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幼稚園での演奏は、それはそれは、もんのすごく楽しかったです子供の喜んでくれる様子を見て、ウルッと来そうになりました幼稚園児と卒園児、保護者に先生と会場が満員でした1曲目の「ドラえもんのうた」イントロが終わった途端、♪あんなこといいな、できたらいいな!!って子供達の大合唱2曲目の「さくら」、3曲目は「ハム太郎とっとこうた」4曲目はアンパンマンのテーマ「勇気りんりん」、そして「世界で1つだけの花」子供達は、ずっと歌いっぱなしのノリっぱなし(^^)思わず楽器を放り出して園児達と肩を組んで歌おうかと思っちゃいました(^^;)2部は大人向けのメドレーを2曲演奏その後、もう一度「世界で1つだけの花」を・・・指揮のyakitoriさんが「皆さんもご一緒にどうぞ」ってイントロが終わってお客さんの方を向いてタクトを振ると、子供達は次々立ち上がって振りまでつけて大熱唱、お父さんもお母さんも先生も大きな口をあけて♪ナ~ンバーワ~ンになら~なくてもいい(^o^)、も~とも~と特~く別~つなオ~ンィリーワ~ン(^O^)演奏の後は、最後の団員が退場するまで拍手で送って下さいました感想 この世に音楽があって良かった(~o~)僕にはこれって取り柄はないけど、音楽があるし、一緒にやろうと言ってくれる仲間がいるそれに、楽しんで拍手してくれる人がいるなんて幸せなんだろう(T_T)(T_T)これが、今日の感想です(実は、演奏のあと仕事に行き、夜勤明けで帰ってきてこの日記を書いているので、すでに「昨日」です)さあ、また心機一転、秋の演奏会に向けて、練習がんばるぞ!ママ様、ちび様、さくら様 もちろん、家庭サービスは、きっちりします(誓います)だから、練習に行かせてね(^^)/~~~
2004年02月29日
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明日は京都市内の幼稚園で依頼演奏があります今日は本番前最後の練習に行ってきましたさすが、本番前とあってフルメンバーが揃っていて、練習場がとても狭く感じました大勢の仲間の中で吹くのは、うれしいやら、なんだか自分の技量が見透かされそうで恥ずかしいやら(^^)でも、メンバーが揃うとやっぱり迫力が違う吹いていて、心の高鳴りを感じましたパパと同じ楽器を担当している女の子は、練習が終わればすぐ夜勤、夜勤明けで明日の本番だと聞いて、「本当にえらいなあ」と感心することしきり明日は僕も昼間だけ仕事を休み、参加してきます
2004年02月28日
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◎ママ手作りのおひなさまうちの廊下に飾ってあるおひなさまママのトール作品です以前滋賀県に住んでいた時は、リビングに本物のおひなさまを飾ってあったんだけど、京都に引っ越してリビングがひと回り小さくなったので本物は和室に飾り、代わってトールのおひなさまをみんなの目につく廊下に飾りました以前の作品は↓ママの作品に戻る↓
2004年02月25日
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◎桂小五郎の妻「幾松」のお店ドラマ新撰組第1話に、急襲を受けた桂小五郎を守る後の妻「幾松(いくまつ)」が出てきますドラマでは菊川怜が演じていました ◎幾松木屋町通り御池上がる東側にある桂小五郎の寓居跡は「幾松」という料亭になっています幾松のメニューです 予約の会席料理があるようです京会席が12,000円~50,000円とちょっと高級です(^^) ◎維新庵幾松の北となりには、維新庵という和風レストランがあります維新庵のメニューです 幾松に比べ手頃な値段となっています右側は「坂本龍馬御膳(3800円)」、左は「桂小五郎御膳(980円)」、他にも佐久間象山、大村益次郎、西郷隆盛の名の付いた料理がありました主人の桂小五郎御膳が一番安く、主人よりも他人をたてる謙虚さを感じてしまいましたさすがに政敵であった新撰組浪士の名はありませんでした(^^)維新庵のウインドウにはおひな様の掛け軸がかけられていました前の新撰組に関する日記は↓
