休日は明神ヶ岳。約5時間ほどの登山路、誰にも会わない……。風が山の中でザァーとなる時、ここはどこだろう?と、ぬかるんだ土の上に立つ時、ぼぅーーと何かを思い、涙を浮かべたりする。ここまで来て……と思いながら、ここまで来て、こんな何時間も何時間も歩くのに、誰もいないからこその、解放感はある。
ここまで来ても、”仕事行きたくないなぁー”と普通に思う。面倒だなぁ……と思う気持。上司のソムリエさんが私に何か言うと、”言ってることとやってることが違うなぁー”と思ったり、”幾ら親切でも、お客さんにタメ口をきくのは……”と疑問に思う。体が動かない。
”駄目ですよ。Yさんの言うことをきかなきゃ”と、うわ瞼を黒塗りにした女の子が言う。じぃーーとその瞼を眺め、眺めてじぃーーと、じぃーーとじぃーーと、それから嫌になるぐらいの時間が流れて、”何故”って私が言う。”何故って上司だからじゃないですか”と彼女。”ふーーん”と私。彼女はちょっと慌てる。
それって何だろう?って、山の中でも考えている。
山の前の日、デパス何錠の体が重たい。端から端まで掃除をするのが、何だか落ち着く。
ソムリエ氏と離れたくないと、うわ瞼の女の子が言う。どこまでもついていきます、と。
それが冗談じゃないんだなぁ……。
私、どうしてやる気なくなっちゃったんだろうって思う。彼女が休日出勤してきた時も、私はぼぅーーと考えてた。こういうのって何だろう。制服を着て、喜々として、”お給料いらないから働かせてくださいよ”という彼女に危機を感じ、それを受け入れたソムリエ氏に更に危機を感じた。
まるで餅つきのようだ、と、その時から感じ始めている。”いやぁ、何とかさんがいないと、店が回らないですよ”ペッタン。”ソムリエ氏を尊敬しています。何だってやりますよ” ペッタン……
山に行く前日、それを始めた二人をうるさく感じて、”夫婦喧嘩はやめてください”とピッタンコ止めてしまった。私は私で頭が痛くなったのだ。それから、私は二人とは関係なく仕事を自分のペースでやりたいと思った。有楽町でのことが懐かしかった。そこには、大した言葉を発さなくても私が尊敬してやまない人がいた。
寂しいので、時々、ワインを注ぐ時、教えられたことを思い出してみる。綺麗な注ぎ方を思い出してみようとする。カウンターを拭く時、そこが聖地だと言っていた人の心を思い出してみようとする。手に力が入らなくて、何よりも愛情というものが……ということに情けなくなる。
仕事は自己満足ではないのに、言葉ばかりが氾濫すると、私は嫌だわぁって。あまのじゃくな私に、何も言えない私に、道を示してくれる人はそれだけでありがたい。
本当はきいているよ。本当は物凄く見てるよ。
山から降りて、東京は新宿に戻った。保証人であるおじさんと約束があった。愉快な人だ。それから人生はおおざっぱで……物凄く面倒くさがりやだ。喫茶店でメニューを見つつ、”えーと、えーと”と言っている。”えーとって飲み物はありませんよ”と言うと、ウェイトレスさんも笑っている。この見知らぬ人を、芸はなくとも、笑わせてしまう力って何だろう?
”文学の話をしましょう”と保証人は私の痛い所を突く。適当にごまかして逃げてしまいたい。”どうですか?書いていますか?”気になるテーマはある。ストーリーとして組み立てられなくても、気になってしまうテーマがある。
他人から認められること……寂しさを紛らわすことなどだ。
ソムリエ氏とうわ瞼の餅つきペッタンも、”私のこと、褒めてくれない!”と叫んだ、巨乳女子も……根元に抱えているものは、似ていると思う。
そして、山を延々と登る私は、たった一人で、今ここにいる私を誰も知らないことに不安になった。不親切な登山路。この歩いている道が、誰かが”正しい”といってくれないことに不安を抱えていた。大概は、山では人とすれ違い、”上の景色はよかったですよ”とか”今が一番きついですよ”って言ってくれるのに、会わない!全く会わない!
”それで道はあっていたんですか?”と保証人のおじさんが聞いた。”あってました”
”それならよかったじゃないですか!”と。私は”はぁー、そんなものかなぁ”と思いながら、綺麗な色の刺身を口に入れ、シャブリを飲んだ。
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SEAL OF CAINさんComments