは何を信じてい

いのだろう。「目には目を、歯には歯を。」と、いう言葉がありま

すが、「不条理には不条理で。」

 本当は私は泣きたいのかもしれません。初めて、ビリー・ミリガ

ンや、他の異常殺人ファイルを見たとき、その心のねじれに痛かっ

たのです。曲がらざるをえない、ような、感覚。

 人は根本的に曲がっています。残酷なシーンに目を閉じますが、

好奇心はあるのです。それが、私は人だと思うのです。良心をとき

ながら、強姦のシーンに興味を持ち、殺害シーンに、ジェイソンが

ふるうチェンソーに震えおののきながら、実は、ゾクゾクしている

のです。

 私は人が嫌いになりました。

 けれど、痛みを分かち合うとき、共感するとき、私は人を愛しま

す。どうして、こんなに、極端に変われてしまうのでしょう。愛に

も憎しみにも。

 けれど、目を開ければ、私は人が嫌いです。目を開ければ、痛み

が心臓に痛いのです。

 ある人が私に「消えたい」と、言いました。

 或る日、私は現実ではない世界を探しました。

 私は変えることができる、と、思っていました。私は目に見える

ものを否定しました。

 優しい人たちは私の目を見て言います。

 「君はもっと、幸せになるべきだ。」とか。

 けれど、私はある少女と一緒に暮らしています。私は多重人格者

ではありませんが、いつも、彼女を意識しています。彼女を忘れな

い為に。彼女は私の中に属しています。

 私は私が小さかったとき、私の脚にたくさんの痣があったことを

思い出せます。自分の爪でほった右手の傷は今でもほんの少し、残

っています。

 書かなければならないこと。もし、それがあるとするならば、そ

れは痛みであると思います。

 私は悔しくて生き残りました。

 私は自分が忘れられていくのが嫌だったのです。

 状況を説明するならば、何度か日記の中で書きましたが、私はい

じめにあっていました。クラスほぼ全体 対 私のような。私は考

えることを忘れていました。私は曲がってしまったように感じま

した。「痛み」は「痛み」を否定するのです。私は私の感覚を否定

し、「何も感じない」と、置き換えます。今でも、その感覚は変わ

りません。だから、私は時に冷酷なのです。その誰かとは痛みを共

有することができません。誰かが痛がっていても、それは、感覚を

消したり曲げてしまった人間にとっては無なのです。どこかで、

私の心がその事に痛んでいます。感じるようで、しかし、その感覚

を感じとってはいけないような気がするのです。

 私のつらかった時代の少女を忘れないために、私は笑ってはいけ

ない気がするのです。楽しい日常があってはならないような気がし

てしまうのです。楽しいという言葉が実は嫌いです。私は私を静か

に見守ってくれる人の側にいるととても、楽な気がするのです。そ

の人のあたたかさに泣いた後では少し、笑える気もするのです。

 明日、もしかしたら、続きを書くかもしれません。

 私が文学を選んだ理由。それは、自分の為です。

 私は痛みを持つ人と痛みをわかちあいたいとも思いました。

 小学生の時、異常殺人者のような人々、感覚を閉ざした人々と話

がしたい、と、思いました。私自身も彼らと同じ者をもっている、

と、思いました。だから、私は、、暗闇をわかち、変えていきたい

と、その当時は思っていました。

 「悲しみや痛みを知れば人に優しくなれる。」とか、いいます

が、そういった、悲しみや痛みが反面では嫌だったのです。

 あるときまで、痛いことがあるならば、それは、何かに役立つ、

特に人の役にたつ、と、言い聞かせていましたが、それでは、自分

が実験台のようで、嫌なのです。

 「どうして、自分だけ。」と、言う言葉は醜く聞こえます。けれ

ど、その言葉を否定していいのでしょうか。逆に自分がめぐまれて

いると考える時は、悲惨な現実に生きる人たちとの比較から、そう

思ったりしますよね。「世界にはご飯を食べれない人たちがたくさ

ん、いるけれど、私は食べれる。」とか、身体の不自由な人を見て

「私には身体がきちんと、揃っている。」とか。そう、思うくらい

なので、その逆もあり得るのではないか、と、ただ、思うのです。

逆に比較対象となる人たちからすれば、豊かさは何故、存在するの

かわからないものだし。何故と思えば、何故、自分が恵まれないの

かが、不平等にも不条理にも思えてくる。たとえ、発端が物理的な

惨めさから始まったとしても、状況が改善されても、それは、コン

プレックスとなりえるのではないか?と。

 何となく、書きたいことは、あいまいな形で心を占めています。

おそらく、何度も挑戦することでしょう。それでは、また。





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Last updated  Feb 28, 2005 09:20:30 AM
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おはよう(こっちは)。  
コタロン  さん
いつもかんじるのはココちゃんの複雑性。
人間なんだから当たり前だけど参っちゃうほどです。
テーマがいっぱいあって、一つ一つが受け流せない!
だから、、、コタロンにコメントさせないようにしてるんでしょ??!!
何度も挑戦することでしょう・・・とはこちらのセリフです。
>暗闇をわかち変えていきたい・・・
そんなことば何年ぶりだろう。
ココちゃんはひねくれあまのじゃくの頂点に君臨する女王です。クィーンココ。プリンセスココ。
なんかちがうなぁ。。
今日一日考えよっと。
コタロンの意味のないコメントを読んでまた
いらいらしてネ。ちゅっ。。
(Mar 3, 2005 08:31:17 AM)

Re:おはよう(こっちは)。(02/27)  
ricecocoa  さん
コタロンさん
こんにちは。今、ちょうど、お昼時です。こちらでは。意識しては、コメントさせないように、してませんよ。その辺は他の方のページと同じような感じです。
 そうして、今、なかなか、頭が働きません。 (Mar 4, 2005 07:39:13 PM)

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cozycoach @ スペイン語 全然、頭に入んないよ、どうしよう Twitt…
康521 @ Re:出発(05/24) お久しぶりデス! アラッ、帰郷ですか?…
くーる31 @ 相互リンク 突然のコメント、失礼いたします。 私は…
cozycoach @ おめでとうございます 今年もよろしく。お互いに切り抜けましょ…
ricecocoa @ Re:仕事依存症(12/22) cozycoachさん どうやら、一人で時間を…

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