2004年02月22日
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この間壬生寺で買ってきたのを楽器のケースに貼ってみました今日、これを持って楽団の練習に行ったら、「え~、イメージが違う、パパさんは近藤勇というより芹沢鴨だわ」と言われてしまった芹沢鴨は、酒乱で新撰組の威光を傘に市民から金品を脅し取るなどしていたとして、近藤勇らに暗殺された人このオレが彼に似ているってか(>_<)おまけに若い団員さんに「確かにパパさんはいつも酔っぱらってるみたいにハイ!」とまで言われてしまったでも、僕がハイなのは、実は恥ずかしがり屋で照れ隠しのためいつも道化に徹してしまうからなんだよねでも、ママにさえ「そんなことないでしょ」と一笑に付され相手にされないかわいそうなパパでした前の新撰組に関する日記は↓
2004年02月21日
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あれは、僕が小学校2年の時だった僕は子供の頃、背が非常に低く、知らない人には必ず学年をいくつか低く見られたそのくせ、自分では背が低いなんて思ったことはなく、人に負けるもんかと考えていた今から思えば軟弱で、口だけは達者な実にイヤな奴だったかも知れないある日、母と買い物に行った。母は用があるから先に散髪をすませておくようにと、行ったことのない散髪屋を指さした僕が1人で散髪屋に入ると、気のよさそうなおじさん(店主)が出てきて おじさん「あらあらボク、どうちたの?迷子になったんか?お母ちゃんは?」 ポックリ「散髪してください」 おじさん「あっらーっ、しっかりしたこと言うがな。お母ちゃんは?」 ポックリ「買い物が終わればここに来ます」 おじさん「しっかりした子やな、おーよしよし(完全に幼児扱いしている)」(店の奥に向かって)「おかちゃん、おかちゃん(田舎の方言で「お母さん」を「おかちゃん」と言う人がいた)、あのイス出したって」奥さんとおぼしき人が登場 おばさん「いやぁ!かわいらしい(^^)、もう幼稚園行ってるの?」(小学2年だって)僕はちょっとムッとして黙っていると、夫婦はどうやら僕が恥ずかしがっていると思ったらしい おばさん「ボクちゃん、怖がらんでもええねんよ、ほうら(^^)ここ座ってみ」僕はこんな物を初めて見たそれは、木馬のようなもので、頭部がキリンになっている。おじさんは、木馬をおばさんから受け取ると、それを散髪用のイスにセットした。それは散髪用のチャイルドシートだったのだ僕は(馬っ鹿ばかしい、小2にもなってこんなのに座れるかい)と思って、多分仁王立ちしていたのだろう おじさん「怖わない、怖わない。ほうれ、おっちゃんが抱っこして載せたろ」と、僕をいとも軽々と持ち上げ、木馬にまたがらせた おばさん「あ~ら、ボクちゃんええなあ、キリンさんにまたがって、格好ええわあ」・・・・くっ、くやしい(-_-)。ここまで子供扱いされたことはない。こんなところを同級生にでも見られたら僕は明日から学校へ行けない おじさん「ボクいくつ?4つ?5つ?」(返事なんてするもんか) おばさん「ほんまにおとなしいええ子やわあ、うちにもボクちゃんよりちょっとお兄ちゃんがおるんよ」お兄ちゃん登場 ・・・何じゃこいつは?幼稚園のスモック着てるやないか!オレは小2やぞ確かにそいつはボクよりもふた回りくらい身体がでかかった(が鼻をたらしていた) おばさん「ボク、散髪終わったらお兄ちゃんに遊んでもらい」(頼まれたってこんなガキとなんか遊ぶもんか!) おじさん「ほんまにこの子恥ずかしがって何~んにもしゃべらへんがな」(オレはアホらしいからしゃべらないだけなの!)その後、夫婦は幼児向けの歌を歌ったりして、僕のご機嫌をとるのにやっきになっていたしかし、その歌はじつに下手くそで、歌うたびに吹き出しそうになるのを必死にこらえたその一方で僕は、あまりの子供扱いに腹がたつのを通り越して悔し涙をこぼしそうになったのもまた事実だ散髪が終わりまもなくして母が店に迎えに来たおじさん・おばさん「奥さん、ほんまにおとなしいええ子だすなあ。