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Feb 21, 2006
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 この日の記憶がないのは、一日中、部屋の中に

いたからかもしれない。カーテンを閉ざして。

光合成を忘れているのだから、明らかに私の体力を

奪っている。そうして、十分な睡眠をとらない。

常にウィスキーはある。

 バイトをやめて、何もしないことに慣れて来ている。

いったい、本当は自分は何をするべきなのだろうか?

と、自問する。

 問題がT氏により、深刻化したわけではない。逆に

発展してしまったのだ。もしかしたら、過去の悪循環の

糸口がすぐ、近くまできているかもしれない。

 私のトラウマ的言葉、「ママンと。」の中でいくつか

ふれた。が、記憶をよみがえらせてしまった。嫌いな

言葉は過去にそれが吐かれた場所に戻る。自分が分裂

してしまうようだ。

 テレビでドラキュラの映画をやっている。人間の

持つ貪欲さを想っていたら、自分の姿はドラキュラのようにも

見えてきた。どこかで、私は分裂してしまい、心の

死を迎えてしまい、そうして、時に、自分がびっくりして

しまうくらいの残酷さを含んでいる。なぜ、自分が?

と・・・・・具体的に言うと、6年間にわたる暴力的な

いじめが今も私の心をむしばんでいる。むしばまれながら、

その体験に目をつぶり、誰にも優しく善良でなければ

いけないのか、それとも、本能的にまかせて、誰もが

不幸になってしまえばいいのか?と・・・・・・

 私は非常なくらいにT氏の言葉を憎んだ。知らなかった

とはいえ、とんでもないことをしでかしてくれたものだ、

と・・・・・。両極端に揺れ動く自分が苦しかった。

卒業論文を書いているあたりから、私には私の姿が見え

始めている。変わらない少女がそこにいる。時々、

私の書くことは私にさえ、謎めいている。自分は

狂っているのではないか、気がおかしいのではないか?

と、たまに、思われる。

 自分がドラキュラになるように感じるのは、人に

見せられないような姿で泣くからかもしれない。

体を縛り付けるように、必死でおさえる。目は天井

を見つめている。けれど、放心しているのかもしれない。

自分で自分の様が見えるような気がする。叫び声を

あげる。心臓を中心にして起こる痙攣がおさえられない。

言葉により、記憶は戻るのであるが、私の一部がそこに

行こうとする。痛みが走る。そこに行く事はできない。

体はそこにあるのに、何か霊的なものが自分から離れる

ようだ。非常に怖い。

 ばかばかしいと、思いながら、ドラキュラの中から

引用する。

 「不死者は不死者になると、その変化とともに不死の

呪いにかかる。彼らは死ぬことができず、時代を経る

ごとに新たな犠牲者をつくり、世の中の悪を増やして

いかなければならなくなる。なぜならば不死者の犠牲

となって死んだ者は、すべて不死者となり、自分たちの

仲間を犠牲にするようになるからだ。」

 私は人が体が生きている状態で死ぬことがある、

と、思っている。よじまげられた・・・・というような

体験のもとに、盲目のようになってしまう。何かに

抑圧される、ように感じ始めるのだ、感覚が

少し、枯れて・・・・・冷たいものを自分の中に

抱え込んだようなそんなふうに・・・・・・

もとがやさしかろうが、何だろうが、その何かが

その人を冷たくさせてしまう。時に、私はそんな顔を

している。T氏の言葉に逆上して、私は踏みつけようと

した。両極端の気持ちが混ざりながら。T氏は「考えすぎだ」

とか、言って、それを、思いやりの言葉に変えようとしながら、

私にはそれが、都合のいいようにしか、思えなかった。

友人たちは最低、と、言っていた。そういうやりかたが。

ずるい大人のやりかたですな。と、また、一人は言った。

確かに私もそう、思う。自分の言った言葉の責任は

とれないのだ。アレルギーのように、調子にのる、という

言葉が嫌いなために、広辞苑を開き、友人は笑う。

言葉本来の意味は関係ないのかもしれない。「売り言葉に

買い言葉なのよ。」と、母。「それじゃ、困るのよ。」

と、私。私は理性が狂うくらいに、この言葉が嫌いなの。

聞くと殺したくなるくらいに、嫌いなの。嫌い、という

言葉ではいえない。そもそも、アレルギーなのだ。

学校までむしゃむしゃと、歩くと、友人の顔に出会う。

彼女は私の顔を見ている。出方を心得ている。

気持ちを察するという時間を必要とする。推測でしかない

相手の心を控えめに察そう、と、する。私には心地よい。

そのやさしさがしみる。

 相手に対して、どのように、接していいかわからない、

と、いうときがある。答えを待つべきなのだ。あいまいで

あっても、遠回りでもいいのだ。

 何も言わない、ということが、私たちにある。見守る、

という強さについて。

 私たちはそうした、時間のなかで、友達になってきた、

のだと、思う。彼女、と、そうして、もう一人が

なぜ、友人なのか、今回、わかった気がする。

 彼女たちはそうそう、簡単に私を捨てないのだ。私が

複雑で難しい人間であることをわかっていて、

Kに、「いつも、すまんね。」と、言う。すると、Kは、

「何、言ってんの。」と。あまりにも、繰り返す

言葉は気持ちが悪いからと。それくらいじゃないと、

人と付き合うなんて、いやなものだわ、と・・・・・・。

軽さを求めず、けれど、その中で、安心していられる。

躁鬱状態をもっているなんて嫌だ、と、思いながら、

けれど、その中の最大の不安、誰かを失ってしまう、

ということを、友人たちが軽減してくれるのだから。

とりあえず、その場では、安心だ。










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Last updated  Feb 24, 2006 03:40:59 PM
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cozycoach @ スペイン語 全然、頭に入んないよ、どうしよう Twitt…
康521 @ Re:出発(05/24) お久しぶりデス! アラッ、帰郷ですか?…
くーる31 @ 相互リンク 突然のコメント、失礼いたします。 私は…
cozycoach @ おめでとうございます 今年もよろしく。お互いに切り抜けましょ…
ricecocoa @ Re:仕事依存症(12/22) cozycoachさん どうやら、一人で時間を…

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