しんの米国神学生日記

しんの米国神学生日記

2004年01月05日
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ペトロという人物は、もともとガリラヤ湖の漁師でした。

旧約聖書の知識も、ガリラヤの外の事は何も知らないような人でした。いわゆる、地中海の大海原の大魚を捕ったり、海外へ行ったりという経験もない、狭い視野でしか物事を見ていないような人だったようです。

このペトロさん、イエスの弟子になってからも、師のイエスに叱られてばかり・・・。あるときは、慣れ親しんだガリラヤ湖でおぼれそうになり、「信仰の小さき者よ」と怒られてしまう。またあるときは、イエスに「ご一緒なら牢屋に入っても、死んでもかまわない」と言っておきながら、人から、「あなたは、あのイエスの弟子じゃないか?」と問われて、恐れるあまりに「あんな人は知らないっ!」と、三回も即答してしまったり・・・。

さらには、イエスさまが逮捕される時など、持っていたナイフで、ある男の耳を切り落とすといった凶暴な一面も持つ、そんな弟子らしくない弟子だったのです。考えるより先に行動し、そのつど失敗するという、有言不実行な性格から、一見、だめな弟子と思われがち、そんなペトロさんだけど・・・実際には、イエスさまに最も愛されていたのではないかとも思うのです。

「できの悪い子供ほどかわいい」じゃないけど、積極的に質問し、叱られてもめげずに、次の質問をするようなペトロを、気にせずにはいられないだろうな~と。復活したイエスさまは昇天する前に、ペトロだけには「私を愛しているか?」と、三度も言われて再確認されている。それなのに、当のペトロは、自分のことを差し置いて、年下の弟子、ヨハネを指して、「この人は迫害されますか?」というような、興味本意の質問をして、また最後に叱られるという、憎めないヤツ。

使徒パウロのようなエリートでもなく、ヨハネのように文学的な福音書を書く才能もなく、ギリシャ語で手紙を書くことにも、苦労したような、“無学の人”ペトロ。

しかしその分、多く祈られた弟子のペトロ(ルカ22:32)。しかも、パウロのことを語っている中で、結論的に、あのような手紙は「わたしにも難しい」と暴露(?)までしているペトロ(ペトロの手紙二3:16)。

しかしイエスから愛されたペトロは、このような名言を残している。

「愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。・・・」 (ペトロの手紙二3:8)

僕はこの言葉を、「人生なんてあっという間だよ。終わりの日なんて一瞬のうちに来てしまうよ。でもそれは、僕らにとって希望だよ。神の約束だよ。」って言っているように今は聞こえる。確かに彼は、真理について悟っていた、と想う。





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Last updated  2004年01月05日 01時52分41秒
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ぷりたん@ 超ラッキー!(* ̄ー ̄) 今まで風イ谷に金出してた俺って超バカスww…
突き男@ 腰痛くなるまでやってきました 綺麗な顔しててあんなに激しいなんて、正…
キタキタ@ イヤッホォォォォォウ! やべーこの女やべー! 終始そんなこと考…
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鳥蘭丸@ うにゅぅぅぅぅ…… 可愛がってもらうだけ可愛がってもらって…

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