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2025.08.31
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カテゴリ: 雑感
表題の本、このところあちらこちらで話題になっていることを知り、先日書店に立ち寄った際にふと思いついて購入、興味本位で読み始めたところ大変面白く、「書置く能わず」状態に。

中公新書の一冊として本書が出版されたのは2003年と、今から20年以上も前ですが、最近になって米津玄師(ミュージシャン、ボーカロイド・プロデューサー)、三宅香帆(書評家、新著「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」で「新書大賞2025」を受賞)といった30歳代の若い読者にウケたようで、彼らによるネット上の推し活によって今年2月ごろから急激に売り上げが伸びているとか(アマゾンでも「ベストセラー1位」と表示中)。



亭主が本書のことを最初に知ったのは、どうやらA新聞の記事だったようで(調べてみると、4月5日の朝刊「耕論『教養』はどこへ」に取り上げられていたらしい)、その際には「いまさら『教養』を話題にするとは何とアナクロな…」と読み飛ばしたような気もします。

では、なぜ本書が今の若い読者にウケたのか?一読した亭主が思うに、その答えの一旦は本書の副題「変わりゆくエリート学生文化」にあるように思われます。つまり、近代的な学制が敷かれた明治期以降、それぞれの時代の若者、特に社会に出る直前の「大学生たち」がどのようにオトナになっていったか(成長物語)への興味です。

以下多少のネタバラシをすれば、本書の言うところの教養主義とは、明治から戦前期昭和までの旧制高校(新制大学の教養部にほぼ対応)の学生たち=若い知的エリートの思想や行動の核になっているもので、彼らの読書対象を具体的かつ詳細に分析することで、その起源を浮かび上がらせるとともに、それが戦後どのように変遷していったかを追いかけて見せています。

その中でも特になるほどと思わせられたこととして、読書を中心とした教養主義が必然的にリベラリズムやマルクス主義と高い親和性を持つ、という論点があります。本書に曰く、「マルクス主義が知的青年を魅了したのは、明治以来、日本の知識人がドイツの学問を崇拝してきたことが背後にあった。しかしそれだけではない。マルクス主義は、ドイツの哲学とフランスの政治思想、イギリスの経済学を統合した社会科学だといわれた。合理主義と実証主義を止揚した最新科学とみなされた。したがって、マルクス主義は、教養主義にコミットメントした高校生に受容されやすかった。受容されやすかったと言うよりも、マルクス主義は教養主義の上級編とみられさえしたのである。」(pp.50)

かくして、大正時代から昭和初期にかけての旧制高校生の多くが左傾化し、これを危ういと考えた当時の政府が彼らをことあるごとに取り締まることが日常化します(最後には治安維持法が制定)。

戦後の初期には、日本を軍国主義に戻さないためには左傾化もOKと考えた占領軍の方針もあって、新制大学においても教養主義が復活するとともに、再び学生運動や労働運動が盛んに成ります(このころがちょうど前回のこのブログで取り上げた 若い芥川也寸志 が活躍してた時期と重なる)。

その後、朝鮮戦争やその後の冷戦の激化によって世の中は徐々に右傾化する一方で、大学が大衆化するとともに学歴エリート文化としての教養主義はその輝きを失い、1960年代終わりの大学紛争(いわゆる「70年安保闘争」)によって終焉を迎えたと語られます。

ちなみに亭主の学生時代は「70年安保闘争」から10年ほど経っていましたが、依然として 大学キャンパス内で活動家グループ・セクト間の小競り合いが起きる(目の前で怪我人も出た)などその余韻が残っていました。そんなこともあり、大学紛争直後の若者の生態を描いた庄司薫の小説(=薫くん4部作)を読みながら、あの大学紛争とは一体何だったのだろうと、当時滅多に寄り付かなかった大学の総合図書館に入り込んで調べ物をしたことがあります。

なかでも象徴的なのが「安田講堂事件」で有名な東大紛争(1968-9)で、その発端となったのは医学部におけるインターン制(医学部を卒業後、医師免許を取る条件として課される研修制度:実態は医学生を無給で奴隷のようにコキ使う制度だった)の改善要求という切実な問題でした。これが(大学側の強硬な対応もあって)徐々に大学全体に拡大し、先鋭化した学生たちによって「全共闘」と呼ばれる運動組織ができます。

亭主がその当時読んだとある本によれば、学生の大部分(ノンポリ学生?)は医学部の問題に連帯を示す一方で紛争の拡大を望んではおらず、大学側との交渉による解決という方向で意見がまとまりつつあったまさにその時に「全共闘」がこれを拒否し、全学的な解決の機運が消滅します。この本の著者は、その理由を「彼らが学生運動の『エリート集団』と化し、一般学生の妥協的な態度を侮蔑したからだった」と分析していて、ストンと腑に落ちたことを思い出しました。

こうして見ると、大学紛争とはまさに「エリート学生文化」の最後の申し子(鬼子?)だったことが本書によって明確に位置付けられた感じです。







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Last updated  2025.09.07 08:52:42
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