恥ずかしがってにこりともせんと・・、けど私らが歌を歌うたげたら、ちょっとにっこり喜んでくれたんですわ、けどお母ちゃん恋しい言うてちょっと涙が出かけてたとこですわ」(だ~か~らぁ、にっこり笑ったんじゃなくて吹き出しそうなのをこらえてたの!母が恋しいんじゃなくて、子供扱いされたのが悔しくて涙が出かけたの!)でも、今になって考えると僕はどうしてあの時、ご夫婦の親切を素直に喜べなかったんだろう。どうして自分は小学生だと言わなかったんだろう折角親切にと思ってしてくれたのに、訳もなく不機嫌になられて、2人は困っただろうな悪いことしちゃった(*^_^*)前のパパの思い出に関する日記は↓
2004年02月19日
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朝のパンを食べるちびと、のぞき込むさくら(>_<)さくらは、ドッグフードはあまり食べず朝与えたフードが夜になっても残っているので、この頃は1日1食にしていますそれでもあんまりガツガツ食べないそのくせ、人間の食べているものは欲しがるんだよね(*^_^*)でも、クセになるといけないので、めったにわけてやりません物欲しそうな、この顔を見てやってください前のさくらの写真入りの日記は↓
2004年02月18日
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今日からちび1(中2)が信州へ修学旅行、といっても「スキー学習」本人は「寒いのかなんし(イヤだ)」なんて言ってた今日は午前6時に学校に集合、お弁当持参のため、ママは何と4時半起き(*^_^*)いつもは、寝起きがめちゃめちゃ悪いちび1は何と5時半に「お父さん早う起きて起きて、送ってくれるんやろ?」って起こしにきた(>_<)僕にも覚えがあるわ。クラブの朝練がある時は、誰に起こされなくっても目が覚めたよね(^^;)眠い眼をこすりながら、学校まで車で送って行きました家に戻っても出勤するには早すぎるし、何かするには短すぎるし中途半端な時間なんだよなママと自分たちの修学旅行の話なんかした後出勤しましたでも、夜勤の時間になるとさすがに眠かったなあ(^^)/~~~
2004年02月17日
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壬生寺の近くの元武家屋敷の前を通ってびっくり!「誠」の旗印の門の中に、蒼いハッピを着た人影が・・・通り過ぎて、立ち止まり(・・・なんだか沖田総司がいたような・・)・・そんなアホな・・・(*_*)(@_@)いや、確かにそれらしいのがいた!あわてて戻ってみると、いたいた(^O^)5~6歳くらいの男の子が新撰組の羽織袴に鉢巻き、草履ばき立っている姿がまた、堂に入っている子供とは思えない貫禄!思わずカメラを構えたパパ「ちょっと、ボク!こっち向いて!」すると、その子はまるで「ボクって、この俺のことかい?俺にはれっきとした沖田総司っていう名前があるんだよ」って感じで、実に堂々と腰の長物を鞘のまま抜き、肩に担いでポーズ全然子供っぽくない 沖田そのものの振る舞いだったこの家の子供だろうか?武家屋敷の子孫だけあっていつもこんな立ち居振る舞いをしているのだろうか何だか、すごいものを見つけてしまったパパでした前の新撰組に関する日記は↓
2004年02月16日
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今日はバレンタインデー(^_^)我が家では2年くらい前から この日のためのチョコレート作りが恒例になってます。さくらママは仕事でバタバタしていて昨日の仕事の帰りに材料を買うことに・・・。去年まではチョコを作ってましたが 今年はちび2が 「18人分(@_@)作る」って・・・・(最近は友チョコって女の子のお友達同士で交換するらしいです)18人分のチョコを作るのはちょっと厳しいし(T_T) ということでクッキーの材料を買って帰りました。家に帰ると ちび2は もう8個も友チョコを貰ってきてるし やっぱり18人分作らないとなぁ。 プラス ちび1が1人分 ちび3は5人分(-_-;)晩ご飯を食べて一休みして(だって 疲れてたから(T_T))9時ごろから 子供達とクッキーの生地を作って一晩冷凍庫へ。