ひたすら本を読む少年の小説コミュニティ

2006.01.04
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カテゴリ: 春夏秋冬



連日続いた快晴が嘘のように思えるくらい激しい雨だった。

空はまるで黒の絵の具を塗りたくったような色をしていて、一縷の光さえ望ませてくれそうにない。

窓の外を見ても、どんよりとした空は地平線の彼方まで続いている。

地上に目を落とせば、味の無いコンクリートの雑居ビル群が身を隠すように雨の隙間からこちらを覗いている。

やれやれ。

取りあえず今日は良い事がなさそうだ。

朝から断定的な考え方はなるべくしたくはなかったが―それがさらにマイナスとなるものならなおさら―この漆黒の雨を見れば、そのように思うほか無かった。

ハルはしばらく窓枠に肘をかけ雨を眺めていたが、窓を閉めた。

部屋を一望してみたが、やはり空の天気と同様に、空気が重く沈んでいた。

ハルの祖父が集めたあらゆるアンティーク家具たちにも、少なからずその影響があった。

今までハルの机を煌々と照らしていた昇降式ランプの電気が何の前触れもなく切れたり、ガラス細工が見事に埋め込まれたキャビネットの取っ手が握っただけで取れてしまったり、体が沈み込むくらいゆったりと座れるソファーの生地が鋭い音を残して切れてしまったりと、ハルの断定的な予想は見事に当たっていた。

そのため、何をしようにも逡巡に駆られた。

今日は外に出ないほうが良さそうだ。

寝よう。

とハルは思った。

ハルは押入れから新しい電球を取り出しティッシュで一回り拭いた。
それから昇降式ランプに電球を丁寧にセットした。
次に接着剤を取っ手にまんべんなく塗りつけ、もとあった場所に貼り付けた。
最後に裁縫道具から針と糸を取り出し、糸を針の穴に通すと、ソファーの破れた箇所に簡単に縫いつけた。

その間も雨は絶え間なく降り続けていた。

洗面所に向かった。

歯磨き粉を歯ブラシにつけ歯を磨いた。

洗顔料を顔に塗り込み、冷たい水で洗い落とした。

髪に水を一吹きかけ、ドライヤーで乾かし髪をセットした。

そして素早くベッドに潜り込んだ。


ハルの部屋には生活に必要なものがシンプルに揃えられていた。

それはハルの微かな自慢でもあった。

部屋は一つしかなかった。

中央にベッドが位置し、ベッドから一メートル先には玄関があった。

玄関のドアも取っ手以外は木で作られていた。

ベッドの右には白いグラスキャビネットと茶色のショーケース。
ベッドの左には一本足の丸テーブルと肘掛椅子が二つ。

玄関からベッドを隔てた正面には冷蔵庫とブックケースとソファーがあった。

天井からは頭を垂らした花―どんな種類の花なのかいまいちわからない―の昇降式ランプが二つ、オレンジ色の淡い光を放っていた。

ハルはこの部屋を世界で最も簡潔化された部屋だと思っていた。

無駄なものは何も無い。

仕事もできるし、酒も飲める。

ハルにとってテレビは必要なかった。

特に、あっても無くても障害になるようなことは何一つ無かった。

ハルの仕事はそういうものだった。

時事とも金融の流れとも株価市場とも全く関係が無かった。

その仕事は始めからそこに存在し、形而的にいつまでも終ることなく続くのだ。

ハルはしばしばその仕事の虚構性にかられたが、しばらく時間が経てばその思いは消えた。


ハルはバタバタと音をたて降ってくる雨音を聴いていた。

今日は起きてからまだ一度も時計を見ていなかったため、どのくらいの時間をベッドの中で過ごしたのかわからなかった。

しかし、それはとても長い時間だったのだとハルは思う。

雨は時間が経つにつれさらに雨脚を強めた。

窓や地面に激しくぶつかる雨の音を聴いていると、太平洋戦争の特攻隊を連想させられた。

特攻隊のことを思うと、アフリカのような壮大な自然の夜空を連想した。

その夜空には宝石のように星がちりばめられていた。

しかし、そこで早くも連想を中断した。

頭の中がスパークしてしまう。



雨はハルの心の中にまで降り注いでいた。

冷たい雨水は静かにハルの体に染み渡っていった。

体は浸っていく。

静かに。

ハルの意志はそこに含まれない。

まるで海に人知れず降る雨のように。



遠くから電話の音が聞こえる。

ハルは暗闇の中からそれを取り出す。


「もしもし」

とハルは言った。

「もしもし」

とくぐもった声で電話の声の主は言った。


「ああ、やっと居た。そこにいたのか。」

とひどく感動したように言った。

「どちらさま?」

とハルは言った。

「今から会いに行ってもいいかい?ひどく君と話がしたいんだ。」

こちらの応えには構わず男は話し続けた。

「随分この時を待っていたよ。家もわかっている。既にタクシーだって呼んであるんだ。ああ、ほら今来たよ。」

「今から来るんですか?」

「そうだよ」

待ちかねたように男は話した。

そしてそこで突然電話が途切れた。

ハルはしばらく暗闇の中で行なわれた「こと」をひとつひとつ確認してみた。

やれやれ。

ハルはそれを暗闇の中に戻した。

面倒なことになりそうだ。

そして再び深く暗い雨の中に落ちていった。







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Last updated  2006.01.04 15:41:46
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