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2007年04月02日
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■気になる本  - イラク自衛隊「戦闘記」 - 



 国土は日本の約1.2倍の面積である約43km2を有し、
人口は、日本の約5分の1の約2,710万人。
(2004年推定:世銀)

 実際に派遣されたのは、日本の四国より大きい県である
ムサンナー県(al-Muthann)、その県都はサマーワ
(as-Sam・wah)といえば、ピンときましたでしょう。

 そうです、イラクです。正式には、イラク共和国です。


 2004年1月16日、当時の石破防衛庁長官から
隊旗を渡された先遣隊30名は、イラクに出発しました。
しかも、背広姿で。(これには訳があったようです。)

 隊長は、帰国後、有名になったあの「ヒゲの佐藤」こと
佐藤正久氏。そして、著者でもあります。

 そのヒゲにも現地を意識して伸ばしたとのこと。

 ある場所で先遣隊の帰国をテレビをみていたとき、
「なんだあのヒゲは?」と怒る人がいましたが、
理由がわかれば納得します。きっと。


 彼の本は、奥大使と井ノ上一等書記官への追悼の文章
から始まります。

 著者には、2003年10月末に、イラク派遣命令が
下ったといっております。

そして、事前調査のためにイラク入りをし、11月17日
に南部4県を統括していたイギリス師団司令部で、
奥氏と会ったのが最初だったようです。

 奥氏は、この年の4月にアメリカが復興人道支援室
(ORHA、5月に連合暫定施政当局=CPA)を
設立した直後から外務省の参事官としてイラクに長期出張
していました。

 復興人道支援室と日本国政府とのパイプ役をして
日本国のイラク復興支援の先頭にたって活躍をしていた
そうです。

 2003年11月29日、井ノ上正盛一等書記官(殉職後)
とともに奥克彦大使(殉職後)は、北部イラク支援会議に
出席するため、イラク北部のティクリートに四輪駆動の
軽防弾車で向かう途上を銃撃されました。
 お二人のご冥福を心より祈ります。  合掌



 さて、今回は外務省と防衛庁(当時、現在は防衛省)の
連携がうまくいった事例だと著者はいいます。


 いま、イラク自衛隊「戦闘記」(佐藤正久 著、講談社、
2007年3月発行)を読み終えました。

 著者は、佐藤正久(さとう・まきひさ)氏。
 1960年、福島県に生まれ、福島高校を卒業、
防衛大学校(応用物理専攻)卒業後、陸上自衛隊幹部学校
指揮幕僚課程修了。
 1997年、アメリカ陸軍指揮幕僚大学に留学。
帯広第四普通科連隊小隊長、青森第五普通科連隊中隊長、
初代PKOゴラン高原派遣輸送隊長、
陸上幕僚監部広報室総括などを歴任。
 この間、外務省に出向し、カンボジア和平にも従事する。
2004年、自衛隊イラク派遣先遣隊長に任命され、
第一次復興業務支援隊長を務め、イラク・日本両国で
「ヒゲの佐藤」として知られる。イラクから帰国後は、
第七普通科連隊長兼京都福知山駐屯地司令、陸上自衛隊幹部学校
主任教官などを歴任。つねに自衛隊のフロンティアを走り、
2007年1月、一等陸佐で退官。
(以上、著者紹介より)


 彼の著書を読むと、防衛という国家プロジェクトの最前線
で仕事をしている、気迫というか気概がみえます。

 同じ国家プロジェクトである原子力発電所の臨界事故隠し、
データ隠しとは、雲泥の差です。

 先遣隊の役割、先遣隊を守るために隠密の事前調査、
CPAとの調整、オランダの部隊との連携、宿営地の
確保、などなど。

そして地元住民に支援されるべき、細心の注意を払ったこと、
そして、そのバックアップとして防衛庁、ODA資金を
含めての外務省のバックアップ。

 だから、現地住民からの信頼を得ることができない
アメリカやオランダを尻目に、先遣隊が行ったことが、
地元住民から絶大なる支持を受けたとのこと。

 先遣隊の活躍にエールを送りたいです。

「日本人がもともと持っている優しさ、思いやりを
心から出そう。そして、現地の人々に負けないくらい
サマーワを愛し、イラクの人々を愛そう。」と著者に
決心させたもの。そしてそれを実践してきた神髄は、
日本人魂、武士道ではなかったでしょうか。

 イラクの子供達の目は、食料や水も
充分にはないのに、輝いているといっております。

 ふり返って、資源が乏しいが経済大国の日本の
子供達の目は、残念ながら輝いている という
ように著者には見えなかったと推察します。


 著者の本を読むと気になるのが法との整合性や、
行政側の支援方法、いろいろと見直す必要が
あると思います。著者自身が、「現場の集団的自衛権」
として、一つの章をさいています。

 そこからでてくる矛盾だらけ。たしかに自衛隊を
特別な法律を作ってまで派遣している訳ですから、
その自衛隊を見殺しにするような法では、いけない
と思うのは、私だけでしょうか。

 「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動
の実施に関する特別措置法」(いわゆる「イラク支援法」
です)が、昨年12月22日に改正されております。

(参考)イラク支援法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H15/H15HO137.html

 この法は4年間の時限立法で、昨年7月の陸上自衛隊の
イラク撤収後も、現地で空輸支援を続ける航空自衛隊派遣の
根拠ともなっています。

 この法は、4年前の8月1日から効力を有してますので
今年の7月31日が期限切れとなります。

 政府は、いま開催されている国会で延長する方向で
動くと思います。勿論、航空自衛隊がまだ現地で
活動をしていますので、使用している梯子を下ろす
わけにはいきません。

 しかし、ヒゲの隊長がいうように、自衛隊が所持でき、
自分を防衛できるものとして、機関銃2丁がやっと
認められたが、それでもテロ側と対応できないという
現実。

 また、機関銃1丁が故障して交換する場合には、
故障した機関銃1丁をまず宿営地まで届け(というより
隊員が取りにいき)、その後、問題のない機関銃を
届けるという、同時に2丁まで所持 という制限を
厳格にまでも守り通している、おかしな事態。

 もっと、本質的な点で自衛隊には活動範囲を明確にし、
資金、武器、等については柔軟に対応してほしい
と思うのですが・・・。

 行政や立法府のおかしな対応を思って、選挙に
立候補するのだろう と推察しています。


(4月2日)


イラク自衛隊「戦闘記」
著者:佐藤正久
出版社:講談社







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最終更新日  2007年04月02日 09時45分05秒
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