ということで 今日は朝から家中にクッキーを焼く甘~~~い香りが漂って・・・(*^_^*)100枚近く焼き終わったら もうお昼でした。それから1人分づつ袋に入れて 近所のお友達に届けて残りは休み明けに学校へ持っていくそう(>_<)3人とも まだ本命のチョコ・・・クッキーをあげる相手はいないみたいだけど いつか そんな日が来るんだろうなぁそうなった時の さくらパパの心配する顔を見てみたいものだわ(^_^)今年も さくらパパにあげるクッキーも作ってあるからね(^_^)v さくらママ
2004年02月14日
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↑西村衛生ボーロ本舗京都にはこんなテレビCMがありました登場人物 舞妓A 舞妓B おかあはん(お師匠さん)場面 京風の和室、2人の舞妓が畳の上に置かれた箱のような物を中心に向かい合っている◎突然はじける箱(どうやらびっくり箱だったらしい) 舞妓A(のけぞって)「ひゃあ!何すんの」 舞妓B(やった~っ、ていうふりで、笑っている) 舞妓A(間をおかず、興奮さめやらぬ口調で)「お母はんに言うえ(お師匠さんに言いつけるわよ)!!」◎そこにおもむろに入ってくる年輩の女性(おかあはん:師匠もしくは舞妓置屋のおかみさん) おかあはん「これこれ、けんかしてんと、早う、これおよばれやす(けんかしてないで、早くこれを頂きなさい)」 舞妓A「いやぁ!西村の衛生ボーロやわぁ!(キャー、西村の衛生ボーロじゃん)」 舞妓B「うち、大好きどすねん(あたし、大好きなのよ)」めでたしめでたし という、CMです。京都ではつい最近まで放映されていました(もしかしたら今も流れているかも?)でも、そのお店がどこにあるのか誰に聞いても知らないところが、僕が先日歩いていて、ふと気付くと「西村衛生ボーロ本舗」の看板が!本当にあったんだぁ!(当たり前か?)うれしくなって思わずシャッターを切ったパパでしたちなみに場所は烏丸御池から3筋東2筋北の間之町通二条から上がったところにあります楽天でもここに商品の紹介がありました何でも明治26年創業の老舗だそうですこの他にも京都の町中には多くの歴史のある老舗がありますまた、順番に紹介していきますね(*^_^*)
2004年02月13日
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↑上機嫌なさくら(日記の内容と関係ありません)バレンタインデー。男なら誰でも、淡い期待をした経験があるはずそこで今日は僕が中学時代の思い出をお話しします僕が中学生だった約30年前は、今みたいに「義理チョコ」なんてものがなく、全て「本命チョコ」だった僕は当時からひょうきんな道化者で、男女問わず友人は多かったでも、モテたと言うのとはちょっと違う。中三の元旦、はっきり言って僕は驚いた年賀状が僕宛に5~60枚届き、なんとそのほとんどか女の子から家族からは「あんたって人気あるんやねえ」と尊敬の眼差しを送られ気分最高元日の晩は、徹夜して返事を書いたのを覚えている僕は思った(・・・今年のバレンタインはすごいことになりそうだ)三学期が始まり、クラス1のモテモテ男のNに聞いてみたポックリ「お前、女子から年賀状何枚来た?」N「大したことないよ、20枚くらい、お前は?」ポ「オレか?10枚くらいや」(勝った!僕は含み笑いをかみ殺すのをこの時ほど苦労したことがない)これはえらいことになった(*^_^*)バレンタインが大変やぞ、バレンタインが!Nは確実にチョコ20枚は貰うやろ。そしてオレには60枚、クラス中に激震が走るぞ、激震が!!Nよ!悪いのう(^^)バレンタインの日に分かるだろう、本当のモテモテは誰だったかってことがな!(^^)!いよいよ運命の2月14日がやって来た僕は坊主頭に念入りにブラシをかけ、通学鞄の中には大きめの紙袋を忍ばせ、いつもより早く学校へ行った学校に着き下駄箱をみると、上履きの中に紙が・・・★昼休みに非常階段まで来てください★ うっ、早速おいでなすった(はいはい、待っててちょ)僕は笑いをかみ殺しながら、席に着いたすると、今度はどこからともなくメモが回ってきた★ポックリ、昼休みに理科室に来て!誰にも言わないで ○○子★ な、何~っ!一番人気の○○子ちゃんが、ボ、僕に・・・・僕は酸欠で危うく倒れそうになった・・・Nよ、すまんのう(^^)、お前が惚れてたかどうかは知らないが、学年一番人気の○○子ちゃんは、明日からは僕の彼女じゃ(^^) 恨むなよ~(^O^) 妬むなよ~(^^)/~~~昼休みになった僕は○○子ちゃんの待っている理科室に直行したかったが、チョコなんて貰ったことないぼくは、いきなり○○子ちゃんに貰う前に、まず非常階段で待っているという誰かさん相手に、チョコを貰うリハーサルをしておこうと思ったあまり早く行くと物欲しそうなので、昼休みがもうすぐ終わる頃に僕は教室を出た非常階段に行くと、知らない下級生の女の子が2人いて、そのうちの1人が「先輩、お忙しいのに呼び出してすみません」「いいよ、何」(うわぁ、カワイイ子だなあ、はやくお言い!)「あのぅ、これ(チョコらしき包み、いよいよ来た!) これNさんに渡していただけませんか? 」「えっ!エヌにぃ?」僕は、あの時手すりにつかまらなければ、確実に脳天から非常階段を滑り落ちていたに違いない「え、ええよ」(ちょっとぉ~、それならそれとはじめから書いとけよ)と、言いながら笑顔で受け取ったくっそ~、大事な昼休みになんちゅうことしてくれるんや!今ので確実に2~3人が僕に渡しそびれたでしょ!Nの方を見ると、堂々と何人かの女の子がチョコを渡している・・・ふっふっふっ、Nよ、雑魚からいくつ貰ってもあかんぜよ(^^) オレはこれから○○子ちゃんから貰うんだよあ~あ、すっかり時間を無駄にしたわ○○子ちゃん、待ってるかなあ僕は理科室に急いだ入り口をそ~っと開けると、背中向きに立っていた○○子ちゃんはこちらを振り向き○○子「あ~ん、ポックリ、何してたのよ、もう来てくれないかと思ったんだから~」なんと、眼に涙をためているではないか・・・○○子ちゃん、そこまで僕のことを(感)(激)○○子「ポックリ、ここに呼び出したこと絶対に誰にも言わないでくれる?」ポ「当たり前やん、誰にも言わへんよ」(かわいいなあ)○○子「よかった」○○子ちゃんは、一目でチョコレートと分かるくらいの包みと、大きな紙袋を僕の前に出した・・・いよいよ来たか?Nよ、恨むなよ、モテない野郎ども、妬むなよ~(~o~)○○子「あのう、これ・・・N君に渡してほしいの」 僕はこの時、心の中に書いたLOVEの文字が大津波でさらわらていくのを感じた結局この日は、N宛のチョコを5~6個も預かるハメになった午後の授業で、「将を射んとすればまず馬を射よ」という格言を習った(本命を落とすために、まず落としやすいものを狙う)何というタイミングの良さだ先生は僕の境遇を知っていたとしか思えない僕は確実に馬になってしまったただ、紙袋にたったひとつだけチョコを入れることが出来たのがせめてもの救いだったかも知れない 号泣(T_T)前のパパの思い出に関する日記は↓
2004年02月12日
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今日はお姉ちゃん達がお休みで おうちで プラバン(プラスチックの板にマジックで絵を描いてオーブンで焼くと縮んでキーホルダーなどが作れるの(^-^))を作ってました。そしたらちび2お姉ちゃんが 私にも骨の形の迷子札をつくってくれました(~o~) 名前とTel番号が書いてあるのよ♪♪ママの写真がまずいからうまく写ってるかしら(?_?)これで舞妓!?・・・ じゃない迷子になっても大丈夫よね(^_^)vちび2お姉ちゃん ありがとう♪前のさくらの写真入りの日記は↓
2004年02月11日
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今日は2人で京都市内まで映画を観に行ってきました映画の感想は後からお話ししますまず、写真を見てください新撰組関係のグッズを販売している土産物屋さんの様子ですどちらも新京極通り三条下がるのお店です上の写真のお店には、新撰組の隊士のフィギュアなどがありました とってもカワイイ(^O^)上の写真のお店は、今日観たMOVIX京都っていう映画館の向かいにある「南海堂」というお店2人でじーっと見てたらお店のおじさんが出てきて色々商品の説明をしてくれました新撰組のハッピは白黒のものと、白青のものがあり、両方とも2000円でした他にも新撰組をモチーフにしたストラップやハンカチその他たくさん・・・・隊士が使っていた刀を模したものも売られていました、このお店のオリジナルだそうですそうそう、こないだ僕がガチャポンをやったのはこのお店です(そのときは、おじさんは出てきませんでした^^;)そして帰る時、このおじさんが「これ、サービスや」といって新撰組のおせんべいをくれました(^^)物に弱いパパは大感激!おじさんありがとう!前の新撰組に関する日記は↓ さて、半落ちの感想ですが・・・・はっきり言って、この映画が取り上げているテーマは真剣で重いまだ見ていない人のために、詳しく書くことはしませんが、簡単に言うと、アルツハイマーで人格が壊れていく妻を見るに忍びず、妻に懇願されてその命を奪ってしまった主人公警察、検察、弁護士、裁判所、報道の抱える構造的な問題涙が出たかって?決まってるでしょ(T_T)でも、これ以上書いてしまうとこれから観ようとしている人に失礼なのでやめときますでも、素晴らしい映画です!解夏もよかったけど、これも負けず劣らず魂を揺さぶられるような感じのするすごい映画です絶対お勧めですよ!とにかく観てみてください
2004年02月10日
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ちび2が今までに書いたイラストを、ちょっとずつ(週にひとつくらい)日記にアップしていきますまず、今日は去年書いた、さくらの赤ん坊の画像です今後増えていくにしたがって、イラスト入りの日記をリンクでつないでいく予定です お楽しみに!(^_-)さて、明日の予定は・・・明日は夫婦とも休み(^O^)京都市内まで、映画「半落ち」を観に行く予定実は、この映画はママが観たがっていたので、僕が前売りを購入、行く日は特に決めてなかった昨日新聞を確かめると13日までの上映とのことママにメールすると「日が合わないから、仕方ないのでパパが2回観てちょうだい」(*_*)(@_@)(>_<)(T_T)男1人で2回も泣きに行けってか?オーマイガーッ(>_<)ところが急に明日ママの予定が空き、一緒に行くことに・・やれやれよかった(*^_^*)前のちび2作品の日記は↓ ちび2の作品に戻る↓
2004年02月09日
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今日は 私(さくら)の誕生日で~す(^-^)三歳になりましたパパ ママ お姉ちゃん達 お祝いしてくれるかなぁ って思ってたら 朝からパパはお仕事行っちゃいましたぁ(;_;)
2004年02月08日
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ドレミの練習に行ってきました団員の方が、このページを見てくれていて「パパさん、娘さんと練習したから『さくら』は、ばっちりでしょう?」だって(*^_^*)いざ吹いてみたら、ボロボロ(T_T)前川清もガタガタドレミの皆さんゴメンなさい今日はyakitoriさんはお休みだったんだけど、代振りの団長にひどく迷惑かけてしまいました帰りは、学生の団員さんを近くの駅まで乗っけて行きました今年は4回生で就職が心配だって・・・やる前から負けちゃいけないよ○○くん、君なら必ず出来る・・頑張れ!!明日はさくらの3回目の誕生日です(^_-)
2004年02月07日
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写真を撮ってきました見てくださいNHK「新撰組」第1話に出てきた、池田屋騒動その池田屋の跡には今はごらんのようにパチンコ店が建っており、「池田屋騒動之址」と書かれた碑だけが、その史実を今日に伝えています池田屋跡は、三条大橋の西すぐにあります僕もここは数え切れないくらい通っていますが、碑に気をとめたことは、恥ずかしながらありませんでしたパチンコが良いとかいけないとか言う気はさらさらありませんが、パチンコをする人も、たまには前の碑に関心を示して欲しいものです今、京都のみやげ物屋さんなどは、新撰組一色といった感じです写真は、新京極通りです 修学旅行で京都に来られた方なら一度は行かれたのではないでしょうか店には、新撰組の「誠」を染め抜いた赤い旗が掲げられています店先のガチャポンでは、新撰組のピンバッジが売られていました右の写真は、パパが通行人の視線を気にしながらガチャポンを回し、買った2つのバッジです前の新撰組に関する日記は↓
2004年02月06日
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ちび2が描いたパパとさくらのひなまつりですママはどこかって?小さいことは言わない言わない(^O^)今日はちび1が風邪でお腹をこわして学校を休んだ休みのパパは、楽器の練習をあきらめ・・・・る訳ないじゃん(^_-)始めは遠慮気味に吹いていたら、ちび1が案の定のぞきに来たちび「お父さん、前川清と氷川きよしって似てるの?」パパ「んん~っ?名前は似てるけど・・・」ちび「前川清ってヒットした?」パパ「そりゃあ、人気あったよ、あなたひと~り~に~っ、かけぇた~こぉ~い(次々唄う)・・・」ちび「あっ『さくら』も吹くんや」パパ「ええやろ~(とは言ったものの、サビしか知らない僕)。お前この歌知ってる?」ちび「当たり前やんか」パパ「ちょっと歌ってみ!」ちび「ぼ~くらは~、きっとぉま~ってる~・・・・・」めちゃめちゃいい歌じゃん!ちょっと感激したパパパパ「パパのEuphに合わせて歌え!」パパちび「♪♪ぼ~くらは♪~、♪きっとぉ♪ま~ってる~♪♪・・・・・」ちび「お父さん、もうええやろ」パパ「あかん、もう一回」すっかりこの曲が気に入った僕。ひとしきり吹いて、振り返るとちび1は床の上で毛布にくるまって寝息をたてていた(あっ、病欠っていうのをすっかり忘れてたわい)でも、気持ちよさそうに眠っているのを見ると、日頃生意気な事を言っているのが嘘みたいで、カワイイよ~し、かわいいお前の為に今日はお父さんがお昼ご飯を作ってやるぞ30分後パパ「どうや?しんどいか?ご飯食べられるか?(さんざん歌わせといて、我ながらよく言うよ)」ちび「う・・・ん、なんかお腹すいた」パパ「そうか、それならこれ食べてみ、風邪引き一発解消、スペシャル雑炊や」ちび「なにこれ・・・・んん、おいしい。どうやって作ったん?シメジが入ってる・・とうふ・・ねぎ・・大根、色々入ってるなあ」ちび1は、パパがかなり手の込んだものを作ったと思っているらしい※たね明かし朝の残りのみそ汁に、冷蔵庫の中の冷やご飯を放り込み、たまごとネギを入れただけ(風邪とんでけ用に生姜の千切りも入れた)でも、結構おいしかったちび1は、何杯もおかわりパパ「お前、お腹気持ち悪かったんとちゃうの?」ちび「うん、けど治ったわ」中学入学以来初めて欠席したちび1パパと2人で留守番するなんて、めったにないだけに、2人とも何だかはしゃぎ気味で、妙に楽しい1日でした前のちび2作品の日記は↓ ちび2の作品に戻る↓
2004年02月04日
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もう16年にもなる16年前、28歳の僕は周囲がまだ結婚しないのかと聞くが、本人は至ってのん気で、「まあ、そのうち・・」なんて考えてお気楽な独身生活をしていた同じ会社にYさんという先輩がいた。先輩といっても僕より15~6も年上で、西郷隆盛のような風貌でいかにも頼りになる兄貴だったある日、社内電話がかかった西郷「お前、明日ヒマか?」パパ「ええ、特に用はありません」西郷「お前、明日オレの家に来て、見合いをせいっ!」パパ「え~っ」西郷「昼から迎えに行ったる、待っとけ!(ガチャン)」うそだろ~っ(北の国からの純の声)頭の中で、色々な思いがよぎった・・・結婚は、いつかしたいが、もうちょっとゆっくりしたいよなあ・・・・かといって世話になってる先輩だし、それに会いもしないで断ったら「女嫌い」と思われても困る・・・それに相手の人は、頭はボサボサ、まともな服など持ってない冴えない男を気に入る訳がない・・・一度だけ先輩んちで会えば、義理も立つし・・正直、そんな気持ちだったそして先輩んちで、会った日というのが今日だった訳どうして覚えているかというと、さあ出かけようとした時、独身寮の寮母さんが、「あ、ちょっと待って。今日は節分だから太巻きのまるかぶりをするのよ。はい、今年はあっちが恵方よ。って指さしながら太巻きを渡してくれた」もちろん寮母さんはこれから見合いに行くことは知らない僕は「どうも・・」なんて言いながら寮母さんと2人で太巻きにかぶりついた先輩の家は寮から車で30分以上の遠さだったが、迎えを断り、バイクで行くことにしたあまり気乗りしないのに送迎までしてもらうことに引け目を感じたからだ外は、雪が降っていてひどく寒い日だった先輩宅に着くと、相手の人はもう来ていて、奥さんと話しながら座っていたどうやら、その人は非常におとなしい人で、ほとんど言葉を発しなかったその向かい側で、先輩と僕は仕事や雑談でもりあがった30分くらいして、相手の人は帰った先輩いわく、その人は親戚の子らしいまもなく、僕も先輩宅を辞した雪がバイクに叩き付ける中、僕は心の中でつぶやいていた・・・先輩、いい加減にしてくださいよ・・・案の定、相手の人は白けて帰っちゃったじゃないですか、親戚の子を紹介するならもっと頭がよくて背の高い格好いい奴が、我が社にはいくらでもいるでしょう?あの子、今頃怒ってますよ!本当にこれっきりにして下さいよ!(純の声)僕は落ち込んだ。先輩は一体何を考えてんだろう。断られる練習をさせるつもりだったのか?それにしても、こんな普段着でバカ話をしに行ったとは、とんだ茶番だ・・あれから16年。あのとき初めて会った先輩の親戚の子は、今リビングでさくらをなでているママ、それが今日だとは憶えてないだろう?僕はさっき太巻きを食べた時、いきなり思い出したのだ縁というものは、本当に不思議だママによれば、僕に会った瞬間に「あ、この人と結婚するんだ」と分かったというなんでだ?太巻きの御利益か?僕ら夫婦は好みも性格もまるっきり違う。しかし、多分どこを探してもこれ以上のパートナーは絶対に見つからなかったろうと確信しているそれにしても不思議な出会いだった
2004年02月03日
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吹奏楽団ドレミの練習曲目に「前川清」がある「長崎は今日も雨だった」「東京砂漠」「噂の女」「そして神戸」懐っかし~い(T_T)僕がフォークにはまって、陽水だのかぐや姫だと言ってた高校生の頃、内山田ひろしとクールファイブがとても人気があり、歌番やバラエティーに出まくっていて、イヤでも覚えたものです今でもカラオケでクールファイブを唄う人がいれば、そばに行って「ワワワワ~」とコーラスを入れてしまいそうになるんですよこの歳になってうろ覚えの歌詞をたどってみると、なかなか味わいがある「東京砂漠」は前半で、都会の冷たさやさびしさを唄い、次のフレーズは『でも私は好きよ この街が 肩を寄せ合えるあなた あなたがいる・・・』エンディングは『あなたがいれば 日はまた昇る この東京砂漠』と締めくくる(我ながらよく覚えているなあ)この歌は、この人生を「東京」という場に当てはめているどんなに苦しく寂しくとも肩を寄せ合えるパートナーがいる喜び。今は辛くとも、「あなたがいれば日はまた昇る」と言い切る流行っていた頃はなんとも感じなかったこの歌詞に、深い思いやりを感じる今回、演奏することがなければ、この歌を心に留めることなど多分一生なかったに違いないそう考えれば、この曲を選んでくれた人などに感謝せずにはいられないこの曲だけではなく、楽曲というものは作った人の想いやアレンジした人の強い想いがこめられているはずだにもかかわらず、僕は今まで、やれ音符が細かいだの、フラットか6つついているだのと文句を言っては逃げてきた昨晩の練習の時、若い団員は「前川清を知らない」って言っていました・・・でも彼女は吹ける知ってる僕が吹けてない次回までにオヤジの面目にかけて、しっかりとおさらいをしていこうと心に決めたパパでした
2004年02月01